【四人のメダル】閉ざされた館と青年



<オープニング>


 薄明の霊査士・ベベウが名を告げ、彼らを紹介してからも、ふたりは溜息ばかりついていた。テーブルに肘をついて、鏡に映ったみたいに向かい合わせで、盛り上がった頬で片側の視界を狭めていた。
 彼らとは、十台前半の少年と中年の男性である。少年の名はファリノス、両親を今よりもずっと幼いころに亡くした彼には身寄りがなく、ひとりきりで生きてきた。マルセロの腕には、白い火傷の跡が痛々しく残っていた。彼は腕のよい職人であったが、悲惨な事故によって妻子を失い、世捨て人のような暮らしを送っていた。
 そんな彼らを繋いだ理由は、孤独であった少年と男を助けた冒険者の働きと、その他にもうひとつ、ふたりが同じ一族の末裔であることを伝える、小さな黄金のメダルであった。
 一族の長トールは、四枚のメダルを作り、それぞれを四人の子供たちに与えた。子供たちは父の元を離れ、ほうぼうに散った。ファリノスとマルセロのご先祖たちは、胸にトールの言葉を抱いて、新たな地へと向かう旅に出たのである。
 長の言葉とは、ほうぼうに散った子、その孫たちが困難に見舞われたとき、救いの手が差し伸べられるというものであった。
 
「再び四人が集まり、四枚のメダルが重ねられれば、大いなる幸せを得るであろう」
 そう呟いたファリノスの肘を、マルセロがつついた。茶目っ気たっぷりに笑った少年は背を伸ばして、息子くらいの年齢しかない彼を、友人へ向けるような目で見遣ると、マルセロも背もたれに身体を預けた。
「三人目を見つけたんだ。すごく大きな屋敷に住んでて、やった! ってそう思ったんだけど……訪ねていったのに話もできなくて」
 盛大な溜息を吐いて、ファリノスは難しい顔をした。
 付け加えたのはマルセロである。
「グレンって名前でね、私の記憶によれば、彼は我々と先祖を同じくするはずなんです。本人は会ってくれないもので、仕方なく聞いたんですよ、館で働いている使用人たちにね。そしたら、これと同じメダルを見たそうです」
 テーブルにふたつのメダルが置かれた。滑らかに磨き上げられた面に、細やかな細工が施されている。一枚はファリノスが、もう一枚はマルセロの持ち物である。
「そのグレンという青年」ベベウが尋ねた。「どうして、皆さんを門前払いしてしまったのです?」
 誰も彼も、すべての訪問を断っているらしいとマルセロは言った。
 興味深げに首肯いて、ベベウは問うた。
「理由は? 使用人たちにお尋ねになったのでしょう?」
 答えたのはファリノスだった。
「もちろん。グレンって人は、悲しみのあまり誰とも会わなくなったって、館のじいさんが言ってました」
「じいさんというのは」マルセロが言う。「幼いころからグレンを世話してるって人物でしてね、実にたくさんの話をしてくれましたよ。それも……」
 すべてを見はるかすような穏やかな色を湛えた瞳で、ベベウは呟いた。
「彼を……救いたいからですね」
 マルセロは首肯いていた。
 
 老人が語ったグレンの悲恋は、もはや成就など望めぬ、突然に訪れた結末によって永遠に閉ざされてしまった物語であった。
 彼には美しい恋人があった。ヴィヴィアンは手を引き、テラスに立つグレンはいつも幸せそうに微笑んでいた。陽光を浴びて、若いふたりは寄り添うだけで美しかった。
 だが、美しい日々は突然に奪われてしまった。家族とともに隣町へ向かったヴィヴィアンは何も知らずに森の道を進み、けっして帰れないところへ旅立ってしまったのである。
 
 話し終えたマルセロは、手の傷跡を自分でも気づかないうちに庇いながら、グレンの気持ちがよくわかると言った。
 彼はベベウにある品を手渡した。それは、館の老人から預かった、グレンがいつも肌から離さず持っているという、ガーネットのブローチであった。この小さな宝石の飾りは、亡骸となってからもヴィヴィアンの胸で輝いていたものである。
 瞳を閉じて、重ねた手の平にある宝石からの言葉や音、光景や風の流れ、感情と虚無を、ベベウはただ静かに視ていた。
 そして、薄い唇が開かれて紡がれた言葉は……。
「彼女は……魔物によって殺されました。グレンはその魔物と対面することを望んでいるようです、生きていても死んでいても叶わない相手との出会いです。ですが……彼は叶わぬこととあきらめてしまっている。そうすれば、過去と決別できると信じているのに。だから彼は未だに、深い悲しみの淵……自らの半身を横たえたまま、すべての光を拒絶してしまっているのです」

