黒桔梗の森〜霧雨の中の血闘〜



   


<オープニング>


 雨は音も立てず地に吸い込まれ、辺りを薄い霧が満たした。鼻腔を刺激する、生臭く嗅ぎなれた匂いがじっとりと張り付くように水気の多い空気中を漂っている。
 狂風の・ジョジョ(a12711)はヒュゥと小さく口笛を吹いた。来るべき事態を予測すれば、戦場に染められた血が騒ぎ出す。
 霧の中に薄っすらと小柄な影が見えてくる。小柄に見えた其れは、高さで言えば子供程度。しかし彼らは獣独特の牙を持ち、四足で此方へと迫っている。周囲は何時しか、十匹程の狼たちによって囲まれていた。
 其れが唯の狼で無いことは直ぐに判る。鼻を突く異臭の元は、目の前の狼たちで在ったのだから。彼らは皆、一様に腐敗していた。溶けかけた肉の合間から、白い骨が覗いている。
 遠くからは鈍く地響きが聞こえてくる。霧の中、離れていてさえ其の巨大さがよく判る何かが近付いてきている。
 狼たちは言わば其の取り巻きであろう。数ゆえに侮れぬことは確かだが、真に注意を払わねば為らぬのは向かい来る巨大な鬼――身体中を剛毛が覆い、酷く背の曲がった不恰好な獣。深い森の中、木々を薙ぎ倒しながら迫る、呼び現すなれば差し詰め巨鬼と言えるだろう其の存在へである。
 辺りの血臭が深くなると共に、目の前の樹木がばきばきと音を立てて折り払われる。姿を見せた其のモンスターは、酷く醜悪な姿をしていた。大きな口から覗く牙は黄色く濁り、肥大な身体を重たげに揺らしながら、其の小さくも邪まな瞳で冒険者たちを睨みつける。

 けれどジョジョの心に吹く風は、喩え前に立ち塞がるものが向かい風であろうと追い風であろうと、彼の志を閉ざすことは無い。何より今は、かつても共に戦った旧友と肩を並べているのだから。
 数々の戦の中、命を落とす戦友の数は星の数にも等しくなった。其れでも尚、今共に在る存在――六風の・ソルトムーン(a00180)、そして慧眼の静風・キルレイン(a12779)。
 命が在ろうと別れねば為らぬ時も訪れる。其れが戦場、で在った。
 いつかまた再会し共に戦う事を誓いながらも、別れた3人が、今此処に、再び集ったのだ。
 ジョジョは大剣を抜き放った。友と共に在る戦いが、長きに思える時を経てまた、始まろうとしている。

 霧雨は静かに水音を鳴らし始めていた――

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参加者
楽風の・ニューラ(a00126)
六風の・ソルトムーン(a00180)
鎧牛・ハヌマニオン(a05875)
狂風の・ジョジョ(a12711)
慧眼の静風・キルレイン(a12779)
艶風に舞う煌紫の華・アコ(a14384)
不屈の闘志・アリューダ(a15700)
聖地の碧風・ワンダ(a17641)


