家と心に燈す灯り



   


<オープニング>


 フォーナ感謝祭――
 家族や恋人と言う近しい者同士が共に過ごす、年に一度の祭日である。家族の絆を司ると言われる「女神フォーナ」の名を関する祝福の日が、今年も深々と降り積もる雪のように、音も無く静かに近付いて来た。

 蒼荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)は、冷えた窓硝子に手を当てて、ぼんやり街路へと視線を落とす。寒い冬の空気の中を、楽しげに駆けて行く子供たちの姿が蒼い瞳に映った。肩越しに振り返り、冒険者らに向けて言葉を零した。
「……家族と……共に在ることは、きっと幸せなことでしょうね」
 冒険者たちが言葉の意味を掴みかねて、訝しげな眼差しを送る。数人は、彼女から、彼女の家族に関する話を今まで一度も聞いたことが無いことに気付き、気遣わしげな表情を浮かべた。其れを緩く手で制して、何処を見ているのか判らないような、ぼうとした瞳で彼女は言う。
「家族を喪ってしまった子供たちが居るの。其の孤児院へ御邪魔しようか、と思って。
 ……暖かいスープを、簡素でも心を込めたケーキを作りに行くの。
 フォーナは、共に過ごす人が居るか居ないかが、とても……」
 彼女は睫毛を伏せ、浅く息を吐き出した。
「とても、大事なことだから」
 其れ以上、ロザリーが口を開くことは無い。此れは依頼では無いのだから、彼女は此れ以上何も言わない。けれど、少しだけ不安げに冒険者らを見遣ると、身体の前で組んだ手に力を込めた。

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参加者
NPC:荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)



<リプレイ>

●孤児院の子供たち
 其の夜、其のとある孤児院は、常と違う暖かい灯りが燈されていた。
 照明自体に何らかの差があるわけでは無い。其れでも孤児院は暖かかった。温度だけの問題では無い。温度も常より高いことは事実であったが。其の日、孤児院には多くの冒険者たちが遣ってきていたのだ。子供たちの心へと、灯りを燈す為に。
 兎の着ぐるみを着たダグラスが、漢らしい笑みを浮かべてハーモニカを吹く。芸術に造詣深いエルフならではの曲は、技術的に見ればさして巧みでも無いのだが、何故かとても心暖まるものだった。口の悪い子供に何か言われ、かなり凹んだ様子でもあったが、哀しい目をした子供を見つけると、優しくぎゅうと抱き締めてやる。
「俺は家族じゃねぇけどよ……こうしてると暖かいだろ」
 其の横では金ぴか全身鎧のバイソゥゴルドが物珍しそうな視線を集めていた。牛の鳴き真似などして見せて、場を凍りつかせもしていたが、彼は意に介さず鷹揚に笑っている。兜を外そうとしてくる子供たちに、
「火傷の跡とかが『怖く』見えるらしいんでな。兜外してーのお願いは聞けないんだー」
と、諭すように言い聞かせる。
 更にホールの一角では、子供たちの楽しそうな笑い声が響いていた。
「痛っ 痛ぇよ、ちょっと待ってくれ、って聞いてくれー!!」
 ボール遊びで的にされたフェレクが悲鳴を上げながら逃げ惑っている。小悪魔染みた笑みを浮かべて、投げる側に廻っているのはレクトだった。二人は、血が繋がっていないなら家族じゃないとでも言うかのような子供たちを、そんなことは決して無いのだと諭すことに成功した。
 冒険者たちに共通していることは、決して子供たちを上からも下からも見ないこと。目線を合わせ、子供たちの瞳を、感情の動きをよく見て話すところ。其れゆえか、子供たちは個人差はあれど徐々に心を開き始めていた。
 フィリアは子供たちの話を熱心に聞いていた。時折、ドリアッドである彼女を物珍しそうに、頬を抓ったり髪を引っ張ったりしてくる子供も居たが、にこにこと辛抱強く相手をしている。笑顔は綺麗なままであったが、実は彼女の拳がきつく握られていた。堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題かもしれない。
 輪に入りたいのに入れない、そんな顔をした子供を目敏く見つけてトゥースが駆け寄る。無邪気な笑顔を見せて、手品を披露してみせたりなどしていた。
「ほら不思議! 1つのボールが2つや3つに増えるぜ!」
 慣れない手品に、袖口や懐からタネのボールが零れたりもする。慌てるトゥースを見て、子供がぷっと吹き出した。一緒に過ごすような家族は居ないが、そんな自分でも子供たちに笑顔を与えることが出来れば十分に満足だ、と思う。子供の笑みに応えるように、トゥースは一層嬉しそうな顔をした。

