【リベルダの悩み】羽ばたくもの



<オープニング>


 その日、すっかり日の沈んだ夜の冒険者の酒場で、ストライダーの霊査士・キーゼルの隣にいたのは、いつものように赤い髪のエルフの女性……ではなく。わんぱく盛りの幼い少年、リベルダの一人息子であるディールだった。
「……まあ、普段なら、こんな時間に子供が来るんじゃないって、帰すところなんだけどね」
 今日はそうも言えないようだから……と、キーゼルはディールを見つつ口にすると、一つ頼みたい事があると、冒険者達に切り出した。

 そもそも発端は、リベルダが体調を崩した事だった。
 なんだか調子悪そうにしていると思ったら、いきなり倒れて……その時近くにいた者が額を触ってみたら、とんでもない熱さになっていたという。
『あの』リベルダが倒れたというのだから、孤児院は大騒ぎ。ベッドに運んで休ませて……この症状が出る病に効く、紫色の小さな薬草を煎じて飲ませようとしたところ、ちょうど運悪くその薬草――紫枇草を切らしていたらしい。
 なんでも、少し前に近所の人が同じ病にかかり……リベルダはその家に、孤児院で保管していた紫枇草を譲ったのだという。
「……で、何人かの子供が紫枇草を採りに行ったんだよ。紫枇草の生えてるヒューレイスの洞窟は、別に危険な場所じゃないし、街からもさほど遠くないから、日帰りでも行けるからね」
 ところが。
 出かけた者達が予定よりも早く戻って来たかと思えば、その様子が何だかおかしい。話を聞いてみると、洞窟の近くで大きな鳥に襲われそうになって、慌てて逃げて帰って来たらしい。
 ――出かけた時よりも、一人少ない数で。

「あいつら、ノエルを置き去りにしやがったんだ」
 その、一人戻っていない子供は、ディールにとって一番の友達。言葉そのものの印象に比べ、ディールの様子には、怒りや不満よりも心配の色が強く出ている。
「……どうやらね、走るように洞窟に入ろうとしたノエルと、それをやれやれって様子で追ってた他の連中、って感じで、両者の間には少し距離があったみたいだ。……鳥は、そこに降りて来たらしい」
 それを見て、他の子供達は逃げ出した。ノエルがどうなったのかは、わからない……と、彼らは話したという。
「ノエルがどうしてるかは霊視で解ったよ。洞窟の中に逃げ込んでる。この鳥は、突然変異した鷲みたいだね。暗い場所が苦手なのか、洞窟みたいな狭い場所が苦手なのかは解らないけど……とにかく、洞窟の中までは追っていないみたいだ。ただ、獲物だと思ってるんだろうね。ノエルが出て来るのを、入口の近くで待ち構えてる」
 だから、ノエルは洞窟から出る事が出来ない。
「洞窟から出なければ安全のようだけど……そう単純な事じゃない。ノエルが持ってるのは、筆記用具と、あとは昼食用のパンと小さな水筒が一つずつだそうでね。……洞窟の中に水場はないし、夜の寒さへの備えも、勿論無い」
 そろそろ、パンも水も尽きてる頃だろうか。昼間過ごす格好で、今の季節の夜を過ごすのも辛いだろうし、何より……獣に狙われて、洞窟の中で時間を過ごすのは、とても不安で心細くて――怯えているはず。
「だから君達には、ノエルを助けに行って欲しいんだよ。鳥の大きさは3mってところかな。空を飛ぶ分厄介だけど、君達ならさほど苦労するような相手じゃないだろうから……出来るだけ早く、あの子を安心させてやって欲しい」
 そうキーゼルは冒険者達の顔を見回しながら言うと、じゃあ頼んだよ、と、彼らを送り出すのだった。

マスターからのコメントを見る

参加者
幸せを求めし白き鷹使い・シャンナ(a00062)
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
微笑みの風を歌う者・メルヴィル(a02418)
うっかり医師・フィー(a05298)
大凶導師・メイム(a09124)
エルフの翔剣士・シェルト(a11554)
希望への導き手・フィリア(a11714)
軽業拳法使い・ヤイチ(a12330)


