【エメルダの気まぐれ】賢果の木



<オープニング>


 今日も今日とて、エメルダの部屋では侍女が当惑の面持ちで立ちつくす。
「賢果の木……ですか?」
「そう。その木になる実を取ってきてちょうだい」
「あの……その賢果の木というのはどこにあるどんな樹なのでしょう?」
 首を傾げる侍女にエメルダは、そんなことも解らないのかというような目つきを向ける。
「カルム村から北にしばらく行った処に、何本も集まって立っている高い木よ。枝のないつるんとした木の一番上に、丸い木の実が幾つもなるの。栄養がとても豊富で、それを食べると頭が良くなるっていう話よ」
 さらさらと答えるエメルダに、侍女は怪訝な顔になり。
「……エメルダ様、まるで調べたように詳しくご存じなのですね」
「だ……誰がそんなもの調べるっていうのよ。とにかく、その木の実を持ってきて」
 ぷい、と顔を逸らし、エメルダは早口でそう命令した。侍女は仕方なく頷く。
「はい、解りました。今すぐに行って参ります」
 すぐにでも部屋を出て行こうとする侍女をエメルダは慌てて呼び止めた。
「ちょっと待って。賢果の木付近には大きな鳥が住み着いてるんだから、あなたみたいなぼーっとしたのがひょこひょこ行ったら、餌にされるわよ」
「そ……そんな……」
 侍女は悲愴な顔で足を止めた。自分がそんな処に行って、無事に帰ってこられるはずはない。
「私……どうすれば……」
「そんなの自分で考えなさいな。考えつかないなら、お父様とでも相談なさい。でも、うすらぼんやりのお兄様には相談しないようにね。賢果でも食べさせない限り、あのぼけは治らないわ」
 自分の兄をぼけよばわりすると、エメルダはもう侍女には目もくれず、手元の本を読み始めた。


 そして酒場に依頼が貼り出される。
『賢果の木の実を取ってきてくれる冒険者募集』
 カルム村から持ってきた鳥の羽根を手に、ユリシアはそこから読み取られた情報を告げる。
「木の周辺に住み着いている鳥は3羽です。人と同じくらいの大きさで、鋭い爪と嘴を持っています。強いはばたきでそこにいる人を転倒させ、それを空に浚ってゆく……危険な相手です。木の実を取ろうとすれば、この鳥に襲われることになります」
 ユリシアは憂いの表情で手にしていた羽根を置いた。
「エメルダさんの気まぐれにも困ったものです。ですが、この木の実は、カルム村の人々にとって、大切な栄養源であるのも確かです。この鳥がいなくなれば村の人も助かるに違いありません」
 村の人が健康で過ごすために、この木の実は役立っていた。鳥が住み着いてしまったために今年は木の実を取ることが出来ず、村の人々は困っていることだろう。
「エメルダさんはともかく、村人のためにもこの鳥を倒していただけると助かります。ですが、行かれる方はどうかお気を付けて」
 ユリシアはそう言うと、長く左右非対称の鳥の羽根に目を落とした。

マスターからのコメントを見る

参加者
蒼穹の騎士・ショーン(a00097)
青星の欠片・リュカ(a00278)
九天玄女・アゼル(a00436)
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
妖精弓の射手・シズク(a00786)
琥珀の紋章・ナオ(a01963)
天速星・メイプル(a02143)
空を望む者・シエルリード(a02850)