<リプレイ>

●志
「何を『成したか』ではなく何を『成すべきか?』だ。
 ――――散、そして斬! 疾く討つべし!」
 将の一喝に勇士たちは一斉に散開、次の瞬間には各々が為すべきことへ手を掛けている。周囲を敵に取り巻かれたのであれば、背後を取られぬよう仲間同士で背を向け合えば良い。彼らは態々言葉で告げるまでも無く、無言のうちに意志の疎通を終えていた。遠く離れて居たとしても心がひとつで在るならば、近くに居れば尚のこと、志も強くなる。
 自然、彼らは女性らを囲むようにして護りの陣とする。周囲を取り巻く狼らに応じる者、そして巨鬼に応じる者とに視線が動く中、真っ先に地を蹴ったのは狂風の・ジョジョ(a12711)であった。狼らの隙間を縫うように駆け出せば、真っ直ぐに巨鬼へと向かう。巨鬼の淀んだ目がジョジョを捉えた瞬間、両端に重石のついた丈夫なロープ、投擲型捕獲具『ボーラ』が風を裂いた。
「ぐぎゃッ」
「喰らいやがれぇえええッ!」
 形容し難い唸りをあげて一瞬、巨鬼が怯む。総ては其の一瞬で事足りた。横を擦れ違い様にジョジョの身の丈を越すほどの大剣が巨鬼を切り裂いた。ぎあああああ、と硝子を擦るような咆哮が響く。ボーラを投げつけた直後より間合いを詰めに駆けていた六風の・ソルトムーン(a00180)は、ふん、と僅かに顎を引く。其の怒りの声を掻き消すように、もう一筋、鬼の身体へと刻み込む。三日月刃と長めの穂先を有する鎗斧は、穂先を化け物の血で濡らす。
 聖地の風壁・ワンダ(a17641)は、ひゅぅ、と小さく息を吐いた。腐敗した姿を引き摺るように狼たちが動き出せば、表情を厳しくして声を張る。
「アコ。アリューダ。最初の一手は俺が――」
 けれど直ぐに目を剥いた。
「容赦するもンですかーっ!」
 艶やかに舞う拳の華・アコ(a14384)が声を張り上げながらに、狼群への攻撃を開始していた。もう二度と失いたくないから、護りたい者が在るから、共に戦ってくれる仲間が居るから。だからこそ、敵が如何に強い存在であるとしても、其れに立ち向かう意志が折れるわけは無い!
「喰らうが良い!」
 笑みすら含んだ女性の声音、不屈の闘志・アリューダ(a15700)が、流れるような動きで銀の剣を横に払う。周囲を取り巻く狼たちを薙ぎ払うかの如く放たれる一撃。ちらりとジョジョへ視線を向けた。久々に再会した相方、彼に未だ及ばぬところに居る己の未熟は嘆かわしいが、かと言って相手にとって不足は無し。青い瞳には爛々とした意志が燈った。
「この腐れ狼ども纏めて俺がぶっ潰してやるからかかってきなッ!」
 久々の戦闘と言うこともあり緊張が抜けず、ややぎこちない動きながらも、ワンダは二人に合わせて動こうと腕を振るう。宝珠の結晶で描かれた紋章入りのカードを媒介として、幾筋もの光線は放たれ、狼の群に突き刺さる。
「よーし。戦闘開始……だな!」
 僅かに荒れる呼吸を抑えながら、ワンダは言う。言葉の通り、霧雨の中では今、死闘が始まったのだ――

●血
 視界が血に染まる。己の血であるか、敵の血であるか、其れは既に判然とし難い。
 幾度にも渡る巨鬼の、そして狼の攻撃によって、彼等の身体には大なり小なり傷が刻まれていた。けれど、其れで怯む者などこの場に居よう筈も無い。

 女子供を弱きと見てか、巨鬼はやや後方に位置する女性ら目掛け歩まんとするが、屈強な男たちの輪を掻い潜れないで居る。特に鎧牛・ハヌマニオン(a05875)は、強固に変質させた己の鎧と、強靭な己の肉体、そして培ってきた経験とを持って、巨鬼の侵攻を防ぐ要と為っていた。
 後方へと巨鬼が注意を遣った、其の隙を逃さずに怒涛の如き連撃が始まる。
「得物に矜持を! 行けぃ!」
 ハルバードを高く掲げソルトムーンが咆える。同時に、ジョジョの持つ大剣が神々しいばかりの光を宿した。
「うおおおおおおおッ!」
「されば――参るぞ!」
 ジョジョの怒号とハヌマニオンの威勢が重なった。光り輝く大剣は更に炎の闘気で包まれ、総てを断ち切らんとて上から下へ、袈裟斬りにと強く振るわれる。同じく聖なる姿へと変形した長剣の、其の切っ先が巨鬼の膝へと触れると、爆発的な衝撃が生まれ、其の巨躯すらも揺るがせる!
「――ジョジョ。
 気のせいかもしれませんが、昔のような技の冴えがありませんね。……酒の飲み過ぎですか?」
 暴発寸前までの力を打ち込んだジョジョは、指先が僅かに痺れるのを感じ、顔を歪めた。其の時後方から響くは玲瓏たる涼やかな声音。手を離れた矢には火が灯り――がぁああん、と大地すら揺るがして、着弾と同時に大きな爆発を生む。射手は慧眼の静風・キルレイン(a12779)、彼の矢は巨鬼だけでなく狼の陣形を崩すことも計算に入れていた。
「こうしているとあの頃に戻った様ですね……
 想い出話といきたい所ですが、まずはこの輩を蹴散らしましょう」
 共に戦場を駆け抜けてきた友へと、掛けた声は柔らかなものとなる。脳裏に甦る在りし日の姿――感慨に耽りそうにも為るが、目の前の巨鬼は苦悶の声を上げながらも未だ健在である。

