【月夜見奇譚】晦(つきこもり)の残影



<オープニング>


●夢
 ――夢だ。
 これは、夢。
 だって。逢えるはずのないひとが、目の前にいる。
「……兄さん」
 そのひとを呼ぶ。
「兄さん……私、冒険者になったんだ。大切なひと達も出来た」
 夢だと判っていても嬉しくて。言葉が止まらない。
「でもね。皆に守られてばっかりで……まだまだ修行が足りないみたい」
 自嘲気味な呟き。それに、そのひと……ハヤトは何も答えず。
「それとも、私が女だから……なのかな」
 続く独白。
 不器用な自分には、『冒険者』と『女』の2足の草鞋は難しいのかもしれない。
 だったら……どうしたらいい?
「兄さんなら、こういう時どうする……?」
 自然と口から出た問い。
 それに、ハヤトは微笑んで。
「……アヤノ。お前は、一体何を望んでるんだ?」
 生前と同じように、向けられる静かな声。
 私の望み……?
 それは……。

●晦−つきこもり−
 晴れているのに空が暗い。
 今宵は晦。
 月明かりのない夜道はこうも不気味なのかと、少年は思う。
「早く帰らなくちゃ親方に叱られちゃう……」
 漏れる呟き。
 不安な気持ちを振り払うように、ランタンをかざして闇を照らす。
「誰か……いるわけないか」
 自分に言い聞かせるように呟いて。

 そう。何だかさっきから。 
 誰かに。
 見られているような気がする。

 ハッハッハッハッ――

 突き動かされるように歩き出す。
 どんどん早くなる足に、ランタンの明かりがユラユラと揺れる。

 ハッハッハッハッ――

 気がつくと走っていて。
 走っているのに。
 周りは闇しかないのに。
 どうして、目線を。
 気配を感じるのだろう……?

「えっ……?」
 ランタンの明かり。自分の足元から伸びる影がぐにゃり、と揺らいで。
 自分に向けて伸びて来る、細い闇色の腕。
 ――それが。少年が見た、最期の光景だった。

●残影
「……と言う訳でね、リベンジだったの。楽しかったんだよ!」
「はいはい。それは良かったな」
 冒険者の酒場の一角。
 どこぞに『りべんじ』しに行っていたのだと喚いている金狐の霊査士・ミュリン(a90025)を難なくあしらった冒険者達。
 いつものことだと溜息をついて、お茶を一口。
「それでね。街道に現れる通り魔を退治して欲しいんだよ」
 それでも。
 いつもの事とはいえ、突然こんな風に切り出されるとお茶を噴きたくなってしまう訳で(ぇ)。
 その中で独りお茶を噴かなかった人物……月夜の剣士・アヤノ(a90093)は何だかボンヤリしている。
「……アヤノ? どうかしたか?」
「ああ。いや……何でもない。で、通り魔だって?」
 咳き込みながらも覗き込んで来た冒険者達に、アヤノは曖昧な笑みを返して。ミュリンに先を続けるように促す。
「うん。通り魔って言っても、影なんだけどね」
「影? 影って、あの明るい場所に出来る影か?」
 冒険者の問いに、彼女はこっくりと頷いて続ける。
「その影、実はモンスターなんだよね〜」
 その『影』は月のない晩、街道に現れては人を襲っているらしい。
 もう既に何人かが犠牲になっており、彼らは皆、後ろから一撃で殺されていると言う。
「後ろから不意打ち……確かに『影』なら簡単に出来るよね」
「そうだな。他に何か特徴はないのか?」
「えーとね。そのモンスター、文字通り『影』でね。影や闇に溶け込む習性があるの。そのせいか、暗い場所しか移動出来ないみたい」
 続いたミュリンの説明に、冒険者達は考え込む。
 影や闇の中しか移動出来ない、と言うことは出現場所は限定される。
 が、戦闘をするのには不利になる可能性が高い。
 状況によってはなかなか難しい事になりそうだが……。
「上手く『影』をおびき出すことが出来れば、何とかなるかもしれないな……」
「被害は既に出てるんだし、放って置けないよね。急ごう」
「……私も行く」
 それまで、ぼんやりと冒険者達とミュリンのやり取りを聞いていたアヤノも少し遅れて立ち上がる。
 そんな彼女を、仲間達は訝しげに見つめて。
「行くって……大丈夫なのか? 今日のお前は少しおかしいぞ?」
「……大丈夫。以前、暗闇の戦闘方法は皆に教えて貰った。それに……確かめたいこともある」
「……依頼中はボンヤリするなよ。怪我に繋がる」
 言い出したら聞かないであろうアヤノに、冒険者達は溜息をついて。そして改めてミュリンに向き直る。
「ミュリン、その『影』の出現場所を教えてくれ。急行する」
「うん。その『影』、1匹しかいないみたいだけど、隙を狙って来るみたいだから……みんな、くれぐれも気をつけてね」
 冒険者達は、彼女の言葉に力強く頷いて、出立の準備を始め――。
「……このままじゃいけない、よね。兄さん……」
 そしてアヤノは小さく呟き、それに続くのだった。

