【リベルダの悩み】葬送花



<オープニング>


「ああ、君達。一つ依頼があるんだけど、行ってくれないかい?」
 ストライダーの霊査士・キーゼルは、酒場に現れた冒険者達の方へ視線を向けると、そう今回の依頼についての話を持ちかけた。
「葬送花を摘んで来て欲しいんだよ」

 キーゼルの言う葬送花とは、小さな薄紅色の花が、いくつも咲く植物だ。
 この葬送花は、南の草原の一角に、四季を問わず咲いているのだけれど……今は、簡単に採りに行けない状態なのだという。
「この草原に、突然変異して巨大化したらしい蛇が現れたんだよ。この蛇っていうのが、かなり警戒心の強い奴みたいでね。近付いて来る動物を、片っ端から襲ってるんだよ」
 勿論、人間だって例外ではない。この状態では、無事に葬送花を摘んで戻る事なんて出来ないだろう。そこで、こうして冒険者達に依頼される事になったのである。
「蛇の大きさは3m程。大きいけど動きが鈍いって事はない。むしろ逆さ。この巨大な体で素早く近付いて来て、体当たりしたり噛み付いたり、締め付けて来たりするのさ。しかも緑色の蛇だから、草に紛れて近付いて来るだろうし……いきなり襲われて大怪我、なんて可能性もあるからね。よく注意する必要があると思うよ」
 そう警告して、キーゼルは、葬送花の方は、この籠一つ分頼むよ……と、大きくもなく小さくもない編み籠を、一つ冒険者達の方へと差し出した。

「……名前で判ってると思うけど、葬送花は死者を埋葬して、送り出す時に用いる花だ。出来るだけ穢さないように、綺麗な状態で持ち帰って欲しい。――頼んだよ」
 そう静かに告げると、キーゼルはどこかへと立ち去って……この葬送花が、誰を埋葬し、送り出す為に必要な物なのかは、あえて口にしなかった。

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参加者
幸せを求めし白き鷹使い・シャンナ(a00062)
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
微笑みの風を歌う者・メルヴィル(a02418)
沈黙の剣士・アーネスト(a04779)
紅の奇術師・シン(a11563)
三日月に寄り添う戦乙女・アイリッシュ(a12290)
角殴・ヒリュウ(a12786)
虎縞尻尾な見習い剣士・マイア(a14586)


<リプレイ>

●草原へ
(「あなたは、優しき人でした」)
 心の中で、そっと。想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)は、ただそう想った。
(「……泣かない、です」)
 一方で、微笑みの風を歌う者・メルヴィル(a02418)は顔を上げると、少しだけ微笑む。
 自分以上に、もっと深い悲しみに沈んでいる人がいるから。……きっとあの人は、泣き顔を見たくないだろうから。
 だから……泣かないと、そう心にきつく刻んで。
「その人の事は知らないけど……親しい人が死んでしまった時の気持ちは、ボクにも少し分かるよ」
 他の者達から、今回の依頼の事情に関わっていそうな話を簡単に聞いて。半熟剣士・マイア(a14586)は口にすると、ちゃんとした葬式をさせてあげたいから、その為にもこの仕事を成功させなくちゃと、出立の準備をする。
「うむ。なるべく綺麗な状態で持ち帰りたいものだ」
 マイアの言葉に、秩序と正義の戦乙女・アイリッシュ(a12290)が頷く一方。幸せを求めし白き鷹使い・シャンナ(a00062)は、子供達にとって最後のお別れの行事だから、皆の気持ちを全て伝えられるよう、必ず最高の状態で届けてみせると拳を握る。
「ええ、故人を送る手助けになれれば幸いですね」
 これまでの経緯はよく知らないけれど……と、紅の奇術師・シン(a11563)も、頷きながら藤で編んだ小さな籠を握る。
 それは依頼として、ではなく。個人的にも葬送花を摘み、弔いとして用いたいと、そう想ったからだった。

