鵜! マンボウ!



<オープニング>


 山から流れてくる清流が大海へと旅立っていく村、ワダ。この町では今、ちょっとした事件が勃発していた。
 カンカンカンカン
 鐘の音がけたたましく響き渡る。本来なら火事を知らせる警報だが、不思議と村のどこにも白煙は上がっていなかった。
「おい、急げ! また始まるぞ!」
 逃げ遅れた母子の手を取る男。その瞳の先では、二つの存在が対峙していた。

 クケケケケー!
 湖面を叩くは、漆黒の翼。奇怪な遠吠えは黄昏を告げる葬送曲か。
 ……………………
 空を見上げるは、茫洋とした瞳。物言わぬ蒼は何を思うのか。
 間合いを計るように見つめ合っていた両者の間で、何かが弾けた。
 翼が突風を巻き起こし、波立った水は河から溢れて村を侵していく。同時に海を漂う者は、その口に大量の水を含んで一気に噴射。煽りを食らった物置小屋が派手に砕け散る。
 激しい戦闘を見届けるしかない村の長は、涙ながらにこう叫んだ。
「冒険者様だ! 冒険者様を呼んでくるんだー!」

「――と、いうわけで。皆、お仕事よ!」
 冒険者達を前にしたヒトの霊査士・リゼル(a90007)は、ガッツポーズも勇ましく声を張り上げた。
「霊視の結果、このはた迷惑な喧嘩を繰り返してるのは、巨大な鵜とマンボウみたいね。――そこ、呆れた顔しないの。私だって責任者がいたら問い詰めたいくらいなんだから」
 依頼の内容は当然、両者の退治である。
「海に出るんなら、小さな漁船くらいは貸してもらえるみたい。もちろん戦闘用じゃないから、溺れないように気をつけてね」
 鵜の方は睡眠時間になると、村のすぐ傍にある湖の畔で休んでいるらしい。村人達は誰も近づいていないため、今のところ犠牲者はゼロだ。
「とはいえ、漁は全般的に不可能だし、喧嘩の度にとばっちり受けてるわけなのよ。ちゃちゃっと言って、ちゃちゃっと片してきて頂戴♪」
 随分と簡単に言ってくれたものだ。しかし依頼があれば応えるのが冒険者。民を守ることこそ本懐である。
「お金が無くなっちゃいそうだし、頑張らないとね……」
 中には白鴉を追うモノ・ミリオン(a90146)のように、切実な事情の者もいるわけだが。

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参加者
漢・アナボリック(a00210)
風色の灰猫・シェイキクス(a00223)
海風の・イサナ(a03616)
兄萌妹・フルル(a05046)
歪の・アルベル(a11047)
軽業拳法使い・ヤイチ(a12330)
蒼の疾風・レオン(a21805)
月詠み賢女・シリア(a23240)
雄風を纏いし碧眼の黒猫・ユダ(a27741)

NPC:白鴉を追うモノ・ミリオン(a90146)



<リプレイ>

「よっ!」
「はっ!」
「そりゃ!」
「よいしょっと!」
 昼下がりの村に、威勢の良い掛け声が響き渡る。
 交互に気合いを入れて腕を動かしていた漢・アナボリック(a00210)と海風の・イサナ(a03616)は余韻を楽しむかのようにゆっくりと息を吐き出すと、顔を見合わせて頷いた。
「うむ、そのリズムじゃ。付け焼刃にしては充分じゃろうて」
「それじゃあ、舟は二艘借りることにしようか」
 本人達は至って真面目なのだろうが、進みもしない舟を一心不乱に漕ぐ様はかなり異様だったりする。遠巻きに見守っていた人々の中で、長い三角帽が揺れた。
「じゃ、僕が言ってくるね……」
 ててて、と駆けていく白鴉を追うモノ・ミリオン(a90146)の背中を見ながら、砂浜に飛び降りたイサナは古びた船体を一叩き。
「だいぶ痛んでおるようじゃな。舵だけでも補強しておこうかの」
 一方、村長宅からは星詠み賢女・シリア(a23240)が出てきた。丁寧にお辞儀するその瞳は、茫洋として真意を測れない。
「……それでは、参りましょうか」
「話を聞いてくれるといいが」
 放浪の風・レオン(a21805)は問題の巨大鵜がいるという湖の方角を眺めながら武器の重さを確かめた。今は睡眠中なのか、その姿は確認できない。
 村長から聞いた話を思い出しつつ、風色の灰猫・シェイキクス(a00223)も腕を組んで思案した。
「随分と派手にやってるようだからなぁ。ま、何とかするしかねぇさ」
 もう一人、軽業拳法使い・ヤイチ(a12330)が同行するはずなのだが――
 ミリオンの目の前に差し出される、パンの耳の詰まった袋。
「依頼が失敗したら、これで食いつなぐといいよ」
「失敗したくはないけどね……もぐもぐ……」
(「大丈夫なんだろうか……」)
 思わず不安になってしまう、村人その一であった。

