失われた奥様の指輪



<オープニング>


「いえね、私ね、私としたことが、その時うっかり粗相をしてしまいましたのよ」
「はぁ……」
「ちょっと振り向いた拍子にね、ルビーをね、ルビーの指輪をね、下水に落としてしまいましたのよ」
「へぇ……」
「もちろん普段はそんなこと絶対にいたしませんのよ? ですけれどその時ばかりは、とても美味しいお茶を頂いたばかりで、とても心が弾んでおりましたから……」
「ほぉ……」
「うっかりと言えばその奥様もたいへん可笑しいことをなさいましたのよ、この前。ご一緒にお茶をしていたときに……」
「はぁはぁ……」

「え〜、と? お隣の奥さんが着ていた服は誰が作った物か調べてくれと……?」
「あ〜……違う違う! 『指輪を落としたからみつけてくれ』だ! しっかりしろ!」
 依頼者であるところの某家の奥様の話を聞き終えた冒険者達は、1人の例外もなくグッタリとしていた。
 記憶では、奥様が酒場の扉を開いたのは彼らが遅めの昼食を取っている頃。日は中天にあったはずである。
 それが、すでに連なる山々の彼方に姿を消し去ってしまい、酒場の中はただ、店主がつけて回ったランプの明かりだけが店内の闇を拓いている。
 はたして、いつあの奥様が長話を終え、「では、よろしくお願いしますわね」と言って店を後にしたのはいつのことだったか。疲れ果てた冒険者達は、それすら定かではない。
「では、そういうことじゃ。気をつけるがいいぞい」
 いい気なもので、奥様を紹介した張本人である霊査士、『真銀の薔薇』イングリッド・ブリーイ(a90060)は他人事のように、向こうの席で本を読んでいた。しっかり耳栓までしていたようである。
「なげぇよ、話が」
「……でも、そんな捜し物ならそれこそ、使用人にやらせれば良いんじゃあ?」
「話を聞いておらんかったのか? 耳と頭と、どっちが悪いのかは知らんが、どちらにせよその稼業では長生きできそうにないのぅ」
「脱線が多すぎて、聞く気力も消え失せたんだよ! 知ってるなら直接言ってくれ!!」
 ついに、冒険者は頭を掻きむしりながら怒鳴った。

 さて、奥様の話の『要点』と、霊査士の助言を合わせて整理すると。
 その奥様が部屋の小物を片付けていたところ、ルビーの指輪を落としてしまった。その指輪はさる王侯が……と、その由来はどうでもよろしい。とにかく、大切な物なのでそれを探して欲しいというものだ。
 落とした場所もハッキリ分かっている。この家は、家の各所に『ゴミ箱』を備え付けており、捨てられたゴミはまとめて『下水道』に流れ落ちる仕組みとなっていた。
 ところが、そこからが厄介な話。屋敷の建っている場所には、洪水なのか土砂崩れなのか、とにかく天災によって埋もれてしまった町の建造物があったようなのだ。
 で、屋敷を築いたその時の当主というのが、これ幸いとそこを『下水道』として利用することを思いついた。もはや、画期的を通り越して奇人といってもいい。
 祖先の血か、以来、家の者は対して悩むこともなく『ゴミ箱』にゴミを投げ込んできたというわけである。
 そういう訳なので、『ゴミ箱』……『地下道』はかなりの広がりがあり、どこに繋がっているかも分からない(当主は、ロクに調べもしなかったのだ!)。あちこちから地下水がしみ出、ゴミと汚水が溜まり、あるいは流れ、どんな生き物が住み着いているか分からない。
 だから、冒険者の手を借りることにしたのだ。

「ロマンの欠片もないな」
「ブツクサ言うではいわ。ひよっこのお主らには、地下道でネズミでも追っかけているのが丁度いいじゃろ」
 そう言って霊査士は、ニヤリと笑った。
「だからといって気を抜くでないぞ? お主らが『ゴミ』になったら、墓も建てられんからのぅ」

