白狼の闇



<オープニング>


 視界は、白。
 白い闇。
 何もかもが、白く、染まる。

●消えない雪
 今日も賑やかな冒険者の酒場。
 冬の厳しい寒さも緩んできたのか、何となく皆の表情も明るくなってきたように見える。
 そんな中でストライダーの霊査士ルラルは、やっぱり暖かな暖炉の前に陣取ってぬくぬくと幸せそうだった。
「暖か〜い♪ やっぱりあったかいのがいいよねぇ〜?」
 ほとんど丸くなりながら、冒険者達を見回す。
「まぁ、寒いよりはな……」
 何人かが、うんうん、と同意した。何故か涙ぐみながら遠い目をしているものは、寒空の中に何か辛い思い出でもあったのだろうか?
「だからね、寒いのを退治して欲しいの!!」
「……は?」
 自然現象をどう退治せよというのだろうか。火でも焚けと??
 怪訝な顔をしながら冒険者達はルラルの次の言葉を待った。
「えっとね、敵は冬の狼さんなの〜。モンスターだね〜♪」
 どうやら真面目な依頼らしい。
「ここから半日ぐらいの場所にある村なんだけどね〜、まだ冬のままなの〜」
 割と暖かい場所のはずのその村で、いつまでも雪に閉ざされた……その上吹雪がやまない場所があるというのだ。
 村から少しはなれた森の中の一帯だけが、今も雪の中なのである。
 そこは村にとっては重要な道が通る森であり、このままでは村中が物が足りないとか、食べ物が無いとかで大変な事になってしまうと、大慌てで依頼が来たのだ。
 原因は、ルラルの言うところによる冬の狼。
 この狼、吹雪を操る能力があり、そのテリトリーの中だけはいつも猛吹雪らしい。
「あとね、口から氷の息吐くの〜。触れると凍っちゃうの!」
 中々厄介な相手らしかった。
 大きさは通常の狼の三倍はあるといい、何体か小さな真っ白い狼を取り巻きとして連れている。
 その牙は軽々とやわな鎧など引き裂いてしまうのだと、ルラルは言った。
「この狼さんをやっつけたら、吹雪もやんで雪は自然に解けると思うの〜」
 どうか、春を取り戻して欲しいと、ルラルはぴょこっと頭を下げる。
 霊査の風景で寒くなったのか、彼女はそのまままた暖炉のそばに行き、幸せそうな顔になったのだった。

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参加者
武道刃脚・キヨカズ(a01049)
白碧の微睡・ルフィーティア(a04088)
炎熱の賭博師・ジョーラム(a05559)
闇鳩・ティート(a14923)
月綴・トロイメライ(a17943)
青き龍の化身・リュウ(a18664)
灼陽と赤月の双剣士・ラスク(a19350)
漆黒の暴風刃・ディストール(a20465)
闇夜のヘビィロック・サート(a20563)
アメミト・ブレイズ(a21190)