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参加者
風色の灰猫・シェイキクス(a00223)
明告の風・ヒース(a00692)
ニュー・ダグラス(a02103)
ねこまっしぐら・ユギ(a04644)
紅・フラト(a07471)
闇夜の夢見師・ルシア(a10548)
闇夜を護る月の刃・カルト(a11886)
ロリショタパワァ・ビス(a12472)
芒舞・レイリス(a13191)
熊殺し・ミーナ(a13698)
白の預言者・ティナ(a13994)
紫空の凪・ヴィアド(a14768)


<リプレイ>

 惨劇があったなどと、にわかには信じがたい土地だった。
 白い砂と石が敷かれた、さらさらと輝く径。清新な緑に辺りは覆われ、それが途切れた先に、青く煌めく水面と湖畔に建てられた赤い屋根の美しい建物が見えた。
 落ち着いた色彩の瞳で、熊殺し・ミーナ(a13698)は森を見つめていた。魔物が潜む、暗い緑を。
 彼は口元をわずかに綻ばせていた。ニュー・ダグラス(a02103)は、再開したファリノスとマルセロの顔を思いかべていたのだ。
「おっと、ちょっと待ってくれ」
 そう言ったのは、風色の灰猫・シェイキクス(a00223)。明るい赤の瞳でまじまじと見つめた。木立に残されていた傷は、目当てのものとは違った。
 黄色い小さな花をちりばめた薮が揺れた。黒い髪がのぞき、蒼き月光の守人・カルト(a11886)は姿を現わすなり仲間たちに訊いた。
「こちらには何も、どうでしたか?」
 首を振ったダグラスは、腰に下げていた革の袋へ手を伸ばしながら、続きを口にした。「こいつの出番だな」
 白い歯を見せて笑った彼が、きらきらと光る結晶を掌に乗せ、細く長く息を吐きながら心の力を高めていくと、小さな粒に過ぎなかった塩が、次第にその輪郭を美しい結晶へと変化させ、緑の中へと消えた。
 
 高い天蓋から降り注ぐ白い輝きと、緑をさらうように吹き抜ける風に、紅・フラト(a07471)は闇を思わせる漆黒の髪を、きらめかせ、なびかせていた。
「ファリノスとマルセロさん、変わったよね。なんかすごく活き活きしてる感じ」
「ほんと、特にファリノスなんて、頼もしいって感じよね」
 誘ヒ紫蜘・ユギ(a04644)はそう言って、背中にぶらさがっているジェイへと手を伸ばした。首の後ろを掴んで胸に黒猫を抱くと、片手で遠眼鏡を支えて、辺りを見渡してみた。
 闇夜の夢見師・ルシア(a10548)は魔物を探しながらもこっそりと、グレンの愛について考えた。理解はできなかったが、傷ついた彼を見守ってあげたいと感じていた。
「わあっ」
 驚きの声を発したのは、黄色の純真・ビス(a12472)だ。ユギたちが少年の元へ駆け寄ると、彼は木陰を指差した。
 もはや、それがどの種であったのか、判別ことすら覚束ない、ただの毛と肉と骨の断片と成り果てた、あまりに凄惨な光景がそこにはあった。 
 
「……人の死は」蒼銀の葬華・レイリス(a13191)は言う。「複雑に周りの人を動かすものですよ……何となく、判る気はするですよ〜」
 彼女は他の三人の仲間とともに、街道からわずかに逸れた森の道を歩いていた。
 紫空の凪・ヴィアド(a14768)は足元で繰り広げられた虫たち転居から、瞳の向く先を風に揺れ動き、自分の頭上を覆っていた枝々へと移した。
「亡骸でも対峙したい言うんやったらその通りにするけど、にしても誰にも会わんようになるほどの悲しみよう、か。そこまで人を好きになるってどんな感じなんやろね」
「そうですね。僕には経験ないかな〜」
 明告の風・ヒース(a00692)は開いた胸元の、冷たい森の空気に晒した肌へ手を伸ばしながら、ある女性のことを想った。陽だまりの暖かさを、いつも自分にくれる笑顔の彼女のことを。
 