 そして酒場を発った冒険者達は、すぐに葬送花が咲いているという草原へ向かった。キーゼルが用意した籠は、葬送花を運ぶ邪魔にならないようにと、いつものコンサティナは置いて来たメルヴィルが抱え。他にもラジスラヴァとシャンナが、自らで用意した籠を運ぶ。
「あそこですね」
 草原に近付いたラジスラヴァは、傍にいた小さなリスに獣達の歌で語りかける。巨大な蛇がどこにいるか、葬送花が草原のどの辺りに咲いているのか、知らないでしょうか……と。
 シャンナもネズミを見かけると歌を口ずさみ、メルヴィルも木に止まった小鳥に歌声と共に問いかける。そうして手分けをしながら三人が情報を集めていくうちに、巨大蛇がいるのは、この辺りでもより深く草が生い茂る、前方の樫の木の傍だと分かる。
「葬送花、って……あれだね?」
 その間に草原を見回してその様子を確認していたマイアは、薄紅色の花があちこちに咲いているのを確認する。特徴からいって、それが葬送花に間違いないだろう。
 葬送花が咲いている場所は草原全体に広がっているようだが、ぽつぽつと点在しているだけの場所もあれば、かなり密集して咲いている場所も見受けられる。
 樫の木の近辺では、その右手側に密集して咲いているようだが、左手前の位置には殆ど咲いておらず……冒険者達は、まずはそちらから蛇の居場所を探り近付いて行く事に決める。
 安全に葬送花を摘み集める為、その前に、蛇を退治してしまう為に。
「………」
 歩きながら、沈黙の剣士・アーネスト(a04779)は鋭い視線を周囲に向ける。蛇の位置は推測でしかない、蛇が必ずしも前方から現れる保証は無いから……と、いつどこから蛇が現れても対応できるように。
「さ、行くんだ」
 アイリッシュはライクアフェザーを用いた後に、召喚したリングスラッシャーを樫の木の方へと促す。更にその後ろを、メルヴィルによって召喚された土塊の下僕が、命令を受け歩いて行く。
 がさり、がさりと、リングスラッシャーや土塊の下僕が鳴らした草の音が、後方の冒険者達の耳に届く中……ふと、前方から、それとは違う物音が響いたかと思うと――次の瞬間。
「来た!」
 大きな影が頭を上げたかと思うと、勢い良くリングスラッシャーへと襲い掛かった。

●巨大な蛇
「こちらへ戻って下さい、です!」
 蛇によってリングスラッシャーが叩き落される一方。メルヴィルの飛ばす声を聞いた下僕が、すぐに後退を始めた。
 出来るだけ、被害の出ないよう戦闘を行いたいから……せめて葬送花の咲いていない位置まで、少し後退してから、と。
「こちらですよ」
 誘導の為に、と、真っ先に飛び出したシンは、朱刀『バーミリオン』を構えながらライクアフェザーを使うと、バックステップで蛇の攻撃を避け、その誘導に主眼を置いて行動する。
 現れた敵を睨みつけた蛇は、冒険者達を倒すべく、彼らを追ってどんどん前進し……その思惑通りに移動していく。
「ここまで来れば十分だね」
 黒炎を纏う双牙・ヒリュウ(a12786)は、蛇を率いて十分な位置まで後退した事を確認すると、本格的な戦闘の始まりを告げるかのように、連撃蹴による強烈な一撃を、蛇の胴体に叩き込む。
「キシャァァァァッ!」
 その攻撃に雄叫びを上げと、蛇は今まで以上に冒険者達を睨みつけ、その鋭い牙を反撃とばかりにヒリュウに立てる。
(「草原を傷付けないように……」)
 難しいな、と思いつつも、出来るだけ注意するよう自分に言い聞かせ、その為にアビリティの行使は控える事にしながら、マイアは握った剣で蛇に斬りかかる。
 続けて、アーネストもレーヴァンティンに稲妻の闘気を宿すと、電刃衝を叩き込み。その後方からは、ラジスラヴァが紡ぐ眠りの歌が響く。
「貴様には、葬送など生ぬるい。滅せよ……」
 蛇の頭部が揺れたかと思うと、それがゆっくりと地へと降り……それ目がけて、アイリッシュが残像を伴う素早いステップと共に、魔剣オーロラサークル【ミリオンジェノサイダー】を握り構えると、ミラージュアタックを放つ。
「――そこです!」
 そこに後方からは、シャンナが放った貫き通す矢が刺さり。続けてヒリュウが、黒炎の牙と名付けられた黒きトンファーによる渾身の一撃を叩き込む。
「迷惑をかけすぎましたね。すみませんが、倒させていただきます」
 激しい攻撃の前に、蛇は苦痛の色に染まった悲鳴と共に目を覚まし、冒険者達から逃れるべく動き始めるけれど……それを許すはずも無く。シンは気を練って刃を次々生み出すと、それを目にも止まらぬ速さで蛇に飛ばす。
「っ……」
 暴れ回り尾を揺らす蛇に飛びつくと、マイアはそれを押さえ込むかのように剣先を突き刺し。メルヴィルの召還した土塊の下僕が次々体当たりを行う一方、アイリッシュが蛇に肉薄し、素早い動きでスピードラッシュを撃ち込む。
 更に、アーネストの振るった剣先が蛇の喉元を捉え……蛇は、ひゅーひゅーと空気を漏らしながら苦しげな声を発すると、ドスンとその場に倒れこみ、その力を急速に失っていった。

