黒桔梗の森 破壊の爪牙



<オープニング>


「……退屈ですね」
 窓際の椅子に陣取った久遠に遠き予兆・ウィヴ(a12804)は、その日何度目かの溜息をついた。何気なく見上げた空は嫌味な程に晴れ渡り、昼下がりの陽光の下、大地はつかの間の平穏にまどろんでいる。
「冒険者が暇なのは、一般の皆さんにとっては喜ばしい事だと思いますけど……?」
 丁寧に梳いた髪を一つに束ねながら、日溜まりの旋律・ラクシェル(a16967)が小さく首を傾げた。ほっそりとした白い指が、リボンを実に器用に結んでいく。
「だったら、腕試しに黒桔梗の森にでも行ってみるか?」
 武器の手入れを行っていた戦場を馳せる鉄火・アルロ(a10672)の何気ない一言が、室内に居た者達の視線を彼に集めるきっかけになった。
「何か面白い情報でも掴んだのか?」
 壁に背を預けたまま、鶺鴒の騎士・リーリエ(a15281)が問う。
「ヴォルカノン洞窟の、ヴォルケイノサウルスって知ってるだろ? あれに良く似た外見のモンスターが目撃されたらしい」
 体や技の攻撃に対して極めて高い防御力を持つ皮膚と、心攻撃を弾き返すほどの強度を誇る発達した牙と爪。本物よりは少し小さいが、それでも体長は4メートルを超える。
「かなり攻撃的なモンスターらしいから、注意は必要だろうけどな。……行ってみたい奴、居るか?」
 顔を上げたアルロは仲間達の顔を見渡し、好奇心に満ちた表情を確認すると笑みを浮かべた。
 だが次の瞬間、ウィヴの発した言葉によって、彼は笑顔のまま凍りつく事となる。
「行ってみたい奴……って、実は団長が一番行きたいと思ってるんじゃないですか?」
 
 ……どうやら、図星であるらしかった。

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参加者
呪通のドリアッド・コーツェル(a06113)
蒼閃の医術士・グレイ(a09592)
嵐の眷属・アルロ(a10672)
絶対零度の剃刀・ヨイヤミ(a12048)
久遠に遠き予兆・ウィヴ(a12804)
鶺鴒の騎士・リーリエ(a15281)
日溜まりの旋律・ラクシェル(a16967)
不破の双角・ゼオル(a18693)


<リプレイ>

「べ……別に暇だから狩りがしたいとかそんな事は……! 暇潰しで己が身を凶牙に晒したいとか、スリルに飢えてるからモンスター退治に行きたいとか、体力を持て余してるから強敵と戦いたいとか、そんな事はーッ!!」


