≪西森の砦アイギス≫【流沙】闇の翼



<オープニング>


 空を飛ぶには脆弱な漆黒の翼を広げ、また窄め行く鳥。落とす影は森の上に円を描き、やがて、その姿は緑の内へ消えた。
 降り立つのは、静かに伸べられた腕。
「他は冒険者にやられたか……」
 血の気の無い頬が、歪む。
「やはり、同盟には……」
 呟きの先は無い。
 もとより、聞いているものなど居ないのだから……。


「またお風呂とココアの準備かしら……」
 アイギスの霊査士・アリス(a90066)が呟くのを、沈黙の予言者・ミスティア(a04143)は首を傾げながら聞いた。
「アリスちゃん、違うのね。そういう時は先にお仕事の話をするにゃよ?」
 もうパターンは分かっているとばかり、欠食淑女・プミニヤ(a00584)は「ち、ち、ち」と人差し指を立てて見せる。
「あ……」
 そうね、と気付いたように言って、アリスは護衛士達を希望の間に集めた。
「カラスが見つかったの? リジョウでも見たって人がいるよ?」
「それは『ただの鴉』という気もするがのぅ……」
 緑のちび魔女・グリューネ(a04166)の報告に、鳥を気にかけていた氷輪に仇成す・サンタナ(a03094)は、「早とちりはいかんのじゃ」と諭すように言う。
「見つかったというか……自信は無いけど、北じゃないかと思うの。1番近いのはケイザン。……ただ、ケイザンのすぐ傍なら、今まで、怪しい人物や『羽の無い鴉』が見かけられた報告が無いのもおかしいわ」
 各村に常駐する班と、巡回している班、それぞれの護衛士達や一般兵、村人達の目を盗んで長期間行動するのは、いくら何でも難しいはずだ。
 黒幕がいることが予測されながら、存在を掴めなかったのは、本人が決して表に出てこなかったから。事件はいつも、アンデッド達が動いていただけだ。
「でも、今回は違うの」
 心なしかキリリとして、アリスは護衛士達を見渡した。
「見えたの」
 確かなものではないけれど。
 薄布の帳の向こうを視るようだった霊視には、血の通わぬような白い肌と、黒衣。黒い鳥の羽。……それが視えてきているとアリスは説明する。
 護衛士達が仕事をするのに何かが変わるかと言えば……実は、これまでと大差ないかもしれない。ただ、今まで東西を走り回るばかりだった彼らに、成果を伝えたかった。
「いるの。アンデッド達の背後には、確かに誰かがいるの。それを断言できるようになったし、今度は追い詰められるかもしれない。だから……」
 がんばって、とアリスは囁いた。

 彼女が略地図で示したのは、ケイザンよりも更に北。さいはて山脈に近い場所だ。
 リザードマン領ではなく、竜脈坑道でもなく。ただ、木々の茂る森の中。
「その『誰か』は、ドリアッドの森で迷わないのか……?」
 自身がドリアッドだった元盗賊・リルヴェット達とは違う。アリスが視たものには、種族特徴まではなかった。ドリアッドなら分かるが、もしドリアッドでないなら……どうやって森の中に潜んできたのか。アイギスの保父見習い・セルヴェ(a04277)が問い、アリスは少し考えて続けた。
「アンデッドは結界に影響されないからかしら。アンデッドを操れるのなら、迷わず移動することは可能だわ」
 それは、敵が容易く逃亡できることも意味する。
 ドリアッド族を護ってきた樹木の結界。敵はその内に隠れ、それを味方にしているのだ。
 護衛士達と事構えるつもりがなく、積極的に動かなかったというだけで。アイギス内に入り込み、再び森へ消えることも……本当は可能だったのかもしれない。
 その想像は、恐ろしいものに思えた。
「『彼』は近く動き出すわ。今度は自ら……。これが最初で最後のチャンスかもしれない。逃したら、多分……」
 『帰る』だろう。
 これまで潜んでいた者が自ら動くのだ。それ以外の手が消えたからに他ならない。護衛士と事構えるつもりがないのなら、自分の存在を正確に捕捉されたと気付いてもなお、居座るはずはないだろう。
「どこへ動こうとするかが分からないから、森へ捜索に出なければならないわ。探すことも、気付かれないようにすることも難しいでしょう。けれど、やらなきゃ……」
 アリスは、まるで自分に言い聞かせるように言う。
「囮になるつもりならやめた方がいいぞ、アリス? 敵がアイギス内のことをどこまで知っているか疑問だし、倒れられたら足手まといだ」
 護りの黒狼・ライナス(a90050)の言葉に、アリスは不意をつかれたように目を見開いた。
「単に、一般人のふりをする奴と、その護衛にしたらどうだ? 一般人役はクウガがいいんだろうけど……俺がその案を押すのは微妙だし、言いだしっぺだからな。囮は俺がやってもいいよ?」
 こっそり鋼糸装備で、とライナスは小さく笑いながら付け足す。忍びならではだ。
 が、そこに当の護りの魔箭・クウガ(a90135)が割り入った。
「そ、そういうことなら、おらがやるだよ」
 もう既に、緊張でガタブルしている辺りがナンだが。
「おらがやるだ」
 心意気だけはあるようだ。
 丸腰か、せいぜい短剣装備になるのが不安だが、仮にも冒険者だ、敵と遭遇しても何とかなるだろう。
 アリスはしばらく考え、それからゆっくり頷いた。

