≪彼方の水辺≫訓練試合「黒百合」



<オープニング>


「エルドとアレクサンドラ……シュシュが入って、それから……サガラか」
 机に向かう少女の背はすうっと伸びていて、ロウソクの灯明から放たれる黒い煙交じりの赤い光を浴びる白い羽が、その輪郭を揺らめかせていた。天水の清かなる伴侶・ヴィルジニーは羽ペンをテーブルに置いて、書き上げたばかりの羊皮紙をとりあげた。目の高さで踊る文字は、あまり少女らしくはない。ぐりぐりと書きなぐられていた。
「もうひとつのチームは、グラースプとグレイ、エルが入って、ティナだな」
 ヴィルジニーはメンバーに謝りがないか、生真面目に光るターコイズの瞳で見つめていたが、ふうと息を吐いてもう一枚の羊皮紙を見つめた。まだ何も書かれていない空白に、少女は転々とこぼしたインクの染みをあわててペン先で追いかけたが、あまり意味はなかった。
 彼女がインクの染みをつなげるように描きだしたのは、ひとつの地形であった。
 東の端にはサガラを示すであろう似顔絵が描かれ、西側にはティナらしき少女の笑顔がある。両者の合間には、平らな土地が広がっている。中央には小川が流れており、その中洲には、石造りの塔がそびえていた。
「これでいいかな」
 呟くとヴィルジニーは、ガタガタと椅子を鳴らして立ち上がり、誕生日のもらったばかりの品々を抱きかかえ、その上に二枚の羊皮紙を重ねた。開かれた扉から、目映い朝日が飛び込んで、目の下の皮膚にちょっとした疲れを浮き上がらせていた少女の顔を、明るい笑顔に綻ばせるのだった。

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参加者
浄火の紋章術師・グレイ(a04597)
饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)
木陰の医術士・シュシュ(a09463)
雷狐・エル(a12614)
流水の道標・グラースプ(a13405)
打砕く焔・エルド(a13954)
白の預言者・ティナ(a13994)
優水の旋律・サガラ(a17496)
NPC:天水の清かなる伴侶・ヴィルジニー(a90186)



<リプレイ>

●彼方から
 真夏を思わせる陽射しを浴びて、流水の道標・グラースプ(a13405)がまとう外套は、その白さをいっそう際立たせていた。袖をまくり、細い腕を晒した彼は、草原を吹き抜ける穏やかな風に頬を預けて言った。
「お互いが相手の戦法を探り合って戦うっていうのは初めてかも。相手の手の内を読めてるのか、もしくは読まれてるのか……」
「戦場から想定される彼我の動きを予想し、対応する……よく練られた訓練シナリオですね」
 浄火の紋章術師・グレイ(a04597)は、浄火の紋章と呼ばれる術手袋の隅々にまで指先を行き渡らせるため、ぎちぎちと皮を張った。彼の言葉を耳にしていたのなら、天水の清かなる伴侶・ヴィルジニーは頬を色づかせていたことだろう。彼女の姿はどこにも見当たらなかった。戦場のどこかに、こっそりと息を潜めているのだ。
「作戦を確認します。我々が取りうるオプションは三つです」
 グレイの声は、実に良く響き、それだけではなく、飄々と軽やかで心地よかった。彼からの説明が終えられ、小さく首肯いたグラースプは呟きを洩らした。
「今回は補佐役でいくね。いつも前に飛び出して戦ってばかりだけど、たまには……ね」
 雷狐・エル(a12614)の赤い瞳で真っ直ぐに見据えられ、グラースプは「ん?」と小首を傾げた。清冽な印象を見るものに与える青い髪を指先で梳かすと、エルは挑戦的な眼差しで言った。
「それだけなの? たまには、って?」
「うう……」と口ごもったグラースプだが、赤い瞳の勢いに負けて口を開いた。「ちょっとズルイけど……やっぱりモンスターとかでない女の子と戦うのは苦手。まして身内じゃねえ……どうにかなるかなあ」
「おとーさん……」
 白い髪に淡い桃色のリボンを飾った少女は、グラースプの外套を掴んで引っ張った。白の預言者・ティナ(a13994)は長い耳を髪と一緒に揺らめかせて、義理の親と慕う青年に言った。
「おかーさんは敵……敵じゃなくて訓練の相手なの」
 
