<リプレイ>
陽に照らされ、淡く緑光を帯びて波打つ草原。 その中を往く者達があった。 それらは決して旅人ではなく、異形の者達の集まり。輿入れの行列。死者の葬列。牧草地を往く羊の群程の数はおれど、それに喩えるには些か整然とし過ぎていた。 また、春の色が漂う草原に別の二群。仄かに光る緑白の海に沈み、2手に分かれて死者の列を狙う者達がいた。 餓えた獅子のごとくにひたりひたりと群を追い、逃さぬ意思を込めて遠巻きに時期を伺う。 それは――同盟の冒険者達だった。
●緑白の海 海蕾の杖・プロエリウムアルティス。七芒星纏う宝玉が、まず見えた。続く赤茶の頭。蒼の双眸に映るは、死者を導く黒衣の青年達。 「さあ、これからだ……」 強い決意を滲ませて、緋の彗星・シエヌ(a04519)が呟けば、仲間達が頷く。 受けて、草むらから飛び出すシエヌ。雌鹿を思わせて伸びやかに、駆ける。駆ける。踏む草の青を香らせながら、瞬きの間にシエヌは列の側面へと距離を詰める。 「こっちの流れにのってもらうね!」 凛と言い切り、掲げるは海の蒼。 青年達が振り返る。雪で出来た人型めいて整い過ぎた容貌には、予測していたと言わんばかりの表情が浮かび、物狂う刺青を施した頬を歪めて一人が哂った。 哂う男を睨み据えながら、幻狼・リョオマ(a10792)が翳した剣。 愛しい者へそうするように、未来を願う気弱な天使・ミア(a09735)が胸に抱いた天使の杖『エンジェルブレス』。 銀を帯びて永久に白く輝く、散る為に咲く華・コノハ(a17298)の『月鬼』。 その全てに光が揺らめいた。淡い金の光は、誓う子等全てに力齎したもうグリモアの恩寵だった。 黒衣の青年達の瞳に、本物の驚愕が宿る。 同時に、シエヌが杖を打ち下ろした。新しい光が生まれる。朝日のように清浄で、無垢の金を思わせる美しい光。それを纏うシエヌの苛烈な眼差しと珊瑚の唇に、まるで魅了されたように、範囲にいる敵全ての視線が吸い寄せられる。 ――かかった! シエヌは確信した。 ミアが紡ぐ紋章の乱舞。リョオマが解き放つ、狂い咲く力の竜巻。群に切り込むコノハの、流れるような剣撃にも視線を揺らがす事無く、シエヌの言葉の通りに彼等はただ彼女だけを見ていた。 範囲を覆い尽くした激烈な力に、死者達が次々と粉砕され、人質の少女が現れる。青年達もその力の渦に巻き込まれた筈なのに――傷が浅い。彼等もまたグリモアの加護を受けし存在なのだと気付いた時には既に、抜き身の長剣がシエヌの眼前にあった。 「さようなら、可愛らしい方」 長い黒髪とラバーコートが死者の隊列の旗印めいて翻る。無造作に突き出された剣は、咄嗟にシエヌが翳した腕をすり抜け、狙い過たず胴のやや上を貫いた。 傷口が灼熱する。声を出そうとすると、競り上がる血が咽喉から溢れた。視界の端で、もう一人の青年が杖を構えて哂っていた。風にはためく短い髪と頬の刺青が交じり合い、眩暈を誘う。違う。眩暈は意識を失う前兆なのだと熟練の冒険者であるシエヌは理解していた。 ごめん。 仲間と囚われの者達と、愛しい人の顔が過ぎ去って行く。 ごめん……うち、死ぬかも。 激痛が舞い降り、世界は闇に閉ざされた。
シエヌが黒炎に包まれた。一瞬の出来事だった。光は確かに敵を引き付けたが、結果として紋章術士の彼女が前衛へ出る事になってしまったのだ。倒れ、無防備な彼女がアンデッドに襲われるのは時間の問題だった。 「ボクが行くなぁ〜ん」 咄嗟に飛び出しかけたリョオマを制するコノハ。暖かな茶の瞳は、溢れ出す怒りに琥珀のごとく煌いていた。 何故。問いかける。何故、そこまでするのか。通りすがりに滅ぼされた村を見た。凄惨な死体の山を見た。急いでいたから埋葬も出来ず、通り過ぎた村々の光景が、コノハの過去と重なり――熱く胸を焼く感情がそのまま言葉となる。 「許さない……絶対に許さないなぁ〜ん! 皆を傷つけた痛み……思い知るがいいなぁ〜ん!!」 雷光を宿した刀身は、青年の剥き出しの胸に届く事無く、斜めに受け流された。 「珍しい……耳? でも、綺麗な色だ」 物を愛でるような声音には、寒気を呼び起こす威圧感があった。少し位、傷ついても良いと思っていたコノハは、力の格差に己の不覚を悟った。
