【エメルダの気まぐれ】ガルデの花



<オープニング>


 エメルダに仕える侍女は、今日もうかない顔で酒場の扉を開けた。
 お嬢様が気まぐれに依頼を出すたび、侍女がそれを持たされて酒場を訪れる。そのため、冒険者の酒場は侍女にとっても馴染みの場所となってきている。
 侍女はまっすぐにカウンターに近づくと、依頼の書かれた紙と手紙、布にくるんだ刃の欠片を差し出した。
「……よろしくお願い致します」
「で、今度はどんな我儘なんだい?」
 店主が笑いながら依頼の紙を開くと、侍女は暗い表情のまま、首を振る。
「いえ、これはエメルダ様からの依頼ではなく、旦那様からなんです」
「珍しいこともあるもんだ。嬢ちゃんが大人しくしていて、父親が依頼か……っと、これは……」
 依頼の内容に目を通していた店主が軽く眉をしかめると、侍女は頷く。
「ガルデの花をエメルダ様の枕元に飾りたいのだそうです。旦那様がおっしゃるには、エメルダ様は死んだ……」
「死んだ!?」
「…………も同然だと」
 はぁ〜〜っ。
 店主は溜息と共に、身体の緊張を解いた。
「おかしな処で言葉を切るのはやめてくれ」
「すみません……。エメルダ様のことを思うと、息が詰まってしまって。私が怖がらずに鳥の世話をしていたら良かったんですのに……」
 侍女はハンカチで目元を押さえて店主に頭を下げると、もう一度依頼のことを頼んでから、酒場を出て行った。


 依頼の話を聞いたリゼルは、記憶を辿るように首を心持ち傾げる。
「ガルデの花って、白い大輪の花でしたよね?」
 クリーム色を帯びた厚手の花びらとほんのり甘い香りを持つガルデの花は、初夏から秋にかけて咲く花だ。
 エメルダが住んでいる辺りに伝わる昔話では、ガルデの柔らかな香りは傷を癒す力があると言われている。この花にそんな力があるという実例はないのだが、昔話にちなんで、怪我人が出るとこの花を見舞いに贈る習慣がある。
 ただ、季節はもう晩秋。ガルデの花が咲く季節は過ぎてしまっている。唯一手に入るのは、この花が好きで専用の温室を作っているニーナの処だけだ。
 ニーナの住む村は、リザードマンの襲撃ルートに近い場所にあったが、幸い、直接的な襲撃にはあわず、温室も無事だったと聞くが……。
 ただ花をもらってくるだけならば、冒険者に依頼が来るはずもない。
「これが依頼に関係する品だとさ」
 リゼルの手に、折れた刃が渡された。手を傷つけないよう気を付けながら、リゼルはその品から情報を読み取る。
「街道を襲う盗賊がいるのですね……。それを率いているのは……リザードマン2人」
 リザードマンの敗残兵がこの地で生きていくために街道を襲う盗賊の仲間となることにした。盗賊としても、冒険者としての力を持つリザードマンが戦力として加わるのはありがたいことだと受け入れ、リザードマンに率いられた盗賊団が出来上がり。
 一般人ではリザードマンの冒険者に抗うすべはなく、この盗賊団は街道を通る人々の脅威となっている。
「……リザードマンの1人は巨大な剣を持ち、もう1人は身軽にレイピアを……この2人は元々お知り合いなのでしょうか……息のあった攻撃を仕掛けてきます。……私に分かることはここまでです」
 リゼルは刃の欠片を店主に返し、貼られたばかりの依頼をもう一度眺める。

『娘のエメルダの為に、ニーナの温室までガルデの花を取りに行ってくれる冒険者を募集いたします。
                              バガート・アリエーフ』

マスター:香月深里 紹介ページ
 エメルダの気まぐれ。今回は父親からの依頼です。
 いつものごとく、1話完結形式のお話なので、途中から参加の方もお気軽にどうぞ。

 成功条件は「ガルデの花を持ってくること」。
 リザードマン、及び盗賊をどうするかは、依頼に参加した皆様にお任せいたします。
 盗賊は、行きと帰り、どちらを襲ってくるかは不明です。帰りに遭遇した場合は、花をぼろぼろにしてしまわないように、ちゃんと守ってくださいね〜。温室にある花は限られているため、ガルデの花は一度しかもらうことができません。
 依頼の順序としては、冒険者の酒場でニーナへの手紙を受け取り、ニーナの温室で手紙を見せて花を貰い、花を持ってバガートの処へ、となります。
 かかる時間は、普通に歩けば街道の行き帰りだけで約半日といった処です。