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参加者
紫色のお気楽狐・ラヴィス(a00063)
月夜に永遠誓いし剣士・カズハ(a00073)
三代目雲龍の刀匠・レイド(a00211)
舞月の戦華・アリア(a00742)
自然と昼寝愛好家・ファンバス(a01913)
紅き紋章を描きし乙女・ショコラ(a02448)
暁月の豹牙・ナイジェル(a02553)
星影・ルシエラ(a03407)
NPC:月夜の剣士・アヤノ(a90093)



<リプレイ>

●久しき友と
 葉のない木々が立ち並ぶ街道。空から注ぐ光が眩い。
「久しぶりだね! また皆に会えてすっごく嬉しいよ!」
 現場に向かう道すがら、心底嬉しそうな笑顔を向ける自然と昼寝愛好家・ファンバス(a01913)に、仲間達も頷きながら微笑んで。
「……でも、モンスターの犠牲になった人のことを考えると喜んでもいられないな」
「うん。頑張らないとね!」
 喜びつつも、己への戒めも忘れない月華の舞姫・アリア(a00742)。その言葉に、ファンバスも気合十分で頷いて。
「……気がつけば暫く冒険に出ていなかったか。道理で体が鈍るわけだ」
 2人の会話を聞きながら、月夜の守護者・カズハ(a00073)が呟く。
 そんな彼の腰には、昔使っていた小太刀2振り。
 1年の歳月を経たそれは、カズハに初心を思い出させてくれる。
 ――1年。アヤノが冒険者になったのと同じ時間。
 あの頃に比べれば冒険者らしくなったと思うが、当人はそう思っていないようだな……。
 そんな事を考えながら、隣を歩く月夜の剣士・アヤノ(a90093)をチラリと見る。
 仲間達の声も耳に入っていないのか。彼女はどこか遠くを見ているようで。
 そんなアヤノに、紅き紋章を描きし乙女・ショコラ(a02448)は顔を顰める。
「……アヤノさん、相変わらずボンヤリしてますねぇ」
「うん。どうしたのかなー? ねー? ナイルさん?」
 心配そうなショコラに同意しつつ、後ろをちょこまかとついて回る星影・ルシエラ(a03407)に暁月の豹牙・ナイジェル(a02553)は微笑みを返して。
 その一方で。
 ――むにむにむに。
「……うむ。柔らかい」
「ひゃ?」
 おもむろにアヤノの頬っぺたを引っ張り、そんな感想を漏らす紫の死神・ラヴィス(a00063)。それでようやっと我に返ったらしい。アヤノは目を瞬かせる。
「さて、敵は明かりを嫌うって事でしたね」
「アヤノちゃん、ランタン持った?」
「あ、ああ」
 そして何事もなかったかのように続いたラヴィスとファンバスの言葉。それに、彼女は慌てて目を泳がせて……その目線は赤き傭兵・レイド(a00211)に引き付けられる。
「レイド兄さん、それ……」
「お。気付いたか。俺も欲しくなっちゃってな。いいだろう♪」
 そう言って胸を張る彼の白銀の装備には、アヤノの父が愛した『雲龍』があって。
 彼女の表情が少し和らいだのを見て、レイドは微笑んで続ける。
「……なあ、アヤノ。何があったか知らんが、これから仕事の時間だ。俺達はプロなんだからメリハリは付けようぜ」
「そーだよー。浮かない顔は美人さんがソンなんだよー?」
「……ごめんなさい」
 そして、少し表情を引き締めた彼に、覗き込んで来るルシエラ。そして仲間達の心配そうな視線の意味を知って。アヤノは唇を噛む。
 それにレイドはいいや、と首を振り。彼女の頭をぽんぽん、と軽く撫でて。
「まあ、終わってから相談に乗ってやるからさ♪」
「そうだね。今は先を急ぐとしようか?」
 そう。現地についてやらなければならない事は、敵の退治だけではないのだから。
 ナイジェルの言葉に、俯いていたアヤノも仲間達も力強く頷き、歩みを速めた。