●青嵐 死者の列の前方で、奇跡のような光が立ち昇った。人質の少女を救うという誓いと行動に呼応して、グリモアの力が光臨したのだ。 「凄い――」 負けては、いられませんね。呟いて、泡沫ナル魂ノ呼応・セフィス(a17883)も光を放つ。それを合図に、後方の者達もまた死者の群の側面へと突入を開始した。 「来たれ……漆黒……風の針――……寄り……て鋼の刃となり……我が敵を――討て」 起伏の無い声がして、本の頁がめくれる音がそれに続く。硝子細工の万華鏡・ナディア(a11062)が落とした言葉の一つ一つが舞い上がり、刃となって降り注いだ。 引き裂かれる衝撃に、死者達が2度目の死へと至るボレロを舞う中、唯一人少女だけは身じろぎせずに立っていた。 無慈悲な眼差しは深淵を覗くよう。セフィスを見据え、 「貴様等が同盟の冒険者か」 言って、額から鼻梁を伝って流れる血を一嘗めした。 我が身を楔と変え、開けた道を更に押し広げるように、剣狼戦華・カイザー(a12898)と風纏う銀の翼剣・リュキア(a12605)が残る死者を数体纏めて屠り、少女を目指す。 「余裕を気取っていれば良い。せいぜい歓迎してやるさ」 蒼穹の淡き月・アルナト(a10219)が、世の無常さを映す鏡のような灰色の双眸を少女へ向けた。 「……この前の礼もまだだしな」 呟きが白光を呼ぶ。古びた物特有の美しさを纏う杖『アルカエスト』から生まれるは、慈悲の体現。聖なるもの、清いもののみで出来た槍。少女と自分達を遮る最後のアンデッドが、中心に槍の一撃を受けて伏せった。 遮るモノの何も無くなった少女は、薄く笑って身の丈程もある巨大な剣を、舞の型の一つのように構えた。 狂戦士――その技量の程を見抜いたカイザーはしかし、一片の怯みも見せずに更に間合いを詰める。 グリモアと、右腕の傷に懸けて誓ったのだ。無辜の民を守るのだと。誓いに応えて齎されたこの力を、今使わなければ、いつ使えと言うのだ……? 虚無を共にグリモアを見上げたあの日から、この時の為に鍛えて来たのだ。 カイザーが振り上げた流麗な剣が陽光だけではない輝きを帯びる。気の紫電を伝わせて振り下ろされた剣は、僅かばかり反らされたが、少女の甘いミルクのような肌に一筋の赤い線を引いた。断ち切れるハーネス。剥き出しの乳が鮮血に塗れる。 「やるな、色男」 余裕の現れか虚勢か、判じ難い言葉にカイザーは柳眉を跳ね上げた。 前衛職か……ならば、一気に畳み掛けるまでです。 セフィスの手の内の、泡沫の夢のような淡い色を秘めた珠から、宙に一滴の闇が滴り落ちた。見る間に周囲を焼き尽くして現れる異貌の黒炎。濡れたように輝く牙を剥き出しにし、悪魔の名を持つ炎が飛んで往く。少女は剣を立てて炎へ合わせ、血を紅代わりに赤く濡れる唇へ笑みを刻んで、巨大な剣が炎を絡め取った。 「――っ!」 返る衝撃に身を折るセフィス。 「殲術の構え――か」 苦いものを噛んだような口調で言い捨て、アルナトは手を変えて癒しの風を呼ぶ。 「もう、好き勝手なんかさせないからねっ!」 木陰に惑う陽光のような、生気に満ち溢れて弾む声と共に、リュキアが少女とセフィアの間に割って入た。 そう、後衛に近づけさせる訳には行かない。倒そうとする戦いでは負けた。だから、ここを護る戦いでまで負ける訳には行かない。決意をそのままに間合いを詰める。気の雷電が弾ける銀剣の切っ先はしかし、巨大剣の腹に阻まれた。 