シフォンの誕生日〜Tower Of Cake



<オープニング>


 平和な昼下がりの冒険者の酒場。
 午後ののんびりとしたひと時を、紅茶片手に過ごす霊査士のアリシューザが読んでいた本から目を上げると、二つお下げの戦乙女・シフォンが入ってくるのが見えた。しかし、いつになく元気がない。
「シフォン!」
 シフォンを手招きするアリシューザ。座るように促すと、お茶請けのシュークリームを差し出した。しかし、いつもなら喜んで食べるはずなのに、手すら出そうとしない。
「お前が元気ないなんて珍しいじゃないか」
「……」
 シフォンは無言だった。アリシューザは優しく微笑むと尋ねた。
「どうかしたのかい? 何かあるのなら、あたしが聞いてあげようじゃないか」
 本を閉じたアリシューザに、シフォンが一枚の紙切れを差し出した。それは、街で毎年開かれる、春祭りのチラシだった。
「楽しみにしてたのに……今年はないんだそうです。ケーキの塔」
「はぁ? ああ、アレか」
 街で開かれる春祭り。桜が咲き乱れる街外れの広場で人々が集まり、お祭りが開かれる。中でも、その目玉の一つが、高さ3メートルはあろうかという巨大なケーキの塔だった。しかも、それは全部食べることが出来るという。
「毎年ケーキの塔を作っているケーキ職人さんが怪我をして、今年はないっていうんです。楽しみにしてたのに」
 しなだれたお下げと共にがっくり肩を落とすシフォンの様子からも、よほど楽しみにしていたらしい。ちらしを『見た』アリシューザは、言った。
「職人も、本当はケーキの塔を作りたいみたいだねぇ」
「え?」
 アリシューザはキセルに火を入れると言った。
「たまには食べてばかりじゃなくて、自分たちで作ってみるのもいいんじゃないのかい? ケーキ、食べたいんだろ?」
「はい、食べたいです!」
 ぴょこんとお下げがはね起きる。
「そんなに難しい代物じゃなさそうだ。うまくやればあんたたちだけでも出来るかもしれない。街の人たちも残念がってるだろうしね。形は違えど、人のために働くのが冒険者だよ。違うかい?」
「そうですね! なければ自分達で作ればいいんだ! ありがとうございます、アリシューザお姉様!」
 シフォンは、テーブルの上のシュークリームを一つ頬張ると、席を立って酒場を出て行った。
「全く……18にもなって食い気優先なあたりが、まだまだ子供だねぇ」
 アリシューザは、目を細めた。

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参加者
NPC:二つお下げの戦乙女・シフォン(a90090)



