<リプレイ>
「こ、これは……すごいな」 黎明ノ風・エル(a09448)が、呆れた顔で言った。 「あの、ここがもしかして……」 「母上が立てこもっている、アリュセ家の別荘じゃ」 おずおずと尋ねるエンジェルの牙狩人・バルドル(a25600)の問いに、輝石の皇子・クウォーツ(a00767)が頭を抱えた。その頭の中では、城塞に変わり果ててしまった別荘の修繕費にいくらかかるのだろうかと、無意識にそろばんを弾き始めている。 アリュセ家の夫婦喧嘩に端を発した騒動は、妻スピネアが静かな湖畔に建つ別荘に立てこもるところにまで発展していた。別荘の管理人であるベロニカが、いつにも増して斜め上のサービス精神を発揮したために、別荘はさながら城塞と化していた。 「サフォルト様、かっこいいですなのぉ」 桃色四葉の祈り姫・メルクゥリオ(a13895)の言葉に、サフォルトは胸を張った。 「そうかね? ありがとうお嬢さん」 ビシッと着込んだタキシード姿に、ナイスミドルな顔をきりりと引き締めるのは、今回の騒動の発端でもあるアリュセ家の当主サフォルトだった。 「あそこみてください!」 二つお下げの戦乙女・シフォン(a90090)が三階を指差した先で、窓越しに赤い髪の綺麗な女性が一同を見下ろしているのが見えた。視線が合うと、カーテンの向こうに消える女性。 「おお、我が愛しき妻スピネアよ! 今助けに行くぞ! この花束を君に届けるために!!」 どこからともなく取り出した薔薇の花束を窓に向けて差し出すサフォルト。そして、冒険者達の方に振り返ると満面の笑みで言った。 「では諸君、よろしく頼むよ」 次の瞬間、サフォルトは千見の賭博者・ルガート(a03470)にどつかれていた。 「当事者がお気楽なこと言うな!」 「ルガートお兄さま、落ちついて下さい」 祈石の姫君・クウェル(a21988)がルガートをなだめる。 「さて、どうしましょうか。ベロニカさんも随分と張り切ってくれたものです」 真眼の鑑定士・シトリーク(a02700)がため息をつく。 「お話を聞く限りでは、スピネアさんは怒っていらっしゃらないようですね」 静かに微笑むのは紫銀の蒼晶華・アオイ(a07743)。 「ほんの些細な事、それでもスピネアさんにとっては大切なことだったのでしょう。でも、サフォルトさんにとっても、亡くなった奥さんの思い出は大切なものです。私は、お2人がそういった思い出も共有出来るような素敵なご夫婦で居て欲しいと思います」 「夫婦喧嘩は犬も喰わないと言いますが、喧嘩するほど仲が良いとも言いますよね?」 バルドルがアオイたちを見た。エルがさりげなくロングボウに手をかけたのを見て、シトリークが鋭く言った。 「エルさん! 『アレ』使ったら、筆記添付でエンブレムノヴァですよ?」 「何言ってるんだよ。これは向こうの夫婦に使うに決まってるだろ?」 「前々から言ってますけど、何も結婚する気が無いなんて言ってませんよっ! ただ、こういうのはタイミングというかきっかけがですね……」 「ほぉ、シトリークもいよいよ腹括るのかい?」 黒葬華・フローライト(a10629)の突っ込みに、アオイがうつむく。 「シトリークお兄さま、頑張ってくださいね」 顔を赤らめるシトリークを、にこにこと見上げるクウェル。 「で、どうするの?」 一同のやりとりを、一人醒めた表情で見ていた蒼穹天女・ユウリ(a18708)が、ちらりとルガートを見てから尋ねた。 「罠とかあるんだよね? わたしたちは、少しくらいの罠じゃ死なないだろうけど、サフォルトを連れて行くのなら罠は解除しないとやばいんじゃない?」 疾風の・アイル(a01096)の目が興味津々で輝いた。 「ベロニカの罠……かなり手が込んでる」 静逸なる匠・アレキス(a02702)がぼそりと言った。 