待つ女



<オープニング>


「彼女がやって来たのは新月の晩だったのです……」
 霊査士が低いトーンで語り始めた。

 新月の翌朝、ある村の木こりたちが近くの山に木を切りに行くと、大木の下に一人の少女が立っていたので非常な恐怖を覚えた。

 少女はほとんど布切れと呼んでも良いような質素な服を着て、足にも何も履いておらず、山歩きのために小さな切り傷ができていた。
 にもかかわらず、頭には白く輝く豪華なヴェールを被り、手には見たこともないような白い美しい花束を持っていた。
 顔かたち、背格好はいかにも小娘風だったが、俯いて一途に誰かを待っているような表情には侵しがたい雰囲気があった。
 そして祈るように閉じたまぶたからは、血の色をした涙がぽろぽろと零れ落ちていた。

 要するに、このさいはて山脈の麓の村の木こりたちは、少女が山脈を越えてきたモンスターであることをその異様な雰囲気から悟ったのだった。
 彼らはとっさに背を向けて逃げようとしたが、もう遅かった。白いヴェールのすそが持ち上がって空中に紋章を描き、花束から一輪の花が飛び出した。紋章から放たれた光の矢で体を貫かれ、花の爆発に巻き込まれて木こりたちはバラバラになった。

 しかしただ一人、集団の最後尾にいた木こりだけは爆発の届かない場所にいて助かった。
 生き残った木こりは少女が近づいてきて自分も殺すだろうと観念したが、少女はいつまでたっても動こうとはせず、彼は逃げのびることができた。

「少女とヴェールと花束は別々のモンスターですね。
 少女は新月の晩にだけ歩き回り、それ以外の日は何かを待っているようにじっとしています。冒険者だった頃に何かあったのでしょうが、今となっては知る術もありません。赤い涙には癒しの水滴と同じ力があるようです。
 ヴェールと花束は少女を守り、射程に入った者をとにかく攻撃する習性があります。浮遊して自力で移動し、近づく者の行く手を阻むこともできるでしょう。
 ヴェールはエンブレムシャワーっぽい攻撃、花束はナパームアロー風の攻撃をしてきます。

 ヴェールと花束はもちろん、少女も放っておくと何かのきっかけで暴れ出す可能性は捨て切れません。とにかく危険ですから、次の新月の前に三体とも退治してください」
 気をつけてくださいね、と言い残して、霊査士は去っていった。

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参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
黄金の旗手・メノアリア(a00666)
深遠を視通せし者・ユイス(a03427)
月虹樹の花・ジュナ(a04047)
気紛れなそよ風・アリステア(a04106)
灰眼狐・ナガレ(a05376)
蒼穹の淡き月・アルナト(a10219)
狩人・ルスト(a10900)
内なる光・セオ(a11776)
伝説の巨大剣の使い手を目指す・チヨ(a14014)


<リプレイ>

 さいはて山脈から時折吹き降ろしてくる突風には、既に冬の冷たさがあった。
 冒険者たちはモンスターが出現した山裾の村を訪れた。

「なるほど、わかりました」
 狩人・ルスト(a10900)は、生き残った木こりから話を聞いていた。
「花束の攻撃の射程は30メートルほど、ヴェールは10メートルほどですね。そして少女の後ろには大樹があり、周囲にもまばらに樹が生えている。地面の傾斜はあまりない、と」
「ええ。皆が殺される瞬間は目に焼きついて離れません。確かにその距離でした」
 木こりはまだ若いはずだったが、心労のためか老けこんで見えた。
「冒険者様、どうか皆の敵を討って下さい。お願いします」
「任せてください。お話、ありがとうございました」
 目新しい情報は得られなかったが、ルストは木こりに一礼して席を立った。

「見つけたぞ。あそこだ」
 内なる光・セオ(a11776)の指し示す方向に皆の視線が向く。
 樹々の合間から聞いていた通りのモンスターたちの姿が見えた。
「この辺りで良いかな」
 30メートルの距離を目測して慎重に移動し、花束の射程やや手前の位置まで近づいて、戒鎖の刃・ナガレ(a05376)がストリームフィールドを使う。前情報からストリームフィールドが効く可能性はなさそうだったが、使っておいて損失があるわけではない。
 ストリームフィールドが成功するのを確認し、セオは土塊の下僕を作り出して命令した。
「行け」
 主に命令された通りに、下僕はストリームフィールドの不思議な空気の流れの中を少女の方へ歩いて行く。
 それに反応して、少女の手に握られて空を向いていた花束も生き物のように胴体部分を曲げて下僕に狙いを定める。
 次の瞬間、花束の奥から新たに一輪の花が伸び出し、下僕に向けて発射された。
 花は下僕の手前に落下し、爆発して下僕を吹き飛ばす。ストリームフィールドの効果はやはり無いようだった。