「懐かしいな……こういうとこ」
 煤に塗れた天井を見上げて、アーベントが小さく呟く。彼女は、引っ込み思案なのか輪に入れない子供たちを誘って孤児院の掃除をしていた。年の変わらない子供たちに優しい眼差しを向けながら、些細なことで笑いあって雑巾掛けをする。
 彼女たちは気づかなかったが、其の後ろで、不貞腐れたような顔をした小さな子がバケツの水を零そうとしていた。其処にこっそり掃除をしていたシェードが顔を出し、後ろから抱きつくようにして掴まえる。
「私もね、親も義父も傭兵仲間も皆いなくなっちゃってるけどね……こうして此処にいるよ。
 それに、君たちには大事な孤児院の仲間が……友達がいるじゃないか」
 諭すように耳元で囁き、其の子の頭を撫でると、掴まえていた手を離す。
「自分が信じていれば相手も必ず、答えてくれるよ……そういうもんだよ?」

 ロザリーは渡された牛タンの燻製詰め合わせを見て、僅かに眉を寄せた。燻製は冬季の食料としては最適であると思うから、院長に後で渡しておこう、と決める。
「ロザリー様、この度の提案、真に良い事でございますね」
 其の横で上品に微笑んだヘラルディアが言う。ロザリーは礼を言う代わりに目元を緩めた。家事ならば十分に得意であるヘラルディアは、丁寧に棚などの埃を払うと、繕い物を始めた。手際良く其れらを終えると、今度は食事の支度を手伝うと霊査士に声を掛けたのだった。
 台所への道すがら、食堂から賑やかな声が聞こえてくる。
「もしこの中の誰かが、将来何処かで冒険者として旅をする時がきたら、俺は喜んで手助けさせてもらうぜ!」
 冒険者の人生は波乱万丈であるが、ジョジョの人生もまた苦難に満ちたものであった。幼少時は戦争に巻き込まれて両親と生き別れ、其の時に拾ってくれた冒険者とは既に死別、其の後は幾度壁にぶつかろうとも乗り越えてきたと言う冒険譚。けれど今は、自分に「仲間」が居る。だから自分は血を分けた兄弟や家族と同じかそれ以上のモノ掴み得ているのだと言うことを、ユーモアたっぷりに面白可笑しく話していた。
 ロザリーが食堂を覗き込むと、丁度ジョジョと目が合った。こっそりウインクを送って来るのを見て、ロザリーはぱちくりと瞬きをする。
「楽しいお話を御聞きしている様で良かったですね」
 今宵の出来事が皆様にとって良い思い出となりますように、とヘラルディアは小さく祈った。

●聖夜を祝して
「……ほらよ」
 何でも無いことのように言って、調理場に果物の差し入れをするティキ。ちらっとロザリーを見て、複雑そうな顔をする。
(「寂しいって感情を無視出来ないっつーのは……難儀なというか。だが逆にまだ幸せかもしれんな。寂しいままそれに納得してしまわないのは」)
 胸のうちでだけ呟くと、踵を返して子供たちのところへ向かう。ポケットの中には、偶然にも花や果物の種が入っている。植物を育てることで心に満ちるものもあるだろう、と子供たちに渡すつもりだった。
 食堂には既に子供たちが集まり始めていた。シュシュは子供たちひとりひとりへと丁寧にお菓子を手渡していく。彼女が持参した食べやすい大きさのミンスミートパイと、ロザリーの作った簡素な焼き菓子だ。頭の上の輝く天使の輪を浮かべて、周囲には護りの天使を浮かべて、聖夜を祝福せんとする。優しい煌きに、子供たちは興奮に頬を紅くした。シュシュも嬉しそうに笑い返すと、更に子供たちを喜ばせたくて調理場へと急ぐ。

