<リプレイ>
朱空に輝く金剛星・ディリアス(a16748)は、酷く緊張をしていた。今後、いったいどのようにして冒険者として生きていくのか、迷っていたのである。だが、わかってもいた。この依頼を終えたとき、仲間たちと過ごした時間が、かけがえのないものとなろうことを。 連星の翼・アルビレオ(a08677)が明るい調子で話しかける。 「物資を独り占めして高値で売る……か。随分と古典的な悪徳商売だな。ま、こういう小悪党はさっさと退治して橋作りを何とか進めてやらないとな」 続いて漫遊詩人・ドン(a07698)が、丸みを帯びた肩に羽織っていた派手な色彩の上着を直しながら、言葉を紡ぐ。 「すでに石切り場との話しはついています。それに、囮用の石材も、ノソリンを借りる算段も済んでいますから」 感心したようにディリアスに褒められると、ドンは「昔とった杵柄です」と謙遜した。 先頭を広い歩幅でずかずかと進んでいた青年が振り返る。元々色の白い肌をしているのだろう、けれど血色があまりに悪い。天狼負いし軍師・スレイン(a14314)は言った。 「己が利の為に人の願いを踏みにじるなんて、感心できないな。周辺住人の穏やかな暮らし、俺たちの手で支えてやろうじゃないか」 まことしやかであり、いかにも冒険者然とした言葉に、ディリアスは再び素直な賛辞を贈っていたが、冒険者仲間として多少なりとも彼を知るアルビレオはこめかみをかいている。 仲間の様子を敏感に感じ取ったスレインが、慌てて言葉を継いだ。 「……何だ、また食いつなぐ為だろ、とか言うつもりか」 「いや、オレはなにもいってねえよ」 「あ……」 「ええ、アルビレオさんは何も」 「そうか……」 アルビレオとドンに続いて、ディリアスはスレインをフォローするべく口を開いた……つもりだったが、それはさらに閑職の軍師を苛めるものであった。 「食べ物だったら、なにか持ってるかもよ。ちょっと待ってくれ、スレイン。……と」そう言うと、ディリアスは普通のマント、黒いマントをはためかせ、ロープと漆黒のアイマスクを地面に落としてしまった。けれど、そこでポケットの奥に何か包みが潜む感触が指先に伝わる。「おお、これだ。この間、仕入れたばっかりでさ」 「すまないな」 半ば涙ぐみながら、スレインは包みを受け取った。誰にも明かしていないが、数日ぶりに採る固形物だ。今や清貧という言葉は、彼のためにあるといっても過言ではないのである。 上品な紙の包みが開かれ、スレインは躊躇いもなくかぶりつく。 ガキン。 明らかな固形物の感覚が、スレインの前歯から頭蓋を振動として伝い、脳を揺らめかせる。恐る恐る――あきらめきれない気持ちも一緒に――スレインは、口から固形物を離して眺めた。 「あ、すまない……違ったな。包みが似てたんだ」 申し訳なさそうにディリアスが首の後ろに手をあてる。 彼が最後に取り出したアイテムは、どういうわけか珊瑚であった。 失意のスレインを引きずるように群れへと辿りついたドンたちは、村の入り口で灰の瞳の青年と合流した。彼の名は流水の道標・グラースプ(a13405)、整った容姿の美丈夫である。しかし、その表情は仲間の姿を見るなりコロコロと豊かな変容を見せ、くったくがない。 グラースプたちは村長の家を訪ねた。そこで、冒険者であることを明かしたうえで、彼らは作戦の説明を行った。 「時間があればお茶でもいかがです?」 という奥方からの申し出があったものの、時間がないために断わらざるを得なかったスレインの心中には、いったいどのような闇が渦巻いていたのだろう。彼は再び引きずられるようにテーブルから離され、村の中心へと向かわされた。 ここでの仕事は、石材泥棒とぐるになっている、あるいは、窃盗に関わった本人であろう、怪しい商人とコンタクトをとることである。