<リプレイ>

●ヒューレイスの洞窟へ
「判りました。お姉ちゃん達に任せてね!」
 話を聞き終えた、幸せを求めし白き鷹使い・シャンナ(a00062)は、そう力強く胸を張ると、だから孤児院で待っているようにね、とディールに言う。
「ん……頼むぜ、ノエルのこと」
 ディールは頷いたものの、それでもやはり、心配だといった様子でシャンナを見上げていて……そんな彼に、シャンナはにっこりと微笑み返す。
(「急を要する事態のようですね。できるだけ早く終わらせて、孤児院に戻らせてあげないと……」)
 その間に、冒険者達は手早く準備を整えていく。緑の風を吹かせし翼・フィリア(a11714)が急いで身支度を整える一方で、うっかり医師・フィー(a05298)は毛布を用意し、微笑みの風を歌う者・メルヴィル(a02418)は水筒を用意し、ノエルの為に手早くサンドイッチを作る。
 メルヴィルはできれば、おそらく何も食べていないだろうディールやキーゼルの分の物も用意したかったけれど、そこまでの時間は無さそうだった。
 そうして一行は急ぎ準備を整えると、酒場を発ち……早足で洞窟への道を進んで行った。

 冒険者達がヒューレイスの洞窟近くまで辿り着くのに、そう長い時間は掛からなかった。一行は洞窟の手前で速度を落とすと、周囲の様子を伺いながら、ゆっくりと洞窟へ近付き……。
「……あれか?」
 最初に気付いたのは、湖畔の燕・シェルト(a11554)だった。洞窟の入口に近い、木の中の一本に止まっている一羽の鳥……それが酒場で聞いた大鷲に間違いないだろう。
「大鷲の相手は任せろ……ノエル君は絶対に助けよう」
 シェルトはフィーとメルヴィルを振り返りながら言うと、強い決意と共に視線を戻す。
 今回、冒険者達は二手に分かれる手筈になっている。シェルトら冒険者達の多くは、大鷲の相手をし……その間に、フィーとメルヴィルが一足先に洞窟に入って、ノエルを保護する計画なのだ。
「ひとりぽっちで怖い思いをしてるでしょうから、早く助けないとですよ〜」
 フィーは頷くと、メルヴィルと共に木の陰を伝いながら洞窟へと近付き。鷹に隙が出来たら、いつでも洞窟に入れる位置を取る。
「コレで準備は万全だね」
 その様子を見ながら、軽業拳法使い・ヤイチ(a12330)は、戦闘が始まる前にと、リングスラッシャーを召喚する。物音がいくらか響いたからか、鷲は視線を周囲に向けたけれど……冒険者達は気付かずに、再び洞窟の入口に視線を落とす。
「では……」
 その間に、木陰を移動しながら大鷲の方へ近付いていたフィリアは、射程を測りながら足を止めると……その手元からスキュラフレイムを放つ。
「!?」
 迫る炎に気付いて目を見張る大鷲だが、それを避ける事は出来ず。背中を焼かれ苦しげに声を上げる。
「ここだ」
 自分を傷つけた憎き相手を探そうと、ぎょろりと目を動かす大鷲に……シェルトは、スーパースポットライトを頭上に作り出しながら、静かに呼ぶ。
 その光に目を止めた鷲は、ばさりと羽根を揺らすと……そのままシェルトに向かって急降下した。
 
●洞窟の中と外
「今です!」
 シェルトを見る大鷲の視界からは、ちょうど外れる位置に居たメルヴィルとフィーは、頷き合うと一気に駆け出し、洞窟の中に向かう。
 大鷲の視線はなおもシェルトを捉えていて……彼に大鷲が襲い掛かる様子を背後に感じながら、二人は、その間に洞窟の中へと飛び込む。
「ノエルさ〜ん、いますですか〜?」
 無事に洞窟の中へと入った二人は、安堵の息を吐きつつ呼びかける。そんな周囲を、メルヴィルが灯したカンテラが照らす。
「おねーさん……」
 その呼びかけに返って来た声に、二人は急いでそちらへ向かう。一本道の洞窟……それを少し奥へと進んだ一角で、一人の子供が身体を丸めながら座っているのが見えた。
 その声はとても震えていて……怯えや不安や、様々な感情の入り混じった表情で、二人の方を見ている。
「もう大丈夫……です」
 メルヴィルはその身体を抱きしめて、ゆっくりと頭を撫でる。伝わってくるのはひんやりとした、冷えた体の感触で……メルヴィルは曇りの無い微笑みを浮かべながら、そっと語り掛ける。
「ノエルさん、痛い所はないですか〜?」
 フィーは持参した毛布を広げてノエルの肩にかけると、その様子を確かめる。
 ぱっと見て判るような傷は無く、足に触れてみるが、捻挫などもしていないようだ。痛い所も特に無いと首を振っているし……どうやら、怪我などは無いようだ。
「喉の渇きや、お腹の方は……?」
 メルヴィルは持参した水筒とサンドイッチを取り出すと、良かったらどうぞと差し出して……それを見たノエルは、まず水筒の中身を口に運ぶと、サンドイッチにも手を伸ばす。
「あ……えっと、ありがとうございますなのです」
 手を伸ばしたところで、お礼を言っていないのを思い出したのだろう。小さくお辞儀するノエルに、メルヴィルは微笑みながらサンドイッチを渡した。

