ヴェインの誕生日〜Sweets&Smile〜



<オープニング>


 良く晴れた日の午後、愛用の銛を片手に冒険者の酒場を訪れたゴタックは顔馴染みの冒険者と挨拶を交わしながら、ある姿を探していた。
 だがどのテーブルにも目当ての人物……霊査士の青年は居ない。
「ヴェイン、どこに行っちまったんだべ?」
「……最近姿を見ないな。結構な事だが」
 丁度近くに居たエルフォミナが手にしたカップを口元に運びながらそう答えると、ゴタックはきょとんとして首を傾げる。
「ヴェインが居ないと嬉しいだか?」
「……そうだな。私は非常に有難い」
「おらは寂しいけどな〜。エルはヴェインが嫌いなんだべか?」
「……」
「ヴェインさんなら、市場だろ」
 言葉を詰まらせたエルフォミナを見かねて、苦笑しつつも酒場の店員が助け舟を出すと。
「市場? アレがか?」
「ヴェインは料理が好きだもんな〜。前に作ってもらった弁当も美味かっただよ♪」
 その言葉に正反対の反応を見せた二人は、互いをまじまじと見やる。どうやら二人の中で霊査士への印象はだいぶ差があるようだった。
「…………まあ、昔から何でも器用にこなす男だったがな」
 たっぷり間を置いて、エルフォミナが溜息と共に独りごちた時だった。
 酒場の扉が開き、霊査士の青年が冬の冷気を伴って入って来るのが見えた。両手には大量の荷物を抱えている。
「ヴェイン、探してただよ〜! ……何だべ、コレ?」
 駆け寄ったゴタックは手を貸しながら興味深げに荷物を覗き込んだ。
「ああ、ゴタックさん。有難う御座います。……ええと、卵に小麦粉に砂糖にバター。チョコレートにドライフルーツ……まあ、色々ですよ」
 テーブルに落ち着いて指折り数えながら今日の収穫を披露する彼に、エルフォミナが憮然と言い放つ。
「そんなに大量に、どうするつもりだ」
「お菓子を作るんですよ。良かったらエルも一緒にいかがですか?」
「私に作らせれば、材料が無駄に減るだけだ」
 呆れたように肩をすくめて彼女は席を離れた。颯爽と踵を返した姿を見送ったゴタックが突然、大声を上げる。
「そうだべ!」
「ゴ、ゴタックさん?」
「そうだべ、お菓子で思い出しただよ! もう直ぐヴェインの誕生日だべ? おら、何か欲しいもんがねぇか聞きに来ただよ」
 後半は照れたようにはにかみながら言うゴタックに、霊査士は丸くしていた目を細めて、とても嬉しそうに笑った。
「……有難う御座います。そのお気持ちだけで十分ですよ」
「でもな、おら何かしたいだよ」
 ゴタックは食い下がった。放っておけばこの青年は誕生日にも独りで普通の生活をしてしまいそうだ。自分にはあんなに楽しい思い出をくれたのに。
「……そうですねぇ。でしたら、一緒にお菓子を作りませんか?」
「お、お菓子!?」
「ええ。材料を買いすぎたもので。どうですか?」
「……わかっただ! それじゃあおら、みんなも誘ってくるな♪」
「は? 皆……?」
「誕生日は大勢で過ごした方が楽しいべ! よし、頑張って宣伝するだ!」
「ゴタックさ……」
 止める間も無く、ゴタックは周囲にいた冒険者を手当たり次第に誘い出した。霊査士は天を仰いで……やがて楽しそうにクスクスと笑い出す。
 一風変わった誕生日になりそうだった。

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参加者
NPC:霊査士・ヴェイン(a90096)



<リプレイ>

●お菓子教室? 風雲編
 『霊査士を講師に迎えてのウキウキお菓子作り教室☆』はナアン氏の邸宅で開かれる事になった。広い厨房が完備されたこの屋敷でなら多人数が一度に調理する事も可能だからである。
 霊査の腕輪を外し、いつもよりラフな服装の霊査士・ヴェイン(a90096)に黎明に詠う金糸雀・セルフィナがぺこりと頭を下げて微笑んだ。
「あの、ヴェイン様、今日はよろしくご指南下さいませね♪」
「誕生日だというのに、すまない。迷惑をかける。だが、私も退く訳にはな……何としても美味いと言わせたい」
 剣舞姫・カチェアも改まって一礼する。お菓子作りと言うよりも戦に赴くような風情の彼女に、ヴェインは微笑ましそうに目を細めた。
「大丈夫ですよ、僕も手伝いますから」
「ほんとにー? じゃあ僕はコレ作りたい、コレ☆」
「ヴェインちゃん、協力してね♪」
「……はい、努力します」
 その言葉を聞きつけた白灰・ジーニアスが料理本を掲げて迫り、蠱惑の妖狐・ライカが爽やかに笑う。二人とも料理に自信がないらしい。
 周囲に集った女性陣(?)に早くも押されつつある霊査士を更に追い詰めるのは漢燃えで張り切るニュー・ダグラスだった。
「下僕と菓子作りに挑戦するぜ! 等身大チョコ(俺様編)だ。手伝ってくれるよな?」
「……工作はちょっと」
 ニッカリ漢笑顔から申し訳なさそうに目をそらすヴェイン。その視線の先では……
「ゴタックさんポーズ♪ あ、そんなに硬くならないでね」
「緊張するべ〜」
 お菓子の型を作る無垢なる闇払う白雷・リンディがゴタックのスケッチを行っていた。