<リプレイ>

 突き抜けるような春の青空が広がったこの日、街のお祭りが始まった。
 祭りの目玉である、ケーキの塔はケーキ職人が怪我をしたことから今年はないという話だったが、冒険者たちが作るというので、祭り会場はいつにない賑やかさだった。
「ケーキ、頑張って食べます!」
 二つお下げの戦乙女・シフォン(a90090)が力を込めて言うと、アイギスの赤壁・バルモルト(a00290)がぽむ、とシフォンの頭を撫でた。
「それは作ってから言うんだな」
「えへへ……でした」
 シフォンの頭で揺れるうさぎ耳の飾りの片耳がぺたりと折れる。
「くー、しふぉウサ可愛い!」
 一人感涙するのは明告の風・ヒース(a00692)。お前が無理やり被せたんだろうが、と漢笑いを浮かべたニュー・ダグラス(a02103)にどつかれるヒース。
「ケーキ作りはわくわくします」
 紺色のメイド服に白いエプロン、そして武器代わりにボウルと泡だて器で完全武装した癒しの雨・メイ(a02387)が、笑みの向こうで目を輝かせる。
「おいらが来たからには、3メートルと言わず5メートルや10メートルのケーキの塔を作っちゃうよ〜」
 猫人・ロゼ(a05515)が、コック服とコック帽姿で頷く。
「ハイこんちわー」
 のんきに挨拶した此岸現想・レビルフィーダ(a06863)が、メイの姿を見て苦笑した。
「メイの恰好は、これからケーキと戦うみたいないでたちねー」
「で……どこから取り掛かればいいのかしら?」
 紅・フラト(a07471)の問いに、錫色の紋章術士・リルミア(a01194)が答えた。
「ケーキの塔は、キャラメルを固めて作った心棒を中央に立てて、ケーキの塔の部分はスポンジケーキとかマシュマロを詰めて作ります」
「その後に、周囲を生クリームで固めて、飾り付けすれば完成ですが、これは基本レシピのようです」
 紫銀の蒼晶華・アオイ(a07743)がリルミアの言葉を継いで答えた。その手にはケーキ職人が書いたレシピが握られている。
「じゃ、どう作るかはお任せーってことね」
 レビルフィーダの言葉に頷くアオイ。
「ケーキ職人さんは来られないのですか?」
 の・シトロン(a13307)の問いに、首を振るアオイ。
「来るはずでしたが、いろいろあってこられないそうです。材料やケーキを焼く窯は用意してあるので、それを使って欲しいと」
 一同の目の前に並ぶ材料と、臨時で作られた即席の窯らしきものがあった。どうやらこれでケーキを焼くらしい。
「生クリームだけじゃなくて、チョコレートクリームや抹茶クリームも欲しいですね」
 楽風の・ニューラ(a00126)が、山のように用意された材料の中から、チョコレートの塊を手に言った。
「スポンジケーキの間には、カスタードパイとか挟むとよいかもしれません」
「スポンジケーキの生地には、抹茶を混ぜてみたいです。クリームには小豆とか」
 温・ファオ(a05259)が手を挙げて付け加えるように言った。メイがにっこりとする。
「私は、デコレーションするのでしたら、イチゴのショートケーキ風に」
「薄く焼いたプリンとかビス生地とかも入れてみたいかな」
 ロゼの言葉に、リルミアも言った。
「ドライフルーツやナッツを入れたフルーツケーキも捨て難いです」
「おいしそうー」
 目を輝かせるしあわせ羽桜・チェリート(a16606)の隣で、既にシフォンの瞳は星がたくさん浮かんだキラキラ状態である。
「嬢……よだれよだれ」
 真白に閃く空ろ・エスペシャル(a03671)がハンカチを差し出したので、シフォンとチェリートが慌てて口をぬぐう。
「おいおい……そんなにケーキ作る気か?」
 ダグラスの問いに、女性陣は声を揃えて答えた。
「もちろんです!!」
 その勢いにたじろぐダグラス。
「じゃあ、私はスポンジケーキ作りますね」
「私は生クリームとチョコレートクリームを作ります」
「ボクは焼きプリンを作ろう」
 メイの言葉にニューラとロゼが頷き、一斉に動き出す一同。
「じゃあ、私は台座作りをしたいと思います」
 紫輝の術法師・エルフィード(a00337)が腕をまくる。
「じゃ、それぞれ準備にとりかかりましょう!」
 終焉の・テルミエール(a20171)の言葉に、全員がおーっ、と拳を掲げた。
 
「はぁっ!!」
 フラトが振り上げた斧が、薪を次々と割っていく。その隣で、薪を黙々と拾い集めるエスペシャル。うさぎ耳をつけたシフォンがエプロンをなびかせてぱたぱた走り回る姿を見てぽつりと言った。
「……嬢も大きくなって……耳が四つに」
 エスペシャルが窯に薪をくべている頃、ケーキの心棒に使うキャラメルの柱が作られていた。
「流すぞ!」
「うわわ、ダグ待って下さい! 型にバター塗り終わってませんよ!」
「待ってたらキャラメルが固まっちまうぞ!」
 煮えたぎるキャラメルの入った大鍋を型に流し込むダグラス。型に最後のバターを塗り終わると、慌てて逃げ出すヒース。その横からバルモルトが同じように鍋からキャラメルを流し込む。長さ3メートル近い型に、飴色の柱が完成した。
「僕が火傷したらどうするんですか!」
「ちょうどいいじゃねぇか。シフォンのために一緒にキャラメルで固められちまえ。これがホントの人柱ってな」
「シャレになってません!」
 
「どんどん割って下さいね。卵がとても足りません」
 メイが真剣な表情でスポンジケーキの生地をかき混ぜていく。その横で、メイの作業に遅れまいと必死に卵を割りまくる白き一陣の旋風・ロウハート(a04483)。
「スポンジケーキあがったわー!」
 窯から次々と取り出されるケーキを、丁寧に取り上げるレビルフィーダ。
「んー、これだけでも美味しそうね」
 睨むようにして、ケーキの焼き具合を確かめていたメイが、にっこりと微笑んだ。
「よかった。きちんと焼けてます。冷ましたら切って下さいね」
「シュークリームがそろそろ上がる頃です。見てもらえますか?」
「あー、はいはい。ちょっと待ってねー」
 アオイの言葉に、窯へと駆け出してくレビルフィーダの傍らで、眼鏡に生クリームをつけたままのシトロンは生クリームの攪拌に忙しい。
「こっちのケーキは準備できました! 柱の方はいいですか?」
 リルミアがデコレートの終ったフルーツケーキを手に振り返る。

