なぁ〜んなぁ〜ん婆とおれ



<オープニング>


 急を要する、と霊査師は切り出した。
 依頼は、大変思い込みの激しい、一人の少年についての案件。
 そもそもの発端は、少年が一頭のノソリンをいたく気に入ってしまった事。
 少年が見初めたノソリンというのは、荷積みで偶然彼の住む村にやってきただけの、ごく普通のノソリンであった。
 だが、思い込みの激しい少年は、ノソリンが自分と友達になりたがっていると言い出し、勝手に名前を付け、勝手に自分のものにしようとしたという。
 そのノソリンに別段変わった所はない。何処にでもいるありふれたノソリンで、他のノソリンと並べてしまえばそれだけで見分けがつかなくなるくらい、何の変哲もない。
 何よりも、当のノソリンは他の街のものである。手を放せば帰巣本能に従い、村を後にする。彼がいくら名前を付けようが、駄々をこねようが、それは変わらない。
 始めは帰ろうとするノソリンを引き戻していたが、ノソリンが帰ってからは、追いかけようと飛び出して街道で保護され……を、繰り返していたという。
 そして、また何度目か、少年は村を飛び出し……遂に、村に立ち寄った旅人の誰からも、少年の目撃情報を得られないという状況が発生した。
 それに慌てた母親が、急ぎで依頼を持ち込んできたという訳だ。
 年は七つ。失踪時の服装は、上下共に緑。
 霊査の結果、少年は持ち前の思い込みのせいで、街道から外れたことに気付かず、村から真っ直ぐ西に向かっているという。感じられたのは方向だけで、具体的な距離は判らないようだったが、冒険者の足ならばすぐに追いつけるはずだ。
 村の付近は、木々はもまばらで、殆ど背の低い草が一面に続いているだけで見通しはよく、野生動物が稀に現れるが、とりたてて危険な地域でもないらしい。しかし、時が経てば、少年はより危険な地域へ足を踏み入れてしまうだろうし、既に丸一日以上が経過している事からも、迅速な保護が望まれている。
 そしてもう一つ、今のままでは、いずれ少年は同じ事件を起こしてしまうだろう。次にまた無事であるとは限らないのだ。
 先ずは少年を見つけ出すこと。そして、可能ならば、彼が同じ過ちを繰り返さぬよう、説得して欲しい……霊査師はそう締めくくって、酒場の冒険者達を見回した。

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参加者
手を繋ぎ歩幅をあわせて歩く・アル(a01018)
ストライダーの武道家・リック(a01361)
鉄芯・リジュ(a04411)
永遠と無限をこの手にするまで・ジグ(a07022)
ゴマプリン・プラスト(a13989)
カ・ラスキュー(a14869)
擁蔽なる具現創師・ミュル(a18173)
エンジェルの紋章術士・シャーリー(a19235)


<リプレイ>

●捜索
 依頼を受けた八名の冒険者達は、時間による変化を考え、真西の他、少し北にずれたルート、少し南にずれたルートの三つを探索する事にした。

 先ずこちら、北ルートを行く三名。
 背の低い草を撫でるように、黒いノソリン尻尾や、狐の尻尾、白い翼が揺れている。
「動物がいるなぁ〜ん」
 ノソリン尻尾の持ち主、小さな体で世界を巡る・プラスト(a13989)は、まばらな木の辺りで草をはんでいる動物達を見つけ、拡散する残光・ジグ(a07022)の尾をそっと引いた。何とも言えない感覚に、少し慌てて振り向くジグ。
「ふむ、早速聞いてみましょう」
 プラストを後ろに貼り付けたまま、動物を驚かさないようそっと近付くと、『獣達の歌』で問い掛けを始めた。
「七歳の少年を見ませんでしたか♪」
 動物達は互いに顔を見合わせる。
「緑の服を着ているんです♪」
 しかし、返って来た答えは知らない、見ていないという、素っ気無いものばかり。
 二人から少し離れ、一心に地面を観察していたエンジェルの武道家・ミュル(a18173)が、質問を終えて戻ってきた二人に向き直って首を振る。
「私達と動物さんの足跡しかないデス」
 そうか、とジグとプラストの尾が心持ち下がる。
 気を取り直し、三人はまた少し、草原の奥へと踏み込んで行った。