 危険な街道を通り抜け、無事にお見舞いの花を届けてくださいね〜。

参加者
蒼穹の騎士・ショーン(a00097)
深紅の戦女神・グリンダ(a00314)
九天玄女・アゼル(a00436)
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
妖精弓の射手・シズク(a00786)
天速星・メイプル(a02143)
鮮血に濡れる華・リリス(a02302)
天に疾る雷・クーガー(a03554)


<リプレイ>

●花見物の車
 エメルダの家で借りたノソリン車を、冒険者たちはニーナの温室へと走らせた。
 人が乗る車にはアリエーフ家の紋章が入り。ノソリンが引く荷車には、金髪の・アゼル(a00436)が積み込んだ大きな荷物がこれ見よがしに乗り。ゆっくりと進むその様子は、金持ちの小旅行のようだ。
 車には、エメルダのドレスを着た妖精弓の射手・シズク(a00786)の姿が見える。
「このドレス、胸のあたりがちょっときついんだよね」
 エメルダが聞いたら機嫌を悪くしそうなことを呟き、シズクは身を飾るアクセサリーに手をやった。普段はしない化粧をし、アクセサリーをつけ。うつむき加減に座っている姿はどこから見てもお嬢様だ。
 闇に舞う白梟・メイプル(a02143)が侍女としてシズクに付き従い、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)はシズクの退屈を紛らわせるために雇われた吟遊詩人として、ウィスレのリュートを響かせている。
「盗賊が引っかかってくれると良いのだが」
 天に疾る雷・クーガー(a03554)は酒場周辺で、『最近ふさぎがちだったアリエーフ家のエメルダが村に花見物に行く』という噂を流しておいた。これが盗賊たちの耳に入っていれば、良いカモとばかりに襲ってくることだろう。
「エメルダさんは鳥を餌付けしようとして怪我をされたみたいですね」
 ラジスラヴァは屋敷の侍女から聞いた話を皆に教えた。
 アリエーフ邸に連れて来られた鳥は、ぐったりとしていた。はかばかしく元気にならない鳥を心配してか、あるいは鳥が大人しくしている為に油断したのか、エメルダは窓の下に放り出してあった賢果の実を自分で鳥に与えようとして……鳥に襲われたのだという。
「あのお嬢が怪我? 鬼の霍乱だな」
 翔翼・ショーン(a00097)は呆れたように言うと、窓から見える景色に注意を戻した。街道周辺だけあって、見通しの良いなだらかな土地が続いている。
 ノソリン車に付き添う冒険者たちは、盗賊の警戒心を解くために、皆、従者らしくこしらえていた。深紅の戦女神・グリンダ(a00314)も深紅の髪をまとめて帽子をかぶり、質素な外套で体型を隠し、少年従士に扮している。
 車の前を歩く死神に抱擁されし刃・リリス(a02302)をはじめ、鎧を身につけている者は3名。ややものものしくはあるが、金持ちの旅行を守る護衛として不自然に見えないぎりぎりのラインだろう。
 周囲の気配に目を配りつつも、ノソリン車はゆっくりのんびりと、秋の野を進んでいった。

