星辰館−−宵藍の光に覆われて



<オープニング>


 古老の霊査士・ミカヤは、縁の欠けた茶器で茶を啜りながら、真新しい羊皮紙にしたためられた手紙を読んでいた。
「……つきましては、冒険者の皆様方を星辰館へ招待したく……ふうむ」
 2度読み直して手紙を置き、ミカヤは窓の外に目をやる。
 雪に煙る街は、いかにも寒そうで。
 年月の霞に覆われた懐かしい記憶を辿り、ミカヤは微笑を浮べた。
 このような寒い季節には、あの場所はより一層美しくなる。
「差し迫った時期じゃが……一応、声をかけてみるかの……」
 呟いて、ミカヤは立ち上がった。


「先日依頼を受けた星辰の洞窟を有する町から、手紙が届いた」
 羊皮紙をひらひらさせながら、ミカヤが酒場にいる冒険者達へ呼びかけた。
「巨大な植物が現れた一件で、洞窟内のホテル『星辰館』の予約キャンセルが相次いだらしい。その為、礼も兼ねて雪のフォーナ感謝祭の夜に、冒険者達を招待したいとの事での。蒼の光を湛える夜の洞窟は非常に美しい場所じゃ。砂浜で漁火を望む事も出来るし、洞窟内の海にボートを浮かべて楽しむ事もできる。また近海の海の幸は美味な事この上ない」
 最後にミカヤは、常には見せない切なく懐かしげな微笑を僅かに湛えて、こう言い添えた。
「私も行こうと思っておる。希望する者がおれば案内するので、申し出て欲しい」

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参加者
NPC:常磐の霊査士・ミカヤ(a90159)



<リプレイ>

●アルリシャーの岩場
 星辰の洞窟の特に美しいと教えられた場所に、シャールヴィとレジスは来ていた。
(「この景色見てちょっとは元気……出すといいけどな」)
 思いを込めて、シャールヴィはレジスを見た。
 泳ぐ銀色の小魚の背が夜光虫の光を映して、宵藍に沈む海の中で星めいて煌く。 
(「……心配かけてばかりで……。『ご主人様』失格だ……」)
 レジスはシャールヴィの視線を避けて、海を見た。
 春の若葉色の瞳に海の青が照り映え、その瞳はとても綺麗で、悲しく。
(「俺じゃ、あいつの苦しみ消してやるコトなんか――」)
 切なくて、見ていられなくてシャールヴィは目を逸らした。
 不意に、背中と尻尾に暖かな感触。肩越しに振り返ると、レジスの頭が見えて。
「……ありがとう。この世界で誰も信じられなくなっても、シャルさんの事だけは信じるよ。だから、呆れないでずっと仲良くしてくれたら……嬉しいな。」
 震える声。小さな体。精一杯の心が込められた、言葉。シャールヴィはふと笑う。
「尻尾が冷たいぞ」
「洞窟の天上から水滴が落ちたんだよ」
「わかった……でもな――無理して笑わなくていいんだ」
「無理してなんか……」
 残りの言葉は涙と共に、シャールヴィの銀の尻尾に吸い込まれて、消える。
 暖かな毛皮に頬をあて、レジスは仄かな安堵の中でシャールヴィの言葉を抱き締めた。

●ベラトリックスの間
 星辰館の食堂には豪勢な食事が並んでいた。
「ミカヤおばあちゃんにフォーナのプレゼントですぅ」
 席に着き、フォーナに感謝の祈りを奉げて早々、ヒースが手作りの箱を差し出した。
「私にか? おお、それは有難うの」
 ヒースがこっそり付いてきた事にも驚いたが、突然のプレゼントの申し出に、眦を柔和に和ませる。鴨とロブスターのブローチ。ミカヤはヒースの頭をそっと抱きしめると、胸元にブローチを飾る。
 ヒースは照れ笑いしながら蟹の足を咥えた。
「美味しいご馳走もいっぱいで幸せです〜♪」
「ほひひいレフ。熱いレフ〜」
 ヒースに負けじと、鍋を頬張るミルラ。
「ホントに美味しそうに食べるはね、ミルラは」
 ワインを片手に和やかに微笑むアージェシカ。
「そうですね」
 ミルラや他の者達の皿に料理を取り分けながら、エレアノーラも微笑んで同意する。
 酒を嗜むミルラを羨ましそうに見ていたヒースが、不意に窓の外へ目を遣る。
 大洋側の窓の外には、雪が舞い降りてた。
「にゃ♪ 雪ですよ〜ミカヤおばあちゃん♪」
 窓に駆け寄るヒースに半ば引っ張られる様にして、杖を突きつつ付いて行くミカヤ。
「……綺麗ですぅ♪」
「本当にの……」
 窓から見下ろした真冬の海と舞う雪は、儚くそれ故に美しく。
 ミカヤとヒースはいつまでも見ていた。