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参加者
逆さ十字の使徒・ミラージュ(a00299)
緋色の導師・シーナ(a01670)
ニュー・ダグラス(a02103)
無限の転校生・ソーウェ(a02762)
永遠の冒険者・ユノ(a02869)
ヒトの重騎士・ジンユ(a02946)
お日さまの匂い・リトル(a03000)
深緑の穏風・アルト(a03604)


<リプレイ>

●広がりを持つ地下
「これは……まさか、こんなものが」
 地の底、垂らされたロープを四苦八苦して降り立ったヒトの重騎士・ジンユ(a02946)は、周囲の光景に目を見張った。寡黙な彼でさえ、驚嘆せずにはいられなかった。もちろんそれは、周りの者達の心中を代弁したものでもあったろう。
 地下であるにもかかわらず、そこいら中に石の柱や煉瓦造りの壁、あるいは石畳がどこまでも続き、半ば崩れたそれらがランタンの明かりでゆらゆらと揺れる影を生む。屋敷の地下は、遺跡だったのである。
 そして、これがどこまで続いているのか、知る者はいない。
「案の定、といったところだろうがな……」
 緋色の悪魔・シーナ(a01670)は顔をしかめ、ジメジメとした足下を睨み付けた。
「執事さんか誰か、ご存じの方がいらっしゃってもいいかと思ったんですけど……」
 月炎の魔導師・ミラージュ(a00299)も、周囲を不安げに見回す。
 いい加減なことに、代々の当主のただの1人もが、この地下道の事をまともに調べたことがなかったのである。そして、まったくなにも考えずにゴミを投げ捨て続けてきたのである。呆れたことに。
「あ〜ぁ。けっきょく潜ることになっちゃったかぁ」
 ヒトの武人・リトル(a03000)はため息をつく。問題の『ゴミ箱』からロープを垂らし、ここに下りてくる間にどこかに引っかかってくれでもしていたら、話は簡単だったのに。しかも悪いことに、『地面』に降りるまでに穴はいくつかに枝分かれしていたようだ。人は通れそうにないそれらでも、小さな指輪なら転がっていった可能性もある。
「まったく……たまったものじゃないな」
 エルフの紋章術士・ダグラス(a02103)はバンダナで口元を抑え、悪態をつく。
 広がる遺跡群は、往事の町の繁栄を物語っていた。が、今の一行にはそんなことなどどうでも良く。何十年、もしかしたら100年以上に渡って垂れ流された汚物はどこからか漏れ出てくる地下水に沈み、バンダナ越しにも、吐き気を催すほどの悪臭がする。
「さっさと終わらせようぜ。……予想はしていたが、おりゃそれ以上だ。こっちが腐ってしまいそうだぜ」
「といっても、これじゃあ地道にドブをさらっていくしかないけどな」
 ヒトの武人・ユノ(a02869)はそう言って、ドブの中に一歩を踏み出した。

●地下道の主
「わ、わ、わ、なんだよこれーッ!?」
「知るか! 『化け物』だ、それでいい!」
 リトルは狼狽しつつ、転がるようにして逃げた。舌打ち混じりに指摘するダグラスも、後ろを振り返りつつ息を荒げつつ、走る。
 その後ろから、ネズミの群がやって来た。
 ……ネズミ? ダグラスが見上げなければならないような、それがネズミ?
 そう。大きさこそ規格外ながら、間違いなく汚物にまみれたドブネズミが、冒険者を追ってきたのだ! また、先頭をやってくる巨大ネズミほどではないが、両手の拳ほどもあるネズミ(十分すぎる大きさである)の群れもそれを追って怒濤の勢いで、迫る。
「わ〜ん! ダグラスが『ネズミ、ネズミ……』なんて探すから!」
「話を聞こうと思ったんだよ! こういうのはさすがに予想してない!」
「あんな汚いネズミを飼い慣らそうなんてのも、信じられないッ!」
「と、とにかく下がってください!!」
 ストライダーの牙狩人・アルト(a03604)は急いで弓を構えつつ、しかしながら地面の色さえ変えて迫ってくるネズミの波に、的を絞りかねた。牽制にと彼らの足下に鋭く一矢を放ったが、動じたふうもない。判断するだけの力がないのか、あるいは。
「……これだけの数だと、エサ探しも必死なんですかね。まして、あんなのもいますし。でもあの育ちッぷりからすると栄養豊富そうですけど」
「普通のネズミがあんなに育つとでも思っておるのか! えぇい、わしがやる!!」
 入れ替わるように、ヒトの武道家・ソーウェ(a02762)が立ちはだかる。そして、「くらえぃ!」とばかりに『剛鬼投げ』! 巨大ネズミを豪快に投げ落とす!
 しかし、足場が悪かったか。ソーウェの投げはいくらかかかりが悪く、また落としたその場もヘドロのたまった泥水の中だったせいか、それがクッションになってしまったらしい。ネズミはしばし首を振っていたが、すぐさま体勢を立て直して襲いかかってきた!

