死者と冠



<オープニング>


「依頼です。墓所から這い出たアンデッドの殲滅と、ある宝の回収をお願いいたします」
 ふたつに分けられた前髪をかきあげて、薄明の霊査士・ベベウは言葉を続けた。
「多くの死者が眠っていた墓地から、30名ほどの亡骸が消えました。この墓地は地下に続く網目状の地下通路であり、どういうわけかそこで眠る死者たちの保存状態は、驚くほど良いそうです。ある者などは髪を豊かに保ち、頬も丸みを帯びたままといいます」
 指先からはらりとこぼれ落ちた前髪が、ゆるやかな弧を描いてその先端を青年の頬に触れさせている。
「彼らが生来の姿を少しでも留めているとなれば、戦いにくい相手となるかも知れませんね……。さらに、問題がもうひとつあります。依頼者がおっしゃるには、墓から抜け出したアンデッドのうち一体が、稀少な宝を身につけていたそうなのです。青い宝玉の数々が煌めく冠は……未だに死者の頭上を輝きで飾っているのでしょう。奇妙なことです」
 赤い茶で喉を湿すと、説明の最後をベベウはこう締めくくった。
「依頼者は明言されておられなかったのですが、アンデッドと化した死者たちを元の墓所へと戻してやりたいとお考えのようです。協力して差し上げられるようでしたら、そちらへの配慮もお願いいたします」

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参加者
安らぎを求めし森の守り人・リーゼ(a04066)
業の刻印・ヴァイス(a06493)
踊る猟犬・ワッスル(a09714)
その他・ベルゼベル(a11017)
流水の道標・グラースプ(a13405)
神速蹴刃・リムティア(a15926)
深緋の蛇焔・フォーティス(a16800)
女神の指・ミーナ(a17467)
優水の旋律・サガラ(a17496)
蒼の巫女・ナユタ(a17580)
終焉の微笑・ロイエ(a17933)
獅子の魂を心に封ぜし少女・レーヴェ(a18348)


<リプレイ>

 灰の墓石に、緑青色の苔がこびりつき、端正な平面が覆い隠される。
 青く太い蔦が絡まる、枯れかけて傾く木々は、太い腕に締めつけられ、無の悲鳴をあげていた。
 
 薄い板張りの壁から、ささやかな室内に残された慌ただしい主の出発の姿を、思い巡らせることができた。安らぎを求めし森の守り人・リーゼ(a04066)は、きこりに身をやつしながら、古き墓地を守り続けてきた依頼主へ敬意を感じた。森を守る為の戦いに身を投じてきた彼女にとって、護るべき場所の重さは、何事にも代えがたかった。
 豊かな髪は、流れを交差させながら落ちる、清らかな水を想起させた。優水の旋律・サガラ(a17496)は、東屋に隠された秘密の入り口へ好奇心をかきたてられながらも、それを断った。
「じゃあ……行きましょうー! みなさん暗いから気をつけて。私たちの手で、死んだ人たちを、お墓に戻してあげるのー」
 くすんだ緑に支配された北、白い砂地が現われるという東、黒い岩が砕け先鋭的な影を晒すという西、そして、いっそう色濃く緑が埋め尽くすという南へ――冒険者たちは、散っていった。
 
