【エメルダの気まぐれ】1羽の鳥



<オープニング>


 酒場の依頼を眺めながら、リゼルは怪訝そうに首を傾げた。
「普通の依頼……なんですよねぇ」
 そこにあるのは至ってシンプルな退治依頼だった。
『カルム村近くに出る巨大鳥を退治してくれる冒険者募集』
 この単純な依頼のどこがそんなにリゼルの首を傾げさせるのかといえば。
「あのエメルダさんが、普通の退治依頼を出すだなんて、どうかしたのでしょうか……」
 ということに尽きる。
 酒場に依頼を持ってくる常連と化しているエメルダだが、これまでの依頼は興味のあるものを持ってくる依頼がほとんど。普通の退治依頼が提示されたのはこれが始めてなのだ。
「でも……誰が持ってきても依頼には変わりませんし。普通の依頼ならなおのことですね」
 リゼルはそう言って、巨大鳥の羽根を手に取った。
「……この鳥はカルム村付近に住んでいます。以前は賢果の木付近で実を守っていたようですが、今はこの実を食料にしつつ村周辺を飛び回り、村人に無差別に攻撃を加えています。この鳥がいるために、村人は外に出ることもままならない状態です」
 くるり。リゼルの手の中で茶色い羽が回転する。
「この鳥とは、以前の依頼で戦っていますから、その時の報告を読み直せば、戦い方の参考になるかと思います」
 以前戦った時には巨大鳥は3羽いた。今回は1羽なので、連携を取られる心配もなく、戦うのは随分楽だろう。
 冒険者たちの間に流れるほっとした空気を見て取って、リゼルは軽く釘を刺す。
「ただし、鳥は以前よりも攻撃的になっていますし、戦うための知恵も身につけています。その点にはくれぐれも注意してくださいね」
 霊視を終えたリゼルは、酒場の主に巨大鳥の羽根を返し、そして思い出したように冒険者を振りかえる。
「そういえば……カルム村には、以前の依頼で捕らえた巨大鳥の1羽がまだ保管されているそうです。頑丈な小屋に入れられてはいますが、ひどく暴れるため餌をやるだけで一苦労。こちらの鳥の処遇についても、アドバイスしてあげると喜ばれると思います」
 もちろん、依頼に余裕があったらのことですけれど、とリゼルは付け足して微笑んだ。

マスターからのコメントを見る

参加者
蒼穹の騎士・ショーン(a00097)
九天玄女・アゼル(a00436)
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
妖精弓の射手・シズク(a00786)
天照の剱聖と月読の奇傑・リィン(a00861)
琥珀の紋章・ナオ(a01963)
天速星・メイプル(a02143)
紅麗の烈拳姫・アナマリア(a03035)


<リプレイ>

●カルム村へ
 今回の依頼に参加する冒険者の大半は、賢果の実採取の為にカルム村を訪れたことがあったので、村までの道のりはとても順調だった。それにも関わらず、冒険者の足取りが重いのは、前回の依頼が残した結果が気になる為か。
 妖精弓の射手・シズク(a00786)は村に着くとまず、村人に前回の依頼が結果的に禍根を残してしまったことを村人に詫びた。依頼は成功したのだが、結果、村には扱いかねる飼い鳥と、人に襲いかかる巨大鳥を残すことになってしまった。
 ヒトの忍び・メイプル(a02143)は村人に、残る1羽をどうして欲しいのかと問うた。
 捕まえて一緒にして良いものかと聞くと、村人は強く首を振る。
「あんなもの、これ以上増やさないでくれ。世話は危険、餌は大量に要る、で村は大変なんだよ。大体、なんで村人を襲うような鳥に餌をやって育てなければならないんだか……」
 文句を漏らす村人に、金髪の・アゼル(a00436)は頑丈な檻のような鳥かごに入れられている巨大鳥を指して尋ねる。
「この鳥の対処はどうすべきだろう。生かすというならこのまま、殺すというなら私が始末をつけよう」
「それは……」
 村人は言い淀んだ。迷惑しているのは確か。だが、即座に殺せとは言えない。殺すつもりならば餌を与えずに放置しておけばいいのだが、生き物なだけにそれも出来ず、困りながらも面倒をみているのが現状だ。
 決めかねている村人を見かね、アゼルが鳥の処分を申し出ようとした時、
「この鳥を借りてもいいか?」
 巨大鳥の退治に使いたいからとヒトの翔剣士・ショーン(a00097)が言うと、村人はほっとした表情で鳥かごの鍵を渡した。
「この鳥は貸すのではなく君たちにあげるよ。村には返さないで欲しいんだ」
 厄介払い? だがそれも仕方あるまいと、冒険者たちは鳥を受け取った。