<リプレイ>

 そこは光も通さないほどの、白い闇。
 終らない冬が、ただ渦巻いている。

●あけない冬
 村はなんともいえない雰囲気に包まれていた。
 陽光は優しくふわりと一帯を包んでいるのに、どこからか流れてくる差し込むような冷気。
 日の当たるところこそ寒さは和らぐが、日陰は真冬といっても良かった。
 森に留まり続ける冬は、村の中まで影響を及ぼしているらしい。
「俺っち達は春を呼びに来た渡り鳥みたいなもンすね。……鳥と狼ってどっちが強いンすかね?」
 漆黒の暴風刃・ディストール(a20465)が村人達に状況をもう一度聞きつつ軽く笑った。
「普通渡り鳥は攻撃できないぞ。狼も空は飛べないけどな」
 紅き断罪の双剣士・ラスク(a19350)がディストールに冷静な顔で突っ込む。
「原因は不明、か……、仕方ねーなー……」
 武道刃脚・キヨカズ(a01049)は、聞き込みにルラルの言った以上の情報が得られなかったことに残念そうな顔をみせた。
「自分達に出来ることをやるしかないでしょう」
 青き龍の化身・リュウ(a18664)が静かにかんじきの様子をチェックしながら呟く。
「寒いですわ……狼さんを倒して村に春を呼び込みたいですわね」
 ふるるっと震えながら、白碧の微睡・ルフィーティア(a04088)は襟元をかき寄せた。
 この時期にしては大げさすぎるほどの厚着をしてはいるが、冷気はそれでも忍び寄ってくる。
「目印ですよ〜」
 闇夜の烏鳩・ティート(a14923)が赤い布を配りながらのんびりといった。
 真っ白の視界の中、少しでも敵と味方の見分けをつけやすくするために目立つ赤の布を巻いておこうというのだ。
「動きづらい雪道だから……気を引き締めていかなきゃ」
 完璧な厚着にマントに頭巾にと、露出する部分が顔だけという格好になった欠落司書・トロイメライ(a17943)が服の奥からもそもそといった。
 かなり着こんではいても、動きがそんなに鈍らないぎりぎりのラインだ。
「うー寒さむ!! さっさと潰したらきつい酒であったまりたいねぇ!」
 戦闘に使うつもりで持ってきた酒を今ここであおりたい気分になりながらも、村のお嬢さんたちにウインクを贈ってみたりする炎熱の賭博師・ジョーラム(a05559)。
 チャネル・ブレイズ(a21190)はその傍らで黙々と赤い布を巻いたりと準備をしている。
「よっと……おっ」
 ダイスを三つ、器用に転がして見せた大小屋・サート(a20563)の手元には、『4・5・6』の出目。
「シゴロだ……。東の島国に伝わるサイコロ賭博があってな。4・5・6の目が出たら倍勝ちなんだ。こいつぁ、幸先がいいな」
 実は軽いいかさまなのだが、そんな事はおくびにも出さない。
 覗きこんでいた仲間たちがにこにこと笑うのを見て、景気づけは成功だな、と自分自身もにやりと笑って見せた。
 全員がそれぞれの防寒装備を確かめ、出発する。
 件の森に近づくにつれてどんどんと下がっていく気温。そして、刺す様な冷気と共に、かすかに響く咆哮。
「……風向きから見ても、間違いあるまい」
 ブレイズが呟いて、その嫌な予感を振り払うように自らの愛剣を握り締めた。
 チキンレッグの彼の勘は馬鹿には出来ない。冒険者達の表情が引き締まり、なおも前進するとそこはもう、冬の領域だった。

●厳冬の王
 ごうごうと音さえ立てて、そこには嵐が逆巻いていた。
 全員防寒はしているが、それでも耐え切れないほどの寒さが襲う。
 雪の上でスムーズに戦闘するためにもそれぞれがかんじきやモノスキーなどを装着してそろそろと前に進んだ。
「俺ッちはあの樹にいるッす」
 ディストールはこの吹雪の中でもそれなりに視界を確保できそうな大きさの樹に目をつけた。
 滑って転げ落ちないように慎重に登り、用意してきた白い毛布に包まってじーっとしていると、仲間達の目からでさえ、彼はどこにいるのかよくわからない。
「ちっ……駄目か……」
 ジョーラムが頭をかきながら悔しそうな声を出した。
 彼が生み出した術の風は、確かにそこに吹いてはいるが吹雪はそんなものをまるでお構いなしに吹き付けている。
 同じくリュウが風を発生させるべく自分の剣を鋭く振ったが、効果がないと見て早々に気合を入れなおすと、彼の鎧はゆっくりと全身を包み込むかのように変化した。
「見つけた……始めるぞ」
 ブレイズがそのサーベルを振って次々と光のリングを生み出す。
 それらが向かう先には巨大な白狼。
 そこにあるのは王者のような凛とした威厳。
 冒険者たちの姿を認めると、白狼の王はゆっくりと咆哮をあげた。
 それと同時に一層吹き付ける吹雪がその威力を増す。
 白い闇にまぎれるかのように、普通サイズの白狼がばらばらと王に走り寄ってきた。
 その瞬間、鋭い光が一瞬だけ周囲の目を射る。
 ブレイズのとさかが激しく発光し、それに吸い寄せられるかのように白狼達が飛び掛ってきた。
「んじゃ行くぜーッ」
 キヨカズがその隙を突いて王に向かって走り出す。
 その手にあるのはキツイ臭いのする果物や香辛料を混ぜ合わせた強烈な袋。
「雪に紛れる前に血染めにできればっ……」
 トロイメライの手から伸びた閃光は、白狼達を吹っ飛ばした。
 が、彼の期待に反して雪像か何かが飛散する感じで砕ける狼達。
 砕けなかった生き残りも、全く血を流しているようには見えなかった。
「本物の狼さんではないのでしょうか……?」
 ルフィーティアは少し考えて、近くに来ていた白狼の一体に色粉の入った小さな臭い袋を当ててみることにした。
 
 ぱしぃっ

 乾いた音を立てて、粉末が飛散する。
 全く臭いを気にした風もなく飛び掛ってきた白狼を、ラスクが寸前で切り伏せた。
 もう一度、閃光が走る。
 王に近づいてブレイズがまた術を使ったのだ。
 ……効いたか!? 全員が固唾を呑んで見守る中、王は一瞬、動きがひるんだかのように見えた。
 
 びしゃっ!!

