≪三日月の社≫月白風清の露天風呂



<オープニング>


 ただただ静かに過ぎる時の中。深い森の中に佇む『三日月の社』にて。

「近くに源泉があるって聞いたんだけど……すぐに入れるのだろうか?」
 ある日のこと、神の黄昏に舞う乙女・アイリッシュ(a12290)が社の本殿裏にある源泉に興味を示した。どうやら『温泉』に心惹かれているらしい。
「そうですね。源泉ですから、すぐ、という訳には行きませんが……手を加えれば、立派な露天湯になるかと思いますよ。……。人手も要りますけどね」
 露天湯、と聞いて瞳を輝かせたアイリッシュに、三日月の導師・キョウマ(a06996)は念のために言葉を付け足した。
「何とかならないだろうか? もちろん、私も手伝う」
「皆さんに、呼びかけてみましょう」
 キョウマは笑顔で快諾した。これから冬に向かう季節、温泉は風情があって良いかもしれない。
 月もさぞ、綺麗に見える事だろう。

 晩秋の折。
 社を訪れた烈斗酔脚の栗鼠・ヤン(a90106)は森の匂いに懐かしげに目を細めながら、初めて訪れる景色の中、キョウマと一緒に川原までの道を辿る。
 道順を示すロープが張られている親切さに、ヤンは感心しきりだ。
 道中聞けば、既に川原に作る露天湯の予定地点まで木製の管を設置して源泉は引いてあるらしい。露天風呂の材料にする木材も仕入れ済み。
「あとは、みんなが入れる大きな湯船を造るだけです。完成したらお湯を張って、温泉で打ち上げですかね」
「へ〜。楽しみね……って、もしかして混浴なの?」
 キョウマの言葉をうんうんと頷いて聞きながら満面の笑みを浮かべていたヤンが、今気が付いたかのように浮かべる疑問。生真面目な彼女は、きっとそう言うと思った。
「安心して下さい。間仕切りはちゃんとありますよ」
 見て解るほど大きく胸を撫で下ろしたヤンに、キョウマは他意無く続ける。
「取り外しは可能ですけど」
 
 ヤンは硬直した後、百面相。何はともあれ。

「よろしくお願いしますね」
 そう言ってキョウマは、露天風呂予定地へと彼女を案内するのだった。

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参加者
蒼い雷帝・カイン(a06953)
三日月の導師・キョウマ(a06996)
星影ノ猟犬・クロエ(a07271)
吼えろ・バイケン(a07496)
饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)
木陰の医術士・シュシュ(a09463)
内なる光・セオ(a11776)
三日月に寄り添う戦乙女・アイリッシュ(a12290)
黄金の林檎姫・ルゥル(a14115)

NPC:烈斗酔脚・ヤン(a90106)



<リプレイ>

●月白風清の湯を目指して――
 湯船を設置するために、まずは地面を刳り抜こう。その中に木の浴槽を組み立てながら嵌め込もう。
 言葉で表せばそれだけの事だが、実際そう簡単には行かないものだ。
 
 景気づけの第一打――神の黄昏に舞う乙女・アイリッシュ(a12290)の砂礫陣が地を穿ち、土煙を撒き上げた。冒険者ならではの豪快な掘削である。
 一時避難中の黄金の林檎姫・ルゥル(a14115)は砂礫が舞い上がるタイミングでスコップを振り振り応援しながら、土煙が治まると、我先にと穴に飛び込み土掘り開始。
「穴掘り〜穴掘り♪ よいしょ〜よいしょ♪」
 歌まで飛び出すお茶目さんだ。アイリッシュはその姿に思わず緩みそうになった頬を引き締めて、作業に集中。出て来た土石は、土塊の下僕を召喚して運ばせる。
「掘り出した土は、あそこまで運ぶのだぞ」
 饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)もまた、目の前にずらりと並んだ土塊の下僕達に言い聞かせていた。身の丈60cmほどの人型は掘り起こされた土からぽこぽこと生まれ、アイリッシュやルゥルと一緒に土を掘り、穴の外へとどんどん土を運び出して行く。
 あらかじめ決めておいた集積所へ、下僕達は役目を終えると自らが運んだ土と共に土塊に還る。
 新たに召喚した下僕を作業に加え、その献身的な仕事ぶりを監視していた蒼い雷帝・カイン(a06953)は、ふと辺りの景色に目を留めた。
 社の本殿を抱く森を背に、眼前には穏やかに流れる川。対岸に横たわる静かな森はこちらの作業音を全て吸収しているかのようだ。川岸にはなめらかな石が転がり、これから湯船を埋める穴の傍には大きな岩がある。森・水・石の香りが混ざり合う川原特有の湿った空気は、しかし何処か心和ませる匂いがした。目を細めて風を楽しむ。
「ここに温泉が出来れば確かに名物になるわね。しっかり頑張らないと!」
 一念発起して、その情緒をより愉しむための試行。カインは浴槽周りの目につく草を丁寧に取り除く事にした。