少女の意識がリュキアへ向く。そこまではリュキアの狙い通りだった。2対1だ。勝算は自分達にある――筈だった。 「少々悪ふざけが過ぎるようだな……?」 カイザーが言った。静謐な声だた。 「悪ふざけ?」 嘲笑の気配を漂わせて、少女が問い返す。 「悪このような者を前衛に出す事を言うのだ」 少女のぞっとするような流し目だけが目に入った。僅かに遅れて、自分の肩に食い込む巨大剣の痛みをリュキアは感じた。肩が四散する。皮と肉と血管とが縦横に断ち切られて、驚くほど高く血の塊が跳ね上がる。 「あ……れ……」 防ぐ暇も無かった。乾いた地面に付けた頬が、自分の血で見る見る濡れそぼって行く。 霞む目の中、他のアンデッド立ち寄り高い位置に頭を出す、骨の家が目に入った。 誤りたかったんだ。安全な場所、もう怯える事の無い生活を、ボクの手であげたかった。酷い目にあわせちゃってごめん。もうこんな事にならないように、頑張るよって言いたかっ……。 そこで記憶は終わり。 流れる銀髪としなやかな四肢を、力なく地へ投げ出した少女の名を呼ぶ声が、戦場に響いた。
●紅雨 人質の少女がいた。 竜巻に巻き上げられ降り積もる死者達の只中に、立ち尽くしていた。 顔に垂れかかる蜂蜜色のふわりとした巻き毛。長い睫の下で潤む真紅の瞳が、無感動にリョオマを見返す。 その少女も範囲に収めて、清められよと涅槃・バルバラ(a90199)が歌えば、確かに少女の全身を覆う痣や傷口は消えたが、体の震えが止む事は無かった。 瘧に掛かったような少女を腕に庇って、リョオマは骨の家を目指す。指が無意識に剣に絡む鎖を手繰った。狂気と――崩壊する魂。縛る鎖を解けば、剥き出しのそれは力になる。いいさ、覚悟はできてる。好きなだけ心を蝕めばいい。どんな苦痛を伴っても、どんなに愚かだと罵られても、必ず皆護り抜く。 「そう……決めたんだ」 眠らぬ夜を意味する剣を地へ突き立てる。少女が腕の中で僅かに身を竦めた。体の部分を千々に散らして、死者達が死んで行く。腐臭。汚猥。粘つく、血に似た何かと、骨の欠片達。地獄の釜を開いたような、凄惨な光景があった。生み出した自分を、リョオマは何の感慨も無く見ていた。 バルバラが、倒れるまでは。 「悪……いね。お先にリタイアさ」 振り返って、自嘲気味に笑った彼女の背中には剣の切っ先が生えていた。膝を折り、仰臥する。広がる血染み。ミアは遠く、シエヌとコノハを庇って戦っている。全周囲から迫る死者。逡巡、する事も出来なかった。
●黒禍 ナディアとセフィスの波状攻撃。絶え間ないアルナトの癒し技と、少女を牽制するカイザーの存在。 加えて骨の家の傍らに立った力の柱を横目で見、分の悪さを悟ってか、カイザーと睨み合っていた少女は口惜しげに笑った。 「貴様等のような術者が居ては、アンデッドの盾も脆いものだ。残りのアンデッド達をせいぜい有効に使わせてもらうとしよう。――相手をして差し上げろ」 それが撤退の合図だったのか、残りの死者の殆どが速度を速めてカイザー達へ殺到する。少女の姿は直ぐに死者の群へ呑まれて消えた。
「撤退だ」 少女の声に、リョオマへ切り掛からんとしていた青年は手を止めた。 「しかし――こちらはもう直ぐ片付きますが」 渋々、剣を降ろしながら青年は邪竜導士の青年を振り返る。 「同盟の医術士は凄腕だ。邪竜導士もな。互いに殲滅戦になる。刺し違えるが望みならば貴様だけ残れ」 切って捨てるような物言いだった。青年は居住まいを正して、低く歯切れの良い返事を返す。 「骨の家は破棄する――ああ、その娘は連れて行け。無いよりはマシだ」 麻痺しているリョオマの腕からもぎ取られる少女。必死に腕へ絡みつく指に、黒衣の青年は優しく手を沿わせ、軽い音を立てて折った。 リョオマの麻痺が解ける。駆け出しかけた少女は、身を翻して無言の怒りに満ちた剣撃を受け止めると、甘さすら感じる声で言った。 「いい目だ。狂犬のようだな」 少女が腕を振るう。骨の家が動く音。アンデッドが絡み合って構成されている骨の家が解ける音だった。家が開けば、残りの死者が柔らかな肉を求めて殺到するだろう。追うか、残るか。最後のレイジングサイクロンを放ったリョオマの吼声は慟哭に似ていた。
