美姫の百合



<オープニング>


 先日の調香師さんだけれど、薔薇を届けてくれたことに大変喜んでいたみたい、と霊査士は告げる。本当につい先日の依頼の事柄を引っ張り出して来たことに、毀れる紅涙・ティアレス(a90167)は僅かながら眉を顰めた。喜んでいるだけが理由で、酒場にて話題を持ち上げるなど、そのような気遣いは蒼荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)とは無縁のところにある筈だ。案の定と言うべきか、霊査士は続けて語り出す。
「とある貴族の御嬢様が、百合の香水を作って欲しいと願い出たそうなの」
 百合と言えば確かに今時分が最も美しい時期だろうが、盛りを考えればやや遅れている。視線に乗せた疑問の色に、霊査士は小首を傾げて言葉を続けた。六月の始め頃に、御嬢様から職人へ依頼があったのだ、と。
「でも、中々良い百合が見付からなかったらしくて……」
 何やら御嬢様の注文に問題があるらしい。
 百合の中にも香りの強いもの弱いものがあり、当然香水を作るならば香りが強いものが良いのだろう。しかし御嬢様が所望するのは、香りの余り強く無い「姫百合」の香水なのだと言う。薄い香りが好ましい者は当然居るだろうが、単純に薄いだけでは香水の意味を為さない。姫百合の香りであって尚、それなりの芳香が無くてはならないのだ。
「……調香師さんには、最後の心当たりがひとつ、あるそうなの」
 其れは古びた塔の中の何処かに咲いているに違いない、と彼は言った。昔、その塔の周りには馨しいばかりの姫百合の原が在ったのだと伝え聞いたことがあると言う。地図を示しながらに霊査士は浅い溜息を吐いた。霊査をしてみたのだけれど、確かに百合はあるようだったわ、と軽く告げ、
「ところで……姫百合の花言葉って、知ってる?」
 居場所が漸く判ったの、と彼女は続けた。魔物は、霧の魔物は倒さなければ為らない。冒険者の誇りに賭けても、死を撒く存在は除かねば為らないのだ。

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参加者
蒼の閃剣・シュウ(a00014)
鸞玉の塵・エン(a00389)
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
休まない翼・シルヴィア(a07172)
魔戒の疾風・ワスプ(a08884)
緋色の炎・ローズウッド(a13735)
漂泊の剣士・ラクジット(a15762)
白桜の癒姫・エレンシア(a16832)
緑風奏でし碧眼の守護櫻花・ミスティー(a18740)
やわらか・テセラ(a20033)
漆黒の焔華・テトリエッタ(a23192)
淡雪ノ夢・フリーデルト(a27331)
破天の嵐・クラウディア(a27598)
ストライダーの狂戦士・マドカ(a29263)
終色の薔薇・ラゼンシア(a29324)

NPC:毀れる紅涙・ティアレス(a90167)



<リプレイ>

●塔に向けて
「姫百合……か」
 依頼概要を聞き終えた静かなる黒炎の乙女・テトリエッタ(a23192)は、ぽつり、と零すように呟いた。年頃の乙女にしては珍しくと言うべきか、彼女は花には興味を持ったことが無かった。けれど、何故か気を惹かれた。無論其の前に獣を倒さねばならぬことも理解している。何とかしましょ、と周囲の冒険者に声を掛けた。
「はわ〜今回は百合の香水を作るのですね〜♪」
 白桜の癒姫・エレンシア(a16832)が嬉しそうに笑みを見せる。でも先ずは可愛らしい姫百合を独り占めしているモンスター退治から、と自分に言い聞かせて気合を入れた。やはり魔物にも好みの香りが在るものなのか、と首を傾げるエレンシアの横で、緋色の炎・ローズウッド(a13735)は「香水ってちょっと苦手」と視線を落とした。
「花の香りは好きだけど、香水になってると不自然な感じがする……」
 其れも在る意味で尤もなことなのだろうが、彼は直ぐに、好き嫌いは別として仕事はちゃんとやるよ、と大人びた眼差しで言い足した。酒場の戸を開いて、蒼の閃剣・シュウ(a00014)は「誇り、か」と息を洩らす。
「……誇りってなんだろうねぇ?」
 依頼を示した霊査士に、振り向きざまに問い掛けた。シュウは其の侭答えを求めず、彼女に背を向けて酒場を出る。彼女もまた、彼が満足する答えを告げることに自信が持てなかったのか、声を掛けずに見送った。