「クロエさん」
 既に賑やかな作業が行われている掘削現場に向かう星影ノ猟犬・クロエ(a07271)を三日月の導師・キョウマ(a06996)が呼び止める。
「……頑張って下さいね」
 含みのある間が意味する所を痛いほど理解しているクロエが、頷く代わりに浮かべる苦笑。それは彼の複雑な心情を物語っているかに見えた。
 靴底で地面を抉りつつ佇んでいた烈斗酔脚の栗鼠・ヤン(a90106)に声をかけ、作業場まで連れて行くクロエの背を見送りながら、キョウマは笑みと共に息を抜く。視線の先に見るものは――
(「それは私にも言えることですか……」)

 ――もうじき、フォーナの感謝祭だ。

●月白風清の迷?
「アイリー、迷子になるなよー」
 てこてこ歩く土塊の下僕に『アイリ』と名づけ、迷子紐で繋いでその片端をきっちり握った内なる光・セオ(a11776)が歩き回っている。キョウマは目眩を覚えて思わずこめかみを押さえた。
「セオさん、それは……?」
「あ、師匠ー」
「……休憩も良いですが、完成まであと少しですから」
「う。解ってますよ」
 サボっていた訳ではないのだが、……もとい、師匠の手前サボり損ねたのは事実なのだが、とりあえず師匠の言葉は素直に受け止める。
 そして彼女は土塊に着けた迷子紐を『愛情表現』と言い切った。
 暇つぶしなどでも、ましてや、嫌がらせなどでは断じてない。道を歩けば迷子にならずにいられないアイリッシュを心配するあまり、思い余っての行動らしい。キョウマは「ほどほどに」と苦笑する。

 キョウマと共に浴槽を完成させた木陰の医術士・シュシュ(a09463)が、ルゥルと連れ立ち打上げの準備で作業場を離れたのが少し前。吼えろ・バイケン(a07496)とアイリッシュが料理の仕込みに向かったのが更にもう少し前の事。
 クロエが砂礫陣で地面を掘り下げる補助をしてアレクサンドラやヤンが鍬を振るって仕上げた穴に、据置した浴槽の周囲をカインと一緒に埋め立てて固めるのがセオとキョウマに残された仕事だ。
 いよいよ露天風呂の完成が見えて来たこの時、既に日は暮れかけている。
(「バイケンさんやシュシュさんがついてくれてるし、心配ないとは思うけど」)
 アイリもルゥルも道に迷いやすいタチだから。
 森を振り返るセオの手がふと軽くなり、土が崩れる微かな音が足元で響く。
「大丈夫かなぁ」
 呟き一つ残して、何事もなかった様に迷子紐を回収し、セオは作業に戻ることにする。

 その頃のアイリッシュが、くしゃみをした瞬間にものの見事に道もバイケンも見失っていたという余談はひとまずさておき。

●月白風清の宴
 川原の大きな天然石に寄添うように造られた露天風呂の直ぐ傍を川が流れ、重なる岩の間から覗く木管が熱めの湯を吐き出し続けている。近くには、余った木材を支柱にした女性用の脱衣所が仮設されていた。やがて、湯船にはなみなみと湯が満ちて、湯煙が辺りに立ち込める――

「お疲れ!」
 今や遅しとバイケン達の帰りを待ちかねていたセオは、湯の中から手を振り笑顔で四人を出迎えた。
「遅かったね?」
 言うと、解り易い反応を示したのはアイリッシュである。岩陰に並べていたジュースや酒の瓶をカチャンとぶつけてあわや。寸での所でカインの手が、倒れかけた瓶を受け止めた。
「いやー。まさかあそこまでとは……恐れ入ったでござる」
 全てを見てきたバイケンが重ねて神妙な面持ちで言うものだから、アイリッシュは動揺著しく赤面して、……試みるのはささやかな抵抗。
「ば、バイケン殿……それは、大げさ……っ」