 その頃、おかーさんと呼ばれた女性は、ぱたぱたと忙しく手荷物の確認を行っていた。しかし、そこに目当てのものはない。
「原っぱ……ピクニック……今日のお昼ごはんは何かしら……」
 はっと顔をあげて、優水の旋律・サガラ(a17496)は仲間たちの視線に冷たさが宿っていないか探りをいれた。彼らは作戦の話し合いに忙しく、にこにこと笑顔をたたえてサガラがその輪に加わるまで気づいていなかった。
 饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)はサガラの微笑みに会釈を返すと、遥か遠方にそびえる旧い塔を見はるかして懐古の言葉を紡いだ。
「あの塔はいつ頃建てられたんだろうな? 見ると戦いのためにあつらえられた様子だし。もしかしたらこの川は、いにしえの戦場だったのかもしれぬなあ」
 切り株に腰かけていた少女は、サガラの小さな秘密について気づいていた唯ひとりではあったけれど、自分も美味しいごはんは大好きなので、何も言わないで微笑みを向けることにしていた。木陰の医術士・シュシュ(a09463)はアレクサンドラが真摯な眼差しでこちらを向いているのだと気づいて、柔らかな笑みをそのままに口を開いた。
「相手を知っているだけに、いつもとは別の意味で緊張します……でも……楽しみ、ですねぇ」
 
 指定の場所に友人たちが揃ったことを見てとると、様子をうかがうために首を突きだしていた岩陰に引っ込んで、胸元にさげた銀の細工へ指を這わせた。ヴィルジニーは笛を口に含み、銀の筒を目がけて勢いよく息を吹いた。
 彼方の水辺の訓練試合『黒百合』の開始を告げる笛の音が、風の吹き抜ける草原へ高らかに響き渡った。
 
●水辺へ
 一列に並んだ影へ、まっさきに踏み込んだのはグラースプだった。少し遅れてエルとグレイが続き、ティナはゆっくりとその後を追った。
 風がなでる度に白銀の光をちらつかせる緑の草原を、彼らは駆け抜けた。きらきらと陽光を拡散させて美しい川面へ近づいた頃には、グラースプを追い抜いてエルが先頭に立っていた。細みで頼りないとも思われがちな体つきの彼女であるが、身体的な能力については他の仲間たちより抜きんでたものがあった。
「中洲の相手側河岸に布陣します。塔には入りません」
 グレイの言葉に続いて、グラースプは天を仰ぎ見た。青みがかった銀の髪が、視界の端に引っかかったような気がしたが、彼は湿った靴から水を蹴り飛ばしながら言った。
「塔は……使いどころが難しいんだよね」
 後続として距離を意図的に開けていたティナまでが、川を横断して塔へと到っても、サガラたちはこちらへやって来ようとしなかった。
「こない……みたいだね」
「そのようですね」
 では、とグレイに断りをいれて、グラースプはひんやりとした闇を湛えた、石造りの塔へと入り、壁の内側にかけられていた梯子を登った。そこには、小さく手を振るヴィルジニーの姿があった。
「おはよう、ヴィルジニーちゃん。……塔しか思いつかなかったんだよね」
「うん」首肯いたエンジェルは彼に尋ねた。「じゃあ、どうする?」
「こうするっ」
 膝を抱えて座り込んだヴィルジニーを、グラースプは両手で持ち上げた。梯子をどうやって降りるか難儀するのではと心配だったが、エルとグレイが塔の中で両手を広げて待っていてくれた。
「きゃあ〜〜」
 悲鳴をあげて落下したヴィルジニーは、受けとめてくれた彼らに恥ずかしそうに礼を言った。
 
「ヴィルジニー殿が確保されてしまったようだな」
 アレクサンドラは青い輝きを湛えた目元へと押し付けていた黒い木筒を離して、シュシュに手渡しながらそう言った。
「どちらにせよ、エルドさんに聖鎧降臨をかけていただきましょう。グラースプさんなら攻めてきてくださると思ったのですけれど、今日は違いましたのね」
 相手の指揮はグレイがとっているということを、シュシュたちは知らなかった。そう……グラースプはあえて補助役にまわっていたのである。
「そいでは、残りもちゃっちゃと済ませておくかのぅ」
 旅人の服に見える黒衣仕立ての全身鎧を、武人がまとうに相応しい厳格な佇まいへと変貌させると、打砕く焔・エルド(a13954)は銀の輪をはめた左手を、次々に仲間たちへとかざしていった。
「では、行こうか!」
 とアレクサンドラは言った。
「相手の攻撃範囲に入って攻撃に耐える」
 黒髪をかきあげながらエルドが続いた。
「亀の子みたいに」
 漆黒の手袋で包まれた指先を丸めて、シュシュは木陰から草原へと駆けだした。
 