●星辰の海
 カメリアとロスは洞窟内に広がる星辰の海に、小船で漕ぎ出していた。
 漕ぎ疲れて乱れる息を必死に整えるロス。酒を取り出し、栓を開けてカメリアが差し出す杯に注ぐ。
「よいお手前ですわ」
「では……か、かんぱーい!」
 小船を漕いだだけで疲労困憊である。
「蟹食べますか? 蟹って美味しいけど、殻剥くのが面倒なんですよね……」
 料理のメインである蟹を剥き剥きしながら、呟く。
 その蟹を横からひょいと摘むカメリア。
「……あ」
「ふふ、美味しいですわ〜」
 負けじと剥くロス。片端から食べてしまうカメリア。
「カメリアさんってばって、うわ!」
 不意に揺らいだ小船の上でバランスを崩し、ロスはカメリアの胸に飛び込む。
 胸の柔らかな感触。見上げると、そこにはカメリアの唇があり。
 鼓動が早まる。カメリアが微笑む。カメリアが両手をロスの両手に重ね……、
「ロス……」
 甘く名前を呼ぶとそのまま立ち上がった。
「忘年会の芸を仕込みますわよ〜。立つのですわロス君!!」
「ってうわ、もう酔ってますねカメリアさ……」
 溜まりかねた小船が大きく揺らぐ。完全にバランスを崩してロスは海の中に落ちた。
 カメリアの手を握り締めたまま。
「あん、冷たい」
 みるみる正気に戻って行くカメリアを見ながら、ロスは何とか無垢な微笑みを浮かべて、この状況を誤魔化そうとするのだった。

●スピカ
 一方その頃、星辰館の一室『スピカ』では、独りセリオスが溜息を吐いていた。
 海にボートを浮かべて星を眺めたり、2人きりロマンチックな食事をしたり、この美しく設えられた部屋で睦み合う……筈だった。
 ベッドに横たわる主人の様子を心配したのか、お腹が空いたのか、子狼のシルバがベッドに飛び乗り鼻先でセリオスの顔を押す。
「わかったよ」
 とうとう根負けして、セリオスはシルバの頭を一撫ですると、抱えてベッドを降りた。
 冷たくはなったが変わらず美味しそうな料理を取り分け、シルバの前に置く。
「海に落ちた星……か。綺麗だな……」
 星辰の海を眺めながら、セリオスは溜息をついた。
 風景は美しく、静かで、並べて世は事も無し。
 すれ違いのフォーナの夜も平等に過ぎて行くのだった。

●アルリシャーの岩場
 マイトは夜の岩場に立ち、海を望んでいた。
 久しぶりに暖かな日の当たるカフェで茶を楽しみ過ごした、穏やかな一日。
 昼間の洞窟は、海の蒼が陽光を抱き瑠璃の薄板を透かした様に、煌く青色の光を洞窟へ投げ返していた。
 冬の海は確かに冷たいのに、その光景は暖かく光に溢れ、どこか懐かしい物すら覚える。
 夜の海は深い藍色に包まれ、淡い夜光虫の光を抱いて渦巻く銀河の様だ。
 星の光を紡いで沈めれば、かくあろうという幻想的な風景に、一度訪れた事のあるマイトも感嘆の溜息を洩らす。
 舞いたいという衝動に突き動かされて、マイトは弓を構える。
 水平に構えた弓を引き絞り、弓弦を鳴らす。かそけき音が水面を渡り蒼を振るわせた。
 心のままに、徐々に複雑な動きを織り交ぜながら、弦を鳴らし脳裏に広がる蒼を見る。
 完全に海の音、光、洞窟の静けさと一体となり。最後の弓音が細く尾を引きながら消える。
 マイトは満足した様に微笑んで、さらに洞窟を巡る為にアルリシャーの岩場を後にした。

