銀の工房



<オープニング>


 キィ――――ン。
 銀色の何かが高い音を立てて床に当たり、跳ねた。
 足元に転がってきたそれを、ストライダーの邪竜導士・ミルラが拾い上げる。
 銀色の、小さな円盤状の物。
 ミルラが振り返ると、古老の霊査士・ミカヤが立っていた。
「私の物だ。拾ってくれてありがとうの」
「何デスか、これは?」
 ミルラは、銀の円盤を渡しながら小首を傾げる。
「メダリオンじゃ。お守りの様な物じゃな。思いを込めて送りあったりもする」
 受け取ったメダリオンを指で撫で、ミカヤは軽く舌打ちした。
「鎖を通す部分が欠けておるの。修理せんといかん……」
 メダリオンを軽く握り、ミカヤはつと思案した。
 雪のフォーナ感謝祭も近い。であれば――……。

「銀細工に挑戦する者はおらんか?」
 ミカヤは酒場の扉を開くなり居並ぶ冒険者達を見回し、そう言った。
「古い知り合いの、オーリン細工師の工房へ行く用が出来ての、そこでは銀細工の教室も開かれておる。頑固な禿爺じゃが細工の腕も教える腕も確かじゃ。3日も通えばそこそこの出来栄えの細工物を作る事が出来るじゃろう」
 どうだ? 言葉を切ったミカヤは、含みを持たせた笑みを唇に浮かべた。

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参加者
NPC:常磐の霊査士・ミカヤ(a90159)



<リプレイ>

●1日目
 オーリン細工師は挨拶を聞くもあばらそこ、工房内に冒険者達を並ばせた。
 幾つもの大鍋に沸く湯と窯の熱気で、外の寒さから一転、工房内に温度は高い。
「この工房、広いな〜。しかし熱いね〜っ」
「わぁ…人がいっぱいだなぁ♪ 銀細工するのって初めてだなぁ………」
「「よーし、頑張ろう!」」
 シュリシキとザインは、惚れた相手の顔を思い浮かべながら言った気合の一言が重なって、思わず笑い出す。
「俺はヤミ。君は? 何を作るとか決めてるの?」
「娘に何か造ってプレゼントしようかと思ってな」
 人の多さに、ややぼうっとしていたサティヴァスはヤミの問いに、表情の薄い顔へ僅かに笑みを浮かべて答える。
「まず蝋で造型だ。これで出来が決まっちまう。気合を入れろ!!」
 並んだ冒険者達に蝋の塊を配りながら激を飛ばすオーリン。
(「アシュ、他人を守るために結構無茶するからなぁ……。服の中に忍ばせられて、もしもの時に備えられる物がいいかな)」
 まだ唯の塊である蝋を見て、彼の人を思うシキ。
「誰への贈り物を作るんだ?」
 からかい混じりにハークに突付かれ、仄かに照れ笑いを浮かべながら頭を掻く。
(「フユカもいるし……ここは普通のプレゼントとして事務用品でも……」)
 受け取った蝋を揉みながらレオニードが考えていると、
「出会ってもうすぐ一年ですね……。ですから……」
 と照れ混じりの微笑みを浮かべ、フユカは離れたテーブルに向かう。秘密のプレゼント。レオニードは苦笑を浮かべ見送った。

「よし……まずはこんな感じかな……」
 絵画を描く時に似て、出来上がりを明確に想像しながら、グリッドが器用にメダルを成型する。
 その傍らではアージェンカが、工房に轟くオーリンの説明を聞きながら、楽を奏でる手つきで優美に蝋を捻り。
「さーて、しっかり作りましょうか」
 自分に言い聞かせるようにして、雪の結晶の一葉を蝋に刻むスタイン。
「ちゃんと形になると良いのですが」
 真剣な面持ちで輪の形を整えていたエルフィードが僅かに苦笑しながらそう呟くと、
「手作りって……ちょっと不器用かも知れないけど、……心は伝わる筈だから……」
 小物の蓋を作る手を止めて、隣のファレアが請合う様に微笑んだ。
(「銀細工……か。俺にもできるんかな」)
 蝋を捏ねながら、離れた場所で蝋と格闘するヘリオトロープをちらりと見るライガ。
「あの人にプレゼントするのん? あたしも、プレゼント作るんだ。彼の旅団の人には秘密だけどね」
 ユギの秘密めかした仄めかしに、ライガは顔に朱を昇らせながら思わず蝋を握りつぶした。
 そのやり取りを聞くとも無しに聞いていたユウリが、ふと顔を上げて同じ卓に着いた皆を見回す。
「そう言えば、皆さんは……誰の為に作るんでしょうか……?」
「俺は……未来の誰かの為に……だな」
 言葉少なに言って、三日月に石を埋め込む溝を付けるヴァル。
 マイトは、自分の指と比べる様に見ていた芯棒の蝋の輪からから目を離し、
「自分の為ですよ……弓を射る時に目印が欲しい物で」
 と肩を竦めた。
「私はね、首輪。首輪が外せる様になるまでの首輪かな? イャトさんに似合うんだ〜首輪♪」
 手元の翼型に、片思いの相手を見ながら幸せそうにルシエラが微笑む。
「僕は……カノンっていう人に。一年のありがとう込めてね。……ユウリさんは?」
 エルフレイアの問いに「秘密です……」と返し、ユウリは微笑んだ。

