猪突盲信



<オープニング>


 どうしたんだいハニー。そんな表情をしないでおくれよ。
 キミが曇り顔だと、世界中の花がたちまち枯れてしまうじゃないか!
 そういえば、今日はいつも摘んできてくれる花束を持っていないんだね。
 どんな花でもキミの引き立て役にしかなっていないんだけどさ、もちろん。
 その花のことで悩みだって?
 ふんふん。いつもの丘に、どうやらグドンが住みついた。だから花を摘めなかった、と。
 ……オーケー、ハニー! 僕がグドンを追い払ってあげるとも!
 なーに、大丈夫大丈夫。キミへの愛の強さを信じておくれ。
 キミの名が囁かれるだけで、僕は光の速さで反応できるんだ。
 それに比べたらグドンなんてお茶の子さいさい、全部僕に任せて!
 えーと、丘は西の方角だっけ。左手の方向に進めばいいんだね。
 行ってくるよハニー。アディオス!


「……そんな感じで気軽にグドン退治にでかけた彼氏さんを、助けてやってほしい。そういう依頼だな?」
 ミーナという依頼人の少女が背をすぼめて頷く。栗毛を肩で切り揃えた、目元がチャーミングな女の子だ。
 ヒトの霊査士・ラターグ(a90223)はやれやれといった仕草で首を振った。砂でも吐きそうに舌を突き出すと、潤いを求めて酒瓶に手を伸ばす。
「一つ訊きたいんだが、その彼氏さん。ヴァンスと言ったかな、は強いのか? 簡単にグドン退治を思い立つほど」
「冒険者さんが頑張れば、互角に戦える、かもしれません」
「冒険者が――頑張れば、だと?」
 ラターグの眼が驚愕を隠しきれないように大きくなった。
「ええ」
 ミーナは言いよどんで、視線をぎこちなく逸らす。
「その、たとえて言うなら……冒険者さんが100kmフルマラソンをしてから、腕立て伏せ100回、腹筋100回、背筋100回、スクワット100回をインターバル置かないで10セット、その直後に逆立ちしながらヴァンスと戦って頂けると……もしかしたら、頑張れば互角になるかも」
「つまり――めちゃくちゃ弱いのか、彼氏」
「まぁ、簡単に言えば」
「それでグドン退治に行くってのは、要するにバカなんだ、彼氏」
「まぁ、率直に言えば」
 ラターグはテーブルに突っ伏すと、冒険者に手を振った。
「そんなわけでよろしく保護を頼む。急いで行かないと、グドンとヴァンスが遭遇するかもしれん」
「あ、その問題は大丈夫だと思います。彼、極度の方向音痴なので、途中にある森でゼッタイ迷ってますから」
「じゃあ上手いこと先回りして、グドンを退治してくれ。ミーナが花を摘めないらしいからな」
「あ、別に構いません。最初はショックでしたが、良く考えたらお花が咲いているのはあの丘だけではありませんし」
「……結局のところ、冒険者は何をすればいいんだ?」
「厚かましいお願いなのですが。彼と偶然出会ったような格好で丘へ誘導して、一緒にグドン退治を……いえ、彼を護衛してください。その上で、彼がグドンを倒したと、倒すのに貢献したと、思わせてあげられないでしょうか」
 顔をしかめるラターグを見て、ミーナは早口になった。
「冒険者さんがてきぱきグドンを退治してしまうと、彼、ああ見えて繊細なので落ち込んでしまうと思うんです。自信を無くしたヴァンスなんて見たくありません……」
 ラターグはヤケになったように酒瓶を飲み干すと、袖で口許を拭った。
「冒険者がグドンを勝手に倒すのはダメ、ヴァンスが大怪我をしたらダメ、ヴァンスが自分の実力に気がついてもダメ。難しいな、ずいぶん」
「で、でも! 彼は思い込みが激しいタイプなので、なんとかなると思うんです。どうかよろしくお願いします!」
 自分でも無茶なことを言っていると思ったのだろう。耳まで赤く染めたミーナは、それでも何度も何度も冒険者らに頭を下げて廻るのだった。

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参加者
水平線・ティリア(a05478)
幽明境異・クレア(a05571)
白狼・ナキリ(a06432)
白妙の巫女姫・ミラ(a19499)
光と闇の狭間に在る者・ザード(a21491)
戦慄の翼・ハクホウ(a23008)
自由と自然を愛する流浪人・レック(a24738)
ヒトの忍び・ラウル(a26361)