「……でもまぁ、来ちゃった以上は仕方ないよな」
 黒桔梗の森に足を踏み入れた戦場を馳せる鉄火・アルロ(a10672)の白々しい台詞に、鶺鴒の騎士・リーリエ(a15281)は思わず苦笑した。うきうきと弾むような足取りで前を行くアルロの背中に視線を送り、声を掛ける。
「団長殿、無理はするなよ」
「ギク」
「……今、ギクって言いませんでしたか?」
 僅かに震えた肩の動きを見逃さず、呪の蒐集者・コーツェル(a06113)は眼鏡の奥で瞳を細めた。
「い、いやそれは……気のせいだ! それより、早いところ噂のモンスターを見つけてお手並みを拝見させて貰おうぜ。一体どの程度の力を持っているのかを、なっ」
「ヴォルケイノサウルスに良く似た外見のモンスター……実際に見るのも今回が初めてですし、どのような迫力があるのか、とても興味がありますわ♪」
 振り返り、頬に汗など流しつつ取り繕う青年の姿を見やり、日溜まりの旋律・ラクシェル(a16967)がクスリと笑う。
(「黒桔梗の森を訪れるのは、これで2度目ですね。前回の敵も手強い相手でしたが、さて、今回は……?」)
 仲間達との会話に参加しようとはせず、不破の双角・ゼオル(a18693)は全神経を耳に集中させていた。木を倒す音や足音等、モンスターの接近を聴覚で捉えようとしているのだが、現在のところ、それらしき物音は聞こえない。
「防御力が高いって聞いたけど、皆で協力すれば何とかなるよね」
 16歳にしてはやや幼い口調で、霜雪の医術士・グレイ(a09592)は常闇の傀儡士・ヨイヤミ(a12048)に話し掛けた。長い睫毛に飾られた紫の瞳が、少女のように愛らしい。
「HoーHo! こレだけ熟練した冒険者が揃ってイマスからネ。油断さえしなけレバ、問題ないと思いマスよん」
 高笑いを交えつつ、ヨイヤミはそう応じる。顔の殆んどを覆う覆面の為に、その表情まで窺い知る事は出来なかったが。
 久遠に遠き予兆・ウィヴ(a12804)は、義理の子供であるアルロと共に先頭に立って歩を進めていた。初めて訪れる場所ではあったが、黒桔梗の森は森だけに限って見れば、なかなか良い所であるようにも思えた。豊かな土壌に育まれた木々は濃淡様々な緑の葉を広げ、陽光と柔らかな風の愛撫する手に、それを委ねている。
 ドリアッドである彼にとって、緑は親しい友のようなもの。人の手の入らぬ地ではあったが、森は拒む事無く自分達を受け入れてくれている。
「あれは……」
 背後から聞こえた呟きに足を止め、ウィヴは振り返った。すぐ後ろを歩いていたリーリエが、鋭い視線で前方を見つめている。
「どうしたんですか?」
 怪訝そうな問い掛けに答えようとはせず、リーリエは足早に先頭の2人を追い抜いた。そのまま数メートルの距離を進み、立ち止まって屈み込む。
「足跡だ……まだ、新しい」
 何事かと集まってきた仲間に顔を上げ、短く告げる。巨体を支えたと思しき大きな足跡が、そこに確かに刻まれていた。踏み敷かれて折れた草が放つ香りは濃く、鋭い爪に抉られた黒い土は、まだ殆んど乾いていない。足跡の持ち主がここを通過してから、たいして時間は経過していないように思われた。
「アイツか?」
「それは判らないが、かなり大きなモンスターだというのは確かだな。……向こうだ。行こう」
 勢い込んで尋ねたアルロに答えて、立ち上がったリーリエが歩き出す。どうやら標的は近いらしいと判断したゼオルは、前衛に立つ者達に鎧聖降臨による防御力の強化を施していった。


「う〜ん。見るからにモンスターって感じだね」
 グレイの洩らした感想は、仲間達の想いを代弁するものであったかも知れない。
 比較的開けた、草地のような場所に立っていた『それ』は、確かにヴォルケイノサウルスに良く似ていた。森の中にあっては異様に目立つ赤銅色の鱗に覆われた巨体と、それを支える頑丈な後脚。背を向けている為に確認する事は出来ないが、発達した顎には、恐らくびっしりと鋭い牙が並んでいるのだろう。
 ヴォルケイノサウルスと異なる点があるとすれば、背中にある筈の炎のたてがみがない事と、体の大きさ、そして爪の長さか。体格と比して小振りな前脚には、不自然な程に長い爪が生えている。
「最近じゃ珍しィーかもでスナ。こんな正攻法のフリークスは……その分厄介デスがねェ」
「無聊の慰みにしても手強い相手ではありますが……そうでなくては、ですな」
 先のグレイのみならず、ヨイヤミとウィヴが交わす言葉も、声量は抑えられていた。モンスターは未だこちらの姿を捉えてはいないが、しきりに風の匂いを嗅いでいるように見える為だ。しかし、それも長い事ではなかった。低い唸り声を上げたモンスターが、ゆるりと冒険者の潜む茂みに向き直る。
 ゼオルの鎧聖降臨付与が完了したのは、この時であった。
「準備は整いました。相手も気付いたようですし……始めましょうか」
 黒鱗のリザードマンの言葉を受け、冒険者達もまた動き出す。