「ヤバイものも……少し」 「決まってるだろ! 全部体当たりで解除してやる! 特攻しかない!」 ルガートの言葉に呆れるユウリの耳に、不意に聞こえてきた甲高い高笑い。振り返ると、別荘の屋根の上にメイド服姿の老婆が仁王立ちしていた。 「ひゃーっひゃっひゃっひゃっ!! 旦那様! スピネア奥様はこのベロニカがお預かりしておりますじゃ。奥様に会いたければ、ここまで登ってきなされ」 「婆との戦いに決着をつけてやる! 今日こそ俺は勝つ!」 「スピネアよ! 今行くから待っていたまえ!」 そう叫ぶと、別荘に向かって駆け出すルガートとサフォルト。 「あ、待って。わたしも行くよ!!」 アイルがそれに続く。 「めるくぅも、みんなのらぶのために、一生懸命がんばりますなのぉ」 嬉しそうにアイルの後にメルクゥリオが続き、バルドルが慌ててその後に続く。 「ついていかなくていいのですか?」 アオイの問いに、シトリークは苦笑した。 「お婆はまあ、ルガートが張り切ってますし。勝手にトラップに引っかかって解除してくれそうですから。それからでも間に合いますよ」 あんた鬼だ……と呟くエル。 「私たちは、盗賊たちを解放しましょう」 アオイとシトリークが別荘へと向かう。 「あんたは行かないのかい?」 「勝手にして、って言うか……はっきり言ってどうでもいい話ね」 フローライトの問いに素っ気無く答えるユウリ。 「ルガートは、あれでかなり間抜けだから、あんたがフォローしてやんな」 「どうして私が?」 フローライトはキセルをくゆらせてニヤリとした。 「そうね。気乗りしないけど、行って来るわ」 立ち去るユウリの背中に、呟くフローライト。 「もうちょっと素直になんな。ま、人のこと言えないけどな」
別荘に突入した一同を待っていたのは、屈強な男達だった。聞けば、別荘に強盗に入ってベロニカに返り討ちにあってこき使われていたというのだから、かわいそうな話である。喚声をあげて突進してくる男達に、一瞬身を硬くするシトリーク。 「うわぁぁぁ、助けてくれぇ」 柄の悪そうな男達は泣きながら、シトリークに見向きもせずに逃げ出していった。紋章を描こうしたポーズのまま固まるシトリーク。 「行っちゃいましたね」 微笑むアオイに、拍子抜けしたシトリークはこほんと咳払いをした。 「あ、先行ったらダメだよ! そこに……」 アイルは、廊下に張られたロープを目ざとく見つけて叫ぶ。それより早く、ルガートが足を引っ掛けた。天井から降ってくる金たらいが次々と命中する。 「ぶほぁっ!」 「あーあ。だから言ったのに」 「なんのこれしきッ!」 鼻から血をたらしながら立ち上がると、ルガートは再び走り出す。そして廊下のど真ん中に仕掛けられた落とし穴に見事に落っこちた。 「自分から引っかかってたらダメだってば」 アイルは、ベロニカが仕掛けた罠を次々と解除していくが、それより先にルガートが次々に引っかかるので、ほとんど意味がなかった。 「アイル様〜、これもベロニカ様の罠なんでしょうか?」 メルクゥリオが、廊下にあからさまに仕掛けられたスイッチを見つけた。小首をかしげながらにっこりする。 「ベロニカ様、引っかかって差し上げたほうが喜ぶでしょうか?」 「それ押しちゃだめ!」 ぽち。 「押しましたですなのぉ」 一同の目の前に廊下一杯に広がって転がってくる巨大な張りぼての大玉。 「うわ、に、逃げろ!」 気がつくと、バルドルは仲間とはぐれしまった。 「アイル? ルガート? サフォルトさん?」 不安になったバルドルが周囲を見回す。廊下に張られていたロープに足を引っ掛け、頭上から無数のバケツが振ってきた。一つがすぽっと頭にかぶさり、パニックになるバルドル。 