<リプレイ>


 依頼を受けた冒険者達は、まずカルム村へと赴いた。
 集める情報は、賢果の実と、それを守る鳥のこと。
 琥珀の紋章・ナオ(a01963)は、賢果の実について、詳しく村人に尋ねた。
 それによれば、実の大きさはこぶしほど。重さもそれに見合ったもので、特に軽くも重くもない。中身を茶色いつるつるした皮が包み込んで守っている。丸くて大きなどんぐりのようなものらしい。
「それから……味はどうなのかな?」
 やや照れながら聞くナオに、村人は片目を瞑り、親指を立てて見せた。賢果の実は、栄養があるだけでなく、美味でもあるらしい。
 冬の寒さ厳しい時以外は収穫できるその木の実は、村にとっての栄養源であり、他の村との物々交換にもなくてはならないものだ。
「実がなるのは、高くてつるつるした木なんだよね? 村の人はどうやって実を採っているんだい?」
 そう尋ねるヒトの紋章術士・シエルリード(a02850)に、村人は太い帯状になった木に登るための道具を見せてくれた。それで自分の身を支えながら、ゆっくりと登っていくのだと言う。
 木登りが得意な人ならば、ちょっと練習すればなんとかなるだろうし、鳥を排除できれば、村人に頼んで採って貰うこともできるだろう。
「実を採る邪魔になっているという鳥について教えて欲しいのだが」
 エルフの重騎士・アゼル(a00436)は鳥がこの付近に住み着いた経緯、普段いる場所などを村人に確認する。
 鳥はこの1ヶ月ばかり前にどこからともなくやってきたということだった。この木の実が気に入ったらしく、そのまま付近に住み着いてしまった。危険なため、賢果の木付近には行かないようにしているので、鳥が普段どこにいるのかは不明だという。
「攫われて無事戻った者はいるのか?」
 アゼルの問いに村人は首を振った。攫われた後どうなるのか、知る者はいない。襲われて怪我を負いながらも村に帰ってきた者もいるが、その村人からも霊査士の情報以上のことは聞き出せなかった。
 木に近づかなければ鳥は襲っては来ない。だが近づけば容赦なく襲ってくる。
「どんな鳥なのか、詳しい特徴は判りますか?」
 ナオに聞かれた村人は、これにも首を振った。大きな茶色の鳥、ということは判っているのだが、襲われた村人は逃げるのに懸命で、詳しい特徴などは憶えていないという。
「もしその鳥がいた場所が判れば、そこに帰ってもらうのが一番なんだろうけど……」
 このまま放置はしておけず、さりとて倒すにも忍びなく。
 鳥をどうするかを悩みつつ、冒険者たちは村人から教えられた賢果の木の場所へと向かうのだった。

 移動を始める冒険者の中、ヒトの忍び・メイプル(a02143)はそっとアゼルの傍らに立つ。
「あの‥‥アゼル様。役者不足を承知した上でお願いがございます。私をアゼル様の影としてくださいませ」
 声は小さかったけれど、はっきりと。メイプルはその想いを青い瞳に乗せ、アゼルを見上げる。
「ああ、頼む」
 その答えを聞いたメイプルは小さく頷くと、アゼルの影に隠れるように身を寄せた。