 
 細かな細工が施された銀の笛から、危急を告げる音が鳴り響いた。
 唇に含んでいた銀を外し、ヒースは弓を構えた。短く切りそろえられた青い髪と、白いうなじが見えていた。振り返った瞳は漆黒の硝子玉、赤い唇は艶やかで、接吻を交わしたくなるほどで、ほっそりとした美しい体つきとはそぐわぬ、禍々しい黒の刃を『彼女』は手にしていた。
 ヒースは影を縫い損ねた。黒い魔炎が、波打つ刃に沿い、燃え盛っていた。交わそうとした瞬間に、彼はようやく彼女の唇に気づいた。それは、愉悦に歪んでいるように見えた。
 倒れた仲間の姿――ヴィアドは瞬時に察した。見た目は普通の女……やけど、油断はできん、と。咎枷の刀身を一瞥し、ヴィアドはヒースの傷口から感じた憎悪を凍りつかせた。そして、空を焦がす刃を羽のような軽やかさで避けた。
 ヴィアドは咎枷を振り抜いた。狙い澄ました首筋への一撃だった。だが、魔物は巨大な刃を壁のようにそびえさせ、彼の斬撃を弾いてしまった。
 枯れ葉を舞いあげながら、レイリスは薄暗闇を駆け抜けた。魔物の横顔は酷く美しかったが、指先に生じさせた決意を変える力はない。
「連なる刃よ標的を切り裂け……」
 レイリスの放った刃は、華奢な魔物の肩や背に突き刺さった。地は流れ出ず、彼女は瞬きもしなかった。
「……ヒースさん」
 ハートのステッキを手に駆け寄った、白の預言者・ティナ(a13994)は、弱々しく微笑みかける青年を、優しい光の輪で包み込んだ。
 辛うじて意識を保っていたヒースは、衣服をべったりと肌に貼付かせた自らの血液に辟易としていたが、視界の端に煌めきを感じて顔をあげた。
 水晶の塊が這っていた。
 