●説得 ――理想の行き先――
 村を離れ、潮風を背に感じながら歩くことしばし。
「あれかな?」
 ヤイチの指差す先に視線が集中すると、そこには確かに、湖畔に作った巨大な巣の中で寝息を立てる鵜の姿があった。人の気配を感じたのか、すぐに瞳を開いて周囲を見回し始める。
「そんじゃ、いっちょ頼むぜ」
 自分の持つ弓を見た後、シェイキクスはそう告げて手近な茂みに飛び込んだ。流石に色々都合が悪いと思ったのだろう。ヤイチも同じように身を隠す。
 シリアはゆっくり頷いてから歩き出した
 すぐ傍にいるのはレオンだけ。不安ではあるが、そうも言ってはいられない。
 鵜の巨体を前にしてシリアの唇からメロディーが溢れ出すわけだが、アビリティのためとはいえこのやり取り、傍目にはちょっと間抜けに見えないことも無い。よって、通常会話形式でお届けしよう。
『……こんにちは』
『あぁ? 何だよネエちゃん?』
 随分と柄の悪い性格のようである。が、シリアは気にしていないようで。
『……ここで喧嘩をされては、困ってしまう人がいます。できれば仲良くしてもらえないでしょうか?』
『ケッ、何を言うかと思えば。あいつのせいで魚が減ってるんだよ』
『……でしたら、その……人のいない場所に移ってもらうことは? このままでは、私達も相応の行動に出ねばなりません』
『お前ぇ等何様のつもりだよ! ヤるってんならヤってやるぜぇっ!』
 漆黒の翼がはためく。と同時に、レオンが青い髪から閃光を放って相手の目を焼いた。
「ここまでのようだな。やるぞ!」
「……やはり、理想は理想と言う事なのでしょうか……」
 シリアの脳裏に響く言葉。
『お前ぇ等何様だよ!』
 喧嘩をやめて欲しいのも、他の土地に移ってもらいたいのも、さもなくば退治するのも、人間の勝手な都合。それを一方的に告げる以上に、何かできることがあったのではないだろうか。
 しかし時は既に遅く。術を放とうとした彼女だったが、突風に押されて地面に倒れ込んだ。シェイキクスの放った矢が大きく広がった翼に火の粉を撒き散らし、その爆風に乗ったヤイチの脚が光の弧を描く。
「す、凄い風だね……!」
 ミリオンも風に飛ばされそうになりながら、懸命に術を放つ。
 戦いの風は、水面を揺らして海へと流れていた。

●対決 ――示される現実――
「始まっちゃったみたいだね……」
 アビリティの光を遠くに確認し、兄萌妹・フルル(a05046)は肩を落とす。そんなに簡単なことではないと思っていたが、期待が無かったわけでもない。
 と、村人達からざわめきが起こる。
「マ、マンボウだ! マンボウが出たぞー!」
 !?
「鵜が暴れ出したのを察知して、動き出したのか……?」
「仕方無い、出るぞい!」
 思案するストライダーの翔剣士・ユダ(a27741)の隣でイサナが叫ぶと、冒険者達は借り受けた舟を海へと押し出した。白い砂浜はすぐにエメラルドグリーンへ、そして深い蒼へと変じ冒険者達を誘う。
 相手も気がついたのか、海岸に向かっていた巨大な影は向きを変え、冒険者達の乗る船へと近づいてきた。
「弱いものいじめはしない主義なんだがな……」
 ぼそりと呟いた歪の・アルベル(a11047)は腰の刀を抜き放つと、垂直に振り下ろした。すると、刃から放たれた衝撃波が水を割ることすら無くマンボウに迫る。
 が、マンボウは本能的に危険を察知したのか、外見からは想像できないスピードで大きく旋回した。
「……ふん」
 鼻を鳴らし、立て続けに攻撃を繰り出そうとしたアルベルの身体が大きく傾ぐ。
「しっかりつかまっておらぬか!」
 イサナの声も遅く、マンボウの攻撃を避けるために荒々しい動きをする舟から、アルベルは投げ出されてしまった。
 視界を蒼一色に染められながらも得物を構えるアルベルだったが、そこに物凄いスピードで接近する影が。
「なっ――」
 意識は、そこで途切れた。