 
 革の手袋がぎりぎりと張り詰め、大きくさらけだされた艶めかしくも澄んだ肌が、長く伸びて前方にみっしりと湛えられた暗闇を一閃した。闇を貫く蹴り・リムティア(a15926)は、進路を塞いでいた木々が倒れると、リーゼとサガラに振り返った。
「行きましょう」
 ターコイズの不可侵性と、底を透かした南方の海が、不思議な一致を見せる――リムティアの瞳は、自身の感情は浮かんでも透けてもいない。ただ、目元に力が込められ、眼差しの精悍さは強められていたとわかる。
 きこりの小屋から、むせ返るような葉の匂いを嗅ぎながら、彼女たちは森を南へと歩んだ。
 そして、出会った。
「もし……このような夜分に、何をなさっておいでなのです?」
 にこやかに、穏やかに、そして、涼しげな緑の瞳で、リーゼは言ってのけた。返答はもはや返らぬことを、半ばあきらめの気持ちで認めながらも……。
 振り返ったのは、金の髪を肩まで伸ばした若い男――であったもの。右の瞳は柔らかなまぶたによって閉じられていたが、左は醜い灰色の欠片と化した、虚ろな眼球を痙攣させていた。
「リムティアさん」
 視線を交わしもせずに、リーゼの言葉に応じた武道家は駆け出した。ルーンスタッフを天に掲げ、リーゼが桜色を帯びた唇が何事かを呟くと、暗闇に輝く紋章が浮かび上がり、その中央から光の飛沫をあげて、銀の狼がこの世に飛びだしてきた。
 黒い土に組み伏せられたアンデッドは、銀狼の元で四肢をばたつかせているが、抜け出すことなど叶わない。いつの間にか、頭上に立っていたリムティアに、彼は縮んだ瞳を向けたが、重ね合わされた手の平から胸を貫き、土中にまで達した衝撃によって、全身から力を失った。
 頭上に暖かな陽射しに似た光を浮べ、サガラがハートのステッキを揮うと、聖なる光に照らし出されていた仲間たちの横顔に、淡く快く確かな暖かみを湛えた光が新たにもたらされた。
 驚くほど鮮やかな赤の天鵞絨をまとった壮年の男性を、永き眠りへとつかせ、リーゼたちは武具を握る指先から力を抜いた。暗い道を溯りながら、無力な亡骸へと戻った人々を一所へ集め、生前の忍ばせる容姿のままで横たわる彼らの年齢や出立ちなどを記録した彼女たちは、枯れた葉の上に転がっていた指輪を見つけ、顔を見合わせた。
 サガラの手の平で、黄金に輝く金細工には、永年を経ても未だに鮮やかさがあり、刻まれた溝を埋める誇りや泥を拭い去ると、紋章文字が浮かび上がった。
 そこには、こう記されていた。
『デイン一族の者』
 
 
 暗闇が途切れた先には、緩やかな弧を描く水の流れが横たわっていた。月明かりを浴びたせせらぎは、銀の光を散らし、まるで徘徊する死者を囲い込むようにも見えた。
「冠を身につけたアンデッド……か……死者を操る者が居るのか……自らの思いか……」
 陶磁の艶やかな白に似た鞘から、深緋の蛇焔・フォーティス(a16800)はきらびやかな刀身を、湿る夜気を切り裂きでもするかのように解き放った。
 死者の群は生者の列に気づいていた。
 白い砂に歪な溝を掘りながら、ガタガタと肩を震わし、膝の曲がらぬ足を引き摺って、こちらにむかってくる姿は、なまじ生前の容姿を留めているだけに空恐ろしいものがあった。赤い髪が風に揺れ、耳元を晒した死者は、宝玉のとれかかった装飾品を身に付けてさえいた。
 暗い森に横たわる、白銀に輝く流れは……地にあるものだけではなかった。女神の指と名付けられた巨大な剣を正面に構え、女神の指・ミーナ(a17467)は静かに語りかけた。
「何が原因かわからないけど、安らかな眠りについていた人達が、こんな形で目覚めるなんて……。もう一度眠りにつかせるために、ちょっといたい思いをさせるかもしれないけど……ごめんね」
 白銀の刃が黒い闇を撫で、幾度となく繰り返されてきた戦いの火蓋が、切って落とされた。
 ボウと燃え盛るような咆哮が響き、ミーナの前方に屯していたアンデッドらを包み込む濡れた闇が、枯れ枝と共に震撼した。
 厚手の布地で縫われた覆いを風に乗せて捨て去ると、フォーティスは霊剣からほど不可視の波動を放った。衝撃を帯びたそれは、革の鎧らしき物で身体を搦め捕られ、なんとも窮屈そうにこちらに歩み寄っていた死者の腹部に達し、飛散した。
 ある程度のダメージで、アンデッドは行動を停止する――フォーティスの読み通り、死者らは渇いた身体を欠片としながら、やせた身体をさらに衰えさせ、地に伏していく。
「あと何体だっ?!」
 しなる弓の下部は、濡れた葉の重なる彼の足下に、その先端は尖った髪の先端にまで達していた。踊る猟犬・ワッスル(a09714)は振動する弦に、新たな矢をつがえた。その矢は、薄く透き通った矢羽根を持つもので、風を切り裂いて真直ぐに飛ぶと、死者の群に飛び込み、赤い火花と散らして弾けとんだ。腕や足、頭部の一部などが砕け、渇いた雨となって銀の小川に降り注ぐ。
 下流へ流れて行きそうになった亡骸を慌てて捕まえに走ったワッスルが、元の位置に戻ったころには、フォーティスとミーナの手によって、死者たちが整然と並べられていた。
 申し訳なさそうなワッスルから、白く細い腕を受け取ると、フォーティスは唇の端をあげることすらせず、金の針と銀の糸を用いて、黒髪の少女へ右腕を戻してやった。
 少女の閉じられていた手の平、その内に何かが転がるかすかな振動に気づくと、フォーティスは不思議と冷たくはない彼女の手を取り、傾けた。
 転がり出たのは、三日月を模した銀の髪留めであった。
 仲間から受け取り、まじまじと見つめていたミーナが口を開いた。
「ミリア・ロール・デイン……って書いてある……そうか、この子はミリアっていうんだね……」
 