 派手な音を立ててキヨカズの放った袋が王の鼻先に命中する。
 その瞬間、怒りの咆哮と共に冷気の塊が王の口から吐き出された。
 その塊は、キヨカズの身体を掠め、その後ろで気をひこうとしていたブレイズを襲う。
 危うく直撃は免れたものの転がって回避した彼に白狼が襲い掛かった。
 ジョーラムが盾で殴りつけて攻撃する。
 そして、また乾いた音。
 そろそろと雪に紛れてティートが王に近づき、色粉の固めたものを投げつけたのだ。
 その巨大な身体に鮮やかなオレンジが刻印される。
 
 ぐおぉぉぉぉぉぉーーー!!!
 
 王の怒りは増し、吹雪が一層激しくなった。
 突き刺さるような勢いで雪が身体に叩きつけられる。目を開けているのも少し辛い。
 飛び掛ってこようとした王が、大きな樹の下を走り抜けようとした時、木の上で凍りそうになりながら待機していたディストールがその巨体に向けて飛び降りた。
 同時に持っていた縄を首にかけようとするが、縄は辛うじて引っかかったぐらいであった。
 怒りに任せ王が身体を大きく振って背中にしがみつこうとしたディストールをあっという間に振り落とし、そのまま氷の息を凄まじい勢いで吐きつける。
「大丈夫ですかっ!!」
 振り落とされ、息にまるで撥ね飛ばされたかのように吹っ飛んだ彼に、ルフィーティアが駆け寄った。
 全身を厚く包む衣類のお陰で、辛うじて全身が凍ることは免れているが、派手に吹っ飛んだせいかそのダメージは中々無視しがたいものだった。
 倒れたものに目もくれず、王が咆哮をあげるたびに取り巻きの白狼が増えていく。
 それが比較的固まっているところに、ジョーラムが踊りこんだ。
「白い世界で漆黒の俺様。美しく華麗に戦う。何て素晴らしいのだ!」
 何やら夢見る表情で叫びながら、見るものがうっとりするような優雅で洗練された動きで攻撃を叩き込む。
 一瞬吹雪が白薔薇の吹雪に見えたりした仲間たちは、幻覚を見たような気分で目をこすった。
 嗚呼、今、彼は華麗の化身か。
「決まった……って、おわわわ!?」
「こちらですよっ!」
 華麗な一撃を決めたのはいいが、その美をどうやら理解しなかった周りから一斉に襲い掛かられたジョーラムに加勢するべく、ティートが気の刃を叩き込む。
 少し離れたところではラスクが無言のままその双剣を振るっていた。
「キヨカズ、右!!」
 トロイメライの警告に、キヨカズはしゃがみこんでブレスを避ける。
 やはり鼻に強烈な一撃を見舞ってくれたキヨカズは、王に目の敵にされているようだ。
 そこへ、リュウとサートが突っ込んでいく。
 一呼吸遅れて、ブレイズのとさかから閃光が走る。
 王は今度は怯まなかった。ただ、今まさに狙おうとしていた標的を、その眩しく光る存在へとうつす。
 
 ゴウッ!!!