「……絶対に、倒しましょう……」
 小さな声音ながら強い意志を込めて、淡雪ノ夢・フリーデルト(a27331)は呟いた。今回の依頼を受けるに当たって過去の報告書に目を通した彼女は、人々の命を奪った其の獣を倒すことに強い義務感を感じていた。しかし、誰より其の想いが強いのは、二度目のまみえとなる漂泊の剣士・ラクジット(a15762)だろう。彼女は、嗚呼、と息を吐いて同意をし、
「まみえることが出来るとはな。僥倖、と言うべきなのだろうか……」
 魔物を退治しなければ為らない。しかし其れ以上に、倒せたとしても既に失われた命が戻ってくることは無い。其れだけは忘れぬように、と胸に強く誓った。
「ラクジットは、気負い過ぎないようにな?」
 そんな彼女の様子を気遣って、念を押すように昊天の疾風・ワスプ(a08884)が言う。姫百合の花言葉を思い浮かべ、心無き殺戮者になど勿体の無い言葉だ、と壊滅させられた村を思う。ラクジットは、判っている、と短く答えて顔を上げた。自身の手で倒したいとは思えど、其の為に自身がすべきことを見失い勝利を逃すわけには行かないのだ。

●白い霧
 塔に入るまでは思う以上に簡単だった。シュウの提案もあり、出来る限り風上に身を置けるよう注意をしながら塔の周囲を窺うと、あちらこちらの外壁が剥がれ、中への侵入は何処からでも容易に行えることが判った。
 袖振り合うも他生の・エン(a00389)が塔の中へ足を踏み入れると、其処は光の洪水に溢れていた。崩れた壁の合間から差し込む日差しが、雨水が溜まり流れ出したものであろうか、流れる水に反射してきらきらと輝いている。こんなところに咲いている姫百合の甘い香りに誘われて、等と残虐な狼にしては趣味がいいと目を細めた。
「……奪いたくなるじゃないかっ!?」
 何か危険な発言をしながら、周囲に油断の無い視線を向ける。ワスプが目配せし、前衛陣は後衛の者たちを護るようにして周囲に散った。
「さて、初依頼。しっかり決めたいものだけどね……」
 慎重な足取りで塔に踏み入って、ストライダーの狂戦士・マドカ(a29263)が小さく呟いた。ふと、塔の内部にぐるぐると絡みつくようにして作られている、美しい純白の螺旋階段が目に付いた。ワスプが無言でマドカの前に出る。円を描く其の階段からは、白い霧を塗り固めたような姿の獣が、ゆっくりと此方に向けて歩み降りてきていたのだった。
 狼の遠吠えにも似た何処か哀しげな、空気を振るわせる鳴き声が響くと共に、其の獣を中心にして真っ白な霧が辺りを包み始める。しかし思う以上に其の霧に力は無く、ワスプにとっては唯の邪魔な靄でしか無い。同様にシュウも、念のためにと布で顔の下半分を覆ってはいたが、霧に溶け込むようにして視界から消えた獣がどの辺りに居るかは確りと把握出来た。
 だが、マドカは早くも麻痺に身を侵されたのか、其の場に膝を突いて小さく呻く。予想通りで在ったか、とやはり霧の影響を殆ど受けていないエンが目を細めた。だとすれば尚のこと、獣に前衛を抜けられるわけにはいかない。指先に僅かな痺れを感じて、拳を握りなおしながらローズウッドが、
「ちょっとピリピリする。嫌な霧だね……」
と、霧の中に風の流れを作り出そうとする。白い霧は一瞬散ったかと思えど再び其処に集積した。書き換えは失敗したようだが、しかし彼は手応えも感じていた。書き換えは可能だ。何度か試せば、恐らく――霧を払うことが出来る。

