≪勇猛の聖域キシュディム≫黒水王アイザック、北へ



<オープニング>


「どうしてなかなかに壮観だ。風はあるが、日和もいい」
 顎の下の鱗をしごきながら、黒水王・アイザックは振り返った。強い北風にあおられた彼のマントがはためき、その目は満足げに細められた。
 キシュディム護衛士をはじめとして、総勢100名ほどの人員が、麻袋を足下に置き、あるいは、荷車に手を伸ばしていた。
 そこへ、薄明の霊査士・ベベウがルタと連れ立って姿を見せる。王の出立を知り、その決意を翻そうと言葉を尽くしたルタであったが、やがてあきらめざるを得なくなり、この機会を最大限生かすべく尽力していた。チキンレッグとの交易路を再び拓くために、王都から北の領地への進出を目論んでいた若き商人たちが、今日の日の隊列に加わっている理由は、ルタであるといって過言ではないだろう。
 かくして、アイザック王とキシュディム護衛士を先頭に、30名ほどのリザードマン兵士が続き、50名を越える商人や王都から集められた有志たちが後を追う、壮観な眺めができあがったのだった。
 荷物には、アイザックが王宮から分捕った食料に加え、木の実や酒、薬草の類いや防寒具、薪なども含まれている。すべてが善意の品であった。
 ベベウがアイザックの耳元に頬を寄せている。
「陛下、経路とその安全はほぼ護衛士たちの働きによって確保されているといっていいでしょう。悪路の補修も行われています。目的地である領主の館には、多くの人々が出迎えに集まっていると思われます」
「ご苦労なことだな……問題は?」
「はい……。もしも賊が隊列を襲うとすれば、荷が重く足が落ち、隊列が長く伸びた時点となることが予想されます」
「だろうな、俺でもその手を選ぶ。まあ、だからこそキシュディムの奴等を借りていくのだ。なんとかしてくれるだろうよ」
 霊査士は下がり、ルタの隣に並んだ。
 アイザックは歩み出て、刃を引き抜き、天に掲げて……吠えた。
「これは、飢えとの戦いである……出陣だ!」

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参加者
闇撫の人形使い・デアカルテ(a00393)
聖闘士・シシル(a00478)
夢想紋章術士・アルテア(a02573)
螢火夢幻乱飛・メディス(a05219)
漫遊詩人・ドン(a07698)
色術師・ナオ(a09228)
蛍の守護騎士・ジーク(a10348)
怪竜総督・バーヴェン(a11666)
赤雷・ハロルド(a12289)
天藍閃耀・リオネル(a12301)
終始の剣・ルミル(a12406)
狂戦天使・ローハーティオ(a19909)
NPC:黒水王・アイザック(a90110)



<リプレイ>

 色とりどりの旗がはためき、多くの人手でにぎわう王都の正門広場に、黒水王・アイザックをはじめとするキシュディム護衛士たちの姿があった。
 旅立つのは彼らだけではない。
 飢える北の地へと向かい、困窮する民へ食料を手渡すために数十名のリザードマン兵士が参加していたし、チキンレッグランの成功を願いながら、野望も理想も持ちあわせた若き商人たちも隊列に加わっていた。
「陛下とご一緒の任に就かせていただき光栄です」
 赤雷・ハロルド(a12289)が深々と礼をして顔をあげると、王は言った。
「いい面構えだ」
 青い瞳に真摯な光を浮べ、夜空の虚月・ルミル(a12406)が王に述べる。
「飢えている民衆を救うためにもがんばります」
 アイザックは尖った顎の先へ手を伸ばしながら、重畳と繰り返した。
「陛下。ちゃんと部下を信頼して前線に出ないで下さいよ? どっしり構えていてくれないと、貴方の価値が下がるってもんだから」
 耳元の巻き毛を払いながら、狂戦天使・ローハーティオ(a19909)が言うと、王はカラカラと笑いながら言った。
「そうも言うな。せっかくなのだ」
 何がせっかく? とは誰も尋ねなかった。王宮の外に出て、兵士たちを鼓舞する王の姿が、まさに水を得た魚であったから。窮屈な思いをしているのだろう。
「……どうしたって守る範囲が違ってきますから、よろしいですね」
 漫遊詩人・ドン(a07698)は兵士たちに五名ずつの六班に別れること、襲撃の際の対応について指示していたが、なぜかにやつきながら王が歩んでくる気がついて、兵たちの列に加わって彼を出迎えた。アイザックはドンに耳打ちして、納得のいく答えを得ると、大きく首肯いた。
 ――士気は最高潮に高まっている。辺りを見渡しながら、ドンは確信していた。
 聖闘士・シシル(a00478)は、最前列で巨大な剣を振り回しながら街道へ出ていったアイザックの背を、後方から見つめていた。せっかく彼と同行できたのに、今は公務である。触れたい尻尾は駆けていけばすぐに届くところにあるのに……。
 手を振る人々に、親しい女性の姿を認めると、夢と現世の狭間を漂う眠り猫・メディス(a05219)は胸の横にくっつけた手を小さく振った。
「んでは、頑張ってきますにゃ〜」 
 北方の飢えと対峙する人々が王都を発ったのは、底冷えのする早朝のことであった。
 
