美しい下僕



<オープニング>


 リザードマン領のある村で、男ばかりが行方不明になる事件が起きた。場所は、北方モンスター地域に近いさいはて山脈の中腹。
 1人が行方知れずになり、それを捜しに出た者がまた帰らなくなり……既に居なくなった村の男は3人。
 さすがに、それでも行方不明の者達を探しに行こうという肝の据わった者はおらず、捜索は冒険者に託されたのだった。
 手がかりは、『おかしなものを見た』という目撃談と、3人目の男性が落としたらしい首飾り。
「山の中に、人を襲うモンスターが徘徊しているようです。残念ながら、行方不明の3人は全員亡くなっているでしょう。けれど、放っておけば、村にも下りてくるでしょう。それは止めなくてはいけません」
 首飾りを霊視していたヒトの霊査士・リゼルは言うと、顔を上げて冒険者達を見る。
「ああ、勘違いはしないでね。『男性が掛かりやすい』だけで、モンスターの攻撃が男性にしか効かないわけじゃないから」
「掛かりやすい?」
 冒険者達の中から挙がった疑問に、彼女は「聞けば分かるから」と説明を続けた。
「モンスターは、美しいヒトの女性の姿をした下僕を使います。下僕と言っても、護りの天使のように小さくて、空中にフワフワと浮いているものです。丁度、蝶が燐粉みたいに、人を魅了してしまう何かを撒き散らしているようです」
 今まで消えた男性達は、美しい姿に騙されてつい近付いてしまい、その燐粉のようなもので魅了され、モンスター本体のいるところまで誘き出されたようだと言う。
「で? そのモンスター本体はどこなんだ?」
「どこかに潜んで、獲物を待っているとしか分かりません。獲物を誘き出すのは『モンスターの習性』で、決して本体が弱いから隠れているのではないというのは分かります。多分、術師系の能力で攻撃してくるでしょう。力で押すタイプの方は気をつけて下さいね。体力があることを過信すると、酷い目に遭いますよ」
 モンスターの居場所も姿かたちも分からない為、その捜索にも十分気をつけるよう言い置いて、リゼルは締めくくった。
「よろしくお願いしますね」

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参加者
静流の癒しの雫・リッカ(a00174)
在散漂夢・レイク(a00873)
嘲う道化・ロウ(a01250)
笑撃の・アルベルト(a01269)
ニュー・ダグラス(a02103)
氷輪の影・サンタナ(a03094)
宵闇月虹・シス(a10844)
博愛の道化師・ナイアス(a12569)
遍く光を享受せし者・シャーナ(a14654)
紫空の凪・ヴィアド(a14768)


<リプレイ>

「妖精か……人形遊びが好きならともかく、大の男が誘われるとは一体どれほどの物が……」
 嘘か本気か分からぬ様子で言う戒剣刹夢・レイク(a00873)の言葉に、嘲う道化・ロウ(a01250)はビクビクゥッと反応した。
「まさか、あんた……ちょっと期待してたりなんかせんやろな?」
「……何の期待だ?」
 涼しげに言うレイクの瞳を見返して、ロウはぶるりと身体を震わせた。
「いや、違うならいいんや……うん」
「下僕は小さいサイズのようですけれど、男の方はそういうものにも誘惑されてしまうものなのでしょうか?」
 問いかける曇りの無い宵闇月虹・シス(a10844)の瞳が眩しい。……とか思うあたりがちょっとヤバい。ロウは精一杯、首を横に振った。そして、
「いくら綺麗でも、モンスターに誘惑されんのは勘弁や。なあ?」
 自由の具現者・ヴィアド(a14768)が言うのには、救われたように思いっきり頷く。
「……本体がどんなんかはちょっと気になるけどなぁ。……男やったら嫌やな」
 呟きに、男性陣が少し引いた。いや、別に良からぬ期待をしていた訳ではないが。
「下僕と見かけが正反対だったり?」
 ニュー・ダグラス(a02103)が見ると、氷輪に仇成す・サンタナ(a03094)は「さあ?」と言うように肩を竦めた。
「そうじゃ、聞き込みに行っておくかえ? 村の者に、場所や行方知れずになった者達の服装を聞いておくのが良いと思うのじゃが」
「あっ ボクも行く、行くーっ 聞きたいこともあるしね」
 サンタナ達を追って、静流のご隠居・リッカ(a00174)も村へ向かう。
 その間に、笑撃の・アルベルト(a01269)は遍く光を享受せし者・シャーナ(a14654)や博愛の道化師・ナイアス(a12569)ら、全員の身支度を確認する。
「きちんと準備はしていますか? 冬の山ですから、防寒具などもきちんと揃えておかないと……」
 アルベルトはマントを持たぬシスやナイアス達に目を留めたが、次の瞬間、己の懐の寒さを思い出した。冷え込んだ所為ではない……皆の装備をフォロー出来るだけの持ち合わせが無かったのだ。
「う……」
 小さく呻くと、自分の発言を無かったことにした。
(「ま、これくらいで死にはしないでしょう」)
 とか言い訳しながら。