「皆さん大丈夫ですか?」
 真っ先に駆けつけたカルトの問いに、ヴィアドが仲間たちを代表して答えた。
「なんとかな……」
 自らに紅蓮の斬撃を浴びせ、後退しようとする美しい魔物へ、ヴィアドは光の糸を引く太刀筋を披露した。胸を切り裂き、肩を掠め、再び胸に至る連撃を繰り出し、彼が通りすぎた跡には、幻影ながらも鮮やかな、深紅の薔薇の花が舞い散っていた。
 カルトはミーナと視線を交わすと、整えた指先に練り上げた気の刃を構え、魔物を中心とする円を描くように、木漏れ日の斑の中を駆け巡った。投擲された白刃は、少年の姿を黒い瞳で追っていた魔物の、腹部と肩、さらには、背を穿った。
 衝撃を浴びて傾いた美女の身体を、視界を遮る白い幹の向こうに認めたシェイキクスは、シャウラ・タラゼドを構えた。彼がそっと指で挟んだ矢羽根は、白い光を発して震えていた。弦が弾かれる心地よい音が響き、放たれた矢は木立の合間を縫うように進み、光の曲線を宙に残した。
 ダグラスは頬を掠める枝や葉にはお構いなしに、森を戦場へと縦断していた。魔物を隔てた向こう側に、仕立てのよい服をべったりと血糊で染め上げたヒースの姿を見つけ、相手が自分を見ているとは限らなかったが、彼は首肯いた。
 魔物の後方に光り輝く紋章が浮かび、そこから放たれた銀の光をまとった獣を瞳に映し、ヒースは確信した。相棒がここにやって来たことを。
 木の葉が舞い散り、緑が拡散した中から、黒髪の女性が飛びだした。ミーナは固く閉じた拳を振り回し、邪魔な枝葉を散らしながら、魔物の肌を打ち据えていった。
 息を切らしてミーナは地に降り立った。魔物は彼女を空虚な闇の双眸で見つめていたが、ヒュウと口から息を吐いて、巨大な刃を振り上げた。刀身を包み込む暗闇の静謐な空気が震え、振り落とされた刃はミーナの背を捉え、凄まじい爆風によって彼女の身体を地に叩きつけた。
 暗闇に蒼白い一条の光が煌めいて、それは、禍々しい凶刃を振り下ろしたばかりの魔物へと到達した。飛び散った閃光を顔に浴びながら、フラトは魔物の足元に倒れたままの仲間を見る。ミーナは長い手足を放りだしていた。
 これ以上、彼女が傷つけられては危険――息を飲んでユギは指を広げた両手を魔物に向けて差し出した。陽光を浴びて煌めく糸は、指先から放射状に拡散して、美しい『彼女』の肌に覆いかぶさった。
「ルシア早く!」
「はい!」
 ユギの言葉に応じて、少女は魔物との距離を埋めた。少しでも近く、地に伏したままのミーナへ癒しの光を届けたかった。――ミーナお姉さま、どうか無事で。魔楽器が奏でた願いの調べは、仄かな輝きとなって敬愛する女性の元へと至った。しかし、ミーナの様子に変わりはない。クレアの瞳に悲しみが浮かんだ。
 背丈の割には細長い腕をいっぱいに伸ばして、ビスはロングボウを引き絞っていた。少年が選んだ矢は闇色に透き通ったもの。不穏な空気が漂う戦場を貫いた一矢は、刹那の後、魔物の右肩を貫いていた。
 『彼女』は首を左右に振っていた。自らを取り囲む敵の位置を検めていたのだろう。
 魔物は堆積した土を巻き上げながら、ミーナが倒れる地点から駆けだした。
「逃がさへん!」
 ヴィアドは魔物を優る疾風のごとき跳躍で空間を詰め、後方に飛び跳ねた相手が地面に降り立つ瞬間を目がけ、玲瓏は輝きを誇る刀剣を振り抜いた。紅蓮の薔薇が舞い踊る空間で、魔物もまた踊っていた。斬撃の調べに合わせた死の舞踏である。
 木々の幹を舐めるように進んだ白い光は、ヒースの手元から魔物の肌へと続いていた。右の腿に矢を突き立てたままの魔物へ、「舞い散る刃の前に身を横たえなさい……」冷たくそう呼びかけたレイリスは、飛燕の群れを彼女へと見舞った。
 口から笛の音のような息が漏れた。ヴィアドは身構えたが、魔物の太刀はビリビリと大気を震わすほどの闘気を湛えて打ち降ろされる。先の斬撃とは比べ物にならない苛烈さに彼は倒れてしまう。
 ティナは自分を護って倒れた仲間の姿を、灰の瞳で呆然と見つめていた。だが、煌めくハートの宝石を手にした自分の力と、果たすべき役割が、少女の心を強く支えたのだ。白いワンピースと鎖帷子越しに、ティナの胴から癒しの波動が溢れ、その裾野を辺りへと広げていった。
 魔物は幽かな光を浴び、丸みを帯びた女性らしい唇を綻ばせているように見えた。
 けれど、『彼女』は闇から突然に現れた銀の刃に驚く間もなく、刻みの銀と呼ばれる太刀の一撃によって上体を大きく傾かせていた。後ずさりする魔物の瞳には、怒りを瞳に湛えて立つ、カルトの姿が映っていた。
 無音の斬撃に続いて、魔物を襲ったのは、シェイキクスの耳元でバチバチと閃光を迸らせる、稲妻のごとき嚆矢であった。シャウラ・タラゼドに閃光を残して放たれた矢は、闇夜を縦断する雷光を描き、武具をかかげて抗おうとした魔物の胸部に深々と突き刺さった。
 幾つもの面を持つ体に、青い稲妻を反射させて、水晶はダグラスの命に従った。地を這い、身体を沈めたかと思うと、従属する宝玉は魔物に飛びかかった。
 煌めく身体の昆虫を振り払った魔物は、巨大な刀剣を振り抜いていた。その懐へ、深々と踏み込み、フラトは焔天画戟を揮った。
 動きに精彩を欠いた『彼女』へ、誘ヒ指の冷たく輝く線が伸びる。ユギは指先から枝垂れた金属の糸は、魔物の細い腕を搦め捕り、黒い傷口を生み出していた。
 ビスの放った矢は、薄暗い森に長く仄かな光の道を拓き、ルシアはミーナの元へ駆けよって、魔物から離れた地点へと退かせた。
 冒険者たちに囲まれた魔物は、俯いたままの姿勢で立ち尽くしていた。
 カルトは話しかけるルシアの表情で、ミーナの状態を知ると、魔物との距離をゆるやかに縮めた。土を踏みしめ、彼が顔をのぞき込もうとすると、漆黒の瞳はすでに閉じられていて、魔物の手から刃が零れ落ちたと同時に、『彼女』は身を預けるようにカルトへともたれかかってきた。
 