<リプレイ>

●迷宮
 淡い木漏れ日が冒険者たちの足元に差し込んでいた。小鳥の柔らかな囀りが梢に響き、森は若々しい生命に溢れている。
 冒険者がヴァンスを捜索するために別れてから若干の時間が経った。森の小道を歩きながら、戦慄の翼・ハクホウ(a23008)は不思議そうに首を捻った。
「こんなところで迷えるなんて、器用な人だよね」
 彼がドリアッドであることを差し引いても、些か理解し難いことだった。なにせ、おまけみたいに丘にへばり付いた小さな森なのだ。極度の方向音痴だと言った、依頼人の話を思い起こす。
 同意を求めて振り返るハクホウの視線は、傍らで地面にうつ伏せている櫻の姫巫女・ミラ(a19499)を捉えた。ちょうど、何もない場所で足を滑らせたところ。
「い、痛い……っ」
「……常識が通用しない人間ってのは、どこにでも居るんだよね」
「ハク兄っ! 見てるぐらいなら助け起こしてくれるとか、大丈夫? なんて心配してくれても罰は当たらないと思うけど!」
 きーっ、と飛び掛らんばかりの勢いで怒鳴るミラを無言の微笑でやり過ごし、ハクホウは額に手を翳した。
「早く見つからないかなぁ、ヴァンスさん」
「ごまかさないでっ」
 ミラは地団駄を踏みつつ、ハクホウの手を無理やり掴んで立ち上がった。それから踏み出した一歩で、ミラはまた転倒する。
「なるほど、まさに。うん」
「ミラの方を見て言わないでっ! 納得しないで!」


 遠くから聞こえる仲の良い喧騒に、水平線の篝火・ティリア(a05478)はくすくす笑って、それから驚いて立ち止まった。彼女の前を歩く、光と闇の狭間に在る者・ザード(a21491)の背中に頭がぶつかりそうになったからだ。
 どうしたの、と横から顔を出すと、ザードがごしごし眼を擦っていた。
「わい、この辺の地理はよぅ知らへんのやけど」
「うん」
「そこ真正面に見えてるのって丘違うんか?」
「……うん」
 ティリアは気まずそうに視線を落とした。暖かな春風が彼女の明るい髪の毛をふわりと撫で上げ、森の中を穏やかに吹き抜けていく。一直線に入口から出口まで。
 道は平坦にまっすぐ続いていた。その先には緑の丘が覗いている。
「たぶん近道をしようとして迷子になったんじゃないか、ってナキリさんが言ってたよ」
「近いとか遠いとかなくて、この本道をまっすぐ歩いてたら丘に着くんやないやろか」
「うん……」
 ザードは脱力したように手近の樹へ凭れかかる。サインとなる狼煙を上げるために急いで丘へ向かった、広大なる地の下に生きし者・レック(a24738)の合図がない以上、やはりヴァンスは迷っているのだろう。
「若い時の無謀なまでの勢いというのは、実に素晴らしい力ですな!」
 ヒトの忍び・ラウル(a26361)が感心しきったように首肯する。彼は紳士としての誇りと責務に満ち満ちて、冒険者の中で最も士気が高かった。ラウルのような年の者からすれば、若人の行動はなべて微笑ましく思えるのかもしれない。 
「そんなものなんかいな……」
 前途の多難さを思いつつ、ザードたちはヴァンスの行方を探しに、今来た道を戻るのだった。