●シャート
 星辰館の一室『シャート』では、何故だかベッドの上にはルティスが、窓際にはアルビレオが立ち、恋人とは程遠い雰囲気をかもし出していた。
「えっと……し、静かね。他のみんなは、どんな過ごし方を……」
 ルティスは何とか話の接ぎ穂を探すも、戸惑いがまず心にあり、上手く言葉が出て来ない。
 アルビレオもまた、告白の答えを貰っていない事もあり、どうにも気まずい心を抱えていた。
(「ずっとこの調子じゃ……ん?」)
 外の様子に気付いたのはその時だった。宵藍の海から溢れる薄蒼の光。洞窟の壁面に埋められた切子硝子が散々に光を砕いて落とす。
「おいルティス、来てみろよ。すごく――綺麗だ……」
 アルビレオの言葉の調子に惹かれる様に、ルティスは窓から外の風景を見る。
「……これは凄いわね。吸い込まれそうだわ……」
 肩の暖かさに横を見ると、触れ合うほど近い場所にアルビレオがいて。
 胸の鼓動が加速する。反対側の肩に大きな手。不意に引き寄せられて、ルティスはアルビレオの肩に頭を持たせかけた。アルビレオは思う。
(「……今はまだこれで良いや。返事を聞けなくても少し位ギクシャクしてても、今ルティスと一緒にいられるなら……」) 
 ルティスとアルビレオは寄り添い合う2つの星の様に、何時までも地上の星々を見つめていた。

●アルリシャーの岩場
 2人だけで過ごす夜。2人だけの場所。何もかもが初めてで、シュシュは珍しくはしゃいでいた。
 じゃれる様にトバイアスの腕にしがみ付き。僅かな驚きを浮かべた顔を見上げ、ほんのり紅が指した顔ではにかむシュシュ。
「あの……旅団のみんなの前では、照れくさくて出来ません……から」
 もっと近い場所から輝く夜光虫の群を見ようと、岩場を乗り越え降りるトバイアス。
 シュシュの体をひょいと抱き上げ、ゆっくりと岩場の平らな場所に下ろす。
 殆ど四方を夜光虫に囲まれ、シュシュは光の中で手を遊ばせる、
 夢心地で海に見入るシュシュの横顔を見て、トバイアスは微笑を浮かべた。
(「……船の上で育ったようなものだから、夜光虫はそう珍しいもんでも無いけどな、シュシュが喜ぶなら俺も……」)
 トバイアスは不意にシュシュの腕を引くと、共に岩場へ腰を下ろした。
 殆ど有無を言わせずに、肩に頭を乗せて目を伏せる。
 シュシュはトバイアスが時折見せる、不器用な愛情表現が好きだった。
 だから――自分も瞳を閉じて頭を沿わせる。
「……これからも、こうしてお傍にいさせてくださいね……大好き、ですよ」
 肩の上でトバイアスが、僅かに頷いた気がした。 

●星辰の海
「普通、こういう所は恋人どうしで来る所で男同士で来ると虚しいだけのような」
 星辰の海に小船で漂いながら、呟くセイン。
「親子の様な者でも良いじゃないですか? それとも、デートのほうが宜しかったですか?」
「そうではありません」
 からかい混じりのミーシェの言葉に、頬を朱に染めながら、反論めいた事を口するセイン。
 ふいと目を逸らし、蒼の輝きを返す海に目を見張る。
 その姿に、セインはある曲を思い出した。深く切なく響く、この海に似て美しい夜想曲。
 竪琴の音色。揺らぐ小船のリズムが心地良い。うとうととまどろみかけて、不意に吹いた寒風に身を震わす。
「この方が暖かいですよ」
 音色が途切れた。気が付く間も無く、ミーシェはマントの中に抱き込まれた。驚くミーシェ。
「昔に帰ったみたい……ですね」
 もう帰る事が出来ない、幼いミーシェと過ごした日々をセインは思い出し。
 ミーシェを抱くセインの掌は温かく、それ以上に何故か懐かしい気がして……。
 とても幸せで懐かしい夢の中へ、ミーシェを誘った。
 彼を柔らかく抱きしめ、そっと額に一つキスを落とす。
 沸き出でる感情は恋ではなく。情欲の絡んだ愛とも違う。
 セインは寝顔を見つめながら、護りたいだけなのだと心で呟いた。

●レグルス
 星辰の海を漂いながら、一つ星見酒でも洒落込もう星辰の海に出てみたはいいが、やはりそこにはカップルがいて。
 結局、エレアノーラに誘われるままに、何故だかポーカー大会に巻き込まれていた。
「なー!! また負けマシた……強すぎるデスよぅ」
 ポーカーの札を派手に撒き散らし、ミルラはエレアノーラお手製のクッキーをやけ食いする。
「ふふ、この勝負は俺の勝ちだな。次も……」
「ミルラが勝ちますカラ!」
 現在エレアノーラとティキが4勝、そしてミルラは0勝。
「ミルラさんは表情に出るんですよね」
「……尻尾が萎れるな」
 ティキの、何もかもを見透かすような青い瞳を向けられ。
「尻尾は心の窓でゴザイマス……」
 しおしおと尻尾を下ろしながら、ミルラはうずくまる。
 エレアノーラはその頭をなでなでしながら笑いかけた。
「まあまあ、ガンバロ。尻尾噛み癖も頑張って直してるみたいだし。きっと勝てるよ」
 トランプを手早く切るティキ。再びやる気を取り戻すミルラ。微笑んで見守るエレアノーラ。
 フォーナの夜はまだ始まったばかりである。

