北の地へ



<オープニング>


 アイギス周辺を騒がせた事件は、アンデッドと、アンデッドを操る者――不死族の仕業であろうと推測されていたが、肝心のその黒幕には護衛士の手は届かなかった。
 護衛士団の日々の活動もあって、アイギス住民達のリザードマンへの悪感情が和らぎだしていたのは好材料。一方で、事件が解決した……と言い切れない思いを残してしまったのだ。
 そこへ、舞い込んだ護衛士団移転の話。
 少しの迷いだけで、アイギスの霊査士・アリス(a90066)は移動することを決めた。
「アイギスの復興は済んだわ。リザードマンへの悪感情は……あとは住民の皆さんの気持ちの整理の問題。出来るだけの布石はしたけれど、もう手を貸せることはないから……」
 何より、『敵』が逃れた先であろうと思われたから……。

「慌しい移動になったようですね。大丈夫ですか?」
 エルフの霊査士・ユリシアに聞かれ、アリスは「はい」と頷いた。
「ただ、鳩さんの卵がなかなか孵らなくて、どうなることかと思ったわ。産まれてくるのを見届けてから移動できて良かった」
 そんなことを言って、にこっと笑うアリスに、少しばかり冷ややかな視線。
「……鳩、ですか」
 チラとユリシアが見回したアリスの荷物には、犬にインコに兎が……。
「ええ。周辺の村との連絡用に、伝書鳩を飼っていたの。増やしておかないと、数が足りなかったから。無事に産まれてくれてほんとに良かった……」
「ああ、そういうこと」
 てっきり、趣味で飼っていたのかと……思ったのは秘密だ。 
 これで前線近くに行って大丈夫かと……思ったのも秘密にして、ユリシアは今後の説明をした。
「先にご連絡した通りですけれど、ね」


 アリス達は、竜脈坑道からインフィニティゲートに移動し、1泊したところだ。
 今日はさらに、インフィニティゲートから黄金霊廟へと移動し、その先は徒歩で旧アンサラー・北の砦へ移動する。
 ゲート転送では手荷物程度の物しか持てず、輸送できる物資は最低限のものに限られる。移動はドラゴンズゲートの入口からとなり、さして危険は無いが、黄金霊廟から徒歩となる道程は、いくら人も住まう地とはいえ、無警戒というのは気を抜きすぎだろう。
「私がアイギスに赴任した頃より、とっても便利になっているわね」
 ここまで同行してくれていた護衛士達に言うと、アリスはこれから前線近くへ行くとは思えない様子で微笑する。
「黄金霊廟から先は……住民もいる場所だけれど、獣やアンデッドと遭遇してしまうことが無いとは言い切れないわ。護衛をよろしくね」
 荷物は、アイギスからの持ち出し分に足りないものを仕入れ、あとは皆で持てるだけを手分けして運ぶ。
「アイギスから持ち出してあるのは、寝具・防寒具と調理器具、それに、農耕・大工道具、あとは……種や苗木と医療品が少しずつね。……足りないものはあるかしら?」
 運べる品数には限りがある。本当に必要なもの以外は省いておかないと、返って出先で不自由することになるだろう。
「あ、あとね。大切なことが1つ」
「「「……?」」」
 ぽむ、と手を打つアリス。
「護衛士団の名前が決まっていないの。名前くらいは明るいものにしようと思って、色々、皆さんから案はもらったんだけど……」
 決めきれなくて困っていると、アリスは言う。
「『アステール』か『エルドール』で悩んでいるの。どっちがいい? 道々、教えてね」
 やはり、1番のんびりしているのは彼女ではないだろうかと、居合わせた冒険者達は思うのだった。

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参加者
NPC:藍玉の霊査士・アリス(a90066)



<リプレイ>

 準備の手始めに、ミスティア(a04143)はアイギスの霊査士・アリス(a90066)の手を取って言う。
「さて。まず腕輪を外してもらいましょう」
「……え? あ、最初にアイギスへ向かった時も危ないからって……言われたわね」
 触れる温もりに少し動揺してから、アリスは記憶を手繰って了承する。霊査士の存在がどこまで不死族などに知れているのか、現状では分からない。装備で目立たぬようにしておく必要はあるだろう。
「しかし、2回もこうやって手伝いすることになるとは思わなかったね。前線に向かうのは怖くないか?」
 シュウ(a00014)に言われ、彼女は首を傾げた。
「私は皆さんがいれば大丈夫だもの」
「慣れたものだね」
 そう言ってレスター(a00080)も微笑する。
 聞いた途端、ミスティアやバルモルト(a00290)が何とも言い難い表情になるのを、
(「素で言ってるなら、かなりアレだね……アリスさんは」)
 彼らの事情を推察できてしまうアルフリード(a00819)は、そう思いつつ苦笑して見る。
「アリスさんって、のんびりした人なんですね……」
 シェード(a10012)の感想には、クスクスと笑って。