「やり直しだ。この蝶は飛ばねぇし、こっちのは石の配置がダメだ! 何度言ったら解る!」
 作った蝋型を握り潰したオーリンの手で拳骨を受けて、頭を押さえるセイン。並んで拳骨を喰らったナガレは新たな蝋を手に取り真剣な面持ちで捏ねる。セインも気を取り直すと、再び思いを心に描いて蝋を練り始めた。
(「先生は厳しい方ですけども『愛しい人のため』と思うと辛くとも耐えられる……不思議なものですわね」)
 罵声を聞きながら、蝋の剣の切っ先を整えるエリアノーラ。肩を叩かれ、吃驚して振り返とストライクが立ってた。
「それ、プレゼント? 彼氏のだよね〜」
 軽い口調でズバリと聞かれ、赤面して口ごもるエリアノーラ。返答に困っていると、後ろから忍び寄るオルドの姿が見えて。
「貴方ぁ〜集中しなきゃ駄目でしょぉ〜?」
 オルドに耳を引っ張られて「イテテテ……」と喚きながら、ストライクが席に連れ戻される。
 その一部始終を見ていたルーティはエリアノーラと見交わしてクスリと笑った。

 形成された蝋を粘土で幾重にも包み、窯に並べる。小豆色に色づいた鋳型から蝋が昇華して行く。
「みんな、それだけプレゼントしたい人がいるんだね」
 鋳型で埋まる窯の火加減を見ながら、ヴィナが呟く。最初は渋っていたオーリンも、ヴィナの熱意に押され、一部の窯を任せてくれていた。
 工房は休憩に入り、誰への物なのかという会話があちらこちらで聞こえる。
「……で、リシェルがマフラーを編んでくれるって言うから、お返しにね。喜んでくれるかなぁ〜」
「フレイは……旦那様へ差し上げるもので……マント止め、のブローチを作っています……」
「もしかして自分用を作ろうとしてるのはわたしだけ……? 来年は相手がいるといいなぁ……」
 ウィンとフレイのほのぼの話を楽しげに聞いていたフリーダが呟くと、フラトが2人に茶を差し出しながら片目を瞑った。
「私も自分用よ。自分で作れば愛着も湧くしね」
「そうですね」
 フラトの言葉に笑顔を浮かべて、フリーダは美味しそうに茶を啜った。
 休憩中の周囲とは打って変わって、アヴルはまだ指輪の形が決まらない。
 没頭する余り、オーリンの言葉も殆ど耳に入らないようで、見ていたティキが傍らに腰掛けて的確に助言する。
 そのまま一対一でやりとりしながら最後の造型が終わり、窯の火はいよいよ熱く燃え盛った。

(「受け取ってくれると良いなぁ〜……と言うかまぁ押し付けるから良いか〜」)
 蝋が焼却された鋳型に湯を流し込みながら、出来上がりを想像して微笑むファルア。跳ね掛かった湯が手についても気付かずおおよそ3秒後に「いた〜い」と洩らして指を咥えた。
「あ、だ、だいじょうぶですか……っ熱い!!」
 心配そうにファルアを見ながら湯を汲むスイの足にも弾けた火の粉が当たり。
「……火とは相性が悪いんですよね……」
 痛む足を擦っていると、涼やかな波が2人を洗い、痛みが引いて行くのを感じる。
 誰がヒーリングウェーブを使ってくれたのかと目を上げると、青い宝珠を仕舞いかけたヘラルディアが軽く手と尻尾を振って笑って見せた。