スレインが手配した、仕立てのよく艶やかな、いかにも商人との風情がある衣服をまとっているため、ドンだけではなく、アルビレオやディリアスの姿も冒険者とは到底思えないものに映る。 短い通りを進んでいたドンが、村長から聞いた外見を頼りに、目敏く該当する容姿の男を発見した。高値で石材を売りつけようとした、謎の商人である。 「新参者ですのでご挨拶代わりに少々お安く石材を手配させていただくことになりまして……」ドンの挨拶を横柄に受けていた男だったが、話が安い石材となった時点で顔色が変わる。「まず今日中に見本石を運ばせていただくことに。そちら様には申しわけないですが一つそういうことで」 男は固い口調で言った。明らかに怒っている。 「そ、そうですか。それは、けっこうこうなことですな。しかし、どこで仕入れられたのかな?」 ドンの傍らに立ち、いかにも補佐役といった態度でグラースプが言う。銀縁のフレームで囲われた薄いガラス板の向こうで、グレイの輝きが悪戯っぽく笑っているが、悪徳商人は気付いていない。 「ちょうど安い石材が手に入ったんですよ。こちらの村の方、石材が足りないそうでしたのでこれはいい機会だと。こちらとしても大きなお仕事ですから、割安でご提供します」 重い石材を苦労して奪い取り、品薄となって工事を中断させたうえで、高値を吹っかける。悪党たちにとっても、大きな仕事だったろう。その石材の価値が、新手の商人が登場で台なしだ。悪徳商人は蒼白となった顔に、ぎりぎりの笑顔を張り付かせると、そのまま回れ右をして足早に去っていった。 グラースプが言う。 「成功だね」 ドンが答えた。 「ええ、これで彼らは多少疲れていようとも、我々を潰しにかからざるをえません」 初冬の黄色い陽から、澄んだ光が降り注いでいる。色を失った腰ほどの背丈の草が生い茂る丘の道を、数頭のノソリンが引く荷車が隊列を成している。 その先頭に、自然と向きあい、雨露に耐えなければならない農夫の娘らしい、丈夫な服をまとった少女の姿がある。いかにも楽しそうに跳ねる彼女は、茶色の髪をふんわりと舞わせて、額を露出させるながら、くるりと振り返った。 「そろそろだよね!」 紅天墜星・クーデリア(a16353)の言葉に応えたのは、白銀の髪を深い朱の紐で一括りにした青年だ。医術士っぽい・シロウ(a12485)は、懐に隠した小宝珠の膨らみを確かめると、あまり興味がないんだと言わんばかりの口調で話しはじめる。 「奴等がこれまでに襲撃を重ねてきた場所は、ほぼ一点だからな。そこまで、もうしばらくだ」 うんうんと首肯くと、クーデリアが元気に言った。 「がんばろうねっ!」 シロウは静かに応える。 「村の人たちのためにも、頑張らないといかんな」 坂道に差し掛かり、未だに腹を抱えるスレインを含む一行は、荷車を後方から押さなければならなかった。そして、この無防備な瞬間こそが、これまでに襲撃事件が発生した時そのもの……ほどなくして、荷車が坂の中途にある時機を見計らうように、悪党どもの怒号が鳴り響いた。 「おめえら!」 「そこで、大人しくしやがれ!」 頭巾や目深にかぶったフードによって顔を隠した一団が、あっという間に石商人のキャラバンを取り囲む。 しかし、本来ならば恐怖に怯えていなくてならないはずの、荷を奪われて恐慌に至るはずの商人たちが、どういうわけか笑っている。何かがおかしい……悪党の一人が仲間たちにそう告げようとした瞬間だった。 「ふぅ、やっとでてきたか」 声のした角を振り向く悪党たちの目に、荷車を押さえる金の髪をした青年の姿が映る。彼は自分たちをまったく恐れる様子なく、ずかずかと近づいてくるなり、こう言葉を続けた。 