●蠢く闇
 ――むにむにむにむに。
「……現れないですね」
「この辺に現れるはずなんだけどな……」
 右手にランタン、左手にアヤノの頬を手にしたラヴィスの呟きに頷くナイジェル。
 日が暮れて、闇が支配する街道。
 日中、あらかじめ調査や下準備を済ませていた冒険者達が『影』が現れるとされる付近を往復し始めて、既に3時間が経過していた。
「すぐ出て来ると思ったんだけどな。警戒してるのかな」
「うむ。囮でおびき出した方がいいのかもしれんな……」
「……私がやろう」
 考え込むレイド。カズハの呟きに、アリアが控えめに答える。
「そんな……危険だよ」
「武道家だから、武器を持たなくても大丈夫だし……それに皆がいるから、心配いらないと思う」
 慌てるアヤノに、優しく微笑む彼女。
 その瞳には、幾度とない戦いを共にして来た仲間達への信頼が伺えて。
「……分かりました。万が一の時の回復は任せて下さい☆」
「ルシエラもねー。ばびゅーって駆けつけるんだよー!」
 拳を握り締めて張り切るショコラとルシエラに彼女はまた笑って。
「気配はアリアリと分かるようだから大丈夫だと思うが……現れたら右手を上げてくれ」
「それを合図に計画通り包囲を始めます」
 和やかな雰囲気も、ナイジェルとラヴィスの言葉ですぐに引き締まる。
「分かった。じゃあ、行って来る」
「あーっ。アリアちゃん、ちょっと待って!」
 歩き出そうとした彼女を、慌てて呼び止めるファンバス。
 『君を守ると誓う』と呟いて、アリアの頭を軽く撫でる。
 それでもハラハラとした様子を隠せない心配性兄妹、ファンバスとアヤノに苦笑を向けて。
 アリアは、単身闇の中を歩き出した。

 歩き始めて暫くの後。
 仲間達の姿が大分遠ざかった頃、その気配はやって来た。
 ――こんなに早く現れるなんて。1人になるのを待っていたのかもしれないな……。
 それに気付かぬフリをしつつ、アリアはそんな事を考えて。
 そっと、さり気なく右手を挙げて。仲間達へ合図を送る――。

「……思ったより早かったな」
 合図を確認したカズハの呟き。
「よし、いっくよー!」
 ルシエラの声に応えるように冒険者達がアリアを囲むように散り、疾る。
 目指す地点までは結構な距離があるが、冒険者の足ならばさほど時間はかからない。
 一歩、二歩。確実に間合いを狭めて――。

 後ろにいるモノは、確実に自分に狙いを定めたらしい。
 感じる、まとわりつくような視線と気配。
 いくらアリアが冒険者と言えども背筋に冷たいものが走る。
「……!」
 嫌な予感。羽根のような動きで身を翻す。
 が、背後の闇が蠢き。振るわれた腕のようなものが彼女の肩を裂く。
 ファンバスのお陰か、ダメージはさほどでもない。
 流れる血も気にせず。彼女は呼吸を整え、闇に向けて鋭い回し蹴りを放つ。
 あと少し。あと少しで仲間達が来るはず。
 それまで、こいつを引きつけておかなくては……。
「……アリア! 無事か!?」
 次の瞬間。聞こえて来た仲間達の声。飛び込んで来た眩い光。
 アリアはそれに目を瞬かせながら、仲間達に微笑みを向けた。

 円形に陣取り、光を使って中心に追い詰める。
 ラヴィスの考えた作戦は至ってシンプルだが、敵の特徴を良く捉えたもので。
 囲むように置かれたランタンの光と、冒険者達の頭上の輪からの光。
 それで『影』は、自分が捕捉されたのだと悟った。
 しかし、複数の光源が合わさった中でも人が立てば、若干薄いが影は出来る。
 『影』はスルリとその中に潜りこみ、好機を待つ――。