 場所は変わって、今度は真西ルート。北ルートの面々と比べると、周りの草が縮んで見えるが、それは彼らの背丈のせいだろう。
 長身を生かして辺りを見回しながら、ストライダーの武道家・リック(a01361)が大声で少年を呼んでいる。
 そのすぐ側、同じく長身を生かして辺りを見回していた刀・ラスキュー(a14869)は、動物を見つけて意気揚々と『獣達の歌』を歌いながら近付いて行った。
 大声での捜索で動物達が警戒しているのではないかと心配していたリック。しかしその心配は、ラスキューの歌を聴いた途端、警戒されることから逃走されることへの不安へ変貌を遂げる。
「拙〜者〜はラスキぃぅ〜♪」
 音痴だ……
 とまれ、質問には成功。動物は南の方にあごをしゃくって、あっちのほうで見たよ、と証言した。
 そんな中、真西班最後の一人、エンジェルの紋章術士・シャーリー(a19235)は、空腹のあまりぼーっと食べ物の事を考え始め、遂には身体が浮き上がり、妙ちきりんな音階の獣達の歌と共に、風に流されていくのだった。

 また所変わり、南ルート。
 捜索をしながら、望遠鏡で他班の様子を見ていた疾駆鉄塊・リジュ(a04411)が困ったように呟く。
「……放っといていいのかね」
 望遠鏡の中には、動物の動向に気を取られ、シャーリーの離脱に気付かない真西ルートの二人が映っている。
 その傍らに、『獣達の歌』で動物達との会話を終えた、今へと続く足跡遥か・アル(a01018)が駆け寄って来た。
「ばーちゃん、あっち見てくれ、あっち」
 昼を過ぎ、日の傾き始めた西南西を指差す彼の犬の尻尾は、何やら得意げに揺れている。
 言われるままリジュが望遠鏡を向けると……
 草っ原にぽつりと、豆粒のような緑の動くものが見えて、リジュは口元に笑みを浮かべる。
「ははっ、でかした。よし、他の連中を呼んでやろうじゃないか」

●合流
 動物の証言に従い、少し南にずれて歩き始めていた真西班は、南班の発した呼び子笛の音に真っ先に気がついた。
 真西班はそのまま、南班に向かいなら呼び子笛やトランペットを鳴らし、北班の誘導を開始、三つの班は少年に追いつく手前で合流を果たす。捜索を開始した時よりも一人減っているが、彼女についてはまた後で回収する事にした。
「うわぁ、緑ていうか……」
 ノソリン色だ。
「なるほど……」
 近付くごとに鮮明になる緑色の理由に一同が納得する傍らで、ラスキューが何やら踊りを始める。プラストは呼び子の音を聞いた時点で変身を済ませていたらしく、既にノソリン姿で、背中に自分の装備を乗せていた。
 真っ直ぐ前だけ見て歩いていたせいか、皆が突然現れたように見えたらしく、少年は呼ばれて振り向いた姿勢のまま、目をまんまるにして集団を見回している。
「お母さんに迎えに行って欲しいって頼まれたんですよ」
「これが証拠だよ」
 ジグの言葉の後間髪入れず、リジュが少年の母親から借り受けておいた品を見せた。それが自分の愛用品だと判ると、少年はすぐに納得し、すっかり安心した顔で、しかし何処か力強く皆を見回す。
「おれ、ばぁばのとこ行くんだ」
 ばぁば?
 誰からともない呟きに、少年は『なぁ〜んなぁ〜ん婆(ばぁば)』と答えた。どうやら、これが勝手につけたというノソリンの名前らしい。
 何にせよ、少年の思い込みを解決しなければならない。それには、ノソリンに直接胸の内を聞くのが一番だろう。
「連れて行く了解は取ってあります」
 それ自身は仲間への確認に聴こえたが、リックは未だ道を間違った事に気付いていない少年を見つめていた。
「街はこっちではないですよ」
 リックの視線の意味に気付いたのか、ジグが首を傾げている少年に迷子になっていることを改めて教える。間違いを認めたくない様子ではあったが、街道でないことは見れば判る。少年は困った顔でジグとリックを交互に見上げた。
 そんな少年をミュルはいきなり後ろから抱え上げ、側に寄ってきたプラストノソリンの背に素早く乗せる。
「場所は聞いてあるデス。今度は迷わず行けるデス」
「そういうことさね」
 日の暮れ始めた辺りを見回し、夜間用に用意していたカンテラとリックの燭台、ついでに愛用の煙管に火を点けると、リジュはさっさと歩き出した。

