≪彼方の水辺≫訓練試合「桜」



<オープニング>


 もろもろのもろっこ屋を背景に、エンジェルの医術士・ヴィルジニーが立つ。
 彼女はこの場所に颯爽と現れ、見知った顔へ微笑みかけると、高らかにこう宣言した。
「では、はじめようか。『彼方の水辺』の模擬戦だ」
 そう言うと少女は胸の前で指を絡め――どういうわけか、指先には包帯が巻いてあった――戦場の説明を始めた。
「ひとつめは、流れる川を挟んだ地点での戦いだ。水かさは膝までだけど、大きな岩が転がっていて、足場としては悪い。川幅は10メートルくらいだ。戦う人たちは、両岸に別れてもらう」
「ふたつめは、湖に浮かんだ材木の上で戦ってもらう。ふわふわと覚束ないし、丸太が動いてばらけてしまったら、きっと大変になるぞ。ふたりは背を合わせて立って、十歩いてから振り返って攻撃すること」
「みっつめは、ここだ。地面は平らで広々としているけど、もろもろのもろっこ屋を潰さないように気をつけて。30メートル以上離れた位置から開始するぞ」
「よっつめは、森の中で戦ってもらう。深い緑が生い茂っているから、戦う相手を見つけだすことから始めないといけない。200メートル以上は離れてもらう」
 一息ついて、ヴィルジニーは興奮と好奇が入り交じったような笑みを浮べると、先ほどから皆の注目を集めていた背後の包みについて言及した。
「ここには、わたしからの『賞』が入ってるから。ちゃんと人数分だけあるけど、勝ったからって貰えるわけじゃない。がんばった人に、あげるものだから。いい?」
 袋の口からはみだした明らかにおかしい物体に気づくと、少女はそれを中へ詰め込むべく、孤独な戦いを開始した。
 皆に物体の正体を知られなくなかったのか、白い羽の生えた背で、袋を隠すようにしていたから、それ以上物体について知ることはできなかった。

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参加者
天魁星・シェン(a00974)
朽ちぬ銀鎖の獣・ワルツ(a07074)
饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)
白骨夢譚・クララ(a08850)
流水の道標・グラースプ(a13405)
打砕く焔・エルド(a13954)
白の預言者・ティナ(a13994)
黎・グリーシャ(a20921)
NPC:天水の清かなる伴侶・ヴィルジニー(a90186)



<リプレイ>

「……この時を、長らく…お待ちしておりました。……宜しく、お願い致しますね」
 頬を暖める陽射しのひと撫でを嫌い、眉をひそめて白骨夢譚・クララ(a08850)は言った。
 流水の道標・グラースプ(a13405)は、日傘の陰で気恥ずかしげな表情を浮べる友人へ微笑みかけた。クララ君と手合せ……まさか、こんな機会が訪れるとはね。そう想いながら。
 もろもろのもろっこ屋を背景に、友人たちは立っていた。
「それじゃあ、クララ君」
「……はい」
「はじめようか?」
「……ええ、望むところです……」
 白い日傘に続いて、分厚いコートが投げ捨てられた。
 グラースプはクララの白い頬を眩しいと思いながら、彼の元へと駆け寄った。絹を思わせる黒髪が、真向かいからの風になびいて、頬に触れる。相手が放つのは魔炎か、それとも聖なる槍か――いずれにしろ、彼の肌に手が届く位置にまで間合いを詰めなければ、勝ち目はない。
 身体の線に沿う黒い皮の衣服を、ギチギチと歪ませて、クララは疾駆する友人の姿を陶然と見つめた。金木犀がちりばめられた髪がふんわりと風を含み、彼は後方へ跳躍していた。そして、すべての肌を覆い尽くした魔炎の内にあり、愉悦の笑みを綻ばせた。
 クララはグラースプの指先が、見覚えのある銀製のパンジャであると気付いた。ならば、その攻撃は心から紡がれるものに違いない。けれど、放たれた攻撃は、幽玄の光を散らす、華麗なる連撃であった。
 長くしなやかな身体を歪ませ、クララは瞳を足元に向けていたが、まるで礼を終えた貴族のように、すっと背を伸ばす。イレ・ディリゲントの黒い指先に、赤黒い焔の蛇を絡ませ、笑顔で彼はグラースプに言った。
「とても楽しい……やりがいのある、闘いですね…………ほんとにほんとに、楽しみにしていたのですよ」
 視界が赤くなり、グラースプは両手をかざしたが間に合わなかった。のたうつ蛇が、肩を焦がしていた。
 