「HoーHo!」
 モンスターの注意を惹き付けるべく声を上げ、茂みから飛び出したヨイヤミは巨体に向けて両手を突き出した。陽光に煌めく蜘蛛糸が宙を疾り、モンスターの体に絡みつく。
「いかに強固な鱗でも、これならどうです?」
 槍弓アパショナートを構えて立ち上がったウィヴが、弓弦を鳴らした。防御力を無視する1本の矢が、赤銅色に輝く鱗を深々と貫き通す。
 ゴァァァアァァッ!
 森の大気を震わせて、モンスターが咆哮を上げた。苦痛に身を捩り、纏わり付いた蜘蛛糸を引き千切る。効果はあったようだが、1本の矢が巨体にどれだけのダメージを与え得たのかは判然としない。
「ならば、倒れるまで射続けるだけの事です!」
 短めに揃えられた髪と朝顔の蕾を揺らし、ウィヴもまた茂みから飛び出した。
「アルロさん、行くよっ!」
 地を蹴ったアルロの背中に鮮血術手袋【紅麗】を向けて、グレイはディバインチャージの力を解放する。狂戦士の手の中で、重槍 ベル・ゼルガは一回り大きくその姿を変えた。彼が今手にしている得物は、ゼオルから借り受けた品である。常日頃愛用している剣の強化が、今日という日に間に合わなかった為だ。
 自分で黒桔梗の森に誘っておきながらのこの失態……なんとしても埋め合わせなければ。
「おぁぁぁぁっ!」
 雄叫びを上げ、モンスターの爪を目掛けて叩き付けた一撃は、モンスターが身悶えた為に目的を達し得なかった。穂先が前脚の鱗を掠め、爆発が生じる。
 薄い煙を風が運び去ると、砕け、ひび割れた鱗が現れた。肉が裂け、血が流れてはいるものの、あまり大きな傷にはなっていない。
「嘘だろ!?」
 驚愕に目を見開くアルロ。モンスターの防御力が高い事は噂で耳にしていた。だが、まさかデストロイブレードの破壊力をここまで抑え込むとは。
「洒落くせぇ!!」
 叫び、駆けるリーリエの傍に、一抱え程の白い塊が姿を現した。駆け抜けざまに振るったBachstelze【鶺鴒】によるホーリースマッシュは、無情にも空振りに終わる。
「くそっ……動きは鈍くとも、やはり部位狙いは厳しいか」
「今度は、私が……っ!」
 舌打ちし、モンスターに向き直るリーリエの視界の隅に、青白い紋章の輝きが燃え上がった。側面に回りこんだコーツェルが、巨体にエンブレムノヴァを叩き込む。
 効果は絶大であった。奥義を極めた火球には紋章筆記の力が上乗せされており、焼け爛れた鱗と皮膚の剥がれた場所からは、血に濡れた肉が露出している。
「当たって下さいっ!」
 コーツェルの攻撃とほぼ同時に、ラクシェルは慈悲の聖槍を撃ち出していた。比較的鱗の薄いであろう腹部を狙った光の槍は、長剣の如き前脚の爪によって砕かれる。
 今、モンスターは知った。
 まず倒すべきは武器を手に向かい来る者達ではなく、距離を置いて攻撃を仕掛けてくる者達である事を。
 苦痛を怒りに転化させ、モンスターは獲物のひとつに狙いを定めた。