「はぁはぁ……なんだったんだ」 バケツが外れたバルドルがほっとしたその時。 「あ゛〜〜〜――!!」 足元に無数に転がる豆腐の一つを踏み潰していた。なぜ豆腐なのかということを考えている余裕はなかった。 「ぅわぁぁぁぁ―っ!!」 廊下を逃げ回るバルドル。何かが動く派手な音と共に悲鳴は消えた。 「このドアの向こうに、スピネアさんがいるはずです」 シフォンの言葉に、ルガートがドアを躊躇なく開いた。ドアの向こうから飛んできたフライパンが直撃し、ルガートはそのまま昏倒した。 「トラップ確認してねって言おうとしたのに」 頭をかくアイル。部屋に踏み込んだ一同を待っていたのは、窓際の椅子に腰掛けていたスピネアだった。 「遅いわよ、サフォルト!」 「すまない、スピネア」 にらみつけるスピネアと真顔のサフォルト。アイルが目配せすると、部屋の入り口からエルが飛び出した。間髪入れず、矢を放つ。ハートの矢じりのついた矢はスピネアとサフォルトの胸を貫いた。部屋に漂う不気味な沈黙。 「君のために花束を持ってきた。受け取ってくれ」 サフォルトは花束を差し出した。だが、花束はほとんど原形をとどめていなかった。スピネアは、花の形をとどめているパラの花を一本だけ引き抜くと、そっと胸に抱いた。。 「ありがとう、サフォルト。私のためにこんなにボロボロになって」 スピネアがそっとサフォルトを抱きしめる。エルが目配せすると、一同は音も無く部屋を出てドアを閉めた。
「ルガート? みんなどこいっちゃったのよ」 ユウリは、惨憺たるありさまの別荘の廊下を歩いていた。人影もなく、あるのは散乱したバケツや豆腐といった罠の跡らしきものばかりだった。ユウリは思った。たかが夫婦喧嘩の仲裁だというのに、家族もそうでない人も巻き込んで、これだけの事が出来るっていうのは…… 「悪くない事なのかも知れないわね」 ユウリの顔が曇った。大切な家族や親しい人達との触れ合い。自分が失ったものがここには全てある。ユウリは不意にルガートを思い出した。自分に関わろうとする物好きな男。どうしてルガートを思い出したのかわからず困惑した。 「きゃあっ!」 不意に視界が暗転した。体を叩きつけられ、気がつくと落とし穴に落ちていた。 「大丈夫か……ってユウリか? 今助けてやっからな」 頭上で声がして、ルガートはユウリを引っ張りあげた。 「ありがとう。油断したわ」 「トラップは俺とアイルでほとんど解除したんだが、残ってたみたいだ。すまん」 「どうして謝るの? トラップに引っかかったのは私の責任だわ」 「そこ、もらった! あれ?」 不意に物陰から飛び出したのはエル。弓を放つ瞬間、そこにいたのがシトリークとアオイでなく、ユウリとルガートだったことに気づいた時には遅かった。ハートのついた二本の矢は、ユウリとルガートの胸を貫いて消えた。 「エル、てめえッ!」 「悪い、間違えた! あとは2人でよろしくやってくれ!」 そそくさと逃げるエル。ユウリとルガートは顔を見合わせた。 「もしかして、誰かと間違えられた?」 「そ、そういうことになる……かな」 ルガートは柄にも無く照れた。 アオイとシトリークは、湖の見える別荘の一階テラスにいた。 「無事に解決してよかったですね」 シトリークの言葉に頷くアオイが、テラスの手すりに触れた時、カチリという音がした。 「アオイさん、危ないッ」 シトリークが、アオイの体をかっさらって伏せた。数瞬前まで2人がいたところに、次々と突き刺さるペティナイフ。 「!」 伏せた瞬間に重なり合う唇と唇。 息が詰まるまで、2人は動くことが出来なかった。 「大丈夫……ですか?」 「……はい」 「まさかこんなところにまでトラップがあったとは」 慌てて取り繕うシトリーク。立ち上がりかけたアオイがよろめいてシトリークに抱きとめられた。 