●お菓子教室? 戦乱編
 屋敷いっぱいに漂い始めた甘い香りに猫たちも落ち着きなくウロウロと歩きまわり、その中には主人であるナアン氏も混ざっていたりする。
「良い匂いにゃー♪ これは何かにゃ?」
「あ、見たらダメですよ〜」
 ナアン氏に手元を覗き込まれた気高き銀猫・エリスは慌ててチョコの型を隠した。ナアン氏はふんふんと鼻を鳴らしてねだる。
「そんなイジワルしないで見せてほしいにゃー」
「ダメったらダメなんですぅ」
 頬をピンクに染めてエリスも頑張る。その様子に気付いたヴェインは手伝いを申し出てくれた明告の風・ヒースに早速指示を飛ばした。
「大和ニャデシコさん、出動お願いします」
「ふ、任せて下さい。……ナアンさん、パスです!」
 ぽーん♪ 丸められたマジパンが空を舞い。
「にゃー♪」
 目を輝かせたナアン氏は嬉しそうに追い掛け回し始めた。それをクスクスと笑って見送った蒼麗の名士・セントがふと溜息を零す。
「なーんか毎年この時期って自分の料理の腕がうらめしく思っちゃうのよね。いいわ、どーせセイちゃんに食べてもらうんだし、多少の事は目を瞑ってもらうか……」
 ぼやきながらクッキー生地をこねるセントはその頃セイガがクシャミをしていた事を知らない。
「なに……「料理は真心が肝要、味は二の次」と彼の本も言うておるしな」
 『誰でも簡単♪ 和菓子教室』と背表紙に書かれた本をめくる澪標・ハンゾーが仰々しく頷きながら言った。その背に刺さる視線が痛い。
「……その言葉、覚えておいてもらおうか」
 エルフォミナである。数々の説得にも首を縦に振らなかった彼女だが、ハンゾーの『団長命令』には逆らえなかったようだ。憮然とした表情で立つ体からは暗黒のオーラが噴出している。
「えと、その……エルフォミナさん、一緒に頑張りましょう?」
 不穏な空気に、温・ファオがオロオロしつつも気遣いを見せると、エルの表情は少しだけ和らいだ。手際良くシュー生地を鉄板の上に絞り出す彼女を眺めて嘆息する。
「気持ちは有難いのだがな……」
 自分には向いていないとキッパリ言い切る表情は確信に満ちていた。
「私も最初はボロボロでしたけど何回かすると慣れてきました。料理も戦いも似たようなもんですよ」
 ケーキの生地にワイルドファイア産のドライフルーツを混ぜ込みながら双閃焔翔・シェードが苦笑を洩らして言葉を添える。その後方では……
「ぼくもりょーりとかにがてだけど、しっぱいさくはだれかさんにたべさせればいーのね」
 虚実の狭間に揺れる明星・ふぉっくすが力任せに泡立てたクリームを飛散させており。
「ぎょわわ!」
 そのクリームで滑った沙海の萌竜・パステルがコテンと転がって、運んでいた完成品を床にぶちまけた。
「だ、大丈夫でちゅ。パステル、お片づけは得意りゅ♪」
 サササササ。魔法のように一瞬でキレイになる床。ダメになったものがライカの失敗品であった事は救いだろうか。
「はに井! れ門! ……仇とる」
 一方では、時間切れで崩れ去った土塊の下僕を見てさめざめと泣きながら復讐を誓う(何に)月明り或は陽射の下で微睡誘う・ウィリアムが居て。
「ゴタッち、味見して、あじみー!!」
「うわあぁぁ〜!」
 ボコボコと不気味な色の泡を出すチョコらしきものを片手にジーニアスが泣きながら逃げるゴタックを追いかけ。
「ライカさんの指令書はこれですか……ふふふふふ……」
 実験器具を持ち出した朽葉の八咫狐・ルディが悪役笑いをしながら調理(?)していた。
「……戦と同じか、成程な」
「いえ、あれを見て納得しないで下さい……」
 頷いたエルフォミナに脱力するシェードだった。