「ジョジョさん!?」
 微かに体勢を崩した姿に、巨鬼が腕を振るわんとするのを見、アコが飛び出した。
「わたくしの魅惑の剣舞で大人しくお眠りなさい!」
 其の姿は正に狂風の如く、サーベルが風を切り裂きながら巨鬼に迫る。其れは牽制程度の一撃では在ったが、巨鬼の攻撃を逸らすことには成功した。だがしかし、彼女は如何せん前に出過ぎてしまった。
 巨鬼ががむしゃらに振り回した腕が、アコの細い身体を弾き飛ばした。
 動揺が走る。
「各自、相対すべき敵に全力を傾けて下さい!」
「キル、矢を惜しむな。当たらなくとも牽制となる」
 キルレインの強い言葉に被さって、ソルトムーンの重厚な声が指示を飛ばす。弾かれるように楽風の・ニューラ(a00126)が駆け出した。アコを抱き起こして、其の傷を見る。決して浅くは無い、が息はある。思わず安堵に目を緩めながら、祈るようにして癒しの力を行使する。ニューラの体内から淡く輝く光の波が出で、其れが周囲へと浸透していく。
 皆の傷は大分塞がり、ニューラは巨鬼を睨みつけながら小さく呟く。
「来るならおいで」
 狙われたとて負けはしない。最後まで生きていれば此方の勝ちだ。
「くっ……雨で足場が悪ぃーな!
 でも団長達が【巨鬼】を倒すまで保てば俺らの勝ち……だ!」
 取り巻く狼を一匹、二匹、三匹と片付ける。すると、新たに一匹が増えているのだ。森の奥から此処を目指し、集まって来ているのかもしれない。やはり巨鬼を倒すまでは戦いは終わらないのか。悪態を吐きながらも、ワンダに恐怖は無い。胸に在るのは信頼だけ。

●風
 狼に抗う人手が減ったことで、陣形は徐々に瓦解しつつあった。一歩引いた位置から状況把握に努めるソルトムーンには其れが痛いほど感ぜられた。幾たびもの戦場を駆け抜けてきたのだ、一人倒れれば揺れ動くことなど百も承知。
 ニューラの纏う濡羽の振袖が微かに煌き、数え切れぬほどの魔力で編まれた鋭い針が、狼ごと、巨鬼すら薙ぎ倒さんとして放たれる。徐々に囲む輪を縮めようとしていた狼たちは、弾き飛ばされるようにして後方に退る。警戒するように鈍く唸りをあげた。
「こんな所に良い盾が!」
 アリューダは快活な声で言いながら、ジョジョの背後を陣取った。ツッコミを入れるべく振り返るジョジョの目に、左肩を庇うアリューダの姿が映る。
「アリューダ……!?」
「少し、しくじったかもね」
 気丈にも笑って見せる彼女の額には、大粒の汗が浮いている。左肩の傷痕からは紅い紅い血が流れ出る。狼に対しての前衛たる位置に居る彼女には、狼からの攻撃が集中し始めていた。
 決着は急ぎ付けねばなるまい。
 戦士の心に風が吹く。