「慎重に! 手荒に扱うと割れます!!」
 エルフィードの厳しい声が飛ぶ。エルフィードが作ったヌガーの台座にキャラメルの心棒がゆっくりと引き上げられる。
「んー、嬢、ちょいゆっくり!」
 エスペシャルとシフォンが、ゆっくりと心棒を立ち上げる。それを支えるダグラスとヒース。やがて、それは台座の真中にあらかじめ穿かれた穴に収まった。エルフィードが、柱の周りをヌガーで固めて倒れないようにしてから、作られたスポンジケーキが次々と運び込まれる。最初はリルミアのフルーツケーキが置かれると、その上に順々に積み重ねられていく色とりどりのケーキ。
 ファオが、抹茶のスポンジケーキに、小豆が入った生クリームを挟んで作ったケーキを手に脚立を見上げた。脚立とケーキを見比べてから、ファオは頷くとなにやら呟いた。不意に現れたフワリンに、ケーキ作りを見ていた街の人たちがどよめいた。ファオは、ゆっくりとフワリンの背中に乗ると、積み上げられたケーキの塔の上に、慎重にケーキを重ねた。
「ファオ、これもいいかな?」
 ロゼが、薄く焼いたプリンを重ねて作ったケーキを手渡すと、ファオが自分のケーキの上に重ねる
 
 ところが、ここで問題が起きた。
「フワリンじゃ塔の先端に届かないのですか?」
 アオイの手に、純碧の癒師・ミルッヒ(a18262)が頷いた。
「うん……フワリンはそんなに高くとべないから……」
「途中からは脚立を使うしかありませんよ」
 ロウハートが、高さ3メートルに楽に届く脚立を立てた。
「ケーキには倒さないで下さいね」
 笑顔で言うメイの目が笑っていなかった。苦笑いしながら、恋人の言葉にこくこくと頷くロウハート。
 
 ケーキの塔が完成してくるにつれて、ギャラリーの数が増えてきた。
「ケーキの塔そのものは大体完成です」
 エルフィードが言った。目の前にそびえるケーキの塔そのものは無事に完成したが、デコレーションはこれからだった。
「僕の出番ですね?」
 コテを手に、ヒースがシトロンの力作である生クリームをケーキに塗り始めた。メイが、生クリームで丁寧に飾りをつけていく。
「わたしも飾りつけしまーす」
 チェリートが取り出したのは鮮やかな色とりどりのこんぺいとう。
「おほしさまですー」
「んー。出来た? じゃ、仕上げー」
 エスペシャルも、大量のこんぺいとうを用意していた。
「嬢といえば、こんぺいとうだし」
「せが……とどかない」
 飾り用のシュークリームを手に、一生懸命背を伸ばすミルッヒ。
「大丈夫ですか、ミルッヒちゃん?」
 そっとミルッヒに手を貸すアオイ。
「無理なさらないで、フワリンを使った方がよろしいですわ」
「……うん、そうするね」

「うん、よく出来てる……かな?」
 抹茶クリームを塗ったケーキに、桜をイメージした薄紅色の花びらをかたどったチョコレートを丁寧に飾り付けるファオ。その出来栄えに一人にっこりした彼女が下を見て、口をぱくぱくさせた。脚立は高さ3メートルほどだが、いきなり下を見てしまったので、自分がいる場所がとても高く見えた。
「こ、怖くない、怖くない……です」
 ファオは、ゆっくりと脚立にしがみつくようにして下りた。両足が地についたのを確認して、大きく胸を撫で下ろす。