「他の準備は済んでおるのかのぅ?」
 準備を進める冒険者達を見回し、シュエ(a03114)は足りない物はないか、道は分かっているのかと気を回す。
「アンサラーにおった者が幾人かでもいれば良かったのだがのぅ」
「そうね……。誰か来てくれるかしら」
 ペットのぬいぐるみをそっと撫でてみていたアリスは、「あ……」と呟く。
「来てくれるかもしれないわ」
「? 何か見えたのかえ?」
 にこっと笑うだけの彼女に、シュエは首を傾げる。そこへシャラ(a01317)が駆け寄ってきて、応えはそのままになってしまった。
「アリスお姉ちゃん、ハウザーはどこ?」
「ハウザーなら、バルモルトさんが連れて行ってくれるみたい。ルイはミスティアさんに頼んでおくから、シャラさんはハルとミミとココをお願いね」
 差し出した籠の中には、3羽のインコ。
「うん! 環境が変わったストレスで病気になったりしないように、よく面倒みておくね」
「あたしのマーチを預けようと思ったのに。……大荷物ね」
 レビルフィーダ(a06863)が連れて来たのは犬。アリスは喜んで引き受けようとしたが、
「さすがに、今回は荷物を優先でないと駄目なのじゃないかな。向こうに転居するアリスさんのペットはともかく」
 自分のペットは置いてきたと、レイク(a00873)が言い挿す。
「「あら」」
 アリスとレビルフィーダは同時に頓狂な声をあげ、それに気付いてクスクスと笑い合うのだった。
 やり取りを眺めていたシェードは、「のんびりしてますね……」と、今度はちょっと呆れているように呟く。彼の目の前では、
「新しい護衛士団の名前はどっちがいいかしら?」
 と聞きまわっているアリスがいた。
「『プリティくまちゃん』は却下になったのか……。なかなか可愛いと思ったんだが……」
「……」
 部外者には謎なニオス(a04450)の呟きに、シェードは、この護衛士団の先行きがとっても不安になってしまった。

 ダグラス(a02103)に引っ張られてきたらしいヒース(a00692)は、アイギス護衛士だった者達に、必要なものを聞きながら荷造りしている。保存食に割かれた人数分や、不足している調理器具の運び手を、持ち物を決めていない者達からレスターが割り振るのを手伝う。……が。
「肌がすべすべになる健康飲料をくれると聞いて、お手伝いに♪」
 とか言ってうっとりしているのには、元護衛士達の冷や汗と奇異の視線が向けられていた。
「あっ これはアリスさんの荷物かな」
 緑の粉が入った小瓶を見つけてヒースが聞くと、丁度、薬などの荷を整理していたレスターやレイク達は聞こえなかったフリをし、
「アリス殿が持ち出したものじゃのぅ。中身は後で分かりますのじゃ」
 サンタナ(a03094)はそう誤魔化した。彼は、一緒に偵察を務めるアニタ(a02614)やティキ(a02763)を呼ぶ。
「ワスプさんとヴァイスさんも、偵察を手伝ってくれますから」
 アニタが更に2人を手招くのに気付いて、シルヴィア(a07172)も「わたしも……」と偵察班に加わる。
「偵察に出るのは6人か?」
 確認するセルヴェ(a04277)に、「そうみたいだな」と返したティキは、思い出したように付け足した。
「持っていく物、寒風対策に大工道具と防寒具を増やすのを推しとくよ。いざとなれば燃料になるしな」
「燃料……まあ、そうも言えるか」
 北の地は、山下ろしの吹いたアイギスよりも寒いだろう。勿体ないとか、手織り物も混じっているのにとか――そんな感傷では済まない事態になるかもしれない。
 寒さに白くなるセルヴェの溜息をチラと見やって、ティキは偵察班の話を進める。本隊の位置を隠すべきというヴァイス(a06493)と、そう注意しなくても良いだろうという者とで意見が割れていた。
「そうは言っても、本隊も獣達の歌を使ったりするヤツがいるみたいだぜ。粗が無いように気をつけるの優先でいいだろ?」
 ワスプ(a08884)が指摘し、目立つ一行の存在を秘するのは難しいと言う。
「異常を見逃さないようにするのを重視、の方向でいいんじゃないか?」
「目立つ分、それだけ迎撃できる人手も揃っているということですからね」
 ティキとアニタもそう言う。
 普通の『商隊と護衛』とは構成が違う。たった1人、霊査士を保護する必要はあるが、他は全員が冒険者なのだ。
「ん……」
 少し考えたヴァイスは、仕方ないというように息をはく。
「それなら、伝令は俺がやる」
 万一の備えは譲れない。そんな気持ちがそのひと言に現れていた。
「そろそろだ。わたし達は先に出よう」
 アリス達の準備が済んだのを確認して、シルヴィアが言うと、彼らはひと足早くゲート転送で移動した。
 その後を、アリスと冒険者達が続く。
「ボクは今日はお見送りだよ。ホントは寂しいけど……皆で頑張ってね」
 精一杯、笑ってみせるウサッペ(a00977)に、アリスは手を振り返す。
「鳩さん達をお願いね」
 光る転送円がそう言い置くアリスと一行を包み、インフィニティゲート前には静けさが戻るのだった。