●発端
 双方の作は、お互いに阻害されることなく戦いの下地作りに成功していたといえるだろう。グラースプたちは塔を背に負う陣を手に入れ、さらにはヴィルジニーの確保にも成功していた。一方でサガラたちは、護りを固めてから敵と対峙することができたのである。
「エルちゃん」
 長い柄を手の平からはみださせて、グラースプは林嘉閏と名付けられた細身の刃を揮った。藍色の外套を目にも鮮やかな聖鎧へと変化させたエルは、「冒険者同士で戦えるなんて楽しいわよね〜♪」と言葉を口にしながら、水面へと足を踏み入れたばかりの標的へと碧い刀身をひるがえした。
 エルドは必ずエルが自分を狙ってくるものと想像していた。それだけではない、彼女を追い詰めてしまうと後が怖いことも……。夜空の水晶剣による斬撃は、エルドの三角盾によって弾かれた。
 仲間の無傷を見てとると、シュシュはエルドの後方に位置する形でサガラと肩を寄せ合った。防御中は一塊となり、連携して互いの死角を補い……あとはひたすら耐えるのみだ。
「攻撃を一点集中させる。これが勝利の鍵です」
 ターコイズブルーの紋章を甲に浮べ、グレイは両手を天へとかざした。零れ落ちんばかりの輝きが球形を成し、それは陽光に照らされた水面に白い飛沫の道を拓きながら、エルドの元へと真っ直ぐに飛んだ。
 シュシュと瞳を交わすと、サガラは桃色の飾りがついた杖の先端で、空に短い弧を描いた。水面に立ち上がった光は、その輪郭を美しい乙女の佇まいとして、エルドの背にそっと寄り添った。
 希望の標と呼ばれる杖を、アレクサンドラは白い髪の少女へと向けた。どういったわけか、ティナはグレイよりも、そしてグラースプよりも前に出ていた。その規定外の動きが、彼に厄介さを感じさせていた。木葉に赤黒い焔が縁取ったものが、渦巻く風に乗ってティナへと迫った。
 チェインメイルを着込んだ少女は魔炎に巻かれ、柔肌に強い痛みを感じていた。ハートのステッキでティナは風を切った。光の聖女の接吻が、少女の身体から焼けつくような疼きを、その清かなる慈しみで取り去ってくれた。
 