 
「どうぞ、良しなに」
 黒い影が屹立する西の地へと向かう道中、黒髪の少女がはたと足を止めた。強い決意を見てとれる薄い唇が静かに開かれ、妖屠の巫女・ナユタ(a17580)が口にした言葉に、仲間たちは戸惑いながらも振り返った。
「こちらこそ、よろしくなっ。まあ、がんばっていこうぜ」
 天蓋に煌めく月明かりと重なる、銀の髪を輝かせた頭へ、無名剣士・ベルゼベル(a11017)は照れ隠しのために指先を向かわせながら応えた。
 もうひとりの同行者は、天蓋においてもっと北、地平との裾野に広がる闇を思わせる防具をまとっていた。業の刻印・ヴァイス(a06493)は黒い瞳に朧な明るさを湛えていたが、己の無表情にナユタの瞳から戸惑いが漏れたと気付き、声を発した。
「ん……」
 それだけではあったが、少女に伝わったようだ。ナユタはもう一度、深々と頭をさげた。
 依頼主の小屋を発って以来、会話のなかった一行に、交わされた挨拶を経てからというもの、ぽつぽつとではあるが話の花が開き始めていた。
 そこへ、手をあげて立ち止まったヴァイス。彼は滔々と歌った。その旋律は、冷たい夜気に押し潰されそうな森へ、まるで鋭い矢のごとく響き渡り、長い爪に野鼠という収穫を捕えたまま飛来したミミズクの、隠された鼓膜にまで届いていた。
 人がいなかったか、煌めく物を冠する姿が含まれていなかったか――問いにミミズクは首を反転させながら答えてくれた。
「ひとなら見た。きらきらしていたけど、あぶなくて近寄らなかった。そのうち、これを見つけた」
 満足そうに鳴くと、ミミズクは獲物を大事そうに掴み、慌ただしく羽ばたいて宙に浮くと、優雅な弧を描いて闇に消えた。
「……生きた人間なら返事をしろ!」
 今更ながらと思いながら、ヴァイスは声を発したが、返った声はなく、岩肌に貼り付いてその表面を流れ落ちるように迫る灰色の影と、その腹の下から漏れ聞こえるずりずりという音が近づくのみだった。
 ふうと短い息を吐いて、彼は指先に冷たさも暖かさも感じぬ何かを作り出すと、尖った黒い岩が屹立するその合間に佇む、豪奢な衣裳をまとった婦人へと投じた。まるで枯れた草むらを獣が横切ったように、騒がしい音がして、胸を貫かれたアンデッドは転げ落ち、胴を岩の先端で貫かれて、宙に留まった。
 頭上の月に似た光を辺りへ放ちながら、ベルゼベルは『見敵必滅仕事人仕様・フライパン』なる武具を死者の群へと差し出した。幅広の鉄板に、黒い柄が付いたもので、尾の長い魚でも乗せてしまえそうな代物だ。だが、家庭的な情緒を湛えると同時に、何か近寄りがたい威圧的な力を発していたのも事実。現に、振り抜かれたフライパンから放たれた衝撃は、白く背の高い帽子をかぶった男へと飛び、身体を二つに折り曲げてしまっている。
「とうに果てた運命、それを忘れるなど……不遜にもほどがある」ホノカグツチと名付けられた、赤い焔の刀身を月夜に晒すと、そのぬらりと長い刃をナユタは天に掲げ、死者たちへ告げた。「そのようななりをしたところで、私が惑うなどと思うな、亡者!」
 冷たい焔が、暗闇を断ち切る……純白の装束『舞桜』の裾を、白い新雪を戴く霊山の麓のごとく広げた少女の足下には、肩から先を失った死者が転げていた。 
 だが、彼のものは、ナユタが持つ輝かんばかりの生へ、未だに獣的な執心を見せる。片方だけの腕と、黄色い歯が向きだしになった、空虚な唇が足に迫ったのだ。
「今更、元人間を始末することに抵抗は無いさ。気分のいいものでは無いが、な……」
 ナユタへ迫った死者の胴を、長く歪な曲線を描いた爪で貫いたのは、ヴァイスだった。
「怪我されると後味悪ぃからな……」
 白い肌から点々と流れていた血が退いていく。胴から放っていた穏やかな光が消え入ると、ベルゼベルは地面にしゃがみ込んだ。そして、亡骸の手をその胸に重ねていく。
 運命が果て、眠るべき亡者が動いて回るなど……ナユタは自らの血に流れる、一族に脈々と受け継がれてきた理を、繰り返し胸中に記述し、心にこだまさせていた。こころに響く何かを、彼女は恐れていたが、それが感情と呼ばれることは知らなかった。
「なんだよコレ……」
 素っ頓狂な声でベルゼベルは言った。彼の顔には鈍色の仮面が――鉄で顔を覆われていた遺体は、年端も行かぬ少年であった。
 ナユタは瞳を細め、彼の頬に触れてみた。固く滑らかで、蝋のようだった。
 