 囮を放つのはケイザンの北の森。
「誘き寄せではアンデッドしか出てこないでしょう。『敵』を捕捉するには、囮が襲われている間に行動する必要があるわ。アンデッドを操る者は近くにいるはずだから」
 気をつけるべきは、多少なりとも、敵自身にも護りがあるだろうこと。
 護衛のアンデッドがいるかもしれないし、長期間その付近に潜伏していたのなら、罠の類いも。護衛士を退ける為に、何がしか手を打っている可能性がある。
「厄介な……」
 護衛士達の中から呟きが聞こえた。
 それに頷き、アリスは「よろしくお願いね」と頭を下げた。

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参加者
赫風・バーミリオン(a00184)
星射抜く赫き十字架・プミニヤ(a00584)
在散漂夢・レイク(a00873)
ペンで戦う女流作家・アニタ(a02614)
朽澄楔・ティキ(a02763)
氷輪の影・サンタナ(a03094)
たんぽぽ園の園長・セルヴェ(a04277)
銀の竪琴・アイシャ(a04915)
NPC:護りの魔箭・クウガ(a90135)



<リプレイ>

 「やる」と言ったワリには落ち着きの無い護りの魔箭・クウガ(a90135)に、碧藍の瞬き・アイシャ(a04915)と赫色の風・バーミリオン(a00184)はにっこり微笑んで話しかける。
「皆様がいらっしゃるから平気です。お役目、果たせるように頑張りましょう」
「そうだよっ あんまりガタブルしてると怪しい人になっちゃうからね?」
 それでは元も子もない。クウガはハッとしながら頷いた。
「そ、そうだな。分かっただよ。あっ 薬草取りなら、籠持ってた方がいいだべか?」
 日頃、使い慣れた弓も鎧も置いて、一般人を装う。それが余計にクウガを心許無い気持ちにさせるのは、技量に自信がないことの裏返しかもしれない。
 戒剣刹夢・レイク(a00873)とアイシャも、同じように一般人を装う。武器はそれぞれ懐などに隠していた。だが、その為に反応が遅れては……と、過ぎた心配をして、
「気持ちだけ『君を護ると誓う』ですじゃ……っ」
 氷輪に仇成す・サンタナ(a03094)はこっそりアイシャに囁く。さすがに、彼女に何かあったら、平静ではいられないだろうから。
「サンタナ様こそ……気をつけて下さいね」
 籠を取ってきたところで、ほんのり温かな空気に紛れ込めなかったクウガはというと。
「目的地辺りにある植物が商売物になるか、見ておくのもいいかな? どの道、薬草はカザフの商売にも使えそうだし」
 ついでに欲目を出してみるレイクに、樹の陰から尊敬の眼差し。
「じゃ、じゃあ、帰りに探してみるだよ」
「とにかく、まずは依頼を成功させないといけません」
「正念場だからな……」
 ペンで戦う女流作家・アニタ(a02614)とアイギスの保父見習い・セルヴェ(a04277)は重々しく頷き合う。そこに、バーミリオンが小首を傾げて尋ねた。
「ねえ、敵に顔知られてるといけないんじゃないかな? 帽子とか被っておかない?」
 欠食淑女・プミニヤ(a00584)達と隠密行動するセルヴェにも、バーミリオンは「一応ね」と勧める。
「皆も……」
 言いかけて朽澄楔・ティキ(a02763)達を見ると、いつの間にか仕事モードに戻っていたサンタナと2人、「基本だ」とでも言いた気な顔でマントをかき寄せていた。草木をマントなどに擦り付け、潜む準備としては万端だ。
「セルヴェも……」
 気を回したティキは、セルヴェにも潜むに適した準備を促すと、
「囮役のクウガ達とは、別々にケイザン入りしておかないか」
 そう細かな指摘をして仲間達に同意を求めた。
「……分かった」
 アイギスを出る時から勝負は始まるのだ。
 それを再認識して、セルヴェは気を引き締めた。逃したくない……その気持ちだけで事が巧く運ぶことなどないのだと、知らされた気持ちで。