 鋭い音を立てて、氷の吐息は彼を襲った。
 吐息の直撃は避けたが、バランスを崩した彼に、仲間が駆け寄ろうとした時、疾風の様に王が走りぬけた。
 その勢いのまま、真っ直ぐに標的に突っ込んでいく。
 リュウとサートが追いすがったが、今一歩届かなかった。
 ブレイズが派手に撥ねられて、雪原に沈む。
「ちぃっ……」
 サートは、進路を変更して仲間に走りよった。
 生み出した癒しの光さえ凍りそうな吹雪だが、なんとか仲間を回復させなければならない。
 その願いが通じたのか、幸いブレイズの命はまだあるようだった。
 リュウの剣が煌き、稲妻の衝撃と共に王に叩き込まれる。
 王はその身体を大きく振り、一瞬麻痺した身体を立て直そうとした。
「気をつけて!!」
 トロイメライの元から伸びた光の雨が、王に降り注いだ。
「離れてください!」
 ルフィーティアの切羽詰った声が響く。
 その意図を汲み取り、全員がざっと王から離れた。
 その瞬間、炸裂する黒い炎。
 爆発炎上するそれに、ジョーラムがおまけとばかりに酒を投げつける。
 派手な音を立てて、王の背が燃え上がった。
「分の悪い賭けは嫌いじゃない」
 サートが両手を振り回すようにして、王に突っ込む。
 それを振り飛ばそうとして、王がめちゃくちゃに身体を揺すった。
 遅れて攻撃を仕掛けたリュウの剣が王にヒットするのと、王がひときわ身体を動かすのが同時。
 不幸なタイミングで、吹っ飛ばされたリュウを白狼が襲った。
「させないぜ!!」
 ジョーラムが幻影を残しながら白狼に後ろから突っ込む。
 白狼の攻撃は、リュウの防具ごと服と浅く皮膚を裂いたが、彼自身を切り裂くまでは至らなかった。
 ティートが駆け寄って癒しの光を生み出す。
 その隙にもう一度、ルフィーティアの生み出した魔炎が黒い獣の咆哮となって王に襲い掛かった。
 その後ろからキヨカズの必殺の蹴り。
 そして、サートが相打ち覚悟で正面から突っ込んだ。
 
 がぁぁぁぁー!!

 王の最後の咆哮は、サートを凍らせつつ吹っ飛ばしたが、それと同時に爆発する黒炎と、光の雨。
 そこへ、間を縫って飛来したのは一本のサーベル。
 王の影を縫いとめたそれは、ラスクに支えられたブレイズの渾身の一投。
「……機なり……滅せしめよ……」
 それで力尽きたのか、そのまま倒れこみ、今度こそ彼は動かなくなった。 
 追い討ちをかけるように叩き込まれる気の刃と何故か薔薇が舞う華麗な一撃。
 時が、一瞬だけ止まった。
 ふっと、吹雪がやんで、次の瞬間に王の身体が横倒しになる。
 その瞳は、最後まで閉じられる事はなく、人間達を怒りを持って見返していた。
 
●春待ちの息吹
 吹雪がやむと、あたりが一気に明るくなったような錯覚さえ覚える。
 王の死によって、白狼達も消滅していた。
 やわらかい陽光が、あたりを包んで雪をゆっくりと溶かしていっている。
「あ……」
 ルフィーティアが上げた声に、仲間達が何事かと振り返った。
「これ……フキノトウですわ……」
 彼女が微笑と共に指した先には小さな緑。
「春が、戻ってきたかな?」
 ティートがニコニコと辺りを見回した。
「何で冬の狼は出てきたのか、最後までわからなかったけど終わりよければ全てよしってね!」
 キヨカズがふと気になって自分の荷物をかいでみて、案の定移った強烈な臭いに顔を顰めながらも明るく言う。
「誰もいなくなったりしなくてよかったね……」
 トロイメライが小さく言った。
 あの吹雪の中、とりあえずはぐれたりもせずに全員が帰ってきた。
 流石に無傷とは行かなかったが喜ばしいことである。
「どーだ、やっぱりサイコロはうそをつかねぇ」
(「でも俺はこの様って事は、イカサマはよくねぇってことか?」)
 体中に走る痛みにかなりきつそうではあるが、サートが軽口を叩いた。
 帰りついた村で色々と手当てを施したりしつつ、喜びに沸く村の様子は彼らを報いるに十分だった。
「酒、ちょーっともったいなかったかな? ああ、でも君達の笑顔のためなら安いものさ」
 ジョーラムが労う村の娘達に冗談めかして言う。
 彼に密かに薔薇攻撃の人、と心の中で命名した仲間が数名いるが、お互いの名誉のためにそのあたりは流しておくのがいいだろう。
「……世も季節も、正しきままに巡り流転してこそ、美しい」
 村のベッドで、差し込む陽光に目を覚ましたブレイズは、目を細めて呟いた。
 その傍らで傷の手当てをしていたリュウが黙って頷く。
「ついでに生きてればこそね」
 ラスクがまたぼそっと突っ込んだが、ブレイズは聞こえない振りをした。
「渡り鳥は春を呼んだら去っていくもンじゃないすか?」
 もう少し休んだ方がよくないか、と申し出る村人達にディストールが勤めて朗らかに言った。
 確かに少しまだ色々と痛むが、そんなことを言っても仕方がない。
 遅れていた春がこの村を包む頃には、自分達の傷も何とか癒えるだろう。
 
 遅れてきた春は、笑顔と一緒に彼らを包み込んでいた。


マスター:神條玲 紹介ページ
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