●霧の獣
 塔の中を満たしている霧を見て、思う以上に塔が広かったことは誤算かとも思いつつ、しかし敵の位置を掴むに易い以上、ほぼ勝利を確信しながらシュウが剣を握る。カンテラの明かりを下げている彼の姿は、麻痺に侵されているマドカからは酷く滲んで見えた。距離感と言うものが掴めない。
「我は聖櫃を守る者也」
 穏やかな声音が祈りを紡ぎ始めると共に、周囲が浄化されて行く。聖櫃を守護する碧頭冠を持つ者・ミスティー(a18740)が捧げる祈りに合わせ、エレンシアもまた祈りを紡ぎ始める。
「我が声に導かれし者たちへ……浄化の祈りを捧げ給え」
 静かな祈りを続けるふたりの少女の前に、澄み切った刀身の細身剣を構えてラクジットが立った。この二人は今回の作戦の生命線とも言える。何が在ろうと、護り切らなければ為らない。
 獣の位置を把握すると共に、鋼纏翔翼・テセラ(a20033)が号令を下し、冒険者全員が雪崩れるようにして敵への攻撃を開始した。この魔物にも「誇り」は在るのかと一瞬思考の深みに嵌るも、直ぐに抜け出し、今は倒すことに集中すべく自らの役を果たさんとする。
 先制が取れるか如何かが要になると知っていたシュウは、タイミングの良い号令に感心すると共に煙る霧へ向けて長剣を振るった。限界にまで高められた闘気が解き放たれ、凄まじい強風が巻き起こり竜巻となって獣を切り裂く。確かな手応えを感じると共に、反動を感じ身を硬くした。けれど其れも、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)の紡いだ高らかな凱歌が直ぐに拭い去ってくれる。痺れを拭うと共に傷を癒す力が冒険者たちへと降り注がれた。
 獣は苦痛の声も上げずにテトリエッタの放った黒い魔炎から身をかわし、同様にラゼンシアが放った魔力の棘も霧のせいがあってか見当外れの方向を穿つ。休まない翼・シルヴィア(a07172)が鋭い逆棘のついた矢を弓にと番え、霧に惑わされながらも靄を割いて迫る獣へと解き放つ。矢は何とか獣の身を削りはすれど、致命には程遠く在るだろう。
 しかし三者が攻撃を重ねることで生まれた隙を見逃さず、ワスプは自ら作り出した不吉な絵柄のカードを獣に向けて擲った。霧の効果は彼らが想像していた程には強くは無く――しかしラクジットは知っている。以前相対した際と霧の効力に大きな違いは生まれていない。無論彼女も経験を積んだことで、霧への耐性は強くなっているのだが――確実に獣に命中し、白い霧の姿を黒に滲ませた。

●霧散
 獣の突撃を軽々と往なして、エンは薔薇の花弁と共に華麗な一撃を叩き込んだ。霧に惑わされぬ前衛陣の奮闘もあって、狼は前線を突破出来そうには無い。そして、ローズウッドが巻き起こした風がとうとう白霧を払い飛ばし、周囲に奇妙な風の流れを作り出すことに成功した。
 其れを察したのか、獣が彼に向けて鋭い衝撃波を向けた。不意を突かれたこともあり、体勢を崩す彼にフリーデルトが慌てて駆け寄り癒しを施す。彼女は自分自身の癒し以上に彼の癒しが力を持つことを知っていた。だからこそ、彼に倒れて貰うわけにもいかないと考える。
 此れ以上攻撃を続けられることを恐れ、テセラと破天の嵐・クラウディア(a27598)が獣に立ち向かう。クラウディアが紋章を描き始めるのと同時、テセラは獣に向けて凄まじい速度で突撃する。当てられれば良し、最低でも進路を阻む為に獣の鼻先を狙ってクラウディアが光を放つ。霧が晴れたせいと運にも助けられ、光は獣を貫いた。テセラに爪を向けようとする獣の動きを、彼女は残像すら残す速度で持って退ける。
「残念」
 私は此方です、と獣の首筋を狙い攻撃するも、辛くも魔物は其れを回避する。やはり一点を狙っての攻撃は難しいと歯噛みした。前に立つべき役割を負う者が後ろに下がるわけに行かないと、テセラは前に立ち続ける。テセラに向かおうとした獣の背後に、音も無くワスプが立っていた。ミスティーの向けた力によって、彼のアームブレードが神々しい光を放つ。
 込められた闇の闘気は無音のままに、霧の獣を深々と切り裂いた。怒り狂ったかのように、獣は恐るべき速度でワスプに肉薄する。此れが霊査士の言う鋭くなると言うことか、と理解を得ると共に、彼は回避には動かず盾を構える。獣の牙をワスプが敢えて受けた瞬間は、間違いなく大きな隙だった。
 無防備な瞬間を狙い、毀れる紅涙・ティアレス(a90167)が禍々しい鎖にて獣の動きを封じ込める。黒く変色した獣の身では、拘束を逃れる術は無い。続けざまにシュウが放った強大な竜巻が獣の姿を覆い隠し、駆けざまにラクジットが高速の連続攻撃を叩き込む。風が止み、輝く軌跡と薔薇の花弁の晴れる頃。
「色々と厄介な能力だけどね。相手と場所が悪かった……さよならだ」
 シュウの呟きと共に、霧の獣は一滴の血すら残さず霧散した。