 ドリアッド達を護ってきた森。――結界は、彼らが同盟に入った今となっては、無用の長物かもしれない。まして、その奥に敵が潜むとなれば。
 隠密班――プミニヤ、ティキ、サンタナの案内役は、ドリアッドのセルヴェが引き受けるしかない。ティキは、気負いがちな彼の肩をポンと叩く。
「フォローはする。先導を頼むな」
 短い言葉に頷いて、セルヴェは先頭に立つ。
 まずはケイザン村へ。囮役の仲間達とは別のルートで、4人は森の中を行く。動物達が人の気配に散って行く中を、注意深く進んだ。
「敵の逃亡ルート、竜脈坑道側ではございませんでしょうか……?」
 潜めた声で、サンタナは言う。いつもと違って、過ぎたほどに丁寧な口調は、彼の真剣さの現れ。
「それは俺も思っている」
「逃がさなければいいのね。それに……怪しいとは思うにゃけど、確信はないにゃ」
 難しい顔をして、プミニヤはセルヴェ達に返す。護衛士団で竜脈坑道の警戒を推し進めていたのは彼女だが、今まで、坑道付近に怪しい気配はなかった。そして、自分や仲間達の目が節穴だとは思えない。
「「……」」
「違うのなら、どこへ……?」
「分からないのね」
 誰も、答えは持っていなかった。

 やはり緊張ぎみのクウガに、バーミリオンとアイシャは、代わる代わる話しかけたり歌を歌ってみたりと……怪しく見えないように気を遣っていた。
 ケイザン村を過ぎ、隠密班が控えているはずの辺りで、彼らはしばし立ち止まり、仲間達の所在を探るように見回してみる。
 ガサッと物音がした気がする。仲間達が居る……そう感じ取れたことが、そもそも、あってはならないミスを指しているのだと気付いた者はいなかった。
 そして、再び先へ――。
 北のさいはて山脈方面へ向かい歩き始める。道は、アイシャでなくては分からなくなり、森は四方に迫ってくるように思えた。季節柄、森は冬の装いを初め、足元は枯葉を踏みしめる音が立つ。
「あんまり人が入らない所の方が、珍しい薬草見つかるのかなぁ」
 視線だけは鋭く、のほほんとした台詞を言うバーミリオン。クウガやレイク達を挟み、反対側のアニタは、生返事を返して周囲の気配を探る。
「そろそろ……」
 あまり人が立ち入らない地域になるはずだと、アイシャは示唆した。出掛けに、地図上で確認してきた辺りに入るのだ。


 騒がせたからだろうか。一斉に鳥が飛び立つ音がする。気になって、プミニヤは樹上を見上げた。
 彼女が警戒しているのは、センサー役のアンデッド。皆に合図をして、ハイドインシャドウを使わせる。
 ただ見ているだけなら、確かな殺気も感じ取れないだろう。探り当てた気配だけが頼り。動物達とて、生者への殺気を見せないアンデッドを恐れることもない。そして、プミニヤ達にとっては、捕捉された後ではハイドインシャドウが用を成さなくなる危険がある。彼女の意を悟って、サンタナも頭上を見上げた。
「何だ……?」
 足元の罠などを警戒していたティキが、彼女達の様子に気付く。
「いるにゃよっ!」
 ロザリオにかけた矢はホーミングアロー。殺気に気付き飛び立とうとした鴉が、グアッと声を上げて撃ち落された。
「こちらが見つかったのか?」
 まさか……と呟いたセルヴェは耳を澄ますが、クウガ達が襲われた気配はまだ無い。
 代わりに、動物達が散って行く気配と、飛び立つ何か。
「嫌な予感がするな……」
 ティキの呟きに、仲間達は背筋に冷たいものを感じる。
 今、飛び立ったものは何だったのか。何処へ向かったのか。
「まさか、ケイザン……」
 罠を、警戒しなくてはいけなかった。
 敵は護衛士と事を構えるつもりは毛頭無い。――それは、今までの事件が物語っている。
 ならば……。
「誘き寄せるつもりが、住民の命をカタに誘き寄せられるのか……っ」
 セルヴェは苛々と言い放つ。
 村には警戒に回る護衛士の仲間達がいるだろう。自分達の不始末を彼らに任せるのは気が重い。けれど、敵を倒しもせずに帰還することも、同じだけ住民達に不安を残すに違いない。
 行くも帰るも、2つともに、彼らにとって厳しい選択。ケイザンで何が起こるのかも分からないまま……。
「行こう」
 どちらへなのかは、セルヴェの歩みが示した。
 このまま、北の森へ。
 所在を知られたのなら、後は全力で捜索するのみ。