 ダグラスは無言で、用意してきた大きな布地を広げた。それで、魔物の身体を包み込み、グレンの元へ送り届けるのだ。
「あぁ、そうだ」
 そう言ってユギは、『彼女』の頬についた泥を拭いはじめた。彼に会う前に、奇麗にしておいてやりたかった。
「失礼致しますよ〜て……」
 ダグラスと布地の端を引っぱりあって、レイリスは魔物の姿を白い布地の奥に閉じた。
 魔物の横顔を食い入るように見つめていたビスだったが、その青い髪が見えなくなると小さな声で呟いた。
「好きな人を殺されちゃったんだよね……。魔物さんを見ることで幸せに……なれるのかな……?」
 
 
 館に到着したティナとヒースは、裏口にまわった。そこで、かねて打ち合わせていた通り、あのご老人へ亡骸の到着を告げた。深々と頭をさげた彼は、待ちきれないと言った様子でそわそわと、扉の向こうへ姿を消した。 
 開かれた玄関から、冒険者たちが広いホールへ通されると、腰に銀の短剣を帯びた青年が階上から降りてきた。
「わたしに見せたいものがあるとか」
 冷ややかな眼差しを向けていた青年へ、ティナは駆けよってブローチを手渡した。それが戻ることを期待していたのだろう、彼の顔に如実な安堵の色が浮かんでいった。
 ダグラスは部屋の中央に横たえてあった『彼女』を覆う布を取り去った。
「望みの品だ」
 シェイキクスの声が響く中で、グレンはその瞳を凍りつかせていた。冒険者らしき人々、手元に戻ったブローチ、そして、人とは思えぬ姿の亡骸――。
 恋人を殺した敵の見た目がこんなや……複雑やろうな。ヴィアドは誰にも聞こえぬように口にしたつもりだったが、すぐ側にティナがいて、命はいつか死ぬの、と囁くのが聞こえた。
「死した者を何時までも想うのは自由……だけど……」
 言いかけたレイリスへ、グレン静かに首肯いた。
 青年の指先が銀の短剣に触れ、ミーナとユギが一斉に詰め寄った。驚いた顔が左右に振られる。
「グレンさん……これでいいの? もう死んでるのよ?」
 そう言ってフラトは、グレンに翻意を促した。
 青年は刃を彼女に手渡し、亡骸を傷つける意志がないことを伝えた。
 そして、従者の老人や冒険者たちの顔を見渡し……。
「みなさんどうもありがとう」
 乾いた靴音が響いて、グレンは魔物の足元に歩み寄った
 そこで彼はひざまずいて、『彼女』に覆いかぶさる。
 彼は魔物の頬に接吻をした。
 ――すべてに赦しを与えるためだった。
 
 グレンが用意した茶会の席には、冒険者たちだけではなく、マルセロとファリノスも招待されていた。
 席から立ちあがったヒースは、窓辺に赴いて戸を開いた。芽吹きの季節の香りが、風にのって届くようにとの祈りをこめて。
「ああっごめんなさい」
 緑の風は強すぎて、テーブルから物を飛ばしてしまった。青年は「開けたままでいい、風の心地よさを忘れていました」と言った。
「ヴィヴィアンさんのこと、ちゃんと思い出に出来るといいね」
 ビスが微笑みかけると、グレンは大人びた少年の言葉に驚いていた。しかし、彼がドリアッドなのだと気づき納得したようだ。
「心の隅に置いといてくれれば、ボクがもしヴィヴィアンさんなら、それだけで充分です」
 ルシアの言葉に、グレンは今ならそう思えますよ、と言った。そして、こうも述べた。
「ところで、あなた可愛いね」
 わわ、と慌てふためいたのはルシアだけではなかった。どういうわけか、カルトも焦っている。ミーナはそんなふたりの姿を面白そうに見ていた。
「君も可愛いね」
 そう言ってカルトに留めを差したグレンへ、シェイキクスはメダルにまつわる物語を語り聞かせた。
 青年は真摯な眼差しで言葉に耳を傾けていた。それから、上着のポケットからメダルを取りだして、ファリノスとマルセロに言った。
「たしか、遠い北の町に親類がいたはず……ただ、曽祖父の代で断絶してしまってね。今は彼らがどうしているのか……」


マスター:水原曜 紹介ページ
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作成日:2005/04/26
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