「く……!」
 一方、時間は少し戻って。
 フィーとメルヴィルが洞窟へと向かう中、シェルトは大鷲の鋭い爪先を受けていた。ウィンドシールドを構えながら防ぐものの、その衝撃を全て防ぐには至らない。
「お眠りなさい……」
 その、大鷲の攻撃にタイミングを合わせて、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)は歌を紡ぐ。おそらく、相手は高い所から飛び込むようにしながら、攻撃を繰り出してくるはず……なら、空を舞う為の翼を、その動きを封じてしまえば良いと――そう考えて。
 その歌声に、大鷲の動作が緩慢になると、ぐらりと揺れて……その隙を突くように、シャンナが構えた弓からホーミングアローを撃つ。
「それっ!」
 ヤイチはリングスラッシャーと共に大鷲に迫ると、交替で攻撃を放つ。その間に、後ろではフィリアが癒しの光を放って、シェルトの受けた傷を癒す。
「む……目を覚ましたか」
 上空からは攻めにくいであろう、木の根元に立った大凶導師・メイム(a09124)は、大鷲が意識を取り戻し体勢を立て直すのを見ながら呟くと、スキュラフレイムを撃つ。
 喰らいつき炎上するその一撃に、鷲は苦悶の声を漏らしたけれど、動きを鈍らせる様子はなく……再びシェルト目指して舞う。
「……来い!」
 その姿を両眼で見据えながら。シェルトはシュヴァイツァーサーベル・シュヴァルベを構えると、飛びかかって来た大鷲に、ミラージュアタックで反撃に出る。
「それっ!」
 後方からはシャンナの射た矢が飛び、大鷲の腹に突き刺さる。辺りにはラジスラヴァの歌声が更に響いて……大鷲は身体のバランスを崩すと、そのまま地面へと落ちていく。
「畳み掛けるっ!」
 それを待ち受けるのは、リングスラッシャーを伴ったヤイチだ。リングスラッシャーが大鷲を切り裂く中、ヤイチは身構えると足を振り上げ……連撃蹴による素早い連続攻撃を叩き込む。
 その衝撃に意識を取り戻したらしい大鷲は、苦しげに鳴き声を漏らしながら羽を動かそうとするが、舞い上がる事は叶わず……そのまま、重い音と共に地へ落ちると、もうぴくりとも身動ぎする事はなかった。

●暗闇が去ったなら
 大鷲を倒した冒険者達は、すぐにノエルを洞窟の外へと連れ出した。
 紫枇草はノエルが既に摘んでいた為、改めて冒険者達が紫枇草を摘む必要はなく。疲労の色濃いノエルを、体格的に最も適役そうなシェルトが背負うと、孤児院へ向かう道を行く。
 彼らが孤児院へと着いたのは、空が明るくなり始めた早朝のことだった。
「……お帰り」
 孤児院の玄関では、キーゼルが、うとうとと眠るディールと並んで待っていた。なんでも、戻って来るのを待つと言い張るディールが、玄関から離れようとしなかったらしい。
 まあ、こうして寝ちゃったけどね……などと言いながら、キーゼルはディールを揺すり起こす。
「……心配を掛けてしまって、ごめんなさい……」
「それは、他のみんなの前でちゃんと言いなさい。……みんな、心配していたんだから」
 項垂れるノエルに言いながら、キーゼルはその頭をぽんと撫でる。
「ノエル……無事でよかった〜!」
 一方ディールはというと、心底ほっとした様子でノエルに飛びついて。怪我などが無いのを見ると「とにかくゆっくり休めよ、な!?」と、部屋の方へ引っ張って行こうとする。
「あ……ノエル君」
 そこに声をかけたのはシェルトだった。無事だったのは良かった事。でも……ちょっとだけ注意も必要だろうかと、そう思って――今度は大人と一緒に行った方が良いんじゃないかな、と告げる。
「……はい」
 しゅんと俯きながら頷くノエル。……と、その隣にいたディールが、むすっとした顔になる。
「一緒に行ってくれる大人がいたら、次はそうするよ。おっさん。……それよりノエル、ちゃんと寝た方がいいぜ。お前、体が弱いんだし」
 不快そうに口にしたディールは、シェルトから視線を外すと、今度こそノエルを連れて奥へ向かう。
「あ、お姉ちゃんも一緒に行きますね」
 一歩遅れながら、それを追いかけるのはシャンナだ。二人の後ろを歩いて……しょんぼりとしながら部屋に入ろうとするノエルに、言葉を掛ける。
「……お姉ちゃんは、ノエルくんはとっても頑張ったと思いますよ」
 落ち込んだ様子のノエルは、それを聞いても肩を落としたままだったけれど……ありがとうございます、とお辞儀をしてから、おやすみなさいと部屋の中に消えた。

