<リプレイ>
●密会 日毎に深緑の色増す木々。 そこに独り、身を潜ませる喰い盛りの牙狩人・ジャム(a00470)。 その瞳に映るのは、木々の間を走る少女。 ――うーん。オイラより年下みたいだな。 そんなことを考えていると、突然止まる少女の足。 彼女は辺りを伺うと、草むらを掻き分けて入って行く。 ジャムも樹を伝って後を追うと、不意に視界が開けて。 目に飛び込んで来たのは、小さな泉と白い大きな獣。 自分の数倍はあるであろう犬型のそれに迷わず駆け寄ると、少女は徐に持っていた食糧を差し出す。 それを素直に食べ、頭を撫でられてもなお大人しい獣を見ていると、人を襲うとは俄かに信じがたくて。 ジャムは更に目を凝らして……気がついた。 彼女が与えているのはパンの切れ端やクッキー……恐らく、自分の食事やお菓子の一部なのだろう。 通常の犬ならまだしも、大きな身体を持つ獣にとっては僅かな量で。 あれでは生命を維持するには至らない。 ――それで、人を襲ってるンだな。 ジャムの頭を過ぎる悲しい結論。 それとは裏腹に、穏やかに流れる時間。 まもなく遊び始めた彼らを、彼は静かに見つめ続ける――。
一方。 「アヤノちゃん、久しぶり〜♪」 そう言うなり月夜の剣士・アヤノ(a90093)に抱きついた緋炎暴牛・ゴウラン(a05773)はちょっと考え込んで。 「ん? 暫く会わない間に、ちょっと発育したかな?」 「太っただけじゃねえのか?」 赤き傭兵・レイド(a00211)のからかうような口調に、豪快に笑って背中を叩く彼女。 そんな2人に、アヤノは悲しげな笑みを返して。 「……何だい? 元気ないね」 「う〜ん。あの獣が女の子のお友達だと思うと、ちょっと……。非情になるべきなんでしょうけど……ね」 ゴウランの問い。アヤノの気持ちを代弁するかのように呟く紅き紋章を描きし乙女・ショコラ(a02448)。 それに、紅玉の魔女・メリル(a06424)も目を伏せて。 「寂しさ……。辛いものですわよね」 「ああ。シェラフィの気持ちを考えるとやりきれないがな……」 続いた彼女とレイドの呟きに、月華の舞姫・アリア(a00742)が頷く。 昨日まで当たり前のように傍らにあった温もりを失うことの辛さ、そして一人ぼっちの寂しさを知っている彼女。 そしてアヤノもまた、同様の経験をしているからこそ、気が進まないのも無理はないと言えるが。 「……既に被害も出ている。獣相手に説得し理性を求める事は難しいだろうしな」 どこか言い聞かせるような月夜に誓いし剣士・カズハ(a00073)の声。 そう。孤独な少女の唯一の友である獣は、同時に人に害を成すもの。 それは紛れもない事実なのだ。 「このままだと、誰かの大切な人を食べちゃって、誰かを寂しくさせちゃう。だから……止めなくちゃいけないよね」 「うむ。今のうちに退治するのが彼女の為かもしれん。結果論だがな」 瞳に決意を宿して呟く星影・ルシエラ(a03407)に、カズハも頷いて。 「……それならせめて、被害を最小限に出来るようにしたいな。勿論、シェラフィちゃんの心の傷も」 「ああ。可能な限り、やってみよう」 珍しく厳しい顔の自然と昼寝愛好家・ファンバス(a01913)。 