「悪いが、お前らの悪事もここまでだ」 逆刃刀を抜き放ったアルビレオに続いて、グラースプやクーデリアたちも即座に戦闘の体勢に入る。 悪党たちは、棍棒などの粗末な武器を振り回して応戦した。だが、幻惑の剣舞奥義によって躍らされ、あるいは眠りの歌によって自由を奪われる。そして、すぐさま、蜘蛛の子を散らすような逃走に移った。 走行を邪魔立てするフードを投げ捨てると、男は必死になって駆けた。背後では、一味のメンバーが呆気なくお縄になっている。だが、オレは捕まるもんか。そう、彼が自惚れたとき、身体が宙に浮いた。 「まったく、盗賊さんってのはなんでも盗んで行きますのね」 地面に這いつくばりながら見上げると、そこには、力のある赤茶の瞳と細い眉が意志の強さを感じさせ、赤いピアスと桃色の唇が少女の名残を色濃く残す、美しい顔があった。棘・ヨム(a16492)は自分を見つめている悪党の手を取って立ち上がらせると、もう一度宙を舞わせてから、後ろ手にとった手首に縄を絡める。 「な、なにしやがんだ!」 悪党はじたばたと抵抗を試みる。しかし、ヨムはあっさりと彼を捕縛して、汗一つかかない涼しい顔をして言った。 「あなたがたは、罠にかかったのですわ。今ごろは皆さん、わたくしの仲間たちによって捕えられているはずです」 「そ、そんな……」 「ごめんなさいね、でもすべて自業自得ですわ」 木陰から、黒い影が飛び出して、逃げ惑う男の行く手を塞いだ。俯いていた少年は顔を上げ、完全な闇の色をした前髪で隠されていた漆黒の瞳を悪党へと向ける。彼は、小さく尖った肩そした細身の少年だった。だが、そのすべての色を吸い取るような瞳の輝きに、悪党はぐっと息を飲む。薄い唇が開かれ、一喝された悪党は卒倒した。 闇黒の冥剣者・リア(a11399)は足下に横たわる男をロープで縛りながら呟いた。 「……盗賊捕縛一名完了だな……」 「どうしてこんなところに冒険者がいるんだ〜!」 叫びながら逃げる男の視界に、燃えるような赤が映りこむ。紅虎・アキラ(a08684)はへらへらと笑いながら石材泥棒に近づくなり言った。 「正義感ぶるつもり無ェケドよ、ま、『冒険者』が何なのかってのを再確認のためにな」 紅蓮の咆哮が響き、後から逃げ込んできた不幸な悪党一味をまとめて相手にしたアキラは、殴る蹴るの大立ち回りの末――本人は一撃も貰っていなかったが――三名の男どもを捕えた。 なぁ〜ん。 のどかさが戻った辺りに、ノソリンの鳴声が風に乗り広がっていく。 スレインが首根っこを掴んでいた悪党をドサリと地面に落とす。冒険者たちによって捕えられた石材泥棒の一味は、ロープや荒縄で縛られ、一所でひしめきあっている。 リアがその数を確認する。 「……23人か……一人足りない……」 その時、スモールオーブを取り出して、シロウが近づいたものだから、悪党たちの顔色が変わる。怯えたのだろう。片方の眉をあげると、シロウは瞳を閉じて意識を集中させた。身体の芯から仄かな光が放たれ、周囲で満ちる。 傷を癒してくれた医術士へ、悪党たちは一様に感謝を述べた。 彼らの顔をまじまじと見つめていたドンが言った。 「どうやら……あの偽商人がいないようですね」 上半身を傾かせながらスレインが言う。 「後で追えばいい、先に村へ戻るとしよう」 よっぽど食事が恋しいのだろう。しかし、アルビレオが口を挟む。 「ちょっとまて、ディリアスがいねえ」 「いえ、いらっしゃいましたわ」 すらりと姿勢のよいヨムが、人差し指をまっすぐに伸ばした姿は、ある悪党曰く女神のようであったという。 彼女が指し示した先に、ぐったりと伸びた悪党を肩に担いだディリアスの駆けてくる姿が見える。 「待たせたな。こいつがボスじゃないのか?」 