「獣道と、人間が作った道とには違いがある。新しい『人の道』を探して辿れば、すぐに追いつけるはずだ」
 サーベルを肩で揺らして、白狼・ナキリ(a06432)が周囲を見回した。着実にヴァンスの後を追っているという自信があった。彼の俊敏な感覚をもってすれば、森は痕跡で一杯である。
 折れた大樹の枝、何かに押し付けられた下草、斜めに傾いだ低木の幹、それに不規則に続く足跡。
「……枝に頭をぶつけ、尻餅をついた。その仕返しをしたら、天罰で足を痛めたようだな」
 ちょっと泣けてきた。
「ここまでどうしようもなく完璧かつ揺るぎない致命的な弱さって、逆に見てみたい気もするけどね」
 幼い背格好に似合わぬ辛辣な独り言を呟くのは、ニ重幽桜弾幕結界・クレア(a05571)である。ナキリは困ったように顔をしかめて、ふと耳を澄ませた。
「ん、何か来る」
 正面の草薮から物音が近づいてくる。はぐれグドンか、と得物を構えるナキリとクレア。
 まず藪から無骨な何かが飛び出た。よくよく見れば石の剣。ついで右手、それから左足、右足、左手、最後に人間の顔が姿を表した。
「おや、こんにちは可愛らしいセニョリータ。あとセニョール。今日も清清しい天気だね」
 長くウェーブがかった金髪を手梳きし、切れ長の瞳でウインクする男が一人。金糸のマントを肩から流し、銀細工のペンダントをぶら下げている。もっとも、その身体中、枯れ葉や木の枝や泥でラッピングされているのだけれど。
 なんとなく一瞬で、二人はこの男が誰か解ったような気がした。

●謁見
「いやはや、助かったよ。左手の方角を目指すはずが、存外に森が深くて、行けども行けども丘に行き着かなくてね」
 猪グドンが闊歩する丘の麓。狼煙の合図で集合した冒険者に、ヴァンスは鷹揚に頭を下げた。
「それでこそ勇猛たる若者。賞賛されるべき行動であらせられましょう!」
 ラウルが風船を膨らませるように盛り上げる。レックは眼を丸くした。自分は脇目も振らずに走ったから解らなかったけど、そんなに森は大きかっただろうか。そんな疑問を浮かべた表情に、ザードはぶんぶん首を振る。
「あほぅな彼氏を持つと、彼女は苦労するんやろな」
 こそりと囁いた台詞に、ヴァンスが首を傾げる。「勇敢な彼氏持って彼女は幸せやろな、言ぅたんや」とザードが親指ぐっと立てると、彼氏もご満悦な面持ち。
「思い込みが激しいというか、幸せなのはヴァンスの頭なぁ〜ん……」
 レックの言葉は耳に届かなかったようで、幸せな頭の持ち主は、ところで、と話を変えた。
「僕を指揮官にしたいというキミたちの気持ちは十二分に解った。そこまで言うのなら、任されてみようかな」
 冒険者が口々に誉めそやすのを嬉しそうに聞いていたヴァンスは、やっぱり相好を崩して、指揮という名の祭り上げを簡単に引き受けたのだった。ぐるぐる石の剣を振り回し――レックの眼には、ヴァンスが振り回されているようにも見えた――、ふと思いついたように冒険者らに問う。
「そういえば。キミたちの中にセニョリータ、それも幼い女の子が居るよね。本当にキミも冒険者なのかい?」
 その言葉を聞くと、クレアはとことこ丘を登り始めた。気を惹かれたグドンが彼女に群がろうとする。
「あああ、危ないよセニョリータ!」
 慌てたヴァンスが後を追いかけようと飛び上がったその時。
「さて……なんか色んな意味でやりきれない気分だから、八つ当たりになっちゃうけどね……」
 クレアの振る大鎌のような杖から、無数の黒く鋭い針が浮き出た。呆然としてヴァンスは足を止める。
「……幽雅に咲くは死出の桜……見れば最後の別れとならん。幽冥の世界に眠りなさい」
 ニードルスピアがグドンを襲う。クレアを囲んだグドンたちは呻き声を漏らす暇もなく、弾け飛ぶ。それはもう、一般人からすれば凄まじい威力だった。いくらなんでも、ヴァンスにすら理解できるほど。
「――えっと、彼女、ちょっと強い?」
 ヴァンスの喉がごくりと動いた。クレアが肩をすくめて振り返る。
「まあ……こんな具合に私たちで露払いはするから、最後お願いね」
「むしろ。僕、要らないんじゃないかな」
 しばらくその場に立ち尽くしていたヴァンスはやがて地面に座り込み、人差し指で『の』の字を描き始めた。やさぐれている。
「な、何を仰せられますか! 我々が集った理由は一つ。ミーナ様よりお話を伺い、ヴァンス様の勇気に感銘を受け申したことでありますぞ。それ故、ヴァンス様こそがリーダーとなり、我々はその手足として働くのが道理」
「……けど。僕が指揮するより、キミらがてきぱき倒す方が早いよ」
 必死に食い下がるラウルの言葉を聞いて、ヴァンスは微かに顔を綻ばせたものの、一度眼にした衝撃はなかなか消えないようである。『の』の字が2つになった。
 先刻とはまるで打って変わった態度に焦ったティリアが、わたわたと手を振り回す。
「あーっと、もしかしたら、私たちじゃ歯が立たない敵が出るかもしれませんし!」
「あの針でも倒せない? そんなグドン居るかなあ……」
 完全に消沈している。方針転換を余儀なくされた冒険者たちは、アイコンタクトで相談。
「俺達が派手に暴れて、ミーナの好きな花を無駄に踏み荒らすのは避けたいからな。丘に詳しいヴァンスが指示を出してもらえるかい?」
 結局、ナキリの頼み方に、「それなら」とヴァンスは首を縦にした。