 魔剣『エンジェルハイロウ』が歩くたびにチャリと鳴る。蛍の守護騎士・ジーク(a10348)は、隊列の前方に位置していた。
「何事もなく……とはいかないだろうな」
 そう漏らした彼に話しかけた男は、アイザックであった。――前は何処にいたのだ? ジークがある護衛士団の名をあげると、王は首肯いて彼に言った。
「男を磨くのなら、キシュディムはよい場所だ」
 ふたりの会話を耳の端に捉えながら、天藍顔色閃耀・リオネル(a12301)は手にしていた地図と路傍の草花とに視線を落としていた。彼がしゃがみ込んで、ある草を積もうとすると、視界が影に包まれて……。
「食えるのか?」
 声の主はアイザックである。リオネルが事前に隊の進路を確認しながら植生調査を行っていたのだと言うと、王の喉が満足そうに鳴った。聞けば、今回の援助物資を用意するために、王宮から食料を分捕ったため、如何ともしがたい空腹に襲われたアイザックは、食べられる雑草の泰斗となったという。その熱心さは、「ルタが苦い顔をしたほどだ」と言って王は笑った。だが、リオネルは思う。
(「ルタさんは、食べられない草を陛下に食べさせられたんだ……」)
 ケンカ越しの議論を交わしている青年がふたり、リザードマンのバリッチとエルフのホアキンの姿が見える。彼らは北と王都との通商路を切り開こうとする若き商人である。
 闇撫の人形使い・デアカルテ(a00393)は王都を発って以来、ずっと派手な声で意見を戦わせている商人たちを見遣った。だが、もめていたふたりの理由を耳にして、デアカルテはほっと胸を撫で下ろす。
「バリッチ・ホアキン商会」
「ホアキン・バリッチ商会」
 どちらの耳障りが琴のように心地よいのか、そんな問題を朝から青年たちは飽きることなく議論していたのである。
 隊列の最後尾に、シシルが到達すると、そこでは、釣竿大総督・バーヴェン(a11666)を囲む輪が出来上がっていた。彼が名誉ある戦いに身を投じていた歴戦の戦士であるとの噂をどこからか聞きつけた者があり、同じリザードマンである兵士や、他の種族の若者たちが、彼から話を聞きたがっていたのだ。生来、寡黙な性質である彼は、やってきたシシルに助けを求めたが、少女は笑顔で近寄ってきて、「話しておー」と言った。
 彼の語りが危険な戦いとなった時のことである。隊列の歩みが止まり、最後尾の彼らも武具を構えた。
 前方ではのぞき込んでいた遠眼鏡を王に奪われながら、ハロルドが報告していた。
「街道に人が倒れています」
 足を緩めて、倒れた男の元へ歩み寄ろうとした仲間たちを、キシュディムの紋章術士・アルテア(a02573)が止めた。彼は地面にしゃがみ込んで、泥人形を作りあげていった。
「彼らに先行させて、確かめましょう」
 二体の下僕が、てくてくと街道を歩いていった。
 そして……倒れた男の側にまで近寄ると、ズボと穴に落ちた。
 落とし穴を軽く飛び越えて、ローハーティオが倒れていた男を立ち上がらせ、短剣をちらつかせる。
 左右の茂みが膨れ上がり、数人の男たちが飛びだしてくる。
「邪魔立てするんじゃないよっ!」
 ローハーティオの咆哮に、男たちはすくみあがって、手にしていた農具を落とした。
 賊は十名、ことごとく陽に焼けた顔をしていた。
 正気に戻った彼らの目の前にあったものは、笑うアイザックの口元から零れる牙であった。ローハーティオが王の名を告げると、男たちはひれ伏した。王の一行とは知らなかったのである。
 彼が皆、痩せ衰えていることに気づくと、ジークはアイザックに注進した。王はそれを鷹揚な態度で聞いていたが、やがてマントを翻して隊列に戻りながら「いいだろう」と言った。
「罪を感じているなら、この荷物を持て。北への援助物資だ」
 そうジークが言うと、男たちは慌てて顔をあげて隊列に走っていった。
「よろしいのでしょうか?」
 おそるおそるメディスが言うと、王は応えた。
「俺はまだ襲われてなどおらんぞ。アイザック王は信望を集め、賊などに襲われぬのだ。……その点だけはルタに厳命されているのではな」
 蛮勇で知られた王の叡知は、ルタの入れ知恵があってのものであったが、その差配には隊列の兵士や商人たちも感じ入った様子であった。
 