 菱形や他の四角形、あるいは、角を持たない植物の葉のような形が、白い陽射しを受けて煌めく水面を埋め尽くしていた。揺らめく鏡に自身を映し出していた天魁星・シェン(a00974)は、影を散らすように足をすすめて、水面を波立たせた。
 闘技場となる川瀬を確かめると、シェンは手ごろな岩を見つけて、その上に音もなく降り立った。鍛え抜かれた身体からもたされる、水音や風の肌触りを感じながら、彼は套路を行った。
 腰に手をあて、打砕く焔・エルド(a13954)は氷を思わせる、澄んだ水色の瞳で、向こう岸で披露される武術の粋を見物していた。
「シェンくん……さっそくやってるようじゃのう」
 濡れたような黒の髪をかきあげ、エルドは足元で切先を揺らめかせていた颶風を見遣った。紅玉がちりばめられた白銀の刀が、抜き身となっていた。彼は緩やかに傾斜する刀身を鞘に納めた。シリリ、と音が鳴った。
 エルドは川に入って来るかねぇ……奴さんも人を喰った男だ。手の甲を天へ向け、その内に滴り落ちるような朱雀珠を抱き、戦いの構えをとったシェンは呼びかけた。
「まあこっちがやるこたぁ変わらねぇ……行くぜ?」
 首肯いたエルドの口元に浮かんだ幽かな笑み――同様のものが自分の唇を歪ませているとは知らずに、シェンは水面から突きだした岩の間を跳躍した。
 力の込められた指先からのぞく、煌めく宝珠に眉をひそめながらも、エルドは水辺に足を踏み入れた。そして、転々と跳び、瞬く間に近接していたシェンの動きを、盾の縁ですくいあげた水の障壁で阻害しようと試みた。
 白い波濤から、宝珠の輝きと交差された腕が突きだされる。放たれた衝撃波に、エルドは左肩を吹き飛ばされた。
 なおもこちらの身体を搦め捕ろうとする武道家へ、その水の滴る肌へ、彼は始まりであり、同時に、終わりでもある一撃を放った。両腕を広げていたシェンの鳩尾に右腕の肘を押し当て、驚いた彼の眼差しが下方を向いた瞬間――右足を深く踏み入れて、エルドは蒼い闘気を瞬かせた。
 水面から一際高い水飛沫が空に登った。
 
 凍りついたような美しさで、その湖は深緑の只中に、玲瓏なる鏡面を浮かびあがらせていた。枝を払われた黒い樹皮の材木が、水辺には繋ぎ止められていて、そのひとつに陸から飛び移った銀鎖・ワルツ(a07074)は、細い眉をしかめて、冷たい青の眼差しで空を射貫いていた。
 仲間に続いて、浮遊する足場へと渡った饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)は、ワルツは不機嫌なのかしらとその視線が意味するところを探っていた。だが、途端に飛び出してきた疑問によって、杞憂が消え去るという、おかしさを覚えたのだった。
「っつーかヴィルジニーちゃんの後ろのアレ何だ!? 気になんだけどっ!?」
 身振り手振りで、白い袋の中身を推定するワルツへ、アレクサンドラは首肯いていたが、相手の想像が底をついたところで、何気なさを装いながら、ひとつの問いを湖から照り返す輝きへと放った。
「ワルツ殿にとって戦いとは、何かね?」自らの信念を呟く。「私にとって力をふるうことは新たなる結果を求めるための行為だ。常に良き結果に終わるとは限らぬが、戦うことによって良き結果を招くことができる可能性を信じてもいる」
 背を会わせて立つアレクサンドラから、さて? と目配せで促されたワルツは、迷いもせず、ただ美しい形をした唇を裂いて、赤い舌を悪戯にのぞかせながら、こう言った。
「救える命があるのなら、俺はどこだって走りまわる。それだけだぜ」
「見事な覚悟、胸を借りるつもりで挑ませてもらう。よろしくなのだ!」
「それじゃ、全力で行くっスよ!」
 ワルツのこの言葉が、水上で行われる戦いの火蓋を切って落した。
 一から十までの数を数える声を重ね、ふたりは水に浮かぶ木々の腹や背を踏み、互いの距離を開いていった。
 鈍色の銀鎖が絡みつく、虚ろな蝙蝠の羽――ワルツが手にした杖にはそんな装飾が施されていた。骨だけとなった翼の向こうから、彼はアレクサンドラの動きを睨みつけるような視線で追った。
 丸太と丸太がぶつかり合えば、不思議と心地よい音が響くのだ。自身が駆け抜ける度に生じる音を感じながら、アレクサンドラは希望の標と名付けられた杖を、自身と敵との合間に湛えられた空間へ突き立てた。青い風が立ち昇り、渦巻いた緑の葉はワルツの身体を後方へと吹き飛ばした。 
 背から樹皮の足場へと落ち、相手の意図に気付いたワルツは、「水へ落そうってか、やってくれるなー」と吐き捨て、狂王の骸翼を睨みつけた。
 アレクサンドラの瞳には、ワルツの手にする骸骨の翼が、神々しい輝きを放ちながら、羽ばたいたように見えた。
 