●襲撃
 森の木々がせり出し、道幅が狭くなってくる。ノソリン車でやっとすれ違えるほどの幅となった街道をゆく車に、不意に矢が突き立った。と同時に、ばらばらと盗賊たちが現れる。
「なぁ〜〜ん」
 ノソリンは怯えて鳴き、その場に縮こまった。
 車に手をかけた盗賊の姿にシズクは悲鳴をあげ、アゼルは盗賊から車内の人々を守るように立ち塞がった。
 ショーンは群がる盗賊の位置を確認する。盗賊の数は50人ほど。そして盗賊の背後に立つリザードマンらしき者が2人、木々の間を通して見える。
 リザードマンの元に到達するためには、間を埋める盗賊の相手をしなければならない。
「……武器を持って襲ってくるって事は、当然それなりの報いを受ける覚悟は出来てるわよね?」
 リリスはくすっと笑うと、盗賊を蹴散らし始めた。狙うのは相手の武器。ほどほどに痛めつけ、武器を破壊してしまえば無力化できるだろう。
 クーガーは往路で相手を逃した場合を考え、冒険者であることを明らかにしないよう気を付け、盗賊にあたった。
 ラジスラヴァは眠りの歌を歌い、仲間の戦闘の補助をする。ラジスラヴァの美しい歌声が、盗賊たちを次々に眠らせてゆく。
 と。
「眠った仲間は蹴り起こせ。それから、そこの歌を歌ってる奴を先に倒すんだ」
 リザードマンの指示に、盗賊たちは仲間を目覚めさせ、そしてラジスラヴァへと矢を放つ。冒険者だけあってさすがにアビリティには詳しい。
 ラジスラヴァへと集中する矢を、アゼルは矢返しの剣風と不動の鎧をかけた我が身で庇う。車とアゼルが壁となり、ラジスラヴァへの矢はすべて防がれた。
 眠りの歌はとどまらず、盗賊たちは眠りの効力に陣を乱され、冒険者たちに押されてゆく。盗賊たちの不利を見て取ったリザードマンは、戦いに参入した。
 グリンダはリザードマン2人を分断しようと試みたが、巨大な剣を振るうリザードマンの隙を、素速い動きでもう片方が埋めるという戦法を取る2人を引き離すのは困難だった。
 苦戦するグリンダを、ハイドインシャドウでリザードマンの背後に回り込んでいたメイプルが補佐した。メイプルの手から飛んだチャクラムを、翔剣士と思われるリザードマンは風に舞う羽根のような動きでひらりとかわしたが、その動作によってリザードマン2人の連携は途切れる。
 チャクラムに意識を取られた翔剣士に、リリスのブラックフレイム奥義が叩き込まれた。黒い炎の蛇が翔剣士に絡みつくように飛び火傷を負わせる。
「ふふっ、少しは効いたかしら?」
 リリスの微笑混じりの言葉にかぶるように、グリンダの旋空脚が翔剣士に炸裂する。
 冒険者たちの続けざまの攻撃に、翔剣士はレイピアを構えた体勢のまま、盗賊たちに呼びかける。
「逃げろ! お前達の歯が立つ相手じゃない。すぐに逃げるんだ!」
 盗賊は瞬間迷う様子を見せたが、リザードマンの指示通り、四方に逃げ出した。クーガーがそれを追撃するが、すべては追い切れない。
 リザードマンの方も、冒険者たちを倒すための戦いから、逃走のための戦いに切り替え、隙あらば逃げだそうと周囲に素速く目を走らせている。
 連携が乱れ、周囲を固めていた盗賊が散っていくのに乗じてショーンは狂戦士と思われるリザードマンを全力で押さえ込みにかかった。
「今のうちになんとかしろ!」
 相手を傷つけ傷つけられ、ショーンが叫ぶ。
 メイプルは飛燕刃で狂戦士に攻撃したが、他の者は翔剣士や盗賊に向かっているため、すぐにはそちらに戦力を裂くことができない。
 狂戦士の大剣がショーンに振り下ろされる。
「くっ……」
 その攻撃に耐えてリザードマンを見返すショーンの脳裏に、この間、自分がエメルダに言った言葉がよぎる。
 ……退治とは相手を改心させる事も含める。
 自分ながら妙な理屈だと思うが、それを守ろうという莫迦もどうかしている。そして戦いの最中にそんなことを思い出す自分はもっとどうかしている、とショーンは苦笑し、なおもリザードマンを取り押さえようとし続ける。
 その様子に、大人しくお嬢様のふりをしていたシズクはドレスの裾を捲りあげ、隠しておいた弓を取り出すとホーミングアローを射た。
 翔剣士の方を片づけたリリスも駆けつけ、狂戦士にエストックの一撃を繰り出す。
 ついにリザードマンは逃走不可能なほどに傷を負い、冒険者たちに捕らえられることとなった。
 リザードマンの翔剣士の方はぐったりと横になっており、狂戦士の方はどうとでもしろとばかりに地面に座っている。
 やっと話が出来る状態になったリザードマンに、アゼルは告げた。
「……レグルスのリザードマンたちが撤退する。それと共に故郷に帰る気はないか」
「帰ると言えばこのまま行かせるというのか?」
 狂戦士は鼻で笑った。
「そんな七面倒なことをして、何の得になるんだ。さっさと殺した方が手間がないし早いだろう」
「確かに、リザードマンは私の守るべき民ではない。だが、自害したガウローへの敬意をこめて、この地に残されたリザードマンには帰国をしてもらいたい」
 アゼルの言葉に、リザードマンの投げやりだった態度は瞬時に消えた。戦いの最中、この地に残ったため、ガウローの死を知らないまま過ごしていたのだろう。
「ガウロー様が……?」
「ああ。レグルス解放の際、今回の戦争の責任を取って自害した」
「……実にあの方らしいな」
 肩を落とすリザードマンは、戦っている時よりも小さく見えた。
 レグルスにいる同胞と合流してこの地を去るようにというアゼルに、リザードマンは頷く。
「……俺はレグルスには行ったことがない。ガウロー様が命を絶ったというその場所を見てみたい」