●思いがけぬ脅威
 「手下」ともども襲いかかってくるネズミのを前にし、ジンユが、そしてユノが壁となって立ちはだかる。
「あぁ、もう! キリがないじゃないか!」
 しかし、ユノが足場を気にしつつ放った『居合い斬り』はいかにも苦し紛れで、それでも少なくないネズミを真っ二つにしたものの、確かにきりがなさそうだった。
 突然、冒険者の背後でバシャバシャと水音が立つ。何かと思って振り返ってみると……ゴミ。
「あぁ〜もぉッ! ゴミは落とさないでって言ったのに!」
 頭上から振ってくるゴミと飛び散るしぶきに気を取られている場合ではない! リトルは慌てて、ドブをさらうために手にしていたザルで、ネズミを追い払う。殺すことは出来ないが、ブーメランよりこの方が当てやすいし、なにより防ぎやすい。
 上では奥様が「あらあら、久しぶりねぇ。今日は泊まっておいきなさいな。美味しい料理もご馳走してあげるから」などと、冒険者達とはまったく対照的な明るい笑顔で客人を迎えたりしていたのだが。
「ネ、ネズミでもこれだけ集まると!」
 ランタンの明かりを受けてキラキラと光るネズミの瞳はいかにも不気味で、ミラージュの腰は少々引け気味。ふわふわまん丸な奴ならば「ねずみさん♪」という可愛いレベルで話もできるが、ドロドロ真っ黒では。
 医術士不在の面子においては、いつも以上に負傷者は出したくない。だが、それを差し引いても怪我は避けたい状況だ。小さな傷1つでもつけられたら、その傷がどのような有様になるか、想像したくもない。そこだけはずいぶん白く見える歯も、案外と鋭い。
「そんなこと言ってないで、なんとかしてくれよッ!」
 ユノに言われるまでもない。こういう敵には、いちいち武器で振り払うより術士のアビリティの方が役に立つ。
 とりわけ、ミラージュの『ニードルスピア』は鼠たちを次々と指し貫いた。
「やれやれ……。さて、残った奴に聞いてみるか」
「やっぱり聞くの!?」
 