「全員の意思は統一出来てる?」
 前回、鳥への対処がばらばらなために手間取ったことをふまえ、珠紅の烈拳姫・アナマリア(a03035)は皆に鳥をどうするのか聞いてみた。
 と……捕獲を試みようとする者、倒した方が良いと考える者が入り交じり、今回も考えはばらばらだ。
「前回の状態から考えても、あの鳥が、仲間を倒し捕らえた者の話を聞くようになるとは思えん」
 アゼルは鳥は倒した方がよいと主張する。メイプルはそんなアゼルを見つめた後、捕獲しようと言う冒険者たちに尋ねた。
「貴方は大事な人を奪ったものを許せる?」
 その答えを待たずに、メイプルは続ける。
「逆に……貴方があの鳥だったとしたら? 大切な仲間を奪い、殺した者たちを許せる? 私は……多分……許せない」
 説得や捕獲をするならば、残された者の怒り、悲しみ、苦しみを鎮める術がなければ、と言うメイプルに、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)は、それでも……、と答える。
「できれば殺したくはありません」
「捕らえた鳥はどうするつもりだ?」
 村から引き取った鳥と今回捕まえる鳥。2羽の巨大鳥の世話は並大抵ではない。村人にその世話を頼むことの無理さを、鳥を押しつけられたアゼルは肌で感じている。
「鳥は責任をもって連れて帰ります」
 ラジスラヴァは即答した。鳥かごに入れ、ノソリン車で引いていけば移動させることは不可能ではない。
「捕獲を試みて、駄目ならすぐに倒す、ということでどうでしょう?」
 ラジスラヴァの意見を聞き、はじめは鳥を倒すつもりだった琥珀の紋章・ナオ(a01963)も、捕獲の方へと傾く。相手が1羽ならば、捕らえることも難しくはないだろうし、捕らえることができれば、その後、状況次第で倒すことは簡単だ。
 捕獲したいという冒険者が多く、鳥は捕獲優先、それが不可能な場合は倒す、ということとなった。

●捕獲作戦
「鳥から見えやすくて、でも付近に隠れられる場所があって……この辺りでどうでしょうか」
 ナオはあらかじめ村人に聞いておいた幾つかの候補地のうちから、鳥を誘き寄せるのに都合が良い場所を選定する。ここに、カルム村で分けてもらった賢果の実と果物を使い、罠を仕掛けようというのだ。
「ここなら周囲に木が多いから、鳥も飛びにくいだろう」
 ショーンは周囲の木々を見渡すと、密度の足りなそうな箇所の木に横棒を渡し始めた。障害物があれば、鳥も攻撃や逃亡し難くなるだろう。
 ナオと月魄の奇傑・リィン(a00861)は、上空に注意しながら、餌を置いてゆく。目に付きやすく、しかも不自然でなく置くのは結構難しい作業だ。
「餌を食べに来てくれるでしょうか……」
 囮の餌が、木々の上を飛ぶ鳥の目に止まる確率はどのくらいだろう。賢果の木に行けば実はいくらでもあるのだから。
 不安そうに空を見上げるナオを、リィンは素速く鳥の目の届かぬ場所へと移動させる。
「あまり上を見ない方がよろしいかと存じます。視線というものは気づかれやすいものですから」
 唐突に落ちている餌と人の視線を考え合わせられれば、これが罠であることを見破られてしまう可能性がある。
 設置を終えれば後は待つばかり。
「捕獲はお任せするわ。私が攻撃すると鳥を殺しちゃいそうだし。押さえ込みする時は声を掛けてね」
 アナマリアは皆の邪魔にならぬよう、木の後ろに姿を隠した。シズクも捕獲には参加せずに待機に回る。
「ボクも手加減は苦手だから、すぐそこの小屋に隠れてるね。捕獲できればいいけど、もしダメだった時には、ホーミングアローで手伝うから」
 森の中にうち捨てられた小屋はぼろぼろで隙間だらけだが、矢を射るには却って好都合だろう。
 冒険者たちはそれぞれ位置につき、鳥の出現を待った。が、鳥はなかなか現れない。一度、頭上を影がよぎりはしたが、降りてまでは来なかった。
「……やはりこれを試すか」
 ショーンは村から押しつけられた巨大鳥に向き直った。最初は風切羽を抜こうとしたのだが、大人しく抜かせてくれるはずもない。皆の力を借りて弱らせた上で鳥を縛り上げ、逆さにして木にくくりつける。
 くくりつけられた鳥は、ぎゃあぎゃあと悲痛な声をあげた。アナマリアは木の後ろから叫び鳴く鳥を眺め、軽く眉を寄せる。
「鳥が怒っている理由が仲間を殺されたり捕獲されたりしたことだったら……こんなことしたら余計怒るわね」
 だがそれだけに、鳥を呼び寄せる効果は絶大だった。鳴き始めてすぐ、空に巨大鳥の姿が現れた。捕獲鳥がしばられている木の上を旋回し、声をあげる。
 その鳥の目を引きつけるため、アゼルが囮として進み出た。鳥はアゼルをみとめるや否や、強く羽ばたいて風を起こした。その動きはやはり冒険者よりも早い。
 アゼルは体勢を崩したが、地面に片手をついて転倒するのを耐えた。
 羽ばたき直後の隙を狙い、ハイドインシャドウで鳥の背後に回り込んでいたメイプルが、羽めがけて飛燕刃を撃ち込む。
 ラジスラヴァは鳥にむけ、眠りの歌を歌い続ける。怒り狂っている鳥には曲の美しさは届かないが、それにこめられた力は、アゼルを狙って降下してきていた鳥のまぶたを閉じさせる。
 地上に落下した鳥がその衝撃で目覚めて飛び立つまでの間に、ショーンのレイピアが繰り出すスピードラッシュと、ヒトの紋章術師・シエルリードの星天の手袋から放たれる衝撃波がその羽を痛めつけ、リィンの持つ緋月の朱鞘がその身を打つ。
 力を振り絞り上昇しようとした鳥を、メイプルのソーサーが円の軌道を描いて打ち落とした。
 鳥は落下しながらも囮となったアゼルを目指し、その上に覆い被さるように倒れた。そしてラジスラヴァが歌い直した眠りの歌に捕らえられた処に、ナオが網をかぶせる。
 網を絞ろうとすると鳥は再び目覚めて暴れたが、その抵抗には力がなく、冒険者たちに追われるままに鳥かごへと収容された。
「アゼル様!」
 メイプルは蒼白な顔で地に倒れているアゼルの身体を揺らした。不動の鎧を活性化し忘れていたために鳥からのダメージを防ぎきることはできなかったが、自力で身を起こせる程度で済んだのは、さすが重騎士というところか。立ち上がろうとするアゼルを、メイプルの肩がそっと支え、怪我の手当をしにカルム村へと戻ってゆく。
 囮として使った鳥も鳥かごへと戻され、戦い終了後、冒険者の前には傷ついた2羽の鳥が残されることとなった。
「では、この鳥のことはお任せしますね」
 片づけた網や果物を抱えたナオはラジスラヴァを振り返った。シエルリードはやや不安そうな顔つきでラジスラヴァに尋ねる。
「この鳥たちのこと、責任を持ってなんとかしてくれるかい? もし持て余してカルム村に返すとかだったら、ここで倒した方がいいと思うんだ。それが……自らの民を守るグリモアの冒険者のつとめだから……」
「はい。この鳥はエメルダさんの処に連れて行くつもりなんです。もしエメルダさんがいらないと言っても、自分で連れて帰りますから」
「それも手だな」
 ショーンは事も無げにそう言うと、鳥かごをノソリン車に乗せる作業に入った。