●説得
 お目当てのノソリンのいる街に着くや、一行は風に流されたはずのシャーリーを発見。一心不乱に食事をする姿を前に、一同から安堵と呆れの混じった息か漏れる。
 そんな視線も大丈夫大丈夫とやり過ごし、満腹になったシャーリーは何事もなかったようにメンバー復帰。
 ようやっと全員揃った所で、皆は街のノソリン舎を尋ねた。到着するや否や、少年は一目散に駆け出すと、一頭のノソリンに抱きつき、しきりに勝手に付けた名前を呼んで、一緒に帰ろう、と呼びかけ始めた。
 どれもこれも同じノソリンにしか見えないのだが、どうやらあのノソリンが少年の言うなぁ〜んなぁ〜ん婆のようだ。
 早速『獣達の歌』でノソリンの真意を確かめる事に。
 少年との意思疎通を図る為、アルが少年に問いかけ、ジグがその言葉を順次歌詞に織り込んで尋ねていく事にした。
「どうして友達になりたいんだ?」
「ばぁばがそう言ってるもん」
 ……言ってないらしい。
「ばぁばおれと一緒に居たいよね?」
 ……強引なのは嫌らしい。
「ばぁばがそんな事言うもんか!」
 歌を終え、ノソリンの意志を伝え聞いた少年は、再びノソリンに飛びつくと、厳しい眼差しで皆を睨みつけた。
 そんな視線も涼しげに、リジュはふんと鼻を鳴らす。
「だったら、帰っちまう筈無いだろ」
 それでも少年はがんとして聞きいれようとはしない。しきりに、そんなのは嘘だ、でたらめだ、を繰り返している。あまりの頑固さに、リジュはすっかり呆れ顔。
「甘ったれちゃ駄目でござるなぁ〜ん!」
 ノソリンのままでは会話が出来ないせいだろう、人型に戻ったラスキューの声が……物陰から飛んできた。きっと今、服を着ている最中だ。
「勉強して、働くナイスガイになっぁ〜ん!?」
 転んだらしい。
 それを尻目に、今度はアルが語りかける。
「おまえがこいつを大事に思うのは良い事だ」
 だからと言って引き止めていい訳では無い。こいつにだって仕事があるんだ。お前は代わりをできるのか。
「こいつが歩いてる限り、また会える。それじゃ駄目か?」
 行方知れずの師への想いがそうさせるのか、アルの口調は優しい。そのお陰か、少年は落ち着きを取り戻したようだったが、視線に宿る意志の色は、衰えているように見えない。
 刹那。
 シャーリービンタ炸裂。
 当初、リジュが殴るのではないかと警戒していたアルだが、まさか別方向からの攻撃があろうとは。思わず唖然。
「いい加減にしなさい!」
 驚く周囲など気に止めず、シャーリーはノソリンがどれ程大切な生き物であるかを少年に説くと、側に居たプラストノソリンの背に跨らせ、そのまま唐突に街並みへ繰り出した。
「何だ、どうしたんだよ」
 アルが慌てて追う。あくまでもマイペースに、シャーリーは歩みを進める。意図が掴めず、困った表情で互いに顔を見合わせながら、他の仲間も後に続いた。
「興味を移すのよ」
 少年の性格は、伸ばせば強力な個性になる。シャーリーはそう考えていた。
 どれ程巡ったか、頬の腫れがひいた頃に、少年がようやく口を開く。
「あの歌、本当にばぁばの声が聞こえるの?」
「冒険者になって自分で歌ってみなさい」
 突き放すような語調であったが、リックの言葉は今の少年にはとても魅力的だった。
 少年は、傍らでハープを奏でながら歌っていたアルと、一緒にオカリナを吹いていたジグを暫く見つめ……
「おれ、冒険者になる!」
 一人、大きく頷いた。
「ばぁばも一人前になったら来てくれるって!」
 その言葉に数名は苦笑いを浮かべたが、この思い込みを修練に向けてしまえば、何とかなりそうだ。

●余談
 村に戻ると、ミュルは早速、少年が冒険者になる事を許してくれるよう、両親を説得。時々ばぁばに会わせてやって欲しいというラスキューの頼みも承諾して貰う事が出来た。
 説得の最中、村人と話すごとに、尻尾が垂れ下がっていくアルの姿が見えたが、理由は彼自身しか知らない。
 ちなみに、今回の件でずっとノソリンになっていたプラストにも、少年は何やら思い込みの想いを抱いていたようだが、ばぁばと同じく冒険者になってからということで、今回は引き止められずに済んだのであった。


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