男を地面に横たわらせるなり、ディリアスが言う。顔を知っているドンたちが首肯き、また、悪党たちも一斉に声を合わせて肯定をする。一人で逃げおおせるなどずるい、ということだろう。 すべての顔が揃ったところで、ヨムが悪党たちに言い放った。 「盗んだ石材のありかを白状していただきますわよ」 ディリアスが続く。 「重たい石を盗んで疲れ果てていたんだろう? 楽にしてやるよ」 俯いていた首領が顔をあげる。彼は腕の自由が効かなかったので、首を振って方角を指し示した。 まだ村までしばらくあるというのに、街道は人々の姿と歓声で溢れかえっていた。待望の石材が取り戻され喜ぶ村人たちが、待ちきれずに冒険者たちを迎えに出ていたのだ。 荷車の石をぺたぺたと触りながらクーデリアが言った。 「こんなたくさんの石、よくまぁ盗んだよね」 シロウは手迎えの人々の笑顔を見ると、荷車押しに精を出す元悪党たちに声をかけた。 「そういうワケだ、お前ら頑張れよな」 歓声に応えろ、というのである。 右手は未だに腹部のあたりを彷徨っていたが、スレインの左手は満足そうに顎をさする。盗賊全員を改心させることができたのは、シロウの医術、ヨムの態度、そして、スレインの言いくるめがあってのこと。趣味という巧みな話術によって、悪党たちは働くことの素晴らしさに目覚めてしまったものだ。特に、立派に三食にありつけるんだぞ貴様ら! という熱い一言は、目の前の悪しき実例が効果的に働き、元悪党たちの心に雷鳴のごとく轟いたらしい。 荷車を押すグラースプの表情がどんどん晴れやなかものに変わっていく。見れば、小さな手が彼を加勢している。少女や少年が嬉しそうに笑い、自身に憧れの瞳を向ける――純粋な想いを受け取るだけで、グラースプは途端に身が軽くなったと感じた。 村の入り口へと辿り着いた一向を、村長たちが出迎える。 歩み出て、ドンが言った。 「いい橋作ってくださいね。石橋とか難所の峠道とかの工夫した建築物って好きなんです」 続いてヨムが言葉を紡ぐ。 「工事が再開できますわね。橋の完成は川の両岸で暮らす人々の希望……今度こそ上手くいくように、わたくしも祈っておりますわ」 村人たちから、歓声があがった。 その夜は、親しみに溢れる宴が催された。明日から工事が再開されるというのに、多くの村人たちが飲んでいる。しかし、それを咎めるものはない。 村の若い衆に囲まれて盛り上がるアキラが叫ぶ。 「お〜しっ! 野郎ども、明日も任せとけ〜!」 どうやら、工事を手伝うつもりらしい。 アルビレオも続く。 「オレも暇ができる、手伝ってやるかな」 野太い歓声が宴の一角で沸き起こる。 賑やかな広場から少し離れた場所で、スレインが細い煙をくゆらせている。彼のすぐ側では、元悪党たちが食事にありついている。スレインの口利きによって、彼らは食事と新たな職を得た。明日からは工事に人夫として加わることが決まっている。これで、中断されていた工事も遅れを取り戻すことができるだろう。 「ふっ……」 と鼻で笑うと、スレインは大皿に手を伸ばした。しかし、何も触れるものがない。さっきまで盛られていた食べ物が、すべて平らげられている……。 グゥゥゥゥ、腹の虫が鳴るに任せ、弱々しく微笑んだままのスレインは、草の上に横たわった。

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参加者:10人
作成日:2004/11/29
得票数:冒険活劇14
ほのぼの6
コメディ1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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