「ふぅ、焦ったわい」
 アナボリックによって舟に引き上げられているアルベルの姿を確認して、イサナは胸を撫で下ろした。鎧の重さで沈みそうだったようだが、何とか間に合ったらしい。
 幸か不幸か、今や独りとなったイサナの舟は囮としての役割を思う存分に発揮していた。
「太陽が、いっぱいじゃ!」
 光を放って注意を引いた上で、波を読み、舵を操り、海水の味に表情を歪めながら海原を駆け巡る。
 しかし敵も然るものかな。その動きに疲れは見えず、強烈な水鉄砲は徐々にこちらの動きを読んでいるように狙いが定まってくる。
(「頃合いじゃな」)
 パンパンに張った腕の筋肉を確かめて、イサナは決断した。陸から吹く突風に舟を任せ、スピードを上げながらその時に備える。
 真正面に回ったマンボウの口から水流が迸るのと同時に、イサナは全力で跳躍した。足下で舟が木っ端微塵に砕かれる激しい音が聞こえてくる。
「どりゃあぁぁぁっ!」
 後光のように太陽を背負ったイサナの腰から伸びた褌が、潮風にはためいてヒラヒラと揺れた。彼はそのまま、両手で大上段に構えた槍をマンボウに向かって投げつける。光る鎖を引っ張りながら飛んだ一撃は、見事マンボウの身体へ命中!
「一気に仕留がばごぼっ!」
「むっ、あれは危険なのではないか?」
 まるで一本釣りされる魚のように海の中を振り回されるイサナ。ユダは思わず加勢に出ようと身を乗り出したが、身軽さを売りとする自分が水に飛び込んでどこまで役に立てるものか、と踏みとどまった。相手に地の利があることは、同じ舟の中で気を失っているアルベルの様子からも一目瞭然である。
 と、その横に立つアナボリック。
「俺が行ってこよう。舵を頼む」
「あぁ。気をつけてな」
 ポージングパンツ一丁で銛を構えたアナボリック、暴れ回るマンボウに狙いを定めてダイブ。強烈な体当たりを食らいながらも、しっかりと刃を突き立てた。
 海上ではユダが慣れない操船に苦戦しながらも、マンボウを見失わないように後を追う。
「くっ、波が凄いな……なに!?」
 ザパァンッ
 飛んだ。マンボウが。
「うっそぉっ!?」
 自分から海に飛び込んで攻撃しようとしていたフルルも、これには吃驚である。
「アナボリック!」
 飛沫が弾ける中、イサナが呼び掛ける。
 声に呼応して、アナボリックも相手の身体に突き刺さったままの得物に手を掛けた。勢い良く抜いた傷口から鮮血が飛び散り、視界を汚す。
 交錯する二本の槍。
「「せいやあぁっ!!」」
 漢達の雄叫びが、水平線の果てにまで轟いていった。

●決着 ――その後――
「逃げられちゃったね……」
 夕日に染まる海を見ながら、ミリオンが呟いた。片手にパンの耳を持っているのが妙に物悲しい。
 並んだ冒険者達の目に映るのは、遠い沖まで去っていくマンボウと鵜の影。時折水が飛んでいるところを見るに、揃ってぼろぼろにされながらもしつこく喧嘩しているのだろうか。
 大物を逃した悔しさからか、イサナは仏頂面で髭を撫でつけている。
「もう一息だったんじゃが……惜しかったのぅ」
「世の中そういうこともある……」
 隣とアナボリックと揃って、全身痣だらけである。とどめを刺せたかと思った一撃の後も攻防は続き、この程度で済んだのは、相手が先に退いてくれたからだろう。
 鵜の方も、強烈な羽ばたきの前に満足な攻撃ができず、仕留めるには至らなかったわけだ。
「初めての仕事だったが、色々勉強になった。皆には礼を言いたい」
 慇懃に頭を下げるユダに、シェイキクスは笑って答える。
「ま、結果良ければ全て良しってな。報酬も何とか出るみたいだしよ。助かったぜ」
 再来の危険性が無いとは言えないが、当面の危機は去ったということで、村側は報酬を約束してくれた。明日からでも、早速漁が再開されるだろう。
 大きく息をついたフルルはふと気がつくと、自分の髪に手を当てた。見る見る表情が歪んでいく。
「うわぁ、髪の毛がベタベタだよぉ。ね、もう宿に戻ろう?」
 温かい食事と、柔らかなベッド。冒険の疲れを癒すそれらに思いを馳せつつ、冒険者達はその場を後にした。


マスター:凌月八雲 紹介ページ
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作成日:2005/06/13
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重傷者:歪の・アルベル(a11047) 
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