「……どうしたの?」
 ミルッヒが、脚立の前で思案しているテルミエールに言った。テルミエールの手には、マジパンで作られた、立派なフワリンの飾りがあった。
「うん。高いところはちょっと……」
「……じゃあ、シフォンおねえちゃん呼んでくるね」
 ミルッヒに連れられてきたシフォンに、フワリンを託すテルミエール。
「えっと……ごめんなさい。お願いします」
「はい、大丈夫です。でも、わたしでいいんですか? これで最後ですよね、ケーキの飾り」
「うん」
 ミルッヒは言った。
「だから、シフォンおねえちゃんにつけて欲しいの」
「落とすなよ、シフォン」
 にかっと笑うダグラスが脚立を押さえた。シフォンはうなずくと、フワリンを手にゆっくりと脚立を上がっていく。やがて、脚立のてっぺんにたどりついたシフォンは、そーっとフワリンの飾りをケーキに置こうとした。と、風が吹き、シフォンの手元が狂ってフワリンが落ちそうになった。
「フワリン落ちちゃう!」
 悲鳴を挙げるチェリート。
「大丈夫、まだ落としてませんよ」
 エルフィードが真剣な表情でケーキを見上げる。シフォンは、大きく深呼吸してから、ゆっくりとフワリンをケーキの上に置いた。
「置きましたぁー」
 シフォンの言葉と共に、ケーキつくりを見ていた街の人たちから、ひときわ大きな拍手が沸き起こり、拍手の中脚立から下りた。
「お疲れ様、シフォン」
 フラトの言葉にえへへ、と笑うシフォン。
「やっと完成したんですね」
 メイが感慨深げにケーキの塔を見上げた。チョコレートクリームと抹茶クリーム、そして生クリームで綺麗に色分けされたケーキの塔は、塔というよりは、残雪を頂く山のようにも見えた。
「メイさん、お疲れ様」
 ロウハートがそっとメイの肩を抱くと、微笑むメイ。その様子を見て嬉しそうなチェリート。
「で、これはいつ食べるのですか?」
 ニューラがケーキを見上げて尋ねた。
「ケーキはお祭りの夜に切り分けるそうです」
 リルミアが答えると、フラトはちょっと考える表情になり、その辺にいた女性陣を捕まえると耳打ちした。
「それはいいですね」
 アオイがにっこりとした。
「じゃあ、キャンドルはお約束よねー」
 レビルフィーダが頷いた。
 
 夜のとばりが下りる頃。
 街の祭りは夜も続いていた。かがり火が焚かれ、そこに浮かび上がるケーキの塔。
「え? え?」
 訳が分からないまま、フラトに目隠しをされて連れてこられたシフォン。
「目隠し、取っていいわよ?」
 フラトの言葉に、目隠しを取ったシフォンの目の前には、あのケーキの塔があった。ただ違うのは、ケーキに火の灯ったキャンドルが飾られていたことだった。
「お誕生日おめでとう、シフォン」
 フラトがにっこりとすると、パチンと指を鳴らした。え?となるシフォンの前で、レビルフィーダが火矢を構える。
「外すなよ」
 バルモルトの言葉に、レビルフィーダが答えた。
「このあたしが外すと思う?」
 放たれた矢は、ケーキのてっぺんに据えられた大きなキャンドルをかすめた。見守る一同の目の前で、キャンドルに明りがともり、わあっという歓声が上がった。ニューラの合図に合わせて、みんなでハッピーバーズデーの歌を歌うと、シフォンは照れ笑いを浮かべた。その瞳に光ったのは嬉し涙か。

「嬢、お誕生日、おめでとう」
 エスペシャルが、いつものように、祝う気があるのかないのか、不明な表情でお祝いの言葉を言った。
「ありがとう、シャル」
「エスペシャルさんも、もう少し喜んだ顔すればいいのに」
 リルミアの言葉に、シフォンが答えた。
「シャル、ちゃんと喜んでます」
「え?」
「シャルは嬉しいと、左の眉が上がるんですよ」
「シフォン、お誕生日おめでとー!」
 シフォンに抱きつくチェリート。
「さあ、皆さん、お茶を入れましたから、みんなでケーキを切り分けましょうね」
 アオイの言葉に、待ってましたという声があがる。ケーキは、ロウハートとエルフィードによって、上から順に切り分けられ、街の人々にも振舞われた。
「美味しいです!!」
 シフォンがこんぺいとうでデコレートされたケーキを美味しそうに頬張る。
「あ、その焼プリンはおいらが作ったからね。味は保証するよ」
 ロゼが自慢げに言い、シフォンも大きく頷いた。
「シフォン、おたんじょーびおめでとー」
 レビルフィーダが、シフォンに紅茶を差し出す。
「はい、ケーキに紅茶をどうぞ。味は保証するわよー」
「ありがとうございます」

「こうやって見ると、とっても高いですね」
 アオイがいい、ミルッヒはこくりと頷いた。
「……みんなでつくったんだよね?」
「そうですよ」
 ミルッヒは首が痛くなるまで、再びケーキを見上げた。
「みんなでつくった……ケーキ。大きい……」

 かくして、街の春祭りは大盛況のうちに終った。
 3メートル近い巨大なケーキの塔は、その晩のうちに全て綺麗に平らげられたそうである。

 後日談。
 祭りで振舞われたケーキが街の人にきわめて好評だったことから、怪我の治ったケーキ職人が、ケーキの塔を小さくして再現したものを売り出したそうで、街では大人気だそうである。


マスター:氷魚中将 紹介ページ
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参加者:18人
作成日:2005/04/26
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