●2日目
「銀を磨くんだ。てめぇの顔が映りこむ位にな!」
 2日目は銀の研磨から始まった。
(「出来はともかく、ホノカさんへの想いを込めて磨こう! ってまだ片思いだけど〜」)
 顔は真剣、心で泣いてひたすら磨くカヅチ。
「戯言……だよな」
 少しだけ子供っぽく、だが満足げに呟いてチェスの駒を磨き上げるメロス。
(「マシロ……喜ぶかな……」)
 銀に笑顔が映り込む様を思い浮かべ、アルムも髪留めを磨く。
「力加減はこうで……」
 タケマルが、鏡面の輝きを目指して予め調べた事を呟きつつ磨く手つきを参考にしながら、不器用ながらも一生懸命に、ティムは羽細工の細部を磨き上げ。
 そんなティムの姿を覗き見て、ティナは思い人の一生懸命な姿に幸せな笑みを浮かべる。
「ロブスター……それに鴨か。不思議なデザインじゃの」
 メダリオンを嵌める輪を磨きながら古老の霊査士・ミカヤ(a90159)が言うと、ヒースは元気に頷いた。
「うん。『保存食』と『非常食』ですぅ。ミカヤおばーちゃんにもあげます!」
 幼子の言う事にはかなわんと、おばーちゃんという呼び方も笑顔で受け入れ、ミカヤはそうかと頷く。
(「フォーナ祭も一緒に過ごせるか解らないけれど……」)
 離れていても、心は繋がっていると。暇な時は、傍にいろと。そんな思いを込めてサクミは指輪の輝きを見つめる。
 一発勝負の賭けに出た鋳造も何とかこなし、どこか風変わりながらちゃんと形になった十字架を磨く手に思いを乗せるレアル。
 その隣ではシェードが愛しい人の無邪気な笑顔を思い、布で包んだ細い棒の先で、刻印された文字を磨いていた。書かれた文字は「心からの愛を」。
「心頭滅却すれば火もまた……う〜む、やっぱり熱いかの?」
 研磨作業を行う内、目に流れ込んで来た汗を振り払い肩を回すアカザ。
 真向かいで、混沌を思わせる銀細工を全身全霊激集中といった風に激しく磨いているフィリスを見て、
(「集中じゃ、集中」)
 腕まくりをして気合を入れ直した。


「さて、ここからが本番だな……」
 オーリンが今まで工房の細工物を見せ、彫金の技を出来る限り簡潔に冒険者達へと教えて行く。
 説明を聞きながらも研磨する手を止めないローズウッドや、技術に関して積極的に質問をするペコーを余所目に、
(「お手間をかけるわけにもいかないので教えてもらう時は真剣に……」)
 と思いつつこくりこくりと舟を漕ぐシャーナであった。

「んしょ、んしょ……大切な人に……よろこんでもらえますよーに☆」
 職人の様、とまでは行かないまでも、小物作りの時の器用さで丁寧に腕輪を彫るイヴ。
「(レアルさん……気に入って下さると良いのですが……)」
 呟くリア。
 順に様子を窺い、1つ頷いて隣を見たオーリンの口から罵声が飛び出す。
「キサゲの持ち方はそんなんじゃねぇ!」
「一生懸命教えてくれてるのは分かったから、そんなに怒鳴んないでくれよ。余計失敗し・・・あっ!!」
 苦笑混じりに答えたハロルドの手に、キサゲの切っ先が食い込む。
「ハル!」
 背中合わせでこっそりと、ハロルドへの指輪を作っていたリオネルが慌ててハロルドの手を押さえる。
 彫金に悪戦苦闘していたラファエルが、すぐさまヒーリングウェーブをかけた。
「大したもんだな。うちの工房に来て欲しいもんだ」
「はは……そうは行きませんよ」
 癒えた傷口を見て感嘆するオーリンに、ラファエルは困ったような笑みを浮かべて答えた。