「コーツェル様!」
 ラクシェルの声が飛んだ時、その名を持つ青年は既にその場から移動していた。円を描くように一定の距離を保ち、左側面に回り込もうとするコーツェルの動きを追い、モンスターが頭を巡らせる……やはり、自分が狙われているらしい。強固な鎧を装備出来ない為に、術士の物理攻撃に対する防御力はたかが知れている。危険な賭けに出るつもりは、コーツェルにはなかった。戦士には戦士の、術士には術士の戦い方がある。
 後衛の者達の防御力も上げるべきであろうか。刹那、ゼオルは迷った。その巨体の故か、モンスターの移動速度は決して速くはない。しかし、万が一の事態が起きないと断言する事は出来ない。ならば、狙われている彼にも鎧聖降臨を付与するべきか?
 否。焦る気持ちを抑え、ゼオルは決断した。鎧聖降臨を使用している間にモンスターが標的を変えれば、こちらの行動は後手に回り対処が遅れる。自分に課せられた役割は、盾となり、壁となってモンスターの動きを封じる事。役割を全うすれば、後衛がモンスターの攻撃を受ける事はないのだ。
「あなたの鱗と私の鎧……どちらが硬いか、勝負です!」
 剛斧【竜破墜天】を強く握り締めたゼオルが、右側面から走り込む。それは、コーツェルに意識を向けていたモンスターからは死角に当たる位置であった。硬い物が砕ける高い音が立つ。同時に、兜割りを仕掛けた重騎士の手に痺れが走り、折れた爪の1本が大地へと突き立った。
 モンスターが咆えた。いつの間にか懐に入り込んでいたゼオルを叩き潰さんと、右前脚を大きく振り上げる。
「アナタの敵はゼオルさんだけじゃナいですよん。Ho−Ho!」
「そういう、事です!」
 ヨイヤミが飛燕連撃を、ウィヴが貫き通す矢を、それぞれ放つ。気を練り上げて形と為した刃の1本が、モンスターの目元付近に命中した。ダメージは与えられなかったが、急所の近くに衝撃を感じたモンスターは反射的に目蓋を閉じ、その間に闇色の透き通った矢が下顎を貫く。
「攻撃的な医術士でごめんねっ!」
 畳み掛けるように、光の槍を打ち出すグレイ。白い軌跡は吸い込まれるようにモンスターの胸部に命中し、激しい苦痛に巨体が震えた。
「そう簡単に仲間を殺らせてたまるかよ!」
 振り下ろされた前脚の爪を、アルロが受け止めた。骨が軋み、盛り上った筋肉が負荷に耐えかねて悲鳴を上げる。
「団長殿、そのまま支えててくれ!」
 後退したゼオルと入れ違いに、髪をなびかせてリーリエが飛び込む。上段からのホーリースマッシュは、右前脚に残されていた爪を全て打ち砕いた。
「まったく、身長だけでも私の2倍以上とは。何を食べたらここまで大きくなれるのでしょうね?」
 体勢を整えつつ、ゼオルは軽口を叩く。返答は、モンスターの体の向こう側から聞こえた。
「少なくとも、私は餌になるつもりはありませんよ。モンスターの胃袋に納まって一生を終えるなんて、考える気にもなれませんからね!」
 言い終えるよりも早く、コーツェルが2度目のエンブレムノヴァを放った。命中と同時に上がったモンスターの声は、既に咆哮というより悲鳴に近い。
「わたくしもコーツェル様に同感です……ゼオル様、ディバインチャージ行きます!」
「ありがとうございます! さぁ、このまま一気に行きましょう!」
 ラクシェルによって強化された得物を手に、黒鱗のリザードマンは再びモンスターへと斬り掛かっていった。


 断末魔と共に巨体が倒れると地響きが立ち、重い振動を伝えた木々の枝が震えた。
「撃破……っと。皆さんお疲れ様です」
「一時はどうなるカと思いましタガ、皆サン大した怪我もナくて何よりデスよ」
 笑みを浮かべたウィヴに応え、ヨイヤミが肩から力を抜く。
 深手を受けたモンスターの抵抗は、かなり激しいものであった。太く強靭なモンスターの尾が、横薙ぎに前衛の者達を打ち倒すという危険な場面もあったのだが、予め付与されていた鎧聖降臨の効果と、後衛の回復と牽制の連携によって事なきを得ている。
「まったく、重騎士のお株を奪うタフさだったな……」
 うんざりとした様子で武器を収め、リーリエは戦闘で乱れた長髪をかき上げた。金糸が陽光を弾き、キラキラと美しく輝く。
(「集団で戦った結末としての勝利……私1人の力はどれ程のものなのでしょう」)
 モンスターの骸を眺めやったコーツェルは、目深に被った帽子の下に苦笑を隠した。判断基準がある訳でもないのに、その様な事を考えてもあまり意味はない。
「……何をしているんですか?」
 もはや動かぬモンスターの周囲を歩き回るゼオルに、ラクシェルが怪訝そうな顔を向ける。
「一番硬い部分の鱗を頂いて帰ろうかと……今度、盾を新調しようと考えているんですよ」
 言葉を返しながら、ゼオルは1人頷いた。どうやら納得のいく物が見つかったらしい。
「それで、実際にヴォルケイノサウルスもどきと戦ってみた感想ってどうだったの?」
 小さく首を傾げつつ、グレイはアルロに尋ねる。
「そりゃあもう、最高の暇潰しに……ととっ」
 思わず本音を言いかけて、アルロは慌てて口を押さえたのだった。


マスター:夕霧 紹介ページ
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