●赤鉄の檻 「……列強……とは、――か……くも、無慈悲な……もの……ね――」 ナディアの拳から、血が一滴落ちた。食い込んだ爪が血を滲ませる程に強く拳を握らなければ、耐えられない程の光景がそこにはあった。 剥がれた爪。潰れた指先。流れ出た血が乾いて赤鉄の色に染めかえられ、長い旅路に異臭漂う骨の家の内から救出された女子供は全部で15人だった。 癒しの技では、心の傷まで癒す事ができない。知っていた。知っていたから、ナディアは囚われていた者達へ近付く事は出来ず、ただ遠巻きに傷を癒す事しか出来なかった。 「もう……繰り返さん……」 心なしか疲れを滲ませ、カイザーが呟く声が聞こえた。 閉じた本を胸に抱いて俯いたナディアは、 「……な……りたい――強く――強く……」 呟きに応えて微かに頷いた。 「ねえ、冒険者さん」 双眸に、今にも零れ落ちそうな涙の粒を湛えて、助け出した女の一人に癒しの水を飲ませるミア。やっと声が出るようになった女は、ミアを見上げて女はこう言った。 「私を殺して貰えませんか? もう誰も居ない――何も無い――」 撤退する時には、こんな風になるなって思ってもいなかった。だから、責任を負わなければとここへ来た。一人でも多くの人を助ける為に、ここへ来た。助ける――その言葉は口に甘く、行う手には難く。結局ミアは、女に対して黙って首を横に振る事しか出来なかった。 「私が代わりますよ。あなたは暫く休んだ方が良い」 「……めです。私の所為なんです。私が……たから……っ!」 「貴方だけの所為ではない。戦に加わった皆、平等に責を追うべきです。そうではないですか?」 耐え切れず、嗚咽に肩を震わすミアの肩を叩き、セフィスは物柔らかくそれだけ言った。 この歳で、あのように凄惨な戦を見れば無理も無い。 囚われた者達の大半を助けられた事を、唯一の慰めとするしか無いのだ。 セフィスは諦念にも似た何か胸の内に感じながら僅かに唇を噛み締めた。
少女が歌う。現と夢の境を見ながら、少女が中空に手を伸べて少女が歌う。幼い娘を膝に抱いて癒しの波を送っていたアルナトは、そっとその手を後ろから捕らえて覆った。新しい肉が盛り上がり、癒えた傷口は滑らかで、けれど少女の心が戻って来る事は無く。姉はいつ帰って来るのかと、問う時にだけ瞳に光が宿る。その双眸は、囚われた少女に驚くほど似ていた。 だから伝えた――それで娘は正気から遠のいた。 他に成す術も無く少女を抱いて、アルナトは思う。 血縁が死に絶え故郷を無くした女達の殆どは、大きな街へと流れ着き、自分と同じように辛酸を嘗める事になるだろう。 それでも残された者達は生きて行くしか無いのだ。誰もが等しく。 ――その現実の重みに耐えながら。

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参加者:9人
作成日:2005/05/31
得票数:戦闘14
ダーク21
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冒険結果:成功!
重傷者:涅槃・バルバラ(a90199)(NPC)
ファイエリィ・シエヌ(a04519)
風纏う銀の翼剣・リュキア(a12605)
華散里・コノハ(a17298)
死亡者:なし
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