それに続いた暁月の豹牙・ナイジェル(a02553)は、ルシエラに目線を移して。安心したような微笑みを浮かべる。 「……迷いはないようだな」 「うん。迷ったりしたら獣さんにしつれーだもーん」 「そうか。なら、いい。獣退治は任せる」 気をつけるんだよ、と頭を撫でる彼に、ルシエラはえへへと笑って。 「さあ、気合入れて行ってみようかい!」 ゴウランの一喝に、仲間達は頷き、それぞれの持ち場に散って行くのだった。
●遠吠え 街道を支配するのは暗闇。 そんなに遅い時間でもないのに猫の子1匹いないそこは、何だかもの寂しく。 最も、あらかじめ近隣の村や町に連絡して街道を通行止めにした故のことなので、誰もいなくて当たり前なのだが。 「……まだ現れないかなぁ?」 「まだみたいだな」 首を傾げつつ、小声で言うルシエラに、答えるアリアも小声で。 「そろそろ現れてもいいと思うんだけどな……」 「……へっくし!」 「しーっ! 獣さんに気付かれちゃいますよぉ!」 首を捻って考え込むファンバスの横でクシャミをしたレイドの口を、ショコラが慌てて押さえつけて。 草むらで待機する5人の目線の先には、軽装で、暗闇の街道を往く人物。 鼻歌混じりで時折よろける酔っ払いを、慌てて支えようとする少年……。 なかなかの演技力を見せる囮役のゴウランとジャムだが。実は数時間、何度も同じ所を往復していて飽き始めていたりする。 「……オイラ達マズそうなのかな」 「失礼な。アタシは美味しいぞ」 自信喪失気味のジャムにゴウランが言い返したその時、横の茂みが揺れて。 人間が弱いものだと思っているのか、気配を隠そうともせず。巨体を揺らしながら、それは現れた。 「ふん、引っかかりやがったね?」 呟いて。口元にニヤリと笑みを浮かべるゴウラン。 彼女を獲物と見定めて。白い双頭の犬の巨体が暗闇に疾る。 しかしゴウランはそれを避けず。2つの口が彼女の腕に牙を立てて。 溢れ出る血液。その味に我を忘れて。その腕を引きちぎろうと顎に力を入れようとして……。 「ギャンッ!?」 突然身体に走った激痛に驚き、腕を放す。 「これ以上は、ダメなんだよ」 背中に突き立てられたルシエラの蛇矛。 自分が、囲まれていることに気付いて。獣は怒りの咆哮をあげる。 「……本当にごめん」 漏れるファンバスの呟き。 この獣は、打算とかではなく。 本当に少女に心を許していたのかもしれない。 だからこその謝罪。 「……シェラフィちゃんの唯一のお友達……なんですよね」 「友達を奪ってしまうことになるのは辛いけれど……」 そして、躊躇いがちに呟くショコラに頷くアリア。 目の前で牙を剥いているのが彼の本性なのだとしたら。 自分達がすべきことは……。 「お嬢ちゃんには悪いけど、仕留めさせてもらうよ!」 「おう! 迷わず天国に送ってやろうぜ!」 ゴウランとレイドの叫び。それが、反撃の合図になった。 ルシエラの達人の一撃が決まり、怯えた獣は攻撃を忘れ。そこに放たれるジャムの影縫いの矢。 そして、獣の巨体にアリアの斬鉄蹴、レイドの薙ぎ払いが次々と吸い込まれて。 更に、ファンバスのホーリースマッシュとゴウランの蛮刀の強烈な一撃が叩き込まれる……!
