ラブクリエイター〜淑女専科〜



<オープニング>


「皆様ごきげんよう!」
 笑顔で酒場に顔を出したアナスタシアに、ルーカスは思わず腰を浮かせかけた。何故と言ってこれが機嫌良く且つ勢い付いて酒場にやってくる時にはろくなことを思いついちゃいないというのが身に沁みているからである。基本的に被害者属性のルーカスが身構えたとてなんの不思議も無い。しかもまたしてもなにやら袋を抱えていると来た。
 アナスタシアはそんなルーカスの硬直には全く気付かず、上機嫌でぴこりと人差し指を立てた。
「お菓子を作りませんこと、皆様?」
「菓子? ランララ聖花祭のか?」
「他に何がありますの?」
 ランララ聖花祭はそもそもは旧ドリアッド領の祭りで春の花の女神ランララを祝う催しだ。二月の十四日に丘の上にある女神ランララの木の下で、手作りのお菓子を片手に女性が意中の男性に告白するというもので、ドリアッドが同盟に加わった去年から同盟でも行われるようになった祭りである。
 ルーカスは穴の開くほどアナスタシアの顔を見つめた。好意的にではない、寧ろ信じられんと言う視線である。
「……誰か意中の相手でも出来たのか?」
 その相手が気の毒だとでも言いたげな台詞だったが、勢い込んだアナスタシアはそんな事には気付かない。さらりと言った。
「おりませんわよそんな方。そうではなくって……」
 ぐぐっと拳を握りこんだアナスタシアはきっと強いまなざしで天井を睨む。多分見えているのは天井でもルーカスでもないのだろう。
「お料理を覚えるには良い機会だとは思いません?」
 思いません。
 とは流石に言えない。
「知り合いにお願いして厨房をお借りしてありますの! それから……」
 と、アナスタシアは手にしていた袋の中身を取り出す。それはガラスのビンに詰められた何やら色鮮やかなものだった。
「先ほど見つけてきましたの。お花のお砂糖漬けですわ」
 お菓子の上に乗せたらきっと映えるでしょう? とアナスタシアは笑う。
 つまり要するにである。その砂糖漬けとやらをダシにして人を集め、料理の教授を願いたいと言うことらしい。
「……まあ、あまり人様に迷惑はかけるなよ?」
 止めても無駄と判断して、ルーカスは深く嘆息した。

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参加者
NPC:エクサントリーク・アナスタシア(a90028)



<リプレイ>

●お菓子作り教室
 呆れるほど広い厨房だった。
 家主が道楽で設えた厨房はちょっとした店とは比べ物にならないほどの広さと設備がある。
 その厨房の中央に立ち、天を覆う七翼の盾・アルトリア(a19094)はポンと手を打ち鳴らした。
「ルーカス殿が命乞いをする……いえ、恐れ入るようなお菓子を作りましょう!」
 ちょっと待て今本音でなかったかとは必死の形相のアナスタシアは気付かない。包丁握れば三回振る前に材料でないものを切る彼女にとってここは巌流島(何処)なのである。
 同じく生徒志望の小春日・ティトレット(a11702)も同様で、
「アナスタシアさんと一緒に、がんばりますっ!」
 と拳を握り締めて宣言する。腹鳴絶唱・ソエル(a15225)も、
「私もご教授願えたら……」
 と申し出る。不思議の国のお姫様・アリス(a18773)も自信がないのは同様のようで、
「がんばりますわ」
 と気合を入れていた。
 この無駄に広い厨房がお菓子完成のその時まで無事で居られるかどうかはアルトリアや、北辰の愛娘・セッカ(a05213)、チョコレートを食べる獣医・トウゴ(a07208)らの教師陣にかかっていると言っても過言ではない。たかが料理と侮ってはいけない。刃物も使えば火も使う。十分危険である。
 そして早速、
「……痛いですわ」
 チョコレートを刻む段階で何かが手を切っていたりする。
「……大丈夫……?」
 絶対大丈夫じゃない。その何かと何かを心配げに覗き込むトウゴを虚ろな笑顔で生暖かく見守りつつ、セッカはそう思った。