●真実
「ああ、南方面はいけない。花が群生しているからね。こちらに追い込んでくれたまえ」
 ちょっぴり適当にヴァンスが冒険者の指揮を執る。それなりに満足感を得てはいるものの、ともすれば落ち込みがちである。
 わざと攻撃を外すティルナや、ザードの怖がる素振りを見ても、隣でハクホウがナパームアローで次々とグドンを屠っていくのを目の当たりにすれば、如何に幸せ頭といえども実力差を思い知らざるを得ないのだ。
「……ふ」
 どこか哀愁漂う横顔のヴァンスを他所に、グドン退治はつつがなく終了した。最後の一匹を倒す前に、ラウルが「敵大将の首級を上げるのは、大将たるものの誉れ!」と持ち上げてみたが、ボスを倒すのに適任なのは他に居るよ、とあっさり断られる。
「さ、帰ろっか……」
 とぼとぼ丘を降りるヴァンスを、何事か考え込んでいたレックが引き止めた。
「いつもミーナから、ここに咲いている花を貰っているなぁ〜ん。今回くらいは、ヴァンスからミーナに花をプレゼントしてあげるのも良いと思うなぁ〜ん」
「……いい考えだね」
 膝折り、花を吟味するヴァンスに、レックは畳み掛けるように続けた。
「この丘を見るなぁ〜ん。花が咲き誇ってるなぁ〜ん。グドンと冒険者が戦ったのに、みんな無事なのは、ヴァンスがばっちり指揮したからなぁ〜ん」
「そうかな」
「本当の強さというのは、こういうところに出るなぁ〜ん!」
「そ、そうかなっ?」
 ヴァンスの眼に光が戻りかけたのを逃がさず、ザードがさらに言いくるめる。
「つまりこの丘は、ヴァンスの強さを示してるっちゅうことやな。うわこりゃ一本取られたわ、わいら、花のことなんて誰も思いつかへんかったわー!」
「これぞ大将としての器の証左であると申せましょう!」
 そもそも、それを理由に俺が頼んだよな、と呟いたナキリの突っ込みを闇に葬り、ラウルが芝居がかった口調で煽った。ミラの大げさにする拍手を浴びて、ヴァンスはさらりと髪をかきあげた。
「やっぱり、そうかな!」
「もちろん、そうだよ」
 ハクホウが頷く。クレアもげんなりしつつ、周囲に促されて渋々拍手。二人に認められれば、ヴァンスの気分は再浮上。
「そして、そのヴァンスさんに花を貰ったら、ミーナさん喜ぶこと間違いなしです! カンペキです!」
「グラッシアス!」
 喋る本人も何が完璧なのか良く解らなかったが、ともかくティルナの締めを受けて、ヴァンスはぱちりと指を鳴らした。うきうきと身体を揺らして花を摘み始める。冒険者たちは一様に胸を撫で下ろした。
「解決、か? なんだか、疲れる依頼だった……」
 ナキリはこっそり肩を落とし、野原に座り込む。前方で鼻歌を歌っていたヴァンスが、ぴたりと動きを止める。
「しかし、困ったな」
「何がです?」
 まだ問題があるのかと、恐る恐るティリアがお伺いを立てる。
「ミーナの笑顔に値するには、この丘中の花を全部摘んでも無理だね。どうしよう?」
「あ、そうですかー……」
 本当に疲れるのは、実は帰還してからなんじゃないだろうか。ティリアは深い深い溜息をついて、今から砂を吐く心の準備をするのだった。


マスター:わや 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2005/05/16
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