「どこに隠れやがった……」
「さっきまではアリアちゃんの傍にいたはずだけど……」
 目線だけで辺りを伺うレイドと重心を落とし、慎重に盾を構えるファンバス。
「アリアさん、回復を……」
「それは後……ヤツ、移動したぞ」
 治療をしようと駆け寄ったショコラも、アリアの一言で動きが止まる。
 そして五感を研ぎ澄ませ、気配を探るナイジェル。
 ――何処だ。何処にいる?
 ランタンを背にしているので背後に影はない。
 現れるとしたら、自分達の足元、前方に薄く伸びる影からだ。
 そして。感じた気配は……。
「……ナイルさんをいじめちゃダメー!!」
 そうルシエラが叫んでツインソードを振るったのと、彼が後方に跳んだのはほぼ同時。
 目標に逃げられた『影』は、ぐにゃり……と蠢き、真っ黒い細身の人の形を成す。
 正体を現したそれは、次なる目標、アヤノに襲い掛かろうとして――。
「出ましたね。待ってましたよ……」
 薄く笑うラヴィス。
 次の瞬間、彼女の頭部から放たれる激しい光に、『影』が身を震わせる。
「おー。すげー。あれがスーパースポットライトかー」
「レイドさんが注目してどうするんですかー」
 思わず注目しちゃったらしいレイドに入るショコラのツッコミ。
 その間も目配せし、仲間達は『影』を囲い込む。
「アヤノを狙うか。人の女に手を出すのは関心せんな……」
 ぼそりとそんな事を呟くカズハ。
 そして、光を注視している『影』に畳み掛けるように裂帛の気合がこもった叫び声がこだまする。
 残念ながら、『影』に好機が訪れる事はなかった。
 この紅蓮の咆哮で『影』は動けなくなり、戦況が一方的なものになったからだ。
「よし、行くよ!」
「影に隠れるなんてねー。賢いのかもしれないけど、違うと思うよ!」
「どうせ隠れるなら、もう少し上手く隠れるんだな」
 鎧進化で見た目も強そうなファンバスの兜割りに続き、ルシエラの踊るように華麗に振るわれる二刀とナイジェルの素早い連蹴が打ち込まれる。
「迷わずに、逝け」
「成仏しろよー♪ ほら。アヤノもサクっとやっとけ」
 そしてカズハとレイドの電刃衝奥義、アヤノの横薙ぎが次々と決まり。
「あはははー。皆容赦ないですねえー」
 そんな事を言いながら、ラヴィスの残像を伴った連撃が『影』に吸い込まれる。
「……あれれ。牽制、いらないみたいですねえ」
 アリアの肩に癒しの水滴を落としながら、のんびりと言うショコラ。
 彼女の傷が癒える頃には、黒い人型は動かなくなっていた。