●2羽のお届け物
 冒険者たちはエメルダの屋敷に依頼終了の報告に行った。エメルダが出てくるまでの間に、シズクは侍女に最近のエメルダの様子や変わった出来事の有無を尋ねてみる。
「最近ですか。特にどうということはありませんけれど……」
 不意に思いついたことを侍女にやらせたりする気まぐれは相変わらず。迷惑な話だが、、エメルダの真意も知らず、また、仕える主人のことを悪くも言えない侍女は、当たり障りない返事をするばかり。
 そこにいつものようにしゃらっとした顔で登場したエメルダに、アナマリアは依頼の結果を報告した。
「で、お気に召しました? お嬢様」
 何を言われても平気という余裕の表情で言うアナマリアに、エメルダは軽く頷いた。
「ええ、ご苦労様。……でも、捕まえた鳥は?」
「退治した証拠にお持ちしました。如何しますか?」
 ラジスラヴァが答えると、エメルダはさすがにぎょっとした顔になる。
「持ってきたんですの? ここに?」
「ああ。昨今の定義では、退治とは相手を打ち倒すだけでなく、心を入れ替えさせることも含むようだ。依頼人であればそれに協力するのは当然だろう? 嫌だと言うなら目の前で退治しても良いが」
 挑戦的なショーンの物言いに、エメルダはきゅっと唇を引き結ぶ。
「よろしいですわ。私がその心を入れ替えさせてみせましょう」
 見事押しつけ完了。エメルダの家ならば、鳥の餌代に苦労することもあるまい。
「エメルダさんならきっと引き受けてくださると思っていましたわ」
 またエメルダを称える歌を広めて回ろうと、ラジスラヴァが心に決めているのも知らず、エメルダは興味深げに鳥の様子を眺めている。その背に、メイプルは問いかけた。
「エメルダ様、聞かせて頂けますか? 冒険者の資質とは何かを……」
「そんなもの冒険者でもない私に分かるはずがないでしょう。大体、資質なんて必要ですの? 冒険者であろうとなかろうと、人はただすべきだと思うことをするだけ。それがあっているか間違っているかは別の話ですけれど」
 エメルダは振り返りもせずに答えて、鳥かごに手を伸ばし……危うくつつかれそうになった手を慌てて引いた。


マスター:香月深里 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:8人
作成日:2003/10/31
得票数:冒険活劇2  戦闘4  ほのぼの4 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。