 迷わないようロープが張られた森の道、バイケンの後ろを歩いていたはずの彼女が、ふとした拍子に道を外れて行くのを目の当たりにしたバイケンは、そりゃもうキャラが変わるほど呆気に取られて、慌てて彼女を連れ戻したとか。

「……セオ、その目、やめて……」
「やっぱり、僕もついていけば良かったかなぁ」
 んー?? と湯を掻き分けて迫って来るセオの両手の間に「ピン」と張られた迷子紐を見、後ずさるアイリッシュは覚悟完了の表情を浮かべているにも拘らず、往生際が悪かった。迷子紐は彼女のトラウマと化しつつある。
「迷子になりやすいっていうのも、お茶目で可愛らしいと思うのですよー」
 とは、先の2人に続いて到着したシュシュが、荷物を背負って運んでくれた真っ白なノソリン――ルゥルの首を撫でながら零した一言であるが、アイリッシュの耳に届いたかどうか。
 身軽になったルゥルノソリンは嬉しげに目を細めてそのままの姿で浴槽に滑り込んだ。
 湯船の隅まで泳いで変身を解除したルゥルは身体にタオルを巻いてしおらしく、「なぁ〜ん」と思わず声を洩らしつつその場に落ち着いている。
 新しい木の匂い、お湯の匂い、僅かに粘る湯の感触と熱が身体を包む。
「気持ちいいなぁ〜ん♪ 労働の後のお風呂は最高ですなぁ〜ん」
 思いっ切り手足を伸ばしてルゥルは温泉を満喫。
「ルゥルさん、お疲れ様でしたのノソリンさんです」
「わぁ、ありがとうですなぁ〜ん!」
 思わず歓声を上げたルゥルは、シュシュが切ってくれたウサギリンゴならぬノソリンリンゴを美味しそうに頬張った。
「おっと、これを忘れては話にならんでござるな」
 言いながら、バイケンが酒と一緒に湯に浮かべる海鮮珍味の盛り合わせ。
 温泉に集まった酒好きの仲間達、と来れば、欠かせないのは酒の肴だ。勿論だ。
(「お酒……ちょっとくらいなら……」)
 ぷかぷかと、目の前に流れて来た酒器一式が載った盆を何となく自分の前で受け止めたセオは、そーっとお酒をお猪口に一杯失敬しようとした。のだが。
「だーめーよー。大人になってから、ね!」
 背後から来たヤンにさくっと取り上げられてしまった。代わりにシュシュが差し出す搾りたてのフレッシュフルーツジュースを受け取った瞬間のセオとルゥルの表情は好対照だったとか何とか。

 月と星々が冴える空の下に響く、湯音と人々の談笑の声は途切れる事を知らない。

 各々が手を伸ばす大皿のオードブルの多くはバイケンが手がけた。シュシュは花切りにしたオレンジやキウイなど、果物の飾り切りを盛り付けて華やかな彩を添えている。
「――おおっ」
 アレクサンドラが思わず上げた歓声に、視線が集中。本人はこっそりのつもりだったが、感動のためかすっかり忘れて、振り返るなり皆に見せるその成果。手には小鉢、その中にはぷるぷる揺れる卵がちょこんと鎮座していた。半熟の白身の中に透けて見える橙。
「試みは成功なのである。だし汁をかけて皆でいただくとしよう!」
 それは、彼が湯の吐き出し口直下に沈めて作った温泉卵。幾つか卵を仕込んだ袋を湯から引き上げ、表情を輝かせたアレクサンドラの勢いが突然ストップ、ややあって、頬が染まる。
 今更だが、混浴である。タオル一枚、あるいは湯浴衣一枚纏っただけの露な姿の女性陣を直視してしまったらしい紳士な彼は、視線を逸らしつつ真っ赤な顔のまま湯の中へ身を沈めていく。
「アレクさん……そういう反応をされますと、余計気にする方もいらっしゃいますから」
「ああ、うむ!」
 こそこそとセオの後ろに隠れようとしているアイリッシュを暗に指しつつ、シュシュも若干照れ臭い。アレクサンドラは気丈な返事を返して背筋を伸ばすも、視線は明後日の方を向いたままだ。
 カインはその様子を眺めて忍ぶような笑みを零しながら、並べた小鉢に温泉卵を割り入れている。温泉を楽しんでいる彼らを見ているだけで、自分も一緒に浸かっている様な気がしてくる。
「火照った体に冷酒のシャーベットはいかがでござるか?」
「冷え冷えの果物もありますよ〜」
 食後は直前まで井戸で冷やした果物と、『超冷酒』なる生酒のシャーベットに柑橘果汁を絞ったデザート。内にじんわり沁み込む美味しさをご賞味あれ。
「んー。おいし♪ さすが、バイケン君よね」
「…オトナってずるいなー」
 果物に手を伸ばすセオの半眼からお酒のシャーベットを庇いつつ、ヤンはほろ酔いで上機嫌。
 仲間の笑顔を目にしたシュシュとバイケンは顔を見合わせ、互いに満足げに目を細めた。