 黄金霊廟の前では、ヒューガ(a02195)とレイン(a07502)、グンバス(a15314)が待っていた。
 グンバスはこれからの為に食料を仕入れておきたかったが、決して肥沃ではなく、長くモンスターに荒らされてきた土地では無理な相談だった。多少、強引に調達するには、交換の持ち合わせが足りなかったというオチ付きだ。持ち込まれるだろう保存食の類いと、あとは急場をしのぐ仕入れをリザードマン領経由でするしかない。
「リザードマン嫌いな地から来るそうだが、どんな奴等だろう?」
「彼らがリザードマン嫌いな訳ではないだろう」
 グンバスが気にするのに苦笑して、ヒューガは北の砦から用意してきたノソリン車を点検する。途中、替えのノソリン調達に少し苦労したが、来る時に話をつけてあるから、帰りは滞りなく行くだろう。
「精々、リザードマンは頼りになるってのを認識させてやろうじゃねぇの」
 全く気にしていなかったらしいレインは、そう言って年長者のグンバスの杞憂を笑いとばす。
「ああ、来たな」
 淡い光の円が、音も無く現れた。
 先行のアニタ達、そして、遅れて現れた一行の中に見知ったセルヴェの顔を見つけ、ヒューガとレインは笑みを浮かべた。
「ようこそ、北の地へ!」
 アリスが初めて降り立つ土地。その出迎えは、ヒューガの声だった。

 ペット達がノソリン車に乗せられている間に、偵察班のアニタ達は先行する。
「アリス。昏倒の可能性もある、基本的には荷車に座っていて貰いたいのだが……?」
 ペットを乗せただけで終わりにしようとするアリスに、クロウ(a14951)が声をかける。
「ヒューガも、まさかペット運搬の為に用意したのではあるまい」
 笑うべきか呆れるべきか悩み、クロウは嘆息する。
「荷も増えないようだ。ならば、アリス殿と付き人が乗るのが優先だろう」
「霊査士なんですから」
 ネビロ(a16690)とアカシック(a00335)にも言われ、アリスは「そう?」と慌てて荷車に乗り込んだ。
 転送で運べるものは限りがある。黄金霊廟付近で新たに仕入れないなら、ネビロ達も余計な荷を背負う必要はない。荷車はアリス専用でも全く問題ないのだ。
 そして、彼らの進む先は――。
 見たことはある。けれど、森の中のアイギスとは違い過ぎる荒れた景色に、バーミリオン(a00184)やグリューネ(a04166)達は気持ちを新たにする。
「熊とかいるかな? おじゃましますって鈴鳴らしたら、寄ってこないかもしれないよね」
 同意してあげたくてバーミリオンは頷く。きっと、野生動物が無闇に寄り付くことはなくなるだろう。
「そうそう。歌でも歌いながら行くのがいいですよ」
 割って入ったソルティーク(a10158)がポロロンとハープをかき鳴らす。……調弦が合ってないが。
「♪ 我等は夜空に煌めく星〜♪ 地を仄かに照らし〜♪」
 ……音程が合ってないが。
 そっと、皆は聞かないフリをした。……。

 荷車には、カクタス(a05569)とリサ(a17116)も乗り込んでおく。周囲に、クロウ、ミスティア、ソルティーク、バルモルトの4人が付き、その四方を他の冒険者達が護る。
「この集団で通って、獣や盗賊は襲って来んだろう。……アンデッドに気をつけておけ。奴等は判別する能もなければ、恐れもしらん」
 ジェイコブ(a02128)の注意は的確だった。
「言われてみれば」
 同意するディーン(a03486)の姿は、愛用の槍も天秤棒代わりに調理器具運び。懐の包丁でいざとなったら戦うつもり。――本当に戦闘があったら、補充できるまで護衛士団の厨房の包丁は刃が欠けている上、アンデッドを斬った後ということに……。(怯)
 一緒に調理器具を運んでいたエレアノーラ(a01907)が気付いていたら、せめて包丁は守れたかもしれない。