 辺りは暗闇に包まれてかけていて、白み始めた空には早々に輝く星が瞬いていた。
 隊列を野営地へと導くべく、ジークは木立に囲まれて隘路となる街道を慎重に進んでいた。間もなく、目的の地点へ着くはずである。そして、そこには先行した仲間が待っているはずだ。
 開けた地点に、火が焚かれていた。
 その前に、風に吹かれて佇むシルエット……がひとつ。
「お待ちしてたよ」
 色術師・ナオ(a09228)はそう言うと、風に舞う前髪を細い指先で抑えながら微笑んだ。
 狙撃可能な高台や、怪しい山小屋などを、ナオは隊を先駆けて調査していた。無論、この野営地の安全も確かめてある。
 火に水をたたえた鍋をかけながら、アルテアが腕まくりをすると、兵士や商人たちから歓声があがった。彼が料理人であると、誰もが知っていたのである。だが、その歓声が落胆の呻きに変わってしまい、申し訳なさそうにアルテアは言った。
「そう言う事で皆よろしく」
 料理人は、野草や干し肉などありあわせの材料で食事を作ると宣言したのだ。だが、出来上がった料理を皆が口にした途端、落胆の色は消えて笑顔が生まれた。鍋はあっという間に空となり、商人のホアキンなどは料理名を熱心に尋ねてきたのだった。アルテア丼、苦し紛れの答えが伝説になろうとは、料理人には知る由もなかった……。
 ドンはアルテアを手伝って、鍋を洗った。料理の際にも、ずっとつきっきりだったが、それは食事への異物混入を恐れてのことであった。
 シシルは、アイザックといた。水筒に忍ばせておいた『百鱗』で作った甘酒を王に差し出すと、彼は手にした杯をいっきに呷って、「上手い」と言った。
「もう一杯〜やっぱり人生には潤いが必要だを〜」
「おう、いただこう」
「アイザックさん」
「なんだ?」
「……遊びに行く時は一声かけてねって」
「ふん、危険な場所でもか?」
 少女が首肯くと、アイザックはその髪をくしゃくしゃにした。
 野営地の周囲を見回っていたジークとルミルが、リオネルとハロルドにその任を託してテントに戻った。その時、リオネルが発した問いに、ルミルはこう答えていた。
「陛下? シシルさんと一緒だから大丈夫ですよ」
 