「これ以上近くに寄ると、鳥さんに発見されちゃうかもしれないよ」
 動物の生態に詳しい青星の欠片・リュカ(a00278)に注意され、冒険者達は賢果の木が見える場所で足を止めた。木々の間を通して、ひょろりとした木が集まっているのが見える。
 今は賢果の木に鳥の姿はない。
 枝もなく、上に葉が茂るばかりの木では鳥の居心地も悪いのだろう。
「アゼル様、あちらに……」
 ハイドインシャドウで周囲を探していたメイプルが、やや離れた位置にある鳥の影を指差す。色づき始めた葉の間に、大きな茶色の羽が見える。1羽……だろうか。他の鳥の姿を探してみたが、それ以上は判らなかった。
「私、鳥と話してみますね」
 駆除する以外の方法を探そうと、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)は賢果の木へと足を踏み出した。
 鳥と話をする間、ラジスラヴァの身を守ろうと、リュカはマジックワンドを手にその後に続く。
「1人で鳥の元に赴くのは危険。鎧の重さが効くかは解らんが、私も囮になろう」
「では私はアゼル様と共に」
 ラジスラヴァから気を逸らすための囮となろうというアゼルとメイプルを、ヒトの翔剣士・ショーン(a00097)ははかるような目で眺める。
「ふむ……」
 鎧の重さ+アゼルの重さ=?
 ……まぁ、触れずにおいた方が賢明だろう。
 ショーンは代わりに皆に呼びかける。
「囮と接近戦をしない者は、身体をロープで近くの木に結びつけておけよ」
 それからこれを、とショーンは茶の布を手渡した。囮以外の者は目立たない方が良い。
「一応靴には細工をしてきたけど、これでなんとかなるかなぁ」
 妖精弓の射手・シズク(a00786)は靴の裏につけた金属の突起を眺めた。
「僕は重い荷物を持ってきてみたけど……」
 気休めかも知れないけど、とシエルリードはやや不安そうに荷物を見る。
 木に身体を固定すれば、自分の行動をも妨げる。重い荷物を持てば、動きは遅くなる。対策の長所短所を秤にかけて、何を選びどう行動するかを考えておかないと、対処が自分の首を絞めかねない。
 態勢を整えて見守る中、説得と囮とそれを守る者は木に近づく。
 ぴくり。反応を見せた鳥に向け、ラジスラヴァは獣達の歌で呼びかける。
 歌の中には、どこから来て、何故賢果の木にいるのか、木の実を村人と共有することは出来ないか、の語句を織り交ぜて。
 鳥はひと声大きく鳴いた。が、それは答えではなかった。
 その声に呼ばれるように2羽の鳥が姿を現し、最初にいた鳥はラジスラヴァへと急降下。守ろうとするリュカよりも早く、嘴での一撃を加えた。
 リュカは空に戻ろうとする鳥の翼をマジックワンドで攻撃する。それは見事に左翼へと命中し、鳥はバランスを崩した。
 後から現れた鳥は、囮のアゼルとメイプルを転倒させようと、大きく羽ばたく。アゼルはなんとか踏みこたえたが、アゼルから離れようと走りかけたメイプルはその場に転倒する。
 鳥の動きは素速い。
 先手を取る力のある鳥に対して、鳥が攻撃体勢を見せてからの対処を考えていた冒険者の動きはどれも遅い。
 そして、捕獲するのか退治するのか、迷う心で取る行動には迷いがまじり、仲間との連携もままならない。捕獲しようと動けば、他の冒険者が鳥に攻撃を加えて鳥の怒りに油をそそぎ。攻撃しようと動いても、捕獲しようとしている者がいる分、十分なダメージを鳥に与えることができず。
 ラジスラヴァは怪我の痛みをこらえ、眠りの歌を歌い出した。鳥のうち2羽は眠りに誘われる……が、地面に落ちる衝撃で目覚め、また空へと舞い上がる。
 落下が鳥にダメージを与えてしまう以上、眠らせたまま地に横たえることはできない。落ちた隙にリュカがかぶせた網ごと鳥は空へはばたき、振り落とされた網が冒険者の頭上に落ちてくる。
 シエルリードのマリオネットコンフューズに混乱させられた鳥が、他の2羽と冒険者たちに鋭い嘴での攻撃を容赦なくみまう。
 鳥のはばたきに地面に転がされ。爪や嘴に身を裂かれながらも、冒険者たちは鳥を捕獲、あるいは退治しようとし続けた。
 アゼルのメイスが地に叩き付けられ、砂礫がざっと立ち上がる。
 それを目隠しに、メイプルのチャクラムが楕円の軌道を描いて鳥へと投げられ。
 ナオの描く紋章からエンブレムシュートが放たれ。
 1羽の鳥は倒され、地面にその大きな翼を開いたまま動かなくなった。そしてもう1羽は、シズクのホーミングアロー改を数回翼に受けた処を撃墜され、弱りもがく処を網で捕獲された。
 そして、最後に1羽残った鳥は、耳が痛むほどの鋭い声で鳴くと、空へと消えていったのだった。

 その後、1羽が戻ってくるのを警戒しながら、賢果の実が採集された。
 傷ついている冒険者には、つるつるすべる賢果の木は登れない。
 メイプルのチャクラムと、シズクの矢で実を落とし、その中の割れていないものの幾つかをエメルダの元へと持ち帰り、残りと、割れたりひびが入ってしまった実を冒険者たちが土産として持ち帰る。
「これでタルトを作ったら美味しいかな」
 シエルリードは割れた皮からのぞく中身の匂いを嗅いでみる。青臭いような匂いしかしないが、炒ってタルトに乗せれば香ばしい匂いを漂わせることだろう。
「……アゼル様、これを」
 メイプルは賢果の実の1つをアゼルに捧げ渡す。
「あの……またお会いできますでしょうか……私……」
 自分の心揺らす想いがどこから来ているのか、まだはっきりと掴めぬままに。


 そしてエメルダの館。
 今回の依頼の結果と賢果の実がエメルダに渡される。
「はい、これが賢果の実だよ」
 シエルリードが手の上に乗せた賢果の実に、エメルダは目を落とした。が、何も言わない。
「これでお兄さんのぼけぼけも治るね。でも、どうやって食べさせるつもり?」
 シズクが冗談めかして言う言葉にも、エメルダは反応を見せなかった。
 だが、賢果の実を採ってくる、という依頼は完遂されていて、依頼者に文句のあろうはずもない。
「……道楽も結構だが、今度からはもっとマシな情報をよこすようにするんだな」
 そう言い残してショーンが去っていった後もエメルダはしばらく実を眺めていたが、不意に立ち上がり……手にしていた賢果の実を窓から投げ捨てた。
「エメルダ様……?」
 また何か機嫌を損ねたのかと怯える侍女に、ただ、
「書くものを持ってきて」
 とだけ言い、エメルダは窓の外に広がる空へと目を移した。


マスター:香月深里 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:8人
作成日:2003/10/16
得票数:冒険活劇9  ほのぼの1 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。