「これでどう出てくるか、誘いに乗ってくれれば良いのですが」
 次にルストが花束の射程まで踏み込み、少女に狙いをつけてナパームアローを放った。同時に花束もルストに対して花を撃ち出す。
 双方の攻撃はどちらも狙った相手に命中し、三体のモンスターとルストは爆発で傷を負った。
 この攻撃でヴェールを少女から離れさせ、こちらまで誘き寄せようというのが冒険者側の作戦だった。
 その狙いは半分は成功した。花束とヴェールは一撃では倒せない強力な敵が近づいたことを悟ったのか、少女の頭と手から離れ、少女の周りを漂い始めた。
 しかしそれ以上の動きはなく、ヴェールは少女の側に浮いたまま何もしなかった。花束はルストにもう一撃入れようと狙いを定める。
「誘き寄せられなかった以上、後は近づいて攻撃するしかないなぁ〜ん。ルストさん、援護をよろしくですなぁ〜ん」
 ルストが頷くのを合図に、伝説の巨大剣の使い手を目指す・チヨ(a14014)が駆け出し、仲間たちもそれに続いた。

 ナガレ、チヨはヴェールに攻撃を仕掛け、その後ろに蒼穹の淡き月・アルナト(a10219)が従った。
 走りよって間合いを詰めるまでにまず一度、ヴェールの裾が空に紋章を描き、そこから数条の光が放たれてナガレ、アルナト、チヨだけでなく花束や少女に向かった冒険者たちも貫いた。
 ナガレがチェインシュートで反撃し、チヨは自分の間合いまで更に近づく。
 七刻承『朧雪』が射出され、ヴェールの純白の布地を貫いて突き刺さったが、ヴェールを引き寄せることは出来なかった。軽太刀は鎖が巻き戻ってナガレの手元に戻る。
 ヴェールが再び四方に光の帯を飛ばし、ナガレももう一度チェインシュートで攻めた。
 光の帯を横に飛んでかわしたチヨも、電刃衝で斬りかかる。
 しかし発射された『朧雪』と、稲妻の闘気を込めて振り下ろされる、伝説の巨大剣と呼ばれていたらしい巨大剣の両方を、ヴェールは織物にしか出来ないような柔らかな動きで回避した。
 厄介そうな相手だと、アルナトは改めて思う。
「だが、やれるだけの事はやらせてもらうさ」
 アルナトが美しい両手杖を構えると、淡い光の波が彼を中心に広がり、冒険者たちの光に灼かれた傷を癒した。

 深遠を視通せし者・ユイス(a03427)、月虹樹の花・ジュナ(a04047)、気紛れなそよ風・アリステア(a04106)は花束に殺到していた。
「皆、一気に行くぞ!」
 鎧進化と武具の魂で装備を強化したユイスがジュナに声をかけ、二人が一気に間合いを詰める。
「合戦太刀の熾烈な一撃、耐えられるかしら……!」
 ユイスの黒紫剣が電刃衝で横薙ぎに切り裂き、ジュナが兜割りで合戦太刀「泡沫」を思い切り打ち下ろした。花束はこの攻撃で数枚の花びらを散らせる。
「危ない! 光線が来ます!」
 戦場全体を見渡していたアリステアがユイスとジュナに警告した。
 三体のモンスターは引き離されてはいないため、ヴェールの使う光線攻撃はアリステアたちにも届いた。
 ユイスはサファイアシールドで光線を受け止め、ジュナは身を捻って避けた。
 しかしその隙に花束は自分が爆発に巻き込まれないよう距離を取り、二人に花を飛ばす。
 花の爆発で傷を負った二人を、アリステアのヒーリングウェーブが回復させた。
「動きを止めることが出来れば!」
 ユイスが更に電刃衝で斬りかかる後ろから、ジュナは紅蓮の咆哮を上げたが、電撃を受け、裂帛の気合を叩きつけられても、モンスターたちは平気で動き続けた。
 アリステアのスキュラフレイムを踊るように回転して避けながら少し後ろに下がると、花束はまた白い花を飛ばした。