●Sweets&Smile
 ヴェインの奮闘もあって、夕日が沈む頃には何とか全員がお菓子を完成させる事ができた。出来上がった品は様々だが、贈る相手を想って一生懸命手作りしたお菓子が美味しくないはずがない。
「終わりましたね……」
 感慨無量、遠い目でふっと溜息を零したヴェインは真っ白に燃え尽きていた。本当に色々あったらしい。そのまま眠りについてしまいそうな彼の腕を蒼の想唄・ファミリアが引っぱる。
「お疲れ様だね。ヴェインさん、こっちに来てみて」
 案内された部屋は天窓の付いた茶会室だった。そこには臥龍の武人・トゥバンと柳緑花紅・セイガが一日がかりで作った大きな丸テーブルがあり、様々なお菓子とティーセットが置かれ、朽澄楔・ティキが厳選した花々が飾られていた。胸を張ってセイガが宣言する。
「テーブルは頑丈に作ったからな、センが暴れても大丈夫だぜ」
「セイちゃん、何か言った?!」
「は、しまっ……」
 余計な一言で手作りクッキーをいただく前に首をきゅっと絞められてしまうセイガさん……それでも幸せそうです。
「ヴェインさん、誕生日おめでとう♪」
 霊査士を主賓席に座らせたリンディが花束を贈り、集まった冒険者達がそれぞれ祝いの言葉と供にプレゼントを手渡していく。
「有難う御座います……いやあ、この歳になると照れますね」
 ゆったりと微笑んだ霊査士は、本当に嬉しそうだった。楽風の・ニューラに贈られたレシピスタンドを抱えて、心からのお辞儀をする。
「皆さん、これからもご面倒をお願いするかと思いますが……どうか、宜しくお願いしますね」
「あらん、お堅い話はダメダメですわよ♪」
 ちょっぴりしんみりとなった空気に、ライカがウィンクして場を和ませた。その手はハンゾーの口をこじ開け、作ったカップケーキを押し込んでいたりするのだが。
 閼伽栗鼠・シュリがおずおずとティーポットを差し出して微笑む。
「紅茶を淹れるの手伝うね。……ハーブティーの事、教えてもらえるかな?」
「ええ、喜んで」
 柔らかく微笑み返したヴェインはさっそく、この席に集ってくれた人達の為に心を込めてお茶を淹れた。「仕事をしているより生き生きしてるな」とはエルフォミナの言である。
「うん、旨い」
 一口飲んでほっとしたように頷いたティキにニューラが「何を想像していたんですか」と絶妙のタイミングでツッコむと、彼はしれっとこう答えた。
「買い物好きなだけで料理は下手とかいうオチは困るからな」
「……厨房を巡ってつまみ食いしていた人が言いますか」
 ぎくり。その言葉に反応したのは深森の弓猟犬・ドラートと愛猫のロッシュだった。どうやら心当たりのあるらしい皆の視線を受けて彼は慌てて弁明する。
「皆のパシ……じゃなくて、手伝いだってしたろ?」
「はいはい。……有難う御座いました。本当に」
「……うん」
 何故か少しだけ寂しそうな光を宿した彼の瞳を、ヴェインは忘れないだろう。
 ゴタックの膝に乗ってご機嫌なパステルの横では双剣艶舞・クーヤが綺麗にラッピングされた包みを抱えてお茶を飲んでいる。
「花の香りがするべ〜」
「うふふ、いつも御世話になっているお姉様に、感謝を込めて作ったクッキーの香ですよ。ゴタックさんはお花、好きですか?」
「うん、おら見るのは好きだ。花入りのクッキーかぁ……凄ぇな、きっと喜んでくれるべ♪」
 尊敬の瞳でにこにこ笑った彼に、クーヤも満開の笑顔で頷いた。
「うに〜♪ いつもよりゴタックさんの尻尾がフリフリなのですよ♪」
 皆の力作を試食しまくる星刻の牙狩人・セイナは大はしゃぎだった。「よしよし」と頭を撫でるリンディはこの場に居ない二人を思う。
「姉さんの見張りを押し付けたわね……でも、頑張って欲しいわ〜」
「うに? わかりました、もっと食べるのですよ♪」
「違……! 頑張るのは姉さんじゃないの!」
「まだ入るのか……」
 エルフォミナが呆然と呟く。セイナ胃袋異次元説、ここに始動……? いえ、甘味は別腹と昔から言いますから。
「えと、お口に合うかな……?」
「とても美味しいですよ」
 霊査士へファミリアが差し出した抹茶オレには胃に優しい薬草が使われていた。そんな心遣いのひとつひとつが、彼の心まで温かくしてくれるのだ。
「甘いものって体の疲れだけじゃなくて心も癒してくれますね」
「ええ、本当に」
 ニューラの言葉にしみじみと頷くヴェインだった。
 テーブルに置かれたケーキには『Happy Birthday』の文字と可愛い人形が二つ。マジパンで作られたそれはヴェインに似せたものがヒース作。ヒースに似せたものがヴェイン作で、どちらの頭にも何故かキノコが生えていたそうな。
 因みに「うやまえ」とのありがた〜いお言葉を添えてダグラス力作、等身大俺様チョコはヒースに贈られた。
「どうしろと……」
「食べるしかないでしょう。僕は嫌ですが」
 途方に暮れるヒースの肩をヴェインが優しく叩いて励まして……?
 霊査士の心に深く残るであろう誕生日兼お茶会は、笑顔で幕を閉じたのだった。


マスター:有馬悠 紹介ページ
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