「……そろそろですかしら」 その頃。孤児院の敷地内でメリルが見上げるのは灯りの消えた窓。 ジャムから報告を受けた彼女は、彼と入れ替わりに少女の後をつけて。少女の現在の住まいに到着していた。 もう、仲間達と獣の戦闘は始まっているだろうか。 退治の現場に少女が向かうようなことは防がなくてはならない。 何より、それに気付かず眠っているなら、その方がいい。 聞こえて来る小さな話し声。移動する灯り。先生達の巡回が終わったのだろうか。 ただ静かに中の様子を伺い、その時が来たのを感じて、ハープを構える。 「……!」 弦を爪弾こうとしていた刹那。メリルの手が止まる。 突然2階の窓が開いて、器用に樹を伝って降りて来る少女の姿が目に入ったからだ。 慣れた動き。脱走したのは一度や二度ではないのだろう。 ――眠りの歌を続ける? いいえ。ここで使えばあの子が落下してしまいますわ……。 咄嗟に判断し、状況を確認するメリル。 着地するなり走り出した少女が向かうのはやはり泉の方角で。 ――やはり獣に会いに行く気なのかしら……。でも、あちらの方角には……。 そんなことを考えつつ、追走するメリルの目線の先には複数の人影。 「……どこに行くんだ」 「子供は寝る時間だよ」 突然目の前に現れた大人2人……カズハとナイジェル、そしてアヤノに、少女は身を強張らせて。 しかし、すぐさまキッと睨み返す。 「……おじちゃんたち、ぼーけんしゃ?」 「そうだよ」 即答するナイジェル。それを聞くや否や、走り去ろうとするシェラフィをカズハがあっさりと捕まえる。 「やだ! やだやだ! 離してよ!!」 叫びながらジタバタと暴れるが、大の大人、しかも冒険者。たとえ重傷を負っていようとも少女に遅れを取ったりはしない。 「どこへ行くのか教えてくれたら離してもいいぞ」 続く彼の言葉にギクリとして、少女が大人しくなる。 「……おしえない。おしえたら、おじちゃんたちあの子をいじめるでしょ」 「……あの子?」 追いついて来たメリルの優しい問いかけ。少女は彼女から目を反らして。 「おじちゃんたち、怪物をやっつけにきたんでしょ? ……先生たち、言ってたもん」 流れる沈黙。シェラフィは顔を上げて続ける。 「白いおっきな子は怪物なんかじゃない! シェラフィに優しくしてくれるもん! あの子だっていじめられてお怪我してたもん! きっと、こわーい怪物はほかにいるんだよ!」 少女の必死な様子に、ナイジェルは目を伏せる。 彼の予想通り。彼女は気付いているのだ。 自分の友達が、一体何であるのかを。 だから、こんなに必死に。 冒険者達に、そして自分に。言い訳をしているのだろう。 「おねがい、あの子をいじめないで!」 悲痛な叫び。しかし、彼女の願いを聞き入れる訳にはいかない。 何より。獣の最期の遠吠えだけは、聞かせたくない。ナイジェルはそう思って……メリルに目配せをして。 彼女は頷くと、ハープをゆるやかに奏で始める。 少女を眠りの園へ。暖かくも懐かしい両親の愛の中で眠れるように。眠りの歌に祈りを込めて。 「……やだ。やだよ。シェラフィ、またひとりぼっちだよ……」 腕の中でみるみるうちに眠りに落ちて行く少女から零れた涙と呟き。 カズハは、それを確かに感じ取って。
オォォオオオオ――……ン
そこに聞こえて来たのは聞くもの誰もが切なくなるような、悲しい遠吠え。 それは。獣の、最期の声だった。
●嘘と真実 朝、目が覚めると。 何故か自室として与えられている場所にいた。 あたしはゆうべ、あの子に会いに行ったはずだよね? どうしてここで寝てるの? そうだ。昨日のことは、きっと夢だったんだ。 あれは悪い夢。 いつものように秘密の場所に向かえば。 いつものように、あの子がいるはず――。