 涼しい木陰に、赤いキノコを見つけたものの、白の預言者・ティナ(a13994)はぼんやりと小さな屋根を見つめただけで、落ち着いた光を湛える灰の瞳を、騒めく緑の森へと戻した。
 パキンと潅木の枝を折って、少女は目印を作った。森をぐるぐると巡り、忍がひそんでいそうな陰を見つけては警戒をしながら、ティナは生まれ故郷の密林とは少し違う、清冽な空気に満ちた森の形を確かめた。
 再び見つけたキノコは黄色だった。何の関係もないことだが、ティナは対戦相手の黎・グリーシャ(a20921)と初めて出会ったときのことを思いだしていた。最初、優しそうなグリーシャのことを、ティナは女の人だと勘違いした。そのことは、今でも秘密にしてある。
 テクテクと歩く少女の姿を、グリーシャは木立の上から見つめていた。キノコを見たり、恥ずかしそうにしたり、悲しそうにしたり、決意したり、とティナは忙しい。そんな彼女を見ているのは、少し楽しかった。黒い狐の尾が、緑の裾野を広げた枝からのぞいてしまわないように気をつけながら、グリーシャは相手の力を見定めていたが、そろそろ戦いの始まりを告げる頃だろうと腰をあげた。
 ばさばさと木の葉が舞い、空から曲線を描いて飛来したチャクラムの攻撃を受けたティナは、ハートのステッキを握る手に力を込めた。笑顔の再会となるはずもなく、宙に描き出された黄金の紋章から跳びだした銀の光をひく気高い獣は、凄まじい勢いで忍の身体を組み伏せてしまった。
 少女は折り曲げた木の枝の、白い断片を瞳で追いながら、木立の合間を駆け抜けた。こちらの攻撃が届くぎりぎりの位置にまで移動した……つもりだったのだ。だが、振り返った先に、淡く輝く銀狼の背があった場所に、グリーシャの姿はなかった。
「こちらじゃ……」
 声と視界の端に捉えた白刃の輝きにティナは瞳を丸くした。木陰からまるで溶けだすように姿を現したグリーシャは、チャクラムを掴んだ右手を振り抜き、宙に白い軌跡を描きだした。
 攻撃を浴びて転げそうになったティナだったが、白い尾っぽにしがみついて離れないもろっこの応援を受けて、もっとがんばることにした。黄金の輝く面を打ち砕いて出現した銀狼は、音もなく空を駆け抜けて、グリーシャの元へ到り、忍に強い衝撃を与えると、粉のように散る光の塵となって仄暗い辺りに掻き消えた。
 ふう、と息を吐いて、グリーシャはティナに言った。
「お見事、降参じゃ」
 
 渦巻く緑の風が、ワルツの身体をさらった。ばらけた丸太の合間に落ちそうになりながらも、彼は傾いた身体を支え、狂王の骸翼を前方へ差し向ける。だが、収束させた心の力で打ち据えるには、アレクサンドラとの距離は開きすぎていた。背を合わせて十を数えながら歩き、二度の攻撃のよって身体が吹き飛ばされていたためだ。回転しながら左右へと開く不自由な足場を、ワルツは駆け抜けるしかなかった。
 森の秘術を囁き、アレクサンドラは清冽にして辛辣、螺旋に渦巻きながらも直截に相手へと迫る風を巻き起こした。しかし、こちらへと向かって駆けてくるワルツは、丸太の地面を転げ回るようにして風を避けてしまう。
 それは、ワルツにとっても一か八かの賭けだった。両手で握る杖からは、苛烈なまでの波動が迸っているのだと感じられていた。今にも崩れ落ちそうな足元を思いっきり蹴り飛ばして、彼は跳躍した。
「死なばもろともだっ」
 振り上げられた狂王の骸翼が、したたかに空虚な宙を打ち据えた。羽ばたいた骸骨の蝙蝠から発せられた目に見えぬ球体は、アレクサンドラの胴に激しい衝撃をもたらした。
 アレクサンドラとワルツは、どちらとも消耗していた。わずかな衝撃であっても、まともに浴びてしまっては、戦いの続行が不可能となる、極限の淵に両者とも立っていたのである。
 先に攻撃を繰り出せたのはアレクサンドラだった。勝負の帰趨を決したのは、古くから戦いの命運と呼び習わされ、人々が織り成してきた、偶然と必然との錯綜が意味するところ……ただそれのみであった。
「お疲れさまだ。愉しかったぞ!」
 湖に落ちて前髪を額や頬に貼り付けたワルツへ、アレクサンドラはこう声をかけながら手を差し出した。
 丸太にしがみついていたワルツは、仲間の手の平を掴んで、薮睨みにその顔を見つめ……にやっと笑った。
「ワ、ワルツ殿!? ちょっと、うわぁっ」
 頭から湖に落ちたアレクサンドラの、水面から突きでてばたつく二本の足を、心地よい疲労と感じながらワルツは眺めることにした。
 