●まともにクッキング
「うーん……もう、告白は終わっちゃってるんだけどねっ……お菓子だけでも、つくろっかな……」
 風舞・ティナ(a10082)が器具を前に小首を傾げる。
 その通り広い厨房は失敗だけするために借りたわけでは勿論ない。種を手際よくまたは危なっかしくそれでも確実にこねる手も確かに存在する。
 こねた種を麺棒で伸ばし、可愛らしい型をいくつも抜く。温・ファオ(a05259)は丁寧に種の欠片を抜いた型から取り払い天板に乗せていく。小鳥の形のクッキーを作るらしい。上にはボリジの青い花が乗せられる。蝶の如く華の如く・リリエラ(a09529)はタルトに乗せるオレンジの下準備だ。どちらの顔も幸せそうに赤らんでいる。夫に贈るという雪白の術士・ニクス(a00506)はそれよりは落ち着いた風情で、だが幸せそうに種を作っている。
「渡したい人は甘いもの苦手なんだよね……」
 舞い遊ぶ純真・ラク(a09565)は難しい顔で砂糖の分量を測っている。渡したい誰かの為に彼女達は生地をこねて釜戸にかける。闇に浮かぶ気高き銀の弦月・エリアノーラ(a10124)もまた器用に生地を天板に搾り出す。
「大切な方にならプレゼントくらい差し上げたいと思うものでしょう?」
 誰にという質問には答えない。それでも心当たりがないわけではないようで、釜戸の熱ではない熱に少しだけ頬は紅潮する。壁に耳あり障子に・メアリー(a14045)はなにやら勘違いをしているらしく材料の桜の砂糖漬けをそのまま天板に乗せている。いやそれ単なる材料で季節柄作ろうにも今手に入りませんからとは誰も突っ込まない。とりあえず爆発の危険はないし、害がないからである。……出来上がるものは非常に不安が伴うが。
「……お菓子をあげる相手がいるのは、初めてなのですけど」
 と、橄欖奏の墓守人・カンショウ(a14565)も嬉しそうに手を動かしている。
「ねね、もう焼けた頃かな?」
「そうですわね、もう一呼吸、待ちましょう」
 逸る陽だまりの風に舞う・シルキス(a00939)の頭を撫で、奏・アイシャ(a04915)がゆったりと微笑んだ。どちらも大事な人の為だが落ち着きには随分と差がある。これも既婚者と恋愛中の違いかもしれない。
「甘いもの好きそうだし、とびきり美味しいお菓子作ってあげよっと♪」
 そしてその贈り先はなにも恋人や思い人だけに限った話でもない。夢と戯れし木漏れ日の舞踏姫・リシェル(a10304)は世話になっている人の為にせっせとチョコマフィンを焼いている。
「そうそう……忘れる前に、フォーチュンフィールドですなのぉ♪」
 やはり友人とそして自分の身の安全の為に桃色四葉の祈り姫・メルクゥリオ(a13895)は幸運のアビリティを展開した。深緑の福音・ハツミ(a14124)はチェリーパイを焼く予定。だがホットケーキ以上の腕がないらしく、人の袖を引いては書付の質問を見せて聞いては、種であるバターと粉と格闘している。額に汗が浮かんでいるのが一生懸命の証だろう。錫色の紋章術士・リルミア(a01194)は持ち込んだ料理の本を何度も確かめながら、慎重な手つきでマドレーヌを火にかけた。
 格闘しているもの、優雅に作るもの、焦がしてやり直すもの――時間がたつうちに厨房の中は甘く香ばしい香りで満たされる。盾の戦友・メロス(a08068)は焼きあがったばかりのケーキにたっぷりとブランデーを染み込ませている。酒の香りが甘い香りと交じり合った。
「……また失敗なぁ〜ん……」
 種族特性のせいばかりとも思えない情けない鳴き声を雪の黒鈴・ルゥム(a15089)があげる。彼女はこれで数度目の失敗。それを見越してか沢山生地を作ってある。めげずに再度天板に生地を乗せていく。
 それ以前のところで必死に格闘しているのが赫う月下の葬送者・キキ(a19678)である。
「い、いれちゃ駄目絶対入れちゃ駄目……」
 額に脂汗を浮かべつつ、生地を見下ろす彼女の手には何故かタバスコの瓶が握られていた。いややばいからそれ、入れたら非常に危険だからというあたりを本人も分かっては居るようだが、どうも本能が入れろと命じるらしいどんな本能かは不明だが。
 厨房にお菓子の花が咲き始めていた。