●彼らの目的
 話を聞くと言っても、所詮はネズミである。細かな物品の区別など付かず、また落とされるゴミは数多い。中には、残飯以外の硬質なものもある。だいたい、食料となるもの以外はすぐに興味を失ってしまうようだ。
「あ〜ぁ、ドブと格闘するしかないか」
「ぼやくでない。正直、よくもまぁこんな依頼に集まったものだと思うぞ?」
 ソーウェはぼやくダグラスをたしなめつつ、手にしたペンを忙しく動かす。地図を書いているのだ。
「じゃあ、お前はなぜここにいる?」
 目を細めるようにして道の奥を見つめつつ、シーナは問いかけた。もっとも、周囲はランタンの明かりで満たされているから、エルフの夜目も思ったほど役には立たない。が、まさか明かりを消すわけにもいかず。
「わしか? それはのう……ふっふっふ、未知! 未知じゃ! 誰も踏み込んだことのない未知の世界がここにはあるんじゃ! たとえて言うなら学者とか好事家とか、『しかるべきところ』が黄金色の何かと交換してくれそうな未知に!!」
「あーはいはい、そういうコト。どうでもいいけど、あんまり寄らないでね。汚いから」
 巨大ドブネズミを抱えてドブの中に投げ飛ばしたソーウェは、周囲にとけ込みかねないカラーリングとなっていた。もっとも、そのしぶきを浴びたりもしたリトル達だって、けっこうなものなのだが。
「……まぁ、とにかく探しましょう。人を雇ってまで探すほどのルビーなのですから、きっと奥様にとっては大切な物なのでしょうから」
 と、アルトは言ったものの。
 一行は明らかに、「あぁ、思い出しちゃった」と言わんばかりの不機嫌な顔を向けた。よく見ると一行には、この悪臭だとかドブネズミとの戦闘だとか以外にも疲労の色が見受けられる。
 礼儀正しい奥様が、『わざわざ引き受けてくださった』冒険者達を歓待しないわけはなかったのである。仕事を言い訳に、さすがに食事などは断ったものの。「まぁ、お茶だけでも」と言われたら、断る訳にもいかず。そしてもちろん、奥様を前にした午後のお茶がそれだけで済むはずもなく。
「……私、それなりに冒険者やって長いですけど……。正直、歓待されて、それをこんなに遠慮しようと思ったのは……初めてです」
 ミラージュは半笑いでため息をついた。

●冒険者の仕事、それはドブさらい
 2人1組で効率よく、といっても、特に細かく決めたわけでもないので、なし崩しに適当に、ドブをさらっていった。
 指輪の落ちた可能性のある場所から、流された可能性も考えて徐々にそこの下流。そこを探索の中心とした。ソーウェが地図を書き、ミラージュとアルトは壁など目立つところに印を付け、キッチリと区画整理をして地面にしゃがみ込む。
 どうやら、地下道はもっと広いようだが……今はそんなことを気にしている場合ではない。
 ときおり、かんじきを履いてドブに踏み込もうとしたリトルがよ〜く足元を見て、「ヒルが、でっかいヒルが!」とか叫び、ソーウェがここぞとばかりに捕獲にかかったり、またまたネズミが襲ってきたりと、トラブルには事欠かなかったが。それを適当にあしらいつつ。
「ふん。ここにいるだけで、悪い病気にかかりそうだ。足下から異物が這い上がってくる感じがする」
 シーナは長靴にしみこんでくる汚水の気配を感じつつ、不愉快そうに鼻を鳴らした。長靴の防水といえばニスを塗りつけるなどの手があるが、なんにせよ長時間歩き続けることで徐々にはげ落ちてきている。今更この程度と言えばそうだが、ぬるぬるとした感覚が足の裏に伝わってくるのは、気持ちの良いものではない。
 それでも、地道な作業を続けること約半日。
「あった……。これ……そうだよな……?」
 汚物まみれになることも顧みず、黙々とドロを掬っていたユノが、呆然と呟いた。手にしたザルから拾い上げたそれは、服にこすりつけてみれば確かに赤玉の指輪。
「やった!!」
 ユノ同様、長いあいだ呆然としていた仲間達がわんわんと地下道に反響する歓声を上げる。なんというか、ずっとここで作業しているうちに、「もしかして一生ここでドブさらい奴隷なのでは?」みたいな錯覚が芽生えていたのである。
 さぁ、見つけたからにはもうここに用はない! 地上に戻って、指輪を渡して。そして、風呂に入ろう! 真っ赤にゆだるほど、身も心もとろけるまで湯に浸かろう! そして、渾身の力を込めて洗濯しよう! いや、いっそ香りも爽やかな新品の服に着替えよう! そうして、馬鹿になった嗅覚と苦いを取り戻し、苦い口の中を癒してくれるような美味しい美味しいご飯をお腹一杯食べよう!
 よし、そうしよう!!
「これで奥様にも顔向けできますね。よかった」
 嬉しそうに呟くアルトの声に。
 あぁ、そうか。奥様に報告もしなくちゃいけないんだよな。
 一同は、ゆっくりとアルトの方に振り返った。心底、嫌なことを思い出させてくれたという顔で。


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参加者:8人
作成日:2003/11/10
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