「ご、ごめんなさい……その」 シトリークは、アオイを抱きしめた。一瞬驚いてから、身を委ねるアオイ。 「アオイさん」 「……はい」 シトリークは、全身が震えそうだった。 「私と……」 次のせりふが出てこない。アオイが、そっとシトリークの手を握る。 「結婚して……くれませんか?」 アオイは、シトリークの手を強く握り締めた。目にみるみる溢れる涙。無言でコクリと頷く。シトリークは、そっとアオイの涙を指でぬぐうと、優しくキスをした。アオイは、それを受け入れた。その様子を影で見ていた人影があったことに気づかずに。 その夜。 湖畔にテーブルを広げての夕食となった。ベロニカはいつものように高笑いをしながら、他のメイドたちと共にてきぱきと夕食を準備する。スピネアとサフォルトは、近づくのがはばかられるくらいべったりとしていた。 「シトリーク、あんたみんなに言うことあるんじゃないのかい?」 フローライトの言葉に、ぎょっとなるシトリークとアオイ。 「な、見てたんですかっ?!」 「ああ、ぱっちりね」 耳まで赤くなるアオイ。シトリークは、そっとアオイの手を取ると一同の前に立った。 「私とアオイさんは結婚します」 「おめでとうございます、シトリークお兄さま!」 クウェルが、嬉しそうにシトリークにおめでとうを言うと、涙ぐんだ。 「みゅー、おめでとうですなのぉ」 メルクゥリオが嬉しそうに2人の周囲をくるくる回る。サフォルトは、万歳三唱せんぱかりに喜んだ。 「ついに結婚するのか。おめでとう!」 「エル、今度は結婚式の準備だよ」 フローライトの言葉に、満面の笑みで頷くエル。 「お父様、結婚式に必要なものはみんな用意して差し上げてくださいね?」 「クゥ、あまり父上を焚きつけるでない。ただでさえ……」 サフォルトにねだるように言うクウェルを、たしなめるクウォーツ。 「なら、2人の結婚式のための結婚式場が必要だな! 新居も用意してやるぞ! バーンとでかいのがいい!」 「あ、あの父さん? 私は……」 「あなた、アオイさんに綺麗なドレスが必要よ。純白のウエディングドレスなんかどうかしら」 「おお、そうだったなスピネア! 指輪はあるのか、シトリーク?」 「いや、だから……」 「シトリークお坊ちゃまの婚礼準備は、このベロニカにお任せくだされ、ひゃーひっひっひっ」 シトリークは、説得をあきらめた。
月明かりが落ちる湖畔に、ユウリは一人たたずんでいた。 「ここにいたんだ」 振り返ると、ルガートがにっこりと笑っていた。 「よかったら、散歩に付き合わないか?」 「……ええ」 ルガートはユウリの手を取り、湖のほとりに立つ一本の巨木の上に案内した。 「ここは俺の秘密基地なんだぜ。月が綺麗に見えるだろ?」 湖面に映る月は綺麗だった。ユウリの手を握り締めたままのルガートの手は優しく、そして暖かかった。 「貴方は本当によくわからない人ね」 「何が?」 「ううん……ちょっと、ね」 ユウリはわずかに微笑むと、2人で湖の月を眺めた。 不思議と悪い感じはしなかった。 それがハートクエイクアローのせいだとしても。 湖畔に、静けさが戻った。

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参加者:10人
作成日:2005/06/24
得票数:冒険活劇1
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ほのぼの4
コメディ11
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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