●葬送花
 戦いを終え、傷を負ったヒリュウが森羅の息吹で失われた体力を回復する一方、他の者達をラジスラヴァが癒しの水滴で癒して回ると、冒険者達は、すぐに葬送花の採取へと乗り出した。
「この花を供える皆様が、ミネリーさんを想う気持ちが込められるように、良い状態で採取をお願いします」
 シャンナは皆にそう言うと、自ら手本を示すように、心を込めながら丁寧に一輪の葬送花を摘み、優しく籠の中へと入れる。
 日頃花を摘むような機会など無い、という者も、その動作を見て綺麗に花を摘む方法を覚え……冒険者達は草原の各所に散ると、より綺麗に咲いている葬送花を選んで、摘み集める。
「………」
 一方、シンは倒した蛇を抱えて草原の片隅へと移動すると、周囲に咲いていた葬送花を一輪添え、その躯を埋葬すると、目を閉じ無言で両手を合わせた。
(「葬送花、か……」)
 周囲に咲く葬送花をぐるりと見回したアーネストは、ふと思う。
 小さな薄紅色を宿したこの花を、今は無き故郷に……私の失った人々に、この花を捧げたいと……。
「うーん……心を込めて、って、どんな風に摘んだらいいんだろう……?」
 マイアは首を傾げつつも、故人に対する「今までお疲れ様」という気持ちを込めつつ、シャンナの手つきを真似て丁寧に葬送花を集める。
 その近くでは、ヒリュウも丁寧を心がけながら葬送花を摘み、それを籠に入れていく。
「綺麗な花……。でも、なんとなく寂しげな花だな……」
 そう呟きながら、アイリッシュは葬送花を出来るだけ、綺麗な状態に保ちながら摘み取る。
(「きれい……でも、なぜこんなにも悲しいのでしょう……」)
 メルヴィルも、アイリッシュと同様の事を想いながら咲いている葬送花を見つめると、そっと優しく手を伸ばす。
 一方ではラジスラヴァが葬送花に触れると、それを丁寧に籠の中へと収めていく。
「あら……シンさん、それは……?」
 そうしながら、ふとラジスラヴァが不思議そうに首を傾げたのは、シンが数本の葬送花を丁寧に包んでいるのを見たからだ。
「この花は……他に届ける場所がありますので……」
 シンが手にした葬送花は11本。それは、先日ホワイトガーデンで命を失った冒険者の数。
 彼らに手向ける為に、再度ホワイトガーデンへと赴く冒険者に託し、戦場まで届けて貰おうと……そう考えて用意した物だったから。
「……そうですか」
 そんなシンの表情から、花を手向けたい者がいるのだろうと推測したラジスラヴァは、そう短く頷くと、葬送花でいっぱいになった籠を、両腕で大切そうに抱えあげる。
(「……いくらそれ程大きくないと言っても、花を詰めると、重いからな」)
 そんなラジスラヴァの様子を見ると、アーネストは籠に手を伸ばす。物が花とはいえ、荷物の運搬は力仕事だ。彼女らだけにさせるのは……と、それを手伝う為に。

●送り出す日
 葬送花を摘み集めた冒険者達は、籠を携えながら、その足で孤児院へと向かった。
 今回の依頼人が誰なのか、誰の為に必要な物なのか聞いた訳ではない。けれど……この花を必要としているのは、この場にいる者たちに違いないと、そう考えたから。
「……ありがとうな」
 その予想が外れていなかった事は、彼らを出迎えたリベルダの言葉で解った。
「おねーちゃんたち……」
 冒険者が訪れた事に気付いて、何人かの子供達も姿を現したけれど、彼らは皆その顔を曇らせていて。沈んだ面持ちの彼らを、メルヴィルは力付けると……中から聞こえた嗚咽に顔を暗くしながらも、更にそんな子供達を励ましに向かう。
 悲しい時は泣いてもいいと思うけれど、でも、いつまでも泣いていたら……きっと、ミネリーさんが困ってしまうから。だから……涙をふいて、と。
「キーゼルさん……来ていたんですね」
 シャンナは、孤児院の中にキーゼルの姿を見つけると、自分の運んで来た籠を渡しながら……浮かんで来た一つの疑問を口にする。
 ……ミネリーさんの死期を知っていたんですか、と。
 もう変えられない死期を知って、彼女に一番の至福の時間を、与えようとしたのではないかと……そう推測しながら。
「いつ、とハッキリ知っていた訳じゃないけど……」
 そう答えるキーゼルの様子は、とても曖昧なものではあったけれど……シャンナは「やっぱり」と確信を深めた。
 そして、同時に思う。……変えられない事実を知る力は、時として、とても辛いもの。だから、それを支える力を。支えられる力が欲しいと……そう、願った。

 籠の中の葬送花は、ミネリーの眠る棺の隙間へと詰められた。薄紅色の花に囲まれ、目を閉ざす彼女の姿は……ただ、とても静かに眠っているようにしか見えない。
 棺は街外れの墓地へと運ばれて、掘り返された地中に沈められ。その上にも、ぱらりぱらりと、薄紅色の花が散る。
「……………」
 やがて、その場には真新しい墓標が用意され。その周囲にも皆の手から葬送花が舞う。
 周囲には、静かに奏でられる鎮魂歌だけが響いて……それからしばらくの間、誰もが無言で墓標を見つめていたけれど……やがて皆、重い足取りと共に、真新しい墓の側を離れていく。
「……今は、今だけは……良いですよね……?」
 皆が立ち去り、辺りが夜の帳に包まれる中。一人墓前に残ったメルヴィルは、静かに、涙を零した。


マスター:七海真砂 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2004/10/18
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