 隠密班が動いたことは、バーミリオン達にも分かった。
「何かあったのかな……?」
「それより、先に『向こう』に敵が動いたということは……隠密行動が知られているということではないですか?」
 それはあまりに拙い状況だろうと、アニタは言う。囮班の5人は顔を見合わせ、周囲の気配を探った。
 襲撃は間を置かずにやってきた。野犬や狼らしいものと、ドリアッドのアンデッド達。
「クウガ、下がっていろっ」
 言いながら、レイクはクウガの腕を引く。
 ドリアッドが同行している時に、リザードマンのクウガが傷を負ったり死んだりという結果を招いては、敵にとって美味い餌を与えるばかりだ。
 バーミリオンの紅蓮の咆哮が、隠密班にも事の次第を報せる。
 戦闘の場を迂回する仲間達の気配を察しながら、アイシャはワンドを取り出した。彼女は、衝撃波で散らすことに専念する。
「バレているのなら、時間稼ぎは必要ありません!」
 攻勢に出ないバーミリオンとアイシャ達へ、アニタは声を上げた。時間をかけただけ、敵が逃げる時間を作ってしまうだけだ。
 瞬間、飛来する鴉をレイクがエンブレムシャワーで撃ち落す。
「言われてみれば、そうだな」
「そうだか?」
「そうですねっ」
「うんっ」
 キッと表情を引き締めて、アイシャとバーミリオンも倣う。射程に引き付けたアンデッドに、ニードルスピアと両手剣で応戦した。
 魔弾に撃たれるアンデッド達を薙いでゆくバーミリオン。指先に閃かせた羽ペンで、まだ倒れないアンデッドに止めを刺したアニタは、枯葉色の先を睨む。
「行きますよ、クウガさんっ!」
「だ、駄目だがやっ 追っかけてる場合じゃないだよ」
「「「……っ?!」」」
 予期せぬ返事にアニタ達は眉を寄せ、彼が指差す方を見た。
「ケイザンじゃないだか?」
 煙が見えた。火元が竈でないことは容易に察せられた立ち上り方だ。
「まさか……」
 火に、良い思い出などない。
 戦火でアイギスの街も焼かれた。先だっては、森を護るために木々を焼いたばかり。
「おら、放っておけないだよ」
 敵なら、セルヴェ達が追っているだろう。だから……と引き返すクウガを、止める者はいなかった。
 

 枯葉を踏みしめる音が、セルヴェ達の耳を打つ。
 囮になっていた仲間達が戦闘に入る気配を読み取りながら、彼らは北森の奥へと向かっていた。
 プミニヤとサンタナは木の上にも注意を払ったが、監視のアンデッドは姿を見せない。それが何でなのか、薄々は分かっている。――ケイザンだ。
 敵は、アンデッドの手を村に向けたに違いない。逆に言えば、このまま追い詰めることが出来れば、敵には護衛のアンデッドはもういないかもしれないが……。
「逃げられたのか……?!」
 敵が使うのは『生きた』罠。それを失念していた自身を呪いながら、ティキは周囲を見回す。
 サンタナが必死に痕跡を追っているが、複数の足跡――おそらくは囮を襲ったアンデッド達だろう――に踏み荒らされた箇所で手間取った。竜脈坑道へ向かったのではないかとの先入観が邪魔をして、逆方向へ逃げた痕跡を見つけるのに時間がかかったのだ。
 捜索は夜まで、北西のさいはて山脈の麓まで手を広げて続けられた。
 だが、敵の姿をただの1度も見ることなく、疲労だけが彼らの肩に圧し掛かってきたのだった。
「敵の移動手段は、竜脈坑道ではないのでございましょうか……?」
 他の心当たりと言えば、あとは、アンサラーの配備されたあの地域だけ……。

 足取り重く帰ることになった彼らは、ケイザン村で小火騒ぎがあったこと、アンデッドの鴉に村人達が襲われかけたことを聞いた。
「いずれも大事には至らずに済んだのですが……」
 そちらは、とアニタに尋ねられたプミニヤは嘆息し、ティキは無言で首を振った。
 これで、アイギス周辺を騒がせた事件が収束に向かうなら、悪いことばかりではないかもしれない。それでも、やはり、敵を討ち漏らした事実は落胆を生んだ。
 痛いほどに唇を噛み締めたセルヴェの表情が、落胆の大きさを物語っていた。


マスター:北原みなみ 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2004/11/18
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