●反転
 一見してエルドは、ぼこぼこにされていたはずである。グラースプによってその護りを飛躍的に高めたグラマトンカソックをはためかせ、輝きの光球を撃ち放ったグレイや、反撃してこない彼のことをいぶかしげに思いながらも、水飛沫を巻き上げる踏み込みから斬撃を浴びせたエルによって、一方的に攻撃されていたのだから。
 けれど、身体を丸めたエルドはサガラがもたらした癒しの光に包まれ、すぐに体力を万全と状態に戻していた。
 滅多にない機会ですもの――シュシュは刺繍で紋章が施された指先を傾けた。放たれ衝撃はティナに向かっていた。さらに、アレクサンドラが優美な指先を這わせた杖を天へ差しだした。渦巻く風に乗せられた魔炎の群は、白い髪の少女を包み込んで……気を失ったティナは中洲とせせらぎの境目に、その小さな身体を横たわらせた。
「ティナちゃん!」
 グラースプは少女を護るつもりだった。だが、呼びかけても倒れた少女は白い足をせせらぎに浸からせたまま、動いてはくれなかった。
 秀でた額と冷たい瞳の境に位置する、美しい眉宇が歪められていた。グレイは自らの誤算を認めていた。紋章の力を集約させた輝きの塊は、想像していたよりも威力が低かったこと、そして、護りを固めてしまったエルドへの攻撃はあまり効果的とはいえないこと……。彼の思考は瞬秒の跳躍を行っていた。サガラかシュシュへ攻撃を集中させるしか、活路は見いだせないのではないか? 仄かな光の散逸によって、グレイの意識は戦場へと舞い戻った。塔の影から回復を行っていたのはヴィルジニーだった。
(「向こうのアビが尽きたら通常攻撃でボコ、向こうのアビが尽きたら通常攻撃でボコ……」)
 紋章の光で満ちた巨大な塊に襲われながらも、サガラは心の裡でこのような文句を繰り返していた。彼女が……自分と同じように頭を抱えてうずくまるシュシュが、作戦の相談をしていたときに口にした言葉だ。
 弧月を思わせる赤い面をひるがえし、エルドは颶風の名を冠する刀剣を振り上げた。亀の子のような守りから、一転して身を躍らせた彼の狙いはグラースプだった。
(「来たね……エ ル ド さ ん !」)
 防御を解いた相手へ、グラースプは冷ややかな冬の朝日を思わせる輝きを、その切先にまで行き届かせた剣で斬りかかった。手応えは……あった。しかし、戦場で隣り合う悲喜は、その境を酷く脆いものとしてしか存在させられない。渦巻く魔炎をちりばめた風が吹き荒れて、グラースプは唇を薄く噛みしめて、アレクサンドラの攻撃を浴びなければならなかった。
 頭上に浮べた光球を、虚空をなぞったグレイの黒い指先が導いた。衝撃を受けたサガラは膝の力を失ってせせらぎに腰までを浸したが、すぐに立ち上がって杖を差し向けた。狙うは、あの人である。
「愛の心アターック!」
 サガラの杖、その先端に輝いたピンクのハートが像を揺るがして、放たれた衝撃はグラースプに襲いかかった。さらにシュシュがエルドの肩越しに心の力を解き放ってグラースプにたたみかけ、頬を撫でて横切った波動を追ったエルドが、紅玉のちらつくような光になぞられた白銀の刀身を振り抜いた。ヴィルジニーが褐色の肌から優しい光を広げたが、身体から力を失った団長へと届けるには、少し遅すぎた――。
 せせらぎの白銀に輝く面を踏み砕きながら、エルは目標との距離を詰めた。サガラは驚いていたが、横凪ぎの一撃を浴びると「うーん……」と声を漏らして白い小石の敷き詰められた小川に倒れ込んでしまった。
 それから、戦いが結末を迎えるまで、わずかな時間しか要らなかった。ヴィルジニーを確保していたとはいえ、回復役を失ったグレイたちは、サガラを逸しながらもシュシュの力を温存するエルドたちに、戦力の調和という点で劣勢に立たされてしまっていたからだ。
 それでも、グレイは紋章の力を結実させ、輝きの塊を放ち続けた。彼が倒れてからも、エルは果敢にエルへと躍りかかった。けれど、天の意、あるいは、時の運によって導きだされてしまった結果には、彼女らをしても抗いきることはできなかったのである。
 かくして、彼方の水辺の訓練試合『黒百合』はその幕を閉じた。
 中天に座した陽は、まったく傾く様子すらみせないまま、燦々と黄色い光を放ち続けていた。
 
●帰り道
 しょんぼりとうなだれるティナの頭を愛おしげに撫でながら、エルドは優しく話しかけた。
「戦いは時の運というからのう」
 びしょぬれになったグラースプは――川面に倒れてそのまま流されそうになっていたサガラを救ったのだ――ティナに言った。
「そうだよ、ティナちゃん。俺だってエルドさんたちにやっつけられちゃったもの」
 グラースプの背中から顔をのぞかせ、サガラはティナに手を伸ばしながら言った。
「帰ったら、いっしょにごはんをたべようねっ。もうお昼だもんっ、おなかすいちゃったのっ」
 遠慮がちな笑みを白いおもてに浮べたティナを、シュシュはいつものぼんやりとした眼差しで見つめていた。先ほどまで戦っていたというのに、彼女たちときたら、もうお昼ごはんの話をしている。
(「依頼でも、任務でも、鍛錬でもない……苦しみ嘆く方がいるわけでも、命を賭して互いを奪い合うわけでもない戦い、か」)
 ふふふと楽しげな声を漏らした彼女は、体中が痛むのか、それともサガラの重みに苦しめられているのか定かではないが、うぐぐと呻くグラースプに礼を述べた。
「存分に愉しめましたわ、心よりの感謝を……」
 ごはんの相談をしながら森の小道を進んだ彼らは、ほどなくして広いテーブルの置かれた『彼方の水辺』の部屋へと帰っていた。
 厨房を慌ただしく行き来するヴィルジニーとサガラが、小川のある裏庭に広げられた敷物に並べたのは、たくさんのパンや果物といった、いかにも美味しそうな昼食だった。
 食後にデザートで腕をふるったのはグラースプである。彼が皆にふるまったのは、色鮮やかなシャーベット各種(ただし、何が当たるかはわからない)なのだった。


マスター:水原曜 紹介ページ
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