 散発的な戦闘は、偵察班の方で起こっていた。
 シルヴィアは獣らしい痕跡を見つけると、それを追いかける。アビリティで話せるのなら話を聞き、そうでないなら攻撃で追い払うのを繰り返し、凶暴なのが数頭、近くにいるようだというのを知ることが出来た。
「(ただの獣ではないかもしれない)」
 他の皆は気付いているだろうかと、近くにいるはずのサンタナを探した。が、それより早く、近付いてくる人影に気付いた。
「あんた、アイギスから来たのか?」
 声をかけてきたのは、アンサラーから来たソウル(a05564)だ。
「向こうで、デカくて凶暴な猪が出たぞ。1頭は始末したんだが……、もう2〜3頭いたはずだ」
 どうも、リーダー格が1頭いるらしい。
 そこへ、2人に気付いたサンタナやワスプ達が集まってくる。北にアンデッドもいるようだと報告が揃い、伝令はヴァイスが引き受けた。

「アンデッドと猪が出たそうですよ。アリスさんはなるべく内側に……」
 ノソリンを止め、シャーナ(a14654)がせっせと場を整えると、不安気なアリスの顔が見えた。
「でも、それじゃこの子達が……」
 どうやら、心配しているのは自分の身ではなく、ペット達らしい。それには、心得ているシャラやミスティア達が、
「任せてなの」
「大丈夫ですから」
 と微苦笑で声をかける。
「中央に居てもらいたいのは、念のためですよ」
 シャーナは微笑し、アリスを促した。

 アンデッドの掃討には、ジェイコブとニオス、セルヴェ達が向かう。
 ディーンが立ちはだかる傍に、ダグラスの下僕が数体ぽてぽてと歩き出した。
 つい、気になって空を見上げたレイクは、アルフリードが召喚したリングスラッシャーを見つけて苦笑する。真っ先に空を警戒してしまうのは、アイギス護衛士だったから……かもしれないと思って。
 40人の冒険者達が揃っていて、突破されたら笑い者だが。
 蛮刀の閃きは、一行からは遠く。銀狼と飛燕連撃を掻い潜った者達も、近くの生者であるジェイコブ達へ纏わり付く。
 総数9体のアンデッドは彼らに倒された。
 再び進み始めた一行が、1度ノソリンを替え、さらにカンテラを灯し始める時刻、行方の分からなかった猪達は、ワスプ達に見つけられて始末されたのだった。

 結果的には、厨房の包丁は刃こぼれせずに済んだという訳で。
 陰でボコられずに済んだディーンは、その幸運に気付かないまま帰ることになった。

 ほぼ丸1日かかって、冒険者達は北の砦に辿り着いた。
 アリスも、荷物も無事に。
 そのまま護衛士として働く者、そして、ここで別れる者。過ぎる夜を別れの言葉が行き交う。
「紅茶を持って来たの。おいしいわよ。これ飲んで今日はゆっくり休んで」
 レビルフィーダの淹れた紅茶で、ささやかな別れの席。
「アイギスの思い出に、これを使ってね。後で私も護衛士団に入るかもしれないけど、それまで元気で……」
 そう言ってエレアノーラがくれたのは、アイギスの特産物ばかり。少しだけ、アリスの表情は、故郷を思うような影を見せた。
「ありがとうね」
 リネン(a01958)からは、お守り。そっと囁かれた別れの言葉は、また、幾人かに波風を立てそうで……アリス以外には聞こえないままがいいのかもしれない。
 ピクリとそばだてようとした耳を、シュウに掴まれてジタバタするティキや、仲間を思ってバルモルトやサンタナに言葉をかけるダグラスなど……。これまでと変わらぬような、少し違うような、それぞれの風景があった。

「あ、護衛士団の名前が決まったわ」
 のんびりアンケートを続けていたらしいアリス。お茶の席の最後で皆に笑いかけると、その名前を報せた。
「ここが、今日から私達の護衛士団が置かれる『北の砦・エルドール』よ」 
 言の葉の意味は、『金色に輝く翼』――その翼で、寒風からも、死者の影からも護られるように……。


マスター:北原みなみ 紹介ページ
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作成日:2004/12/10
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