ベッドから跳ね起きて、不安を消すように走った先はいつもの泉。 しかし、そこにいたのは獣ではなく――。 「おじちゃんたち……」 冒険者達の姿に、シェラフィの顔が強張る。 「……あの子は? あの子はどこ?」 「あの子も、君のご両親と同じ……今は会えない場所に旅立ったよ」 真剣な表情で言うファンバスの言葉を、彼女はただ首を振って否定する。 「ごめんなさいね。彼を放っておくと罪のない人が……」 「あの子は違うって言ったのに!」 申し訳なさそうに言うショコラに純粋な怒りをぶつけて。踵を返して去ろうとする少女を、カズハが捕まえる。 「どこに行く気だ」 「はーなーしーてー! あの子探しに行かなくちゃ……きっとさびしがってる」 再びジタバタ暴れる彼女に苦笑しつつ、カズハはその顔を覗き込む。 「いつも独りで遊んでいるのか」 「独りじゃないもん。あの子がいるもん」 「そうだったな。じゃあ、他に友達を作らないのはどうしてだ? 皆が苛めるのか?」 「……村に帰れば、おともだちたくさんいるもん。だから、いらない」 ぷい、と顔を背けるシェラフィ。その言葉を聞いて、冒険者達は孤児院の教師から聞いた話を思い出す。 ――あの子は、モンスターに襲われ全滅した村で、ただ独り生き残ったのだと伺っています。 「イヤだもんね。ひとりぼっちじゃ……寂しくていられないよね」 ポツリと漏れるルシエラの呟き。 少女の境遇にやり切れなさを感じて、アリアは唇を噛む。 ――ルシエラには、ナイジェルと言う支えがあった。 ナイジェルもまた、ルシエラが両親のいない寂しさを埋めてくれた。 アリアも、弟達がいたから崩れそうな心を保つことが出来た。 でも、シェラフィは。 突然知らないところに、たった独りで放り出されたのだ。 幼い彼女が、現実を受け止められなかったのも無理はない。 きっと。シェラフィは獣に自分自身を重ねたのだろう。 獣の暖かさに、無くした温もりを求めたのかもしれない。 本当はもう。両親や友達が当たり前に傍らにいた時間には帰れないと知りながら――。 「……オイラもパパとママがいないの」 抑揚のないジャムの声。その主が、自分とさして年齢が変わらない少年であることに気がついて。今迄誰も見ようとしていなかったシェラフィは、彼を注視する。 「……おにいちゃんも?」 「うん。友達なんていなかったけど。大人はみんなウソつきだったけど。誰も信じなかったオイラは自分を信じる事も忘れてたみたい」 続くジャムの言葉を、目を反らさずに聞いている彼女。 「……パパとママはいつかきっと帰ってくる。どこかでいつもシェラフィの事を想ってる。自分でちゃんと大きくなって、いつかパパとママに会える日に元気なシェラフィを見せてあげないとね」 更に言葉を、嘘だけど本当のことを重ねるジャム。 何も答えないシェラフィが信じたかどうかなんて判らないけれど――。 「……そうだろ?」 そう言って、にぱっと笑う。 それから目線を外した彼女は、長身を屈めたファンバスと目が合って。 「……別れはすごく悲しい事だけれど、あの子に逢えないのは嘘じゃない。俺達を嫌ってもいいから……今は受け止めて。いつか、受け入れて欲しいと思う。君達が友達であった事も、かけがえの無い思い出になると思うから」 「……獣さん、これを残して行かれましたわ」 そして、優しく微笑むメリルからそっと渡されたのは一輪の花。 それを手にしたシェラフィは、頭を撫でるファンバスの手を振り払ったりせず。ただ、大きな瞳からぽろぽろと涙を流し続けた。
「……へえ。レイドにしてはなかなか気が効くじゃないか」 「んー。……良い言葉なんて思いつかなくってさ」 ひとしきり泣いた後、見つけた白い仔犬を抱えて去って行くシェラフィの後ろ姿を見送りながら呟くゴウランに、レイドは頭を掻きながら答える。 その仔犬と言うのも、彼が獣の代わりになるようにと、街で白い子犬を2匹譲って貰い、獣が寝床にしていた場所にそっと置いておいたものだ。 「偽善かもしれないがな……」 「いや。きっとあの子の新しい友達になるだろうさ」 自嘲的な笑みを浮かべるレイドの肩を、彼女はぽんぽんと叩いて。 仔犬を見つけた時の、シェラフィの嬉しそうな微笑みは嘘ではなく。 少しだけ、救われたような気がした。
泉の傍。大きな樹の根元に。 孤独な少女が愛した獣が静かに眠っている。 今はまだ話せないけれど。少女が受け入れられる日が来たら、この場所を教えようと。 そう心に誓う冒険者達であった。

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参加者:10人
作成日:2005/05/21
得票数:冒険活劇4
ダーク1
ほのぼの14
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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