「これで大丈夫なのです〜」
 一方、フィーはリベルダのいる部屋に行くと、彼女に紫枇草を煎じて飲ませていた。リベルダは短く礼を言うと、目を閉ざして……眠りに落ちる。
「それにしても……」
 その様子を見ていたメイムは、部屋を出ると、廊下にいたキーゼルに声を掛ける。
 リベルダが倒れたのは病のため。でも、それは、最近の無理が重なっての事ではないだろうか、と。
 ……ミネリーがいなくなってから、リベルダの負担が大きくなっているであろう事は、容易に推察できるから。もう少ししたら、慰労と休息を兼ねて、花見になんて連れ出せないだろうか……そうメイムはキーゼルに相談を持ち掛ける。
「まあ、原因はそうだろうね。……考えておくよ」
 その言葉にキーゼルは頷くと、短く一言だけ返して、廊下を歩き去っていく。
 ……その頃には、子供達も少しずつ目を覚まし始めていて。冒険者達を見た子供達は、ノエルが無事に戻った事を聞くと、皆ホッとした顔になる。
「ところで〜」
 リベルダの部屋から出て来たフィーは、こっそりと声を潜めながら、子供達に質問する。
「……キーゼルさんとメルヴィルさんがラブラブな関係というのは本当なんですか〜?」
「えー?」
 その質問に子供達は顔を見合わせて。どうなんだろう、どうなんだろうと言い合うと、うーんと悩みながら首を捻る。
「……素敵なのです〜♪」
 子供達が結論を出せずにいる間に、フィーの脳裏では何やら妄想が広がったらしく……白ノソリンの着ぐるみを着たキーゼルが、王子様っぽくメルヴィルをエスコートする光景を想像して、うっとりとした顔になっている。
 そんなフィーの姿に戸惑う子供達……と、そこへ。
「……?」
 現れたのはメルヴィルで……子供達が囁き合うのを不思議そうに見つめると、ノエルを部屋において出て来たらしい、ディールの元で視線を止める。
(「……ディールさん、どなたかに似ているような……気のせいでしょうか……?」)
 ふと浮かんだ疑問について考え込むメルヴィル。と、そんな彼女の視線に気付いたらしく、ディールが近付いて来ると、どうしたのかと訊ねる。
「え、えと……」
 どう言おうか考えたメルヴィルは……誤魔化すのは止めて。率直に考えていた事を伝える。
「んー、かーちゃんだろ? 俺とかーちゃんって似てるから。……ばーちゃんとは、かーちゃんが似てないから俺もそんなに似てないけど。とーちゃん……は、ねーちゃんは見た事ないから違うよなぁ……」
 言われたディールはブツブツ呟きつつ考え込むと「やっぱかーちゃんじゃねぇ?」とメルヴィルを見上げながら話し……その言葉に「……似ていると思います、です」と、メルヴィルは微笑み返した。

 ――リベルダの熱はこの翌日には下がり、三日後には、体調はすっかり元通りになったという。
 そして……キーゼルからのちょっとした『誘い』があったのは、その更に数日後の事だった。


マスター:七海真砂 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:8人
作成日:2005/04/11
得票数:ほのぼの16 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。