 首飾りを見つけた場所や、『おかしなもの』を見たのはどの辺りなのか、村人達に話を聞いてきたダグラス達を、アルベルトが迎える。
「首尾は?」
「ついでに、山に入らないように頼んで、この辺りの地理も、聞くだけは聞いてきたぜ」
「でも、よく分からないんだよね。本体がいるのは洞窟とかかなって思ったんだけど、どーもそうじゃないみたい。『おかしなもの』が飛んでるのを見たって話は、まるっきり反対方向なんだ」
 リッカは「予想がハズレたかな?」と首を捻る。
 目撃談は、山の中腹……どちらかと言えば北寄りが中心で、狩猟をする際の作業小屋と小さな滝がある以外には、特に目立った洞窟や崖などは無いという話だ。だから、本来は村人達が立ち入る機会も多い辺りだった。
「ただ……最初に『おかしなもの』を見かけたのは、もっと山奥だったという話だったのぅ。やはり、リゼル殿の言っていた通り、放っておくと村にも降りて来るのじゃろう」
 サンタナが言うと、シャーナはふと目を伏せた。
「正体の分からないものが近付いてくるというのは、村の人達には恐ろしいでしょうね」
「ええ、きっと」
 彼女とシスは、「亡くなられた方の為にも、頑張りましょう」と頷き合った。

 先を歩くのは、囮役のレイクとロウ。彼らがモンスターの下僕と遭遇することが、まずは第一のこと。
 彼らから少し距離を置いて、他の冒険者達が付いて行く。歩くたび、足元では枯葉の音がする。葉の落ちた木立の中、道はいくつかに枝分かれしながら続いていた。
 サンタナは、皆の追跡の下手さ加減に溜息をつき、手近のダグラスの頭をポフリと叩いた。
「な、何だ?」
「隠れるのが下手じゃのぅ……と思っただけじゃ」
 一応、サンタナは気をつけてやっているものの、他の仲間達の中でも上手いのはリッカぐらいで、その気遣いが成功しているとは言い難い。1番後ろで聞いていたシスは、
「下僕はあまり『賢く』ないのを祈っておきましょう」
 と苦笑した。
「さみぃ〜」
 マントをかき寄せるロウの手は、その布が口元も覆うように動く。
 前を行くレイク達も、他の仲間達も、口元を覆う布などを用意してきている。その中で、リッカだけが「???」と違和感に気付いた。
 皆のマスクが下僕が使うという燐粉対策なのは分かった。慌てて代用品を探して、結局、ハリセンと睨めっこ。……役に立ちそうに無い。
「しっかし面倒臭いわ」
 言いながらも、ヴィアドは耳を澄まして物音に気をつける。
「あの2人に攻撃されたらかなわんで? 誘惑されんでほしいなぁ」
「確かに、本当に魅了されては困りますねぇ」
 返したナイアスが見た前を歩く2人には、まだ異常はないようだ。
「無駄話はそこまでで。そろそろ警戒域といったところでしょう」
 アルベルトは景色を見回してそう言った。道は、だいぶ村から離れてきている。
「もしかしたら、山の動物にも被害があるかもしれません。……動物の動きにも注意しておいた方がいいかもしれませんよ」
 同じように辺りを見回したシャーナが言うと、動物に詳しいヴィアドやリッカ達が振り向き、少し考えるようにして相槌をうった。
「そうかもしれんなぁ」
「動物は怖いものには近付かないもんね。獲物を待ってる本体なら、ちょっとは殺気があるだろうし」
 リッカもそう同意する。
 そして、実際、その先では動物達の気配が遠のいたように思えたのだった。


 ふと、レイクとロウが立ち止まったのは、首飾りが見つかったと教えられた辺り。道の左に細い小川が現れ、紅葉の枝が垂れかかる場所だ。
 レイクは1度、確認するように皆を振り返ると、再びロウと並んで歩き出した。
 2人の前にフワリと何かが現れたのは、それからすぐのことだ。それは、白い肌と白い髪。遠目には衣が宙に漂っているように見えた。
「……人形……だな」
「それも、ちょっとえっちぃ感じのやで」
 衣を纏っているように見えるのは、風になびく髪と、空気に溶け込むように消えてしまっている足元のせいで、実際には一糸纏わぬ姿だった。
 一瞬、目がチカチカしたような気がして、ロウは舌打ちする。
「シャレにならんわ」
 ここで失態を演じたら、恋人に何と言われるか……。想像しただけで邪気も払えそうな緊張が生まれる。
「(こわーっ)」
 こっそり叫んだのは秘密。
「行こう」
 レイクは促す。自分達が冒険者と言っても、10割で抵抗できる訳ではない。面倒を減らすには時間をかけないことだ。
 下僕が手招いている風に見える、その先へ。彼らは歩き始めた。