●まともといいがたいクッキング
「あのね……イヴ……大好きな人に……ケーキ作るの〜」
 はにかみながら言う時を彷徨いし深窓ノ妹姫・イヴ(a13724)にアナスタシアは尊敬の眼差しを向けた。小さな少女は迷いのない手つきで包丁を使っている。その前の生地を作る手つきも見事なものだった。
「妾はクッキーを作るのじゃ〜。ボリジの花と同じ星型なのじゃ♪」
 と宣言する小悪魔エンジェル・イーリス(a18922)もまた手つきは器用なものである。 それに引き換え――
「……どうしてこうなるのでしょうかしら?」
「ん……いや、まぁ…………ふぁいと……だ……」
 理由を述べようとして舞闘漢女・コノオ(a15001)は途中で諦めた。なんてーか。一つに限定できないからである。
 教師陣の目は益々生暖かい。ティトレットやソエル、アリスは悪戦苦闘しつつもそれなりに何とかなっているのだがアナスタシアはだけが如何ともしがたい。
 基本的な調理器具は使えない。焦るあまりに材料の分量を量るのもおぼつかない上にひっくり返す、挙句卵もまともに割れないとなるとほんとにどうしよう。双剣艶舞・クーヤ(a09971)が背後に忍び寄ってぺたっと張り付きあちこち撫で回しつつも、
「上手ですよ♪」
 等と囁いても生返事が帰るばかりだったりした。必死なのは分かるがせめて気付け。因みにクーヤはラクにも同じことをしでかし、しっかり悲鳴をあげられていたりもする。
 イヴがその真っ白になってしまったミニドレスの裾をきゅっと握り、イーリスが『まだ材料はあるのじゃ!』等と声をかけても当の本人はショックのあまり床に懐く始末である。いや泣きたいのお前よりも寧ろ教師陣の方じゃないんですかと思うんですが。アルトリアが何故か一人その失敗作を眺めてこれならいけると頷いているがいける方向性が違うのであんまり意味ないし。
「頑張りましょうよ? ね?」
 と、宵闇ノ鶯・シオン(a18878)が話しかける。同じ紋章術士として憧れを抱いていたと主張していたがその憧れの耐久度は如何ほどのものだろう。少なくとも男なら百年の恋も冷めそうだ。いやシオン女だけど。
「だ、大丈夫ですよ次こそ。もう一回最初からやりましょう」
「簡単なものにしようね……」
 セッカとトウゴの真面目な教師二人の背に後光が見える。よろよろと立ち上がったアナスタシアは震える手で再び泡だて器を握った。
 そして生地をひっくり返すこともなく、どうにか型に流し込まれたカップケーキが釜戸にかけられた。
 一同が見守り体勢に入る中、そのカップケーキは順調にふくらみ、ふくらみ、ふくらみ……
 ぼこん。
 瞬く間に膨らんで釜戸の蓋を押し開けた。
 一同が呆然と見守る中、一つの釜戸を使い物にならなくしたベーキングパウダー入れすぎの巨大なカップケーキかもしれない生焼けの物体が完成したのだった。
「……淑女は一日してならずですよ」
 心感染・ヒカリ(a00382)がもう完全に撃沈してしまったアナスタシアの肩をぽふぽふと叩いた。

●試食会
 さて一部の激しい失敗は置いておくとして、お菓子が出来上がればお茶を入れての試食会となるのが普通である。
「これ大丈夫かしらね〜ちゃんと焼けてるかしら?」
 バニーな翔剣士・ミィミー(a00562)がチョコマフィンをテーブルに並べる。確かにココアもつかってあるお菓子だと焦げ目では微妙に焼き加減が判断し辛いものかもしれない。
「大丈夫ですって」
 羊数え歌・アクリル(a13803)がこちらもお手製のアマンダを並べながらミィミーの肩を叩く。
 完全に厨房の隅で泣きの体制に入っていたアナスタシアを、ヒカリがショコラで吊り上げ、微笑媛・エレアノーラ(a01907)が捕獲する。
「アナスタシアさん、ケーキの味見をお願いしていいですか?」
 ブランデーをたっぷり使ったらしく自分では味見が出来ないといわれると流石にもう一回部屋の隅に戻ろうとは思えないらしい。大人しく卓に付く。お茶を入れての試食会が始まる。後片付けは楽しんだ後だ。
 破戒天使・アイシャ(a05965)は満面の笑みを浮かべて並んだ作品をつまんでいる。
「一番のお楽しみは……やっぱりこれですね♪」
 誰かを思って作ったものは、その誰かでなくとも美味しく感じられるものだ。例外はあるが。例えば一つの釜戸を使い物にならなくしたベーキングパウダー入れすぎの巨大なカップケーキかもしれない生焼けの物体とか。例外以前に問題外。
「不思議なぁ〜ん……8個作ったのに……5個しか無いなぁ〜ん? 味見は1個しかしてないのに……不思議なぁ〜ん」
 自分がいくつ食べたか忘れている暁洸を纏う朝露・ミゥヨ(a15935)のようなものもいたりする。
「ちょっと失敗したが……大丈夫だろう」
 氷獄の蒼き彗星・クレウ(a05563)も、少しばかり焦げ目の強いチョコクッキーを試食して微笑した。
 誰かの為に作ったものは、自分で食べてもやはり美味しいものらしい。
 局地的に惨事だった午後は、こうしてお茶で甘く楽しく締められた。そしてお菓子達は幸せなランララの日を待つこととなったのだった。

 で。
「……後片付け……」
 作成したお菓子を手に幸せに引き上げていった一行を見送った後に、その局地的惨事の後片付けに再び途方に暮れるアナスタシアの姿があったという。


マスター:矢神かほる 紹介ページ
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参加者:37人
作成日:2005/02/12
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