すべては芸術のために!



<オープニング>


「…………芸術の秋、ですね」
 両手で焼き芋を持ち、はくり、と一口。もぐもぐ。
 荊棘の庇護を享けし霊査士・ロザリーは、何処か遠くを見詰めながらそんなことを言い出した。普段通り何処か眠そうな眼差しをし、変わらぬゆったりとした口調で言う。
「とある、絵描きさんからの依頼なのですが――」

 もうすぐ開催される芸術祭に絵を出品するつもりで、この一年絵の修行に明け暮れてきた男が居た。基本的な技術は、絵の師匠に言わせればかなり向上したとのこと。しかし、突然、男は絵筆を取れなくなった。
 精神的不調――即ち、スランプである。
 幾ら描こうと思っても描いたものが納得いかず、すぐに筆を置いてしまう。
 自らを奮い立たせようと思えば思うほど、どつぼに嵌る。
「嗚呼、何が何でも描きたいと思えるモチーフがあればッ……」
 彼は今日もまた、苦悩を続けているそうだ。

「……冒険者は博識であり、冒険から持ち帰った様々な品も所持しているでしょう?」
 だから、彼は冒険者に依頼をしたのだ。
 冒険者ならばきっと、創作意欲を取り戻させてくれると信じて。
 その絵描きの名前はミッシェル・ブランドー。焦げ茶の瞳とダークゴールドの髪が印象的な青年だと言う。今は無精髭を伸ばし、絵の具に汚れた白いシャツを着ているらしい。
「……私も御手伝いには出向きますけれど、大したことは出来ないと思います」
 彼女の場合、する気も無いのかもしれないが――兎も角、ロザリーはそう言うのだった。

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参加者
笑顔の舞娘・ハツネ(a00196)
通常の三倍・ネッド(a07553)
涼音蒼銀月・エリアノーラ(a10124)
月に憧れる者・マリアステラ(a12528)
愛を騙る吟遊詩人・ラージュ(a14467)
静かなる灰色狼・ハサト(a14660)
綺羅蟠る帷・イドゥナ(a14926)
愚かなる狐・トニック(a15220)
NPC:荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)



<リプレイ>

●「愛」
 画家ミッシェル・ブランドー。彼は愛を見失い掛けている。
 技術を得、技巧に長ければ、其の分細かなミスに気を取られてしまう。自分が何故画家を志したのか、絵画を愛する心を見失えば、やがては絵筆が取れなくなる。
「この依頼のテーマは……『愛をもう一度』、と言ったところかな?」

「やあ、こんにちは」
「だ、誰だ君は!?」
 ずかずかと画家のアトリエに踏み込んで、愛を騙る吟遊詩人・ラージュ(a14467)は穏やかに微笑む。動揺する画家ミッシェルの問いには答えず、手に持つ竪琴を爪弾いた。ぽろろん。
「此れが君の絵かい?」
 壁際に並べられた数々の肖像画らしきものを見る。困惑気味の画家が言葉を返す前に、ラージュはフフと笑みを零した。
「まずは君の話を聞こうと思うんだ。さあ、遠慮せずに話して御覧」

 荊棘の庇護を享けし霊査士・ロザリー(a90151)ら、依頼を受けた冒険者たちが画家の家に辿り着いた時、バターンと派手な音を立てて扉が開いた。
「絵画に対する愛を思い出せたならば、存分に絵筆を揮えるようになっているはずさ。
 絵画と同じ『芸術』である、歌唱と舞踊を嗜むこの私が保証するよ?」
 はっはっは。朗らかな笑い声と竪琴の響きを残し、呆然とする皆を置き去りに、ラージュは一足早い帰路に着くのだった。桜の咲いた翠の髪が風に揺れる。ふわりと漂う甘い残り香。

「……中に入りましょうか」
 月に憧れる者・マリアステラ(a12528)が促すと、皆は我に返り動き始めた。ともあれ、依頼は始まったばかりである。決して終わっては居ない。