●3日目
 最後の大詰め、象嵌の技法について語るオーリンの声を聞きながら、ビルフォードは金魚の目に黄玉を納めた。
「なんとかなりました……よかった」
「可愛らしい金魚ですね」
 真剣に嵌め込む様子を見守りつつチェスの駒の王冠部分を磨いていたモンテが感想を洩らすと、ビルフォードは照れ笑いしながら小首を傾げた。
「それは?」
「お守り……ですかね。個人的なゲンかつぎみたいなものでお恥ずかしいのですが……」
「銀は魔除けにもなるって言うしな。立派なお守りじゃないか?」
 スゥードナの一言に改めてチェスの駒を見つめ、モンテは頷いて大切そうに銀細工を手で包む。
 気持ちを集中して、様々な意味を持つ石達を嵌め込んで行く冒険者達。
「喜んでくれるといいな……」
 誰にとも無く呟いて、「永遠の愛」の意味を持つ花ストックの中心に「永遠の誓い」である瑠璃を嵌め込むサリタ。
(「……母に渡しに行こうか……」)
 柊と翼は母の生家の紋章で、石の紫は亡き父の好きだった色。銀の縁に古鏡を嵌め込みなが、レイシはつらつらと考えて。
 幸福を意味するエメラルドを薔薇の台座の上に飾り、ナイアスは恋人の髪の緑と咲き誇る薔薇を思う。
「良い細工だ。難しいモチーフだが1人で良く頑張ったな」
 細部に最後の仕上げをしていたアスラマーラの髑髏を検分し、オーリンがドンとその背中を叩く。
 少しだけ子供らしい笑みを顔に昇らせ、アスラマーラは手にしているキサゲの柄で頭を掻いた。
「やったぁっ! 『Sourire d'ange』の完成だっ♪ ……よしっ! 【天使の微笑み】って名前をつけようっ。ユウコちゃんの笑顔は天使みてぇだからなぁ……♪」
 完成したイヤリングを掲げ、サルサがはしゃいだ声を上げた。
 静まり返って工房内は次の瞬間、気持ちは解ると暖かい笑い声で満ちた。

 全ての細工が仕上がったのは3日目の夜だった。
 帰り支度をするライガをちらりと見て、銀に掘られた羽の細工に目を落とし、
(「何処までも行けるように、か。……やっぱあげようかな? 俺より持ってていい気するしな」)
 ヘリオトロープは細工に込めた言葉を思い返して微笑む。
 出来上がったピアスを右耳へ付けたヨウミは、満面の笑みを浮かべてオーリンへ駆け寄る。
「親方、ありがとうございました! また来ても良いっすか?」
「おう、いつでも来い」
 その言葉に、また懐かしい気分が込み上げ、ヨゥミはもう一度頭を下げる。
 指輪を手に包み、瞳に涙を浮かべて何度も礼を言うセイルの頭を撫でて、オーリンはさっさと届けに行けと言わんばかりに、帰る冒険者達の集団を親指で示した。
(「銀細工の工程も勉強できたし……歳に負けんと次もその次のフォーナまでも頑張って欲しいな」)
 手の中のお守りを高く投げ、銀の中央のルビーが煌く様を楽しみながら、ヴィアドは心の中で感謝し。
「……作ったは良いが、どう渡したら良いんだ……」
 時間ギリギリまで作っていた髪飾りを握り締めながら、ロバートは飾り気の無い彼女の姿を思い浮かべて苦悩する。
 そんな苦悩を他所に、光が落ちた工房では……。
「ずっと、3日間ずっと手伝ってくれてありがとです」
 リシュは何時もの様に、フェザーの心を蕩かす笑顔でぺこりと頭を下げた。
 炉からの光に照らされたフェザーの顔は、炉の照り返しという理由だけでは説明がつかない程真っ赤で。
 しばしの沈黙の後、意を決した様に作りたてのプレゼントをリシュへ差し出す。
「今日一日つきあってくれたお礼だよ」
 微笑には慕う気持ちが満ち溢れ。リシュが遠慮の気持ちから躊躇っていると、フェザーはその手にそっと指輪を握らせた。
 また、工房の庭先では、オーリンへ挨拶していた所を引っ張って来られたフェレクとカンショウが向かい合い。
 ずっと一緒に作業をしていたから、彼女が何を持っているか解ったし、何をするのかも何となく想像がついたが、胸の高鳴りが邪魔をしてフェレクは何も言えない。
 前触れも無く爪先立ちして、フェレクの耳元に顔を寄せるカンショウ。
「……す、好きですわよ……」
 この2人の初デートは幸せな結末を向かえた様だった。

「すっかり寝ている様だな」
 オーリンは、冒険者が全て帰りひっそりとした工房からセリオスを運び出して、ソファーへ寝かせた。
「随分、根を詰めてたからね。よっぽど好ましい相手にあげるのだろうさ」
 毛布をかけてやりながら、セリオスの手に握り締められて離れないブローチを見てミカヤはそっと呟いた。
 全てが終わり、ミカヤとオーリンはそれぞれ差し入れの紅茶と酒を杯に注ぐ。
「良い子達じゃねぇか」
「当然じゃ。彼らは他でも無いランドアースの未来を担う冒険者達なのじゃからな。オーリンには、やらん」
 言って笑うミカヤにオーリンは苦笑を返し。2人の年寄りは杯を触れ合わせた。


マスター:中原塔子 紹介ページ
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