●星辰の海
「星辰の洞窟……魅入る程に素敵な場所ですね……綺麗で落ち着いて」
 小船で洞窟の入口近くまで漕ぎ出し、外に舞う雪と、洞窟内の輝きを交互に見ながらアオイが感嘆の溜息を洩らす。
 気ままな波に小船を揺蕩わせながら、取りとめの無い話をする2人。
 不意にシトリークが黙り込んだ。
「アオイさん…今更な感も否めないのですが……もし、ご迷惑でなければ、私と……結婚を前提とした正式なお付き合いをしていただけませんか?」
 真摯な瞳で見つめられ、アオイは息を呑む。
 そして、ふと笑みを洩らした。
 ああ、私はこの方のこういう痛いほどの切実さを、とても愛しているのだと。
 愛してやまないのだと、今更の様に気付き、シトリークの誠実さに震わされた心から涙の雫が沸く。
「あの……一つだけ我侭を」
「ええ、何なりと」
 泣き出したアオイに戸惑いながら、慌ててハンカチを差し出すシトリーク。
 その手をそっと押さえて、耳元でアオイは囁いた。
「何時までも貴方と並び歩む……それがわたくしの望みです……」
 シトリークは束の間、アオイの顔を見つめる。それから、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
 アオイの指に差し込まれる結婚指輪。
「私の女神に……永遠の愛を……」
 唇と唇が触れ合う。今までで一番近い場所で2人の呼吸が溶け合う。
 冬の寒さの中で、シトリークの唇は酷く熱く、アオイの心を蕩けさせた。
(「ここから永久に……」)

●カペラ
「とっておきの貴腐ワインなの、いかが?」
 夜更けに扉を叩かれ、ミカヤが扉を開くとアージェシカが立っていた。
「ふむ、悪くないのう」
 ひっそりと笑って、ミカヤはアージェシカを部屋へと招き入れる。
「うちは淡白だったから、フォーナの集まりもそっけないものだったわ。……まあどこにいようと、何をしていようとお互い家族である事を忘れなければ、それで良いのでしょうけれどね」
「そうだな。どこに居ようと、女神フォーナは等しく見て下さるじゃろう」
 卓には2つのワイングラス。片方のグラスの傍らには、銀色のメダリオンが置かれていた。
 意味を悟り、アージェシカはミカヤが出してきたグラスと残りの2つに等しくワインを注ぐ。
「「フォーナに」」
 杯を軽く触れ合わせて極上のワインを味わう。深く、濃く甘いワインは正にフォーナの夜に相応しかった。

 愛するリュート『曙紅〜Aurora〜』を爪弾きながら、星の海に見入り。
 ミカヤは頬杖を突いて、その妙なる音色に聞き入っていた。
(「……素晴らしいものが見られたわ、ありがとう、ミカヤさん」)
  微笑を唇に刷き、アージェシカもまた目を伏せて、心の内に閉じ込めた星の海の輝きを、リュートの音色で描いては返した。

●星辰の海
 星辰の洞窟が眠りにつく頃。レイシは、星辰の海の上で小船に立っていた。 
 唇にあてた笛から流れる高く物悲しい音色が、海から溢れ出す青い光に反射して、辺りへ広がって行く。
(「……あの時あの場所が平和だったら、父や母も此処に来れただろうか?」)
 時は戻らない。そんな事は知っている――けれど。
(「少なくとも、彼の病状は……?」)
 繰り返し、繰り返し、思う事は止められない。
 抜け出せない。取り戻せない。忘れる事なんて出来ない過去の全てを音色に乗せて、レイシは鎮魂の歌を笛で紡いだ。
(「……願わくばこの笛の音が、眠る彼に届く事を」)
 儚い残響を残しながら消えた笛の音。微かな拍手がレイシの元へ届く。
 ミカヤが立っていた。その瞳には、哀悼めいた者が込められていて。
 レイシは優雅に一礼する。機会を与えてくれたミカヤへの礼も込めて。
 老婆が去る。残されたレイシは、星辰の海の上に漂いながら。
 胸を突く痛みが去るのを、ただじっと待っていた。


マスター:中原塔子 紹介ページ
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参加者:19人
作成日:2004/12/30
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