●「労り」
「御機嫌よう」
 冒険者然とした服装では無く、御嬢様然としたエプロンドレスで現れた闇に浮かぶ気高き銀の月・エリアノーラ(a10124)の声が響く。
「……何なんだ、あの話術巧みな吟遊詩人は……」
 アトリエに入ると、椅子に座った画家が頭を抱えていた。無理も無いことだろう。冒険者たちは少し彼に同情した。
「季節の花をお持ちいたしましたの。どうぞ」
 エリアノーラは、秋桜とも呼ばれる可愛らしいコスモスの花束を、そっと画家に差し出した。画家は其処で漸く来訪者に気付いたかのように顔を上げる。解れたダークゴールドの髪の合間で焦げ茶の瞳が瞬いた。
「……ちょっと気分転換してみようだよ♪」
 笑顔の舞娘・ハツネ(a00196)が、腰を屈めて座った画家と目線を合わせ微笑んだ。一芸に秀でた人物ならば誰でも一度は通る道、スランプと言う大きな壁、此処を乗り越えれば更なる飛躍が彼を待つだろう。吟遊詩人のハツネは、ミッシェルの悩みと現状がよく理解出来た。
「篭ってばかりじゃ気分も滅入る。……嗚呼、勿論気分転換は強制じゃない」
 強制するものを気分転換とは呼ばないだろう、ストライダーの牙狩人・トニック(a15220)が苦笑混じりに言った。気遣わしげな眼差しに、画家が僅か目元を緩めた。
 そんなミッシェルへと小奇麗なシャツが差し出される。向けた画家の視界に、金の髪をした少女の細い腕が目に入る。マリアステラだ。着替えるだけでも随分と気持ちが変わるものです、とやんわり勧める。画家は暫くマリアステラとシャツとを見比べていたが、ほっとしたように息を吐くと、そうかもしれない、とシャツを持って部屋を出た。

 静かなる灰色狼・ハサト(a14660)は持参した文献のページを捲る。芸術とは、「美を表現する人の活動」「感性のリビドーを解放して自らの殻を破り、新たな創造の境地に達する」……全く理解出来ない。自分なりに解釈すべきだろうか。
 画家の部屋は雑然とし、絵の具特有の匂いが染み付いていた。換気も良く無い。これでは新鮮な空気が脳に回らなく、能率が悪くなるのも当然だろう。
 エリアノーラが部屋の小さな窓を開け放っているが、換気が追いつかない。――――そうか!
「芸術とは『自らの殻を破る』……か!」
 ハサトは閃いた!
 徐に部屋の壁へと爆砕拳を炸裂させる。鍛え上げた拳に力を込め真っ直ぐに殴りつけた。脆い壁はあっと言う間に崩壊する。
「創造の為の破壊……それを見せてやろう」
 目的の為に色々と見失いつつ、ニヒルな笑みを浮かべるハサト。
「待って待って、家が崩れちゃうにゅ〜〜!」
 ハツネの必死の静止が後一歩遅ければ、壁だけでなく小さな家は完全に倒壊していたことだろう――数分後、皆に怒られながら、柱の補強をするハサトの姿があった。

 さっぱりした顔で部屋に戻って来た画家は、壁に開いた大穴に愕然としていた。マリアステラがぽんぽんと肩を叩き、大丈夫ですよ、と慰める。
 気付けば部屋の中を竪琴の音と小さな声が流れていた。ゆったりした曲に乗せられる静かな歌――部屋の片隅で、竪琴を手にハツネが微笑む。
 窓際に椅子には茶器が載っていた。部屋の中に吹き込む涼やかな風。篭った室内の空気が外へと吐き出されていく。
「風が気持ち良い季節になりましたわね」
 画家へとカップを差し出しながら、エリアノーラが上品に笑む。
「ミッシェル様はどのようなものをお描きになられますの?」
 其の問い掛けに、画家は壁際に並んだ絵を指す。
「やはり、人物画が好きだよ」
 生き物と言うものは、其々其の時々によって表情を変え、絶えず変化し続ける。一瞬の魅力をキャンバスに描き留めたいと思い、画家を志したのだと彼は言った。
「こうしてアトリエに籠もっていても他者をお描きになるというのは……
 何か『憧れ』のようなものを作品から感じる気が致しますわ」
 彼女から感じられる一抹の寂しさに、画家は言葉を詰まらせた。
「――れっつ☆だんしんぐ♪」
 無邪気な声が空気を和ませる。狭い部屋の中で、されど決して物にも人にもぶつかることなく、ハツネが繊細ながらダイナミックな踊りを披露する。何故か其の場に居た面々も身体が勝手に動き出した。
「僕の最高の踊りをご披露してあげるにゃ♪」
 元気な笑顔で言って、うきゅうきゅと踊る。画家は小さく笑みを浮かべた。
「ええい!」
 曖昧な画家の様子に爆熱赤竜・ネッド(a07553)が、業を煮やしたように声を洩らす。ビシィと鋭い爪を突きつけて、激昂したように言葉を放った。
「てめぇ、『良いモチーフがあれば絵が描ける』なんて言ってるが、本当か?」
 唐突と言えば唐突な言葉だが、其れ以上に、胸にグサリと来る何かを感じて画家は目を見開いた。
「てめぇは其れを理由に逃げてるだけじゃねぇのか?
 絵の事は良くわからんが、芸術ってのはモチーフで決まるもんじゃないんだろ?」
 シンプルな言葉はだからこそ真っ直ぐに画家の胸を打つ。ネッドは思った。結果を出すためには全力で挑むことが必要。其れは武術も芸術も同じであろう。この画家は全力を出し切れぬと決め付け、戦う前から逃げているのではないか。
「気合が足りんっ! 例え自信がなくても、その時の全力で闘うのが漢だぜっっ!
 俺が気合を入れなおしてやるっっっ!!」
 バシッ、とかなり痛そうな音が部屋に響いた。武道家であるネッドの一撃は、手加減こそされていたものの決して軽いビンタでは無い。空気を震わせる余韻を残して、場が静まり返る。しかし、其の痛みこそが、逃げていた現実と向き合う勇気を画家に生んだ。