●ガルデの花
 盗賊たちは近くの町の役人に引き渡し、リザードマンは捕縛した上でノソリン車に乗せ、冒険者たちはニーナの温室へ向かった。
「ちょっと捻くれている処もあるんですけど、エメルダさんは心優しいいいひとなんです。お願いですからお花を分けてください」
 酒場で預かってきた手紙をニーナに渡して、ガルデの花を譲ってくれるように頼むラジスラヴァの後ろから、シズクもそっと頼む。
「あの……ボクにもガルデの花を分けてもらえる? 個人的にあげたいんだ」
「ガルデは私の大好きな花だから、大切に持って行ってちょうだいね」
 ニーナが何本か切ってきてくれたガルデの花を、メイプルとシズクは大切そうに受け取った。
 ガルデの花の放つ甘い香りは、傷ではなく心を癒してくれそうな優しさであたりをふわりと包み込んだ。

 帰り道の街道はうららかに晴れ渡った天気と同じように平穏だった。盗賊の一部は逃げてしまったが、人数を大きく減らした盗賊団が行き来する人々を襲えるほどに回復するまでには随分時間がかかることだろう。
 冒険者たちはバガートに依頼の成功を報告すると、ガルデの花をエメルダの枕元に届けた。
 エメルダの看病をしている侍女は、ガルデの花を生けながら、ため息をつく。
「医術士の方に治療をしていただいたらと再三申し上げても、聞き入れてくださらなくて……。顔に傷でも残ったら嫁に出すこともできないと、旦那様は毎日嘆いていらっしゃるんです。この花で元気になった気分が変われば、と……」
 侍女のぼやきも聞こえぬように、エメルダは顔を逸らしている。
「こっちはボクからのお見舞いだよ」
 シズクはニーナから別に分けて貰ったガルデの花を差し出した。
「ありがとう……」
 顔も腕も包帯でぐるぐる巻きににされたエメルダは、クッションに寄りかかって半身を起こし、ガルデの花を受け取った。
「鳥の方はどうなったんだ?」
 クーガーの問いに、エメルダはつと視線を花に落とす。
「……処分されましたわ」
 その言葉からは痛みが感じられた。彼女のふさぎ込みはこのことに起因しているのだろう。
「自分に出来ることと出来ないことの線引きを見誤るな。これだからお嬢様は……」
 ショーンの言葉にもエメルダは反論もせず、睨み付けるほどの力をこめて、ガルデの花を見続けている。
「お見舞いに歌を歌わせてくださいね」
 重苦しい場をなんとかしようと、ラジスラヴァは自作のエメルダの歌を歌い出した。これまでの依頼を元に作ったそれは、エメルダの優しさを称えるものであり……。
「何よ、その歌! 最近変な噂が立ってると思ったら……その所為だったのね!」
 お嬢様口調もどこへやら。エメルダは激怒してラジスラヴァに枕を投げつける。
「なんだ。怒れば元気になるのか」
 単純だな、とショーンは笑い、エメルダが次に投げるものを手探りしているうちに部屋から出て行ったのだった。


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作成日:2003/11/16
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