●もう1つの問題
「……で。アヤノ、何か悩み事でもあるようだが?」
「え? いや。悩みと言う程でも……」
 『影』を倒した後。カズハに問われて口篭もるアヤノ。
 そんな彼女の頬っぺたを、ラヴィスがまたむにぃーと引っ張って。
「あんまり考えすぎると体に毒ですよー。全く、アヤノさんは分かり易過ぎです。悩むなら私くらい分かり難くしないと!」
 いや、ラヴィスさんがやりすぎなんだと思いますが(ぇ)。
「とにかく、悩みがあるなら言ってみてくださいよ。私達は一応先輩なんですからね?」
「そうだよ。やりたい事があれば皆協力してくれるから、何でも吐き出してみな」
 ラヴィスにめっと窘められ、レイドに言い聞かせられて。アヤノは観念したように溜息をつく。
「分からないんだ……」
「分からないって、何がだ?」
 首を傾げるレイドに、アヤノはまた溜息をついて。
「どうしたら皆みたいになれるのか……」
 その強さと優しさに憧れて。自分もああなりたいと。そう願って。
 冒険者になったけれど……結局。何も変わっていないような気がする。
「それどころか、守られてばかりで……それで、前にファンバス兄さんとカズハに怪我をさせてしまったし。私が男だったら違ったのかなって……」
「……怪我の事は気にするなと言っただろう」
「そうだよ。女だからってのは関係無いよ? あれは俺に出来る事をしただけだし」
 俯いてしまったアヤノに、今度はカズハとファンバスが言い聞かせて。こちらを見ようとしない彼女に、頭を掻きながらファンバスは続ける。
「そりゃ、妹みたいにも思ってるけど。まず第一に『大切な、信頼できる仲間』として見ているつもりだよ」
「納得出来ない? ……アヤノがアヤノだったから、俺達はここにいるんだけどね」
 ナイジェルの言葉の意味が判らないのか、アヤノは首を傾げる。
「アヤノは、アヤノで在ればいいって事だよ。それ以外の何になれる?」
 微笑みと共に続いた彼の言葉に、ラヴィスも頷く。
 そう。誰も、自分以外の誰にもなれないのだ。
 ラヴィスが、死神にしかなれなかったように……。
「そのままっていっても、ずっと変わらない人はいないもん。アヤノさんも、少し変わったもんねー」
「そうだね。以前のアヤノを知っているだけに、私達はどうしてもアヤノに対して過保護になりすぎる部分も確かにあるかもしれない。でも……」
「俺も君をただ『守ろう』としている訳じゃなく、『共に戦いたい』と思ってるよ」
 にこっと笑うルシエラ。それに続いたアリアとファンバスの言葉に、アヤノは意外そうな顔をする。
「……守られたって良いじゃないですか。守られる事も大切なんですよ? 自分一人でなんでも出来る冒険者なんて、いないんですから」
 そしてショコラの優しい口調に、彼女はハッとして。
 そんなアヤノに、アリアは微笑みを向ける。
「誰だって、大切な人が傍にいるだけで……いつもよりちょっと強くなれるんだと思う。だからね。アヤノの存在は十分私達の力になってるよ」
「そうそう。いちいち気にしすぎなんだよ。アヤノはもう一人前なんだからさ♪」
 しょーがねえヤツだなあ、と苦笑するレイド。その横で、ルシエラも顔を赤らめつつ必死で言い募る。
「それにね。頑張ってけば、なりたい自分に近づけるはずだと思うんだー。じゃないと、ルシエラも困るー!」
「……元気出してよ。友達には笑顔でいて欲しいよ」
 そう呟くファンバスは、酷く心配そうで。
 仲間達の真摯なアドバイス。それが酷く心に染みて。
 ――自分は冒険者になるべきではなかったのもしれない。
 そんな風に考え始めていたアヤノの心を溶かして行き……。
「ありがとう……」
 そう囁くように言ったアヤノの表情は、とても穏やかで優しく、少しだけ自信が伺えて――。
 それを見た仲間達もまた、嬉しそうに微笑んだ。

「……そうだ。ルシエラ。さっきはありがとうな」
「さっきってー?」
「俺の足元に『影』が居た時、攻撃してくれただろう。護られるのも、微妙に悔しくも情けないが……助かるし、心強いよ」
 これからも宜しくな、と頭を撫でるナイジェルに、ルシエラは嬉しそうに頷いて。
「さて。冒険者の修行の後は、恋愛修行かな……」
 そんな事を呟くナイジェルの目線の先には、アヤノともう1人――。

「……『冒険者』と『女』か。どちらか捨てろと言ったつもりはないが、確かに不器用なアヤノには両方は難しいかもしれんな」
「『女』を捨てられなかったのは、一体誰のせいだと思ってるのよ……」
 考え込むカズハの横でぼそりと呟くアヤノ。
「何か言ったか?」
 カズハに覗き込まれて、彼女は慌てて首を振る。
「大分吹っ切れたようだが……まだ少し、迷いがあるようだな」
 その言葉にアヤノは素直に頷く。
 冒険者になった理由が『強さへの憧れ』であった彼女には、『なって何がしたかったのか』と言う明確な目標は存在していなかったのだ。
「早く探さないと、また道に迷っちゃいそうね」
「焦る事は無い。道が見えないのなら、俺が一緒に探してやる」
「……ずっと見えなかったらどうするつもり?」
「見えるまで付き合うさ。何なら一生かけても構わんぞ」
「馬鹿ね。……でも」
 お願いしようかな……。
 消え入るようなアヤノの声。しかし確かにそう聞こえて。
 ――後でもう一度ちゃんと聞こう。
 微笑みながらそう決意したカズハは、耳まで赤くしているアヤノの手を取って。仲間達の方へと歩き出した。

 晦の夜、街道に差した影。
 そして1人の冒険者の心に差していた影。
 それらは冒険者達の活躍によって掃われ――それぞれが輝かしい朝を迎えようとしていた。


マスター:猫又ものと 紹介ページ
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