●「象徴」
 一方其の頃。ロザリーは酷く困惑していた。
「貴女という存在で芸術が表せるのか、私の手で試させて欲しいのです。
 其の髪も、瞳も、唇も、手足も、全てが輝きを見せる様に」
 口説くような甘い言葉。白砂に揺蕩う幻夢・イドゥナ(a14926)の細い指先が、蒼みがかった彼女の黒髪を掬い取る。
「……目を閉じて、私に身を任せて下さるだけで宜しいのです。
 気分を害されぬ様に努めますが、嫌であれば拒否しても構いません」
 掬った髪の一房に優しく口付け、まるで姫君を扱うかのような敬いを向ける。彼女の、変わらぬはずの茫洋とした瞳が僅かに揺れる。形の良い眉が僅かに寄せられ。
「……ちょっと嫌です」
 拒否した。
「でも、少しなら」
 言葉と共に、蒼い瞳が伏せられる。長い睫毛が緊張の為か、僅かに震えた。
「……了承が頂けて、安堵しました」
 イドゥナは甘く微笑み、彼女の顔に優しく触れる。静かに顔を近付けて――

 何処か哀しげに、エリアノーラは紫の瞳を細めた。
「宜しければ、私達を描いて頂けません?
 貴方様の目に、私達が如何映っているのか、とても知りとう御座いますの」
 其れも良いかもしれない。画家は笑って頷いた。随分と話し込んでいたようで、気がつけば既に日は沈み、夜の帳が落ちている。
 其の時、唐突に部屋は霧に包まれた。
 月明かり差し込む部屋の中、靄は淡く煌いている。其の中からイドゥナがロザリーの手を取って進み出る。彼女はイドゥナが選んだ品物で綺麗に飾られていた。月光に照らされ尚映える白のシルクドレス。グラデーションが掛かったシフォン・オーバードレスは淡い青。彼が神経を注いだパール系のナチュラルメイク。唇のグロスが輝く。ロザリー自身、まさかこんなことになるとは思っても居なかった。珍しくも恥ずかしげに視線を落とす。
「ロザリーさんが可愛いにゅ♪」
 霊査士は益々身を縮める。画家は感嘆の息を洩らした。
「君たちのおかげで色々とインスピレーションが沸いたよ。有難う」
 絵が出来たらきっと君たちに贈るよ、不謹慎かもしれないが、楽しい一日だった。朗らかに笑う画家へ、マリアステラがノートを差し出す。
「今日のことを記しておきました」
 画家が改めて自分の姿を見詰めることが出来るよう、スランプ克服までの過程が詳細に書かれていた。参ったな、と画家が――嬉しそうに笑う。朗らかな笑みを見て、トニックは、ふぅ、と安堵の息を吐き出す。
「……何とかなるもんだな」
 詰まる所、彼にとっての初依頼は、無事成功に終わった。明るい笑顔を浮かべた画家が、壁を乗り越えたのは明らかであった。


マスター:愛染りんご 紹介ページ
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作成日:2004/10/14
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