 一向は出発の日と同じく、早朝に宿泊した草原を発った。
 ナオは皆よりも一足早く街道を急いでいたが、その足を人々によって止められてしまう。どこから聞きつけたのか、王都からの食料援助を受け取りに、数十名の人々が大挙して街道を塞いでいたのだ。
 リーダーらしき人物を見定めると、ナオは彼に街道から外れるようにと要請したが、渋々住人たちが退去するまでに、多くの時間が費やされてしまった。彼は杞憂を感じていた。人々を風聞によって煽動した何者の存在を嗅ぎとっていた。
 ちょうどその頃、隊列では、ホアキンたちと並んで歩きながら、メディスがこんなことを話していた。
「……人心は迷いやすく、また、誘導しやすく、影響されやすい……何故なら人は迷うものだから影響されるものだからと、誰かに聞いたことがあるにゃあ……誰だったろう」
 そして……襲撃は起こった。
 朝靄の中から、灰色の覆いをかぶった者共が白刃を煌めかせて隊の前方に現われたのだ。
「大丈夫、私たちがちゃんと護りますからそれにほら、兵隊さんもいっぱいいますし」
 震える商人たちにメディスは語りかけた。彼女の小さな胸も高鳴っていたが、護衛士が慌てては周囲の人々に不安を与えてしまう。しっかりしなきゃあ、と杖を握る。
 敵影を見るなり、ジークは朝靄を剣で薙いでいた。風を切る音が続いたが、立て続けの悲鳴が賊たちの間からあがる。弓を構えた男たちを、射たはずの矢が襲っていた。
 荷車を引いていた人々から、悲鳴があがる。声にならず、ただ指差す先へハロルドは駆けた。転がり落ちてきた岩を、ただの一突きで粉砕すると仲間たちから完成があがった。
 リオネルは王の位置を確認し、次いで敵の位置を見てとると、眠りへと誘う旋律を口にした。兵士たちが眠りこけた賊たちを縄で搦め捕っていく。アルテアの霊布によって足をとられた男も、同様にお縄についた。
 メディスに襲いかかった一団も、穏やかな調べによって身体から力を失い、商人たちが総出で捕縛していった。
「う〜ん、仕方ないかなぁ」
 眠らずに残ったものは、ローハーティオが手荒な峰打ちで気を失わせていった。
 隊列の側面では、ルミルたちが持ち場を離れず、事態への対処を行っていた。
「あそこ……ですね」
 ルミルは隊の後方を狙う一団に気づいていたが、蒼空の影と名付けられた片刃の刀剣を振り抜き、まずは目前に迫っていた男を叩き伏せた。
「頼みます、私一人では守りきれません」
 ドンは兵士たちにそう告げると、現われた賊たちへ唄った。折り重なるように倒れていく男たちを、リザードマン兵たちがロープを手に捕えていく。
 悲鳴があがる。傷ついたのは、商人をかばったリザードマン兵士のようだ。
「待て、心配いらない」
 キーパーグローブを手に、デアカルテが穏やかに告げると、仄かな光が広まって男の肩から流れ出ていた血を止めた。
 隊列の後方では、バーヴェンが吠えていた。だが、賊の数は多い。動きを止めても、後から涌いて出る新たな敵影がある。リザードマン兵たちが、賊と切り結んでいく。
「義賊も盗賊も政賊も賊だからね!」
 鍛え抜かれたシシルの肢体が躍動し、頭上の遥か上方を旋回した踵によって、賊は敢え無く失神させられている。
「離せよっ!」 
 声が響く。バリッチが短剣を構え、相棒の喉元に剣を突きつけた男を睨みつけていた。
 だが、野盗は剣を横に引いた。喉元から血を噴き出して、ホアキンが倒れる。
 そこへ、さらなる怒号が響いた。
「ジーク、ハロルド、リオネル、行け!」護衛士を従え駆けてきた王は、さらにバーヴェン向けて冷淡な怒号を浴びせた。「何をしている、その男は殺せ!」
 殺しを犯したものは、死をもってのみ、その罪を償うこととする。
 アイザックが国内に向けて発した、何人たりとも例外を許さぬ、不断の戒律である。
 血まみれになったホアキンはもう瞬きすらしていなかった。友人の亡骸に、バリッチがすがっている。
 バーヴェンは目の前の男が、剣を投げ捨てて慈悲を請う姿を薄く開いた瞳に映していたが、振り上げた巨石剣ペンデュラムを躊躇の欠片すら持たず凄まじい勢いで脳天目掛けて叩き付けた。
 野盗たちは仲間の無残な亡骸を引き摺るリザードマン戦士と、その男を従える王、その両脇を固める護衛士たちの姿を目にして戦意を失い、武器を捨てたのだった。
 
 領主の館に辿り着き、ジークは上着にべっとりと血を染み込ませた若き商人の泣き顔から、目を逸らすことができなかった。辺りには、たくさんの笑顔の花が咲いているというのに……。
「……この情勢……変えていかなくてはな……」
 ナオは王の隊列が襲撃されたことを按じていた。そして、恐れていた通り、領主はアイザックに心配そうに尋ねていた。王は何か思いだすような仕草を見せてから言った。
「……輸送ついでに、野盗を狩ってきたわ。お前に身柄を預ける」
 ほっと胸を撫下ろしたナオ。王はさらに言葉を続けていた。
「この行程でな、部下も増えたのだ」
 一日目に遭遇した、へんてこな野盗たちのことだろうか。
「ふう、守る戦いはキツイ……」
 煙草の煙を燻らすデアカルテへ、彼を探していたのだろう、茶を手にした兵士たちが駆けてくる。
 メディスはバリッチから礼を言われていた。護っていただいて、ありがとうございます、と。友人を失ったと知っていた彼女は言葉を失い、弱々しく首を振っていたが、若き商人は言った。
「ホアキン商会に任せてください。この国を……必ず豊かにしてみせます!」
 ハロルドとリオネルは、領主の館へと集う人々の往来を見つめていた。
「ここから商業や農業が開けて行くんだろうな……楽しみだよ」
 ほっとした様子で言った友人へ、リオネルは笑顔でこう応えた。
「さて、帰りも頑張ろうね」
 下がってしまったハロルドの肩へ、リオネルの腕がまわった。


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