「グアアァアアアアア――!!」
 巨鬼は咆哮と共に、自らが薙ぎ倒した大木を掴むと、其れを振り回すようにして冒険者たちを一網打尽に薙ぎ払わんとして突撃してくる。大地を揺るがす振動、しかしハヌマニオンは悟った。此処で自分が回避行動を取れば、後方への被害は甚大なものとなる!
「受けて見せるでおじゃる!」
 叫ぶ。
 自らの身の丈を覆うほどの巨大な盾を翳しながら、彼は駆け出した。立ち止まっていては受けきることなど出来ず後方へ弾き飛ばされるだけ。ならば、例え衝撃が増そうとも、今は前に駆けるしか無い。
「――――!」
 声を放つ間もない、交錯。
 身が砕けそうな衝撃の最中にあるハヌマニオンには、周囲の音すら聞こえない。目の前に在る巨躯を見れば、受けきったのだ、と悟ると共に誇りを抱く。自らの剣は頑丈さには誉れもある。捨て身とも言える近しい距離を利用して、其の剣で巨鬼の足を地面へと縫いとめた。ずぶり、と肉を貫く感触が手へと響く。
 ハヌマニオンへと腕を振り下ろさんとする巨鬼に、再びボーラが纏わりつく。ぐがあああ、と声を上げながら暴れんとする姿には、確実に精彩が掛けていた。
「背を後押せし『疾風』、集い纏いたる『烈風』と為せ!」
 ソルトムーンの凛とした声に、心の中に風が吹く。血霧と化した周囲の様相すらも、清々しい風が吹き散らすかの如く。友が生んだ隙を活かせず何の風か。
 周辺の狼を薙ぎ倒しながら、ジョジョは巨鬼へと迫る。がむしゃらに巨鬼が振り回す腕が交錯する。油断せずに剣の腹で受け流さんとするが、怒りに我を忘れたか、巨鬼の力は今までに無く強大――ジョジョの耳元で、ばきり、と嫌な音がした。
 つぅ、と額から生温い何かが垂れるのが判る。眼鏡の蔓が衝撃に軋んでいた。
「てめぇ――!?」
 許すまじ、と眼鏡の奥の瞳に怒りが燈る。裂帛の気合と共に、其れがトドメと言わんばかりの一撃を、大剣を天へと掲げ、そのまま地へと振り降ろす!
 大地を揺るがすは轟音。剣が雨を吸った地面へと突き刺さる。一拍遅れて、ずぅん、と重たい音がした。巨鬼の左腕が、肩口からすっぱり綺麗に切り落とされた。
 其れはニューラのニードルスピアが狼らを退けた頃とほぼ同時。
 巨鬼は只管に腕を振り回す。ハヌマニオンの身体にも限界が来ていた。抑えきれない。ジョジョは再びトドメの一撃を放たんとして、重たい腕を振り上げる。
 其の時、巻き起こるは一陣の風。
 目にも映らぬほどの疾風の一矢。
 矢は真っ直ぐに、巨鬼の脳天を貫いた。
 生まれるは空白。一拍の間は酷く長く感じられる。巨鬼の身体はゆっくりと揺らぎ、重たげな音を立てて地面へと倒れ伏した。
「私の勝ちですねジョジョ。そう美味しい場面は譲れませんよ」
 金の髪は霧雨に濡れ、其の青い瞳は可笑しげに笑った。皮肉を紡ぐキルレインの姿に、ジョジョは「畜生」と小さく呟き、笑った。
「まだトドメに拘っているのかね? 首を取る事より大事なものを早く見つけた方がよいぞ?」
 そんな二人へ向けて朗らかな笑みを乗せ、ソルトムーンは倒れたアコと、其れを支えるニューラの元へ歩みを進める。
「アコは誕生日であったな」
 顎に手を当て、思い悩むように目を細めると、ぽん、と彼女の頭に手を置いた。
「戦場ゆえに何も無いが、この勝利をアコに贈ろう」
 アコは薄っすらと其の頬に笑みを浮かべる。頷きの代わりに、目を伏せることで応えた。
「……濡れてしまいましたね?」
 空を見上げてニューラが呟く。深い森の奥で、何時の間にか霧雨は晴れ、空は青く高く広がっていた。周囲の崩れた死骸へと目を落とし、死者へ敬意を払うかの如く小さく祈りの言葉を囁く。アンデッドの存在に、深い哀しみを胸に抱いた。

「積もる昔話もある。皆で酒場に行こうぜ」
「そうだな、傷など酒を呑めば治る」
 ジョジョの言葉に、アリューダは笑顔で請け負った。
「酒と友は古い方が良いという諺があったが、新しい酒もまんざら捨てたものではあるまい」
 この場の者で反対意見を唱える者など居よう筈も無かった。
 風は自由に見えるが集いてこそ力を得る。其れを示して勇士たちは森を去る。後に吹くのは雨の後の涼やかな風――

 彼らが手にしたものは勝利と、深くなるばかりの絆、であった。


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参加者:8人
作成日:2005/02/06
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重傷者:鎧牛・ハヌマニオン(a05875)  艶風に舞う煌紫の華・アコ(a14384)  不屈の闘志・アリューダ(a15700) 
死亡者:なし
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