 調理場にまで入ってくる子供たちも居た。シャルレーゼには、小さな女の子が離れずにくっついている。スカートをぎゅっと握ってくる彼女の頭を、シャルレーゼは我が子同然に優しく撫でながら、火に掛けた特製の具沢山なクリーム煮の様子を見る。クリーム系の料理は身体が温まりおなかにも溜まる。寒い冬には持って来いであろう。
「こうして、祭りの時期が近付いてくるとなんか、こう、ワクワクして来るな」
 つまみ食いにやって来た男の子に笑いかけて、淡いピンクのエプロンをしたソウリュウが言う。一緒になって出来上がった料理をつまみ食いして、女性陣に怒鳴られたりなどした。しまった、と笑って男の子を逃がしつつ、ソウリュウは急ぎ野菜の皮むきを再開するのだった。フォーナ感謝祭など自分には無縁であったが、今年は初めて参加することになる、と思えば使命感のようなものさえ沸いてきた。
 人参、玉葱、ベーコン、カブ、キャベツを入れてブイヨンで煮込む。トマトの暖かいスープが今正に出来上がらんとしていた。特に気合を入れてスープを作ったのはアコだった。栄養満点、心も体も温める愛のあるスープになったと自負している。
「ちょっと熱すぎるくらいが美味しいのよね☆」
 猫舌な子供が居れば吹いて冷ましてあげよう、と思い、今から目を細める。
 シトロンも其れに付き従うようにして、温度調節や、焦げ付かないように丁寧にスープを掻き混ぜたりなど、細やかな気遣いを見せていた。子供たちに少しでも「幸せ」を感じて欲しいと願うが為、自然表情も真剣なものとなる。
 ふわふわのスポンジケーキも焼きあがる。スカーレルが丹精込めて焼き上げたものだ。ロザリーと二人懸かりで、生クリームで綺麗にデコレーションして、苺を間に挟み、更に上にもトッピングもする。オーソドックスながら子供に好まれるケーキが出来上がった。
「ロザリー、後は任せても良いかしら。
 できれば、女の子一人ひとりにリボンを結んであげたいのよね♪」
 笑顔で言うスカーレルに、霊査士はこくりと頷いた。彼が頬につけたままでいる生クリームをハンカチで拭い取ると調理場から食堂へと送り出す。

 マオーガーは所在無さげに食堂と調理場を行き来していた。調理場に行くと邪魔だと追い返されてしまうのだが、何処と無く寂しげな雰囲気を漂わせた霊査士の彼女が気になって仕方が無いのだ。何か巧いことが言えればとは思うのだが、言葉が見付からない。
 其処で、ぽん、と肩を叩かれた。
「マオーガー殿、妾たちと共に料理を運ばんか?」
 今さっきまで遊んでいたのだろう、仲睦ましげに子供たちに囲まれたルーシェンの姿があった。料理を食べ終えれば帰らなければ為らない。其れを思って、ルーシェンも胸の奥がちくりと痛んだ。声には出さず、子供たちを愛しげに見て、思う。
(「皆がいつも笑っていられますように……」)

 料理が食卓に出揃い、皆が調理場を去った頃。ロザリーは弱く安堵の息を吐き出すと、調理で汚れた食器の類を洗い始めた。皆の調理分担が巧かったこともあり、汚れ物は殆ど無く、仕事は簡単に終わってしまう。其の時、こんこん、と開いたままの扉が軽く叩かれた。
 ロザリーが振り返ると同時に彼、イドゥナは調理場に踏み込んで、無言で紅茶を淹れ始める。目を瞬くロザリーに、暖かな茶を差し出した。
「貴女に何が有ったのか、無いのか、私には分かりませんが……
 今、只一時であっても、何時か見せたような微笑を浮かべては頂けませんか?」
 薄い唇が笑みを浮かべるのを見て、ロザリーは今一度瞬いた。蒼い瞳を目蓋が覆うと、酷く穏やかな表情が其処には在る。
「……私も、此処の子供たちも、今宵は忘れられない一夜と為るでしょう。
 皆には本当に……感謝しています」
 有難さが滲むように、僅かに眉が寄せられた。其れは彼女なりの微笑、であったのかもしれない。フォーナの夜が、深々と更けていく――


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