 追いかけるアルベルト達も、2人を見失わないようにしなければならない。彼らは道を外れて、木々の中へと入って行ってしまったのだ。
「思ったより奥へ誘導されるのかのぅ? 回り込みたいのじゃが」
「サンタナっ お前も先頭になっとけよ。追いかけるぞ」
「分かったからっ そう引っ張らないで良いのじゃっ」
 ぐいぐい引っ張るダグラスに、サンタナは「まったく……」と呟きながら前へ出る。
「見失ったらえらいことやで」
 ヴィアドは言いながら、レイク達の後ろ姿と足跡とを探して進む。後方から付いて行くシスは、前と地面とに注意を払う彼らの後ろを護って。


 地面に点々と残るものがあるのに、先に気付いたのはレイク。
 布の切れ端のようなものが、木の葉に埋もれかけている。黒いと思ったけれど、違う気がした。
「血だ……」
 赤い血がついて、変色したものに違いない。よく見れば、元は白い布だったらしく、黒と見えた箇所は斑だった。
 ――『近い』と思った。手元の鏡で見た上空か、それとも下か。
「気配がするで」
 彼らが立ち止まったのを見て、追っていた仲間達の中から、サンタナとダグラスが距離を取って回り込む。ただ、ハイドインシャドウは、『狩り』をするモンスター近くでは気休め程度かもしれない。それに、今は早く移動したかった。
 下僕はある場所でフワと留まり、心なしか下へと移動した。
「地面だ!」
 レイクが叫び、ロウが武器に手をかけた刹那、枯葉に埋もれた地面が大きく盛り上がる。
 抜き放ったシンクレアから、七色の光が射す。華麗なる衝撃のファンファーレの音は、山中にこだました。
 ロウと時間稼ぎに鎧進化をかけたレイクとを、放たれた衝撃波が襲う。舞い落ちる枯葉を斬って描かれた刃の形は、彼らを見下ろす巨体に見合う、大きな鎌を連想させた。
 『斬られた』と見えた仲間達の姿に、いち早く踏み込むシスとヴィアド、ナイアス。
 彼らの速さでしても、2度目の攻撃までには間に合わない。追跡の為に距離を置いていた分が、皆の足枷となっていたのだ。
「派手にやったるわ」
 ヴィアドが撃つ七色の光は、シスとナイアスのスキュラフレイムに重なる。
 畳み掛けるように魔炎が炙ったモンスターの姿は、影のように黒く、獣のように毛に覆われていた。その口からは、もがくような苦鳴が聞こえる。
「急がなきゃっ」
 レイクが保っているのは、彼の能力傾向の偏りと防御に労を割いていた御陰だ。リッカが走りこみ、届けとばかりにヒーリングウェーブをかけた時には、早くもザックリと斬られたような傷を負って、腕を血に染めていたのだから。
 不意に視界がチカッとして、シャーナは不審げに辺りに目を配る。
「アルベルトさんっ まだ下僕が生きてます。気をつけて」
「分かりました」
 木々を盾に攻撃の機を伺う彼に、毒消しの風を使ってくれるよう頼み、シャーナ自身は、効果に漏れが無くなるよう回り込んで使うことにする。
 そして、見つけた。
 モンスターに隠れるように、フワリと浮いている白い下僕。
「あ……っ」
 小さく声を上げると、彼女は下僕目がけて銀狼を放つ。その1撃だけで跡形もなく四散する『人形』は、死へ導く使者とは思えぬほど脆く見えた。
 本体は大きく、下僕の美しさとは似ても似つかぬ獣のようで。アビリティ選択が良かったのか、倒れるまでにはあと少し。
 追って叩き込まれたのは、モンスターの背後からのサンタナとダグラスの攻撃。
「ちっ あんまり効いて無いかもっ」
「うっかりさんじゃのう。こういうのには忍びのアビリティじゃ」
 エンブレムシャワーで倒せるかと思ったが、そうは行かず、ダグラスは「あああっ」と声を上げる。継いだサンタナの飛燕刃と、仲間達の攻撃で、モンスターは葬られたのだった。

「大丈夫だった?」
 怪我をチェックするリッカに、レイクはしっかりと頷く。
「あんたに庇われるとは思わなかった。ビックリするやないか。そういうことは事前に言っといてや?」
 アレに魅了されるのも嫌だが、誰かに庇われて無傷というのも同じくらい複雑だと、ロウは言い、レイクは苦笑しながら謝るハメになった。


 モンスターに襲われた村人の遺体は、地中から出てきた。
 無残な有様だったから、そのまま遺族に引き渡すことはできず、その場所に葬ることになった。
「せめて遺品は持ち帰ってあげましょう」
 1人ずつの五体を揃えたところで、ナイアスは、その中から持ち物を1つ2つと取り外す。――土には還らぬ飾り細工や、握り締められた指に嵌った指輪を。
 弔いの列は、その夜、山道を照らす松明の炎となって続き、その悲しみに代わって、村には安寧が訪れることになるのだった。


マスター:北原みなみ 紹介ページ
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