 想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)、黄金の旗手・メノアリア(a00666)、セオは、戦いの中を樹々に身を隠しながら進み、大樹の後ろから少女に近づいた。
「樹を護ろうとする少女ですか……冒険者時代はそのような依頼についていたのでしょうか?」
「愛する人を樹の下で待ち続けていたのかも……」
 大樹を背にして立つ少女を見て、メノアリアとラジスラヴァの口からそんな疑問が漏れる。だが、少女は何も答えず、涙を流し続けるだけだった。
 ヴェールと花束が身体を離れた今、血の色をした涙を流し続ける点以外は、モンスターはボロを纏った、どこの村にも一人はいそうな普通の娘といった様子だった。
「何を待っているかはわかりませんが……望んでる者が今の貴女に会いに来るとは思えませんですね……」
 メノアリアが武具の魂で威力を増した兜割りを叩き込み、
「哀れと思えなくもないが……今は情けは無用か」
 セオのスキュラフレイムが魔炎で少女を焼く。
 反撃を警戒して、セオは鎧進化を使ったメノアリアの後ろに一旦下がったが、少女は不気味なほど全く動かなった。
 ただ、ぽたぽたと零れ続ける涙の玉が風に乗ったように攻撃された箇所に飛んで行き、その傷口に付着して赤く滲むと、瞬く間に傷を塞いでいった。
 メノアリアとセオは警戒しながらも攻撃を続け、少女も回復を続けた。
 少女の涙は時にはヴェールや花束の方へも飛んでいき、回復させた。
 ラジスラヴァは眠りの歌で眠らせて回復を止めようと何度も試したが、効果はないようだった。

 冒険者側は攻撃を三体に分散させたため、三体ともなかなか倒れなかった。
 当然モンスターの攻撃を受ける回数も増えた。広範囲への攻撃はグリモアの力で威力を殺がれるが、何度かは見事な当たりの攻撃を受け、危ない状態になることがあった。
 しかし、比較的打たれ弱いルストやラジスラヴァは樹の陰に隠れて戦うことで攻撃される回数を減らしていたし、冒険者側には回復に専念したアルナトに、ラジスラヴァ、アリステア、セオとヒーリングウェーブの使い手が揃っており、危険な状態の仲間をすぐに治療していったので、重傷者を出すことなく戦いを進めることが出来た。

「当たれ!」
 ルストの放った矢をヴェールは避けようとしたが、ホーミングアローは軌道を曲げてヴェールを貫く。
「良し!」
 ナガレの渾身のチェインシュートが追い討ちで更にヴェールに穴を開け、
「これで終わりなぁ〜ん!」
 かわす間もなく振り下ろされたチヨの巨大剣がヴェールごと地面を深く穿ち、真っ二つに引き裂いて止めをさした。

 ジュナの紅蓮の咆哮はついに効果を発揮し、花束を空中に静止させた。
「今です!」
 ユイスとアリステアがここぞとばかりに電刃衝、スキュラフレイムで畳み掛けるが、花束は身体を丸めてそれに耐える。
「一撃必殺!」
 そこにマッスルチャージで筋力を増大させたジュナがファイアブレードを炸裂させた。
 限界まで高めた炎の闘気を放ち、全身が麻痺したジュナはその場に座り込む。
 焼かれた花束はぽとりと地面に落ち、炎が消えた後には燃え滓だけが残っていた。

 護衛の二体が倒されても、少女に変化は見られなかった。冒険者たちは少女を取り囲む。
「とても不思議なモンスター……」
「血の涙を流すほどの辛いことがあったのでしょうか。考えすぎかもしれませんが、でも、どうしてもそんな考えが頭を離れません」
「俺たちに出来るのは、この場に眠らせてやる事だけだ。それが、せめてもの情けだろう」
 アルナトの言葉に皆は頷く。ユイスが進み出た。
「貴女がどんな思いでここにいるのか分かりません。ですが、ここにいても何も望みは叶いませんよ」
 そう言うと鈍く光る剣で少女を刺し貫いた。
「自由になって、そして願いを叶えなさい」
 少女の目が開き、血の色に染まって輝く眼球で冒険者たちを見つめた。そして再び力なく目が閉じられ、モンスターは永遠の眠りについた。

 三体のモンスターの亡き骸を、冒険者たちは大樹の下に埋めて葬った。
 生まれ変われるなら、今度は幸せな道を歩めるようにと、一同は祈りを捧げる。
 その後、散乱したままになっていた木こりたちの亡き骸も回収し、村に届けて丁重に弔った。

「少女はヴェールをまとい花束を手にして待ち続けました。
 愛する男と愛を誓った大樹の下で。
 今でも少女は大樹の下で待ち続けています。
 戻らぬ愛する男の為に赤い血の涙を流しながら」
 ラジスラヴァが少女のモンスターに着想を得て作った歌を聴きながら、冒険者たちは帰途に着いた。


マスター:魚通河 紹介ページ
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参加者:10人
作成日:2004/12/03
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