 
 流水の道標・グラースプ(a13405)は想いを寂しい辺りへと巡らせた。
 森の北端では、巨木がその胴よりも遥かに細い蔦に搦め捕られ、朽ちようとしていた。
「寒い〜」
 そんな声を発しながら、終焉の微笑・ロイエ(a17933)は白い毛糸のマフラーで、小さな頭を支える細い首元を覆った。
 マフラーを買っておいてよかった。自分の正しい判断に、うんうんと首肯するロイエに微笑みかけながら、グラースプは背伸びをして、彼女の背後をのぞき込んだ。背にまわされたマフラーの先が、小さな鼻の先に着きそうなくらいのところで、獅子の魂を心に封ぜし少女・レーヴェ(a18348)は口元に手を寄せていた。少女は白い息を吐いていたが、仲間の視線に気づくと手を振った。
 自分の身体越しで交わされた挨拶に、ロイエは面白そうに笑いながら小首を傾げてみせる。
「キレイなままで元に戻してあげたいけど……」
 呟きを漏らしながら、グラースプは簾叡と名付けた術手袋に、光の力を篭らせた。輝いた紋章ごと、彼は掌の腹を死者に押し付けた。白いレースが千切れ飛び、中から白い肌と小さな膨らみがのぞいたが、それは瞬く間のこと。骨が砕けて、その中から干からびた林檎が転がり落ちた。眠ったまま蠢く少女の、すでに凍りついた時の中でしか脈打たぬ心臓だった。
 ロイエの背から、背伸びをしたレーヴェが、紅の宝珠を輝かせた。武人の漆黒の髪を、落ち着いた限りなく闇に近い朱に染め、レーヴェは澄みきった心の力を一点に収束させた。
 革の握り越しに、確かな力が息づいたことを感じながら、ロイエはスティールソードを振り上げ、死者に袈裟斬りを浴びせた。滑らかであった刀身には、波打つような溝が彫り込まれ、さらには、蒼白い闘気が迸っていた。
 倒れ行く死者を、ロイエは笑顔で見送った。
「死してなお、安らかには眠れないか……アンデッドって悲しいよね……」
 寂寥と喧騒に支配されていた灰の森を、行き交っていた光たちが止んだ。
 しばらくの間、冷たい鏡のような静けさだけがあったが、やがて小鳥たちがさえずり、風に小さな白い花が首肯き始めて、空が白んでいった。
 
 
 遺体を戻すために、冒険者たちは地下墓地の内部へ立ち入ることを申し出たが、狂龍静虎対極合身・コウテツロウの知らせを受けてやって来た依頼主は、丁重ながらも確固とした態度で、それを断わった。
 仕方なく、冒険者たちは彼の目を盗んで地下へと入り、その安全を確かめておいたのだった。
 すべての遺体が、東屋の前に並べられた。
 老人は、その一体一体へ、言葉をかけていた。
「スティール……メンデス……ミリア……」
 名を口ずさむ老人に、ミーナは銀の髪飾りを手渡した。
 グラースプやサガラが、死者たちについて老人に問うたが、彼は何も言ってはくれなかった。
 だが、帰りがけに彼らを呼び止めた老人は、かすれた声で言った。
「栄えある一族の……今は滅びた一族の墓なのです……何人たりとも触れることは……」
 そこへ、ロイエが駆けてきた。戦いの最中には見つけられなかった青い宝玉の冠を手にして。
 震える手で受け取った老人は、宝冠を天鵞絨の服を着た男性の頭に載せようとしたが、途中で手を止め、ある少年の髪を彩った。
 ベルゼベルが返そうとした鉄の枷を、笑顔を浮べて老人は押しのけ……。
「……あるべきところへ」
 墓守の言葉を胸に刻み、大いなる眠りを地下に抱いた森から去る、冒険者たちであった。


マスター:水原曜 紹介ページ
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