●月白風清の想
 緩やかな時が流れる。そろそろ、湯から上がる仲間達もいるようだ。
 そういえば、シュシュが全員分のバスローブを用意してくれていると言っていたっけ。
(「セオ、風邪引かないと良いのだけれど」)
 何とはなしに、心細さを感じながらアイリッシュは身体に巻いたバスタオルをしっかりと押さえ、隣でキョウマがそうしている様に天を見上げる。そこに在るのはまさに、月白風清の星月夜。
「今宵の月はまた一段と綺麗ですね。今夜は酔う事が出来そうです」
 しっとりと湿る空気とキョウマの優しい声に頷き、月を映した彼の杯に己の手にある杯を軽くぶつけて、アイリッシュは言う。労いと感謝の意を込めて。
「名湯と名月に……乾杯」
 その瞬間は、気恥ずかしさも消えていた。湯煙に感謝だ。

 やがて、気が付けば湯船に取り残されている2人がいた。
 例によって例の如く、周囲が気を利かせたらしい。何処か近くで見守ってもいるのかもしれない。
 が、2人――クロエとヤンにそれを意識する余裕があったかどうかは解らない。
 クロエの眼差しを前にしたヤンは、困り果てていた。
 ――後で少し話したいことがあるんだけど、いいかな?――
 作業の前にそう声をかけられたヤンは何となく感じていた。今度こそ逃げ切れないだろう、と。
 告白は――もう随分前の事になる。
「5ヶ月待ったよ」
「……うん」
 クロエが口にしたその期間、ヤンは素直に頷いた。申し訳なさそうでもある。
 沈黙と、静寂。……木管が湯を吐き出し続ける音。
 続かない言葉の先を促すように、クロエは湯を分けて近づいた。ヤンが皮切りに覚えた誤魔化すような笑顔は、5ヶ月の間こんな状況が繰り返される内にすっかり板についてしまっている。
 だが、今日は。お互い覚悟を決めて来た。
「……ぅ、嬉しかったわよ? うん。好きって言われたら素直に嬉しいものよね」
 意を決したように口にするその声は明るい、が……何処か無理をしているような――
「クロエ君の事は嫌いじゃないし、…えと、嫌いじゃないって言うか、その……あの。だから――ずっと考えてたんだけど、考えれば考えるほど、――よく解らなくなっ……」
 違和感を感じている内、涙で声を詰まらせたヤンの肩に思わず添えようとした手が、躊躇った。
 何故、そうまでして考えようとする? 少なくとも今のヤンは不安の塊。
 それでも酒に逃げることなく――何かに追い詰められている様にも見えて……
「ごめん。泣かせるつもりじゃ、」
 クロエの謝罪に大きく首を振りながらヤンが髪留めを解こうとしている。首を傾げて瞬くクロエの目の前で、小さな肩の上にほどけて落ちる黒髪は三つ編みの癖がついた緩いウェーブ。
 溢れそうになった涙を、零す手前で飲み込んだヤンは、クロエの手を掴んで引き寄せた。
「だから、今、思いつくのはこれくらい……」
 そして、握らせる一本の飾紐はたった今まで彼女が身に着けていた物。
 意味はクロエ君が考えて、と。――見せるのは、涙を堪えた曇りのない笑顔。
 それが彼女の答えだった。

 誰もいなくなった湯船に、ゆったりと身を浸す人影があった。
 皆と一緒に温泉に入らず、宴の時には給仕に徹したカインである。
 広々とした空間、少し湯の温度は下がってしまっていたが疲れを取るには充分だ。掬った湯を腕に撫で付けながら、吐息を零す。
「まぁ……色々あるわよね。色々と、ね」
 己が背負う業だとか。思い浮かべた所で微苦笑、頭を振る。
 誰にともなく、返事を期待するでもなく口にしたその呟きは、白濁の湯に溶けて消えた。


マスター:宇世真 紹介ページ
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参加者:9人
作成日:2004/12/03
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