 派手な水飛沫をあげて転倒したはずのシェンは立ち上がっていた。
 大量の水を全身から滴らせながら、口元から一条の息を細く長く吐く。エルドの一撃を辛うじて受けきった彼は、体内に渦巻く気の流れを整え、自らの力を取り戻していた。
 唖然とするエルドへ、シェンは悪びれもせずに言った。
「武術は殺すためのもんだが翻せば己が生きる為の技……セコイとかいわねぇよな?」
「いいやっ、それはセコイじゃろ!」
 指殺あたりを想定していたエルドは、シェンの選択に裏切られたと感じた。けれど、セコイと言っているばかりでは埒があかない。踏み込み足から水飛沫を撒き散らすと、巻き上がった波濤を横切る赤い刃の軌跡を宙に描いた。シェンは斬撃を浴びたが、すぐに先程と同じように細く長い息を吐きだした。
 切札を失ったとはいえ、エルドの斬撃は鋭い。しかし、わずかにではあったが、シェンの体内に巡る気の量が、攻撃からもたらされる喪失を埋め尽くして余剰を生みだした。エルドが剣を揮い、確かな手応えを指先に感じたとしても、相手は決して倒れなかったのである。
「いつまでやるつもりじゃ!」
 延々と繰り返される光景に、さすがの当事者であるエルドも辟易した。けれど、シェンはじっくりと機の成熟を待っていたのだ……。
 朱雀珠から放たれた衝撃を立て続けに浴びたエルドは、腕を広げて身体をまるで十字のように伸ばすと、そのままの恰好で河面に倒れ込んだ。
 巻き上がった飛沫の中、最後まで立っていたのはシェンだった。
 
 視界を埋め尽くす朧な薔薇の花びらと、その向こうで揺らめくグラースプの白い面……クララは身体にもたらされた痛みを感じながらも、目の当たりにする光景を儚く美しいものとして捉えていた。
 グラースプは自身の攻撃が望んだほどの連なりを見せないことに焦っていたが、それだけではなかった。友人の身体に秘められた技量の高さへ、敬意を感じてもいたのだ。
 ふふ……と笑い声を漏らして、クララはふらふらと歩みを進めた。
「やっぱり、貴方は素敵だ……」
 耳元で囁かれた言葉――グラースプが胸に合わせられたイレ・ディリゲントの指先を感じた瞬間、死に陶酔する彼らしい眼差しで友人を見つめたクララは、肌に触れる魔炎を放っていた。
 全身を巡る血が溶けた鉛のようだ……そうグラースプは感じていた。だが、不思議なことに、まだ彼は倒れていない。全身が熱い痛みに覆われていたが、薄氷を踏むような勝利ではあったが、彼は賭けに勝っていた。
 夢幻の薔薇が飛び交い、ばったりと倒れたクララの瞳には、ぼんやりとどこか夢見がちな光が浮かんでいた。
 
 
 エンジェルの医術士・ヴィルジニーは皆の帰りを待っていた。
 ティナとグリーシャが連れ立ってやって来た。ふたりは、森で見つけたというキノコを手にしていた。
 そして、髪を濡らしたエルドとシェンが帰ってきた。どちらとも、絞った上着を裸の肩にかけていた。
 さらに、びしょ濡れだったのはワルツとアレクサンドラだ。ふたりともぐっしょりと濡れぼそってしまっている。
 ヴィルジニーの瞳が見開かれたままだ。最後に帰ってきたグラースプとクララは、肩を寄せ合い笑顔を浮べていた――血まみれで。
 
 ヴィルジニーが用意した細やかな品の正体は、手渡されてからのお楽しみ。
 かくして、『彼方の水辺』で行われた訓練試合『桜』は、深められた友情を残り香に、その幕を降ろした。
 桜の次は? それはまだ誰も知らない。


マスター:水原曜 紹介ページ
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