●姫百合
 崩れた塔の中で濾過作用が働いたのか、塔の水は驚くほど澄んでいた。だからこそ姫百合が咲いているのか、とクラウディアは水の零れてくる塔の高嶺を見上げ思う。崩れた壁も風通しが良いと言う意味では最適なのではないだろうか。
「へぇ……」
 螺旋階段を登ると、上階は同じく光と水の世界で在り、棚引く花霞は霧にも似ている。鮮やかな色をした姫百合が、一面に咲き誇り揺れていた。馨しい香りが辺りに満ち、背筋を正したくなるような高貴さと共に、譲らないながらの甘さのような不思議な想いを呼び起こさせる。ローズウッドはぐるりを周囲を眺め見て、この香りを嗅ぐたびに、此処のことを思い出せるだろうと静かに胸に手を置いた。
 ラクジットも其の想いは同じ。唯、彼女にとっては戒めの香りだ。同盟の冒険者として、同盟の民を護るのは自分たちなのだと言うことを忘れず、「誇り」を失わぬよう記憶へと刻みつけたく思う。
 シルヴィアとエレンシアは、姫百合の花を幾らかそっと根ごとに持ち上げ、塔の下階で果て消えた獣の元へと運んで遣った。此れで狼も寂しくは無いだろう、とシルヴィアが目を伏せると、エレンシアも淡く微笑んで頷いた。
「……死んでしまわれた方に罪はありませんの」
 グリモアの加護を失った冒険者のなれの果て。魔物の魂が救われることを祈った。

 想いを寄せる人にも何処か似ている、決して可憐な弱々しい花には見えない其の姫百合をラゼンシアは静かに愛で見守っていた。叶うことの無い想いと知っているが、其れでも焦がれるものはある。ふと、何が不満なのか、美しい姫百合の唯中で、ティアレスが厳しい眼差しのままで居ることに気付くと、ラゼンシアは少し可笑しそうに微笑ながら、自分のおでこを指先で示す。
「……眉間の皺……」
 唐突に声を掛けられた彼は眉を持ち上げ、怪訝そうな顔をする。
「……笑ったら、とても素敵なのに……」
 ラゼンシアの紡いだ言葉に、ティアレスは暫く黙す。其の間にラゼンシアは直ぐに花へ向き直っていたのだけれど、余りに長引いた沈黙が不思議に思えて振り返ると、口元を押さえて肩を震わせていた。可笑しくて堪らない、と言う風に肩を暫し揺すった後、
「いや、貴様中々面白いことを言う」
 と笑い過ぎで浮いた涙を払いながらに、覚えておこう、と人を喰った風情で告げる。声を掛けられ彼が振り返ると、其処にはフリーデルトが居た。彼女は先日の依頼の際の助言に礼を言い、姫百合の花言葉を思うと自分には似合わないかもしれないが、と前置いてから、
「見つけたいと、思います……」
 彼には判る端的な言葉で頭を下げた。良いのでは無いか、と男は満足げに微笑する。相応しいものほど、美しくなるものだ、と。

「人知れない塔で、恐ろしい狼に捕らわれていた気高き姫」
 ラジスラヴァは美しい声音で歌を紡いだ。光差し込む塔の中、歌声は幾度も反響を重ねて響き続けている。星の輝きを落としたような姫百合の花弁が、風に運ばれ舞い上がる。馨しいばかりのこの香り、嬢も恐らく気に入るだろう。


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