<リプレイ>
●恋する娘 最初、二人の娘たちは冒険者たちの申し出を受けて驚いた顔をしたが、すぐにそれを承諾した。 街からさほど遠くはない山中に思い人が居る、そして冒険者たちがそこまで護衛をしてくれると言うのだ。娘たちに否やのあろう筈はなかった。 二人を同行させるに当たって、蒼の癒し手・ニーナ(a01794)は念を押した。 「真意を知りたいと依頼されるからには、『覚悟』が必要です……。どのような結果であろうとも受け容れる覚悟は、おありですか?」 娘たちは、不安と情熱に輝く星のような瞳を見合わせて頷いた。 風に乗る気ままな翼・サガン(a18767)が行動の予定を話す。 「私達数人とあなたがた二人で、メディストさんの会話をこっそり聞かせてもらおうと思います。その際は、決して騒がないよう願います。どんな話になっても必ず」 娘たちはこれにも頷き、こうして今にも泣き出しそうな曇天の空の下、サガンが街中で借りてきたノソリン車に娘たちを乗せて、一行は霊査士が示した山に向かい出発した。
「一体メディストさんは、何故行方を暗ましたのでしょうね……」 サガンは御者台でいかにも納得がいかないというように口にした。 「二人ともあんなに綺麗なのにな」 熱血漢のヒトの武人・ブラッド(a27490)は護衛としてノソリン車と並んで歩きながら答えた。持ち前の惚れっぽさが発動しているのかもしれない。 アリアドネは富豪の令嬢らしく高価な生地を使った仕立ての良い服を着て、じっと黙ったまま前を向いて座っている。背筋を伸ばしひたすら前方を見るか、俯いて己のつま先に目を落とすかして不安に耐える姿は、ガラス細工の繊細な美しさを備えていた。一方ナイアドは、花売りで生計を立てているだけあり、質素でくたびれた服は決して良い身なりとは言えなかった。しかし、普段は見ることのない景色に目を向け時折りは笑顔すら見せるなど、精神的な強さや余裕を感じさせる、野に咲く花のような美しさを持った娘であった。
山と、そこに茂る木々の鬱蒼とした威容が近付いてきた。山道はさほど険しくはないとはいえ、整備されていない道ではもうノソリン車は使えない。ヒトノソリンの医術士・イスカ(a24352)がノソリン車を道端に寄せて軽く木の枝に手綱を結わえている間に、サガンとブラッドが娘たちの手を取って座席から降りるのを手伝った。紅玉の魔眼・ヴィルガスト(a10769)と冥界の皇女・トモミ(a22374)は黙って少し先に立ち、道の安全を確かめた。 トモミは本隊と少し距離を取ってからこっそりとヴィルガストに囁いた。 「……絶対になんとかしなくてはね。このままでは、お二人の時間が止まっちゃいますもの」 ヴィルガストは言葉少なく「うむ、そうだな」と簡単に頷くと、黒い聖衣の裾を翻して山道に入っていき、哨戒のための青い水晶の虫を樹間に飛ばした。
●崖の上の愚者 夢見るような瞳の若者が竪琴を抱えて崖の上に立ち、今しも落ちてきた雨粒の一つを頬に受けて天を仰いで呟いた。 「……泣いているのか……?」 誰を思ってのことかは判らない。そうして、どこか聞き覚えのある古謡のような歌を口ずさみ始めた。 自分の声に和する女の歌声が聞こえ、彼は少し驚いたものの歌を止めることなく、崖の後方―山道の方を振り返った。崖と道の間には邪魔をする木や岩などはなく、天使の翼を持つ銀髪の娘が風に乱れる長い髪を押さえて、細い声で歌いながら軽やかな足取りで崖に上ってくるのが見えた。混沌の哀天使・セーラ(a20667)であった。 道の方にさらに数名の人影があったが、彼らは今のところ森陰で雨宿りでもしようとしているようだ。 歌の一くさりを共に歌い終え、若者―メディストは微笑みながら彼女を迎えた。エンジェル種族は、この大陸には冒険者しかいない。優雅な身なりの冒険者が、このような雨模様の日に伊達や酔狂でこんな崖に登って来るはずはないと、彼はどこか気づいていた。 「ごきげんよう……生憎のお天気ですこと」 セーラが声をかけ、メディストは答えた。 「全くです……どうやら空が泣き出したようだ」 折りしも水滴が描く斜線が、セーラの髪に、メディストの手の平にと降り注ぎ始めた。セーラはメディストと視線を合わせて静かに語りかけた。 「ありふれた恋のお話を聞いて下さるかしら?……二人の女性が一人の男性に恋をするお話ですわ……」 その言葉にメディストは全ての了解を瞳の色に現して頷いた。 「長くなりそうです……仲間の待つ場所に参りましょう」 とセーラが彼をいざない、二人は崖の袂の森へと向かった。
木陰で待っていたのは、イスカとブラッド。森の少しだけ奥にこんもりとした茂みがあり、その傍らにブラッドと想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)も樹木にもたれて佇んでいた。メディストはイスカの緑色のノソリン耳とノソリン尻尾を珍しそうに眺めた後、ブラッドの憤懣やるかたなしと言った表情を見て少しすまなそうに目を伏せた。 挨拶をしてから、イスカは尋ねた。 「貴方の事を想っている人が居るなぁ〜ん。なのに、なんで突然旅立っていったなぁ〜ん?」 メディストは少し躊躇った後に、弱々しく言葉を紡いだ。 「……それは……、二人のどちらと結ばれることも、僕の進むべき道ではないと感じたからです……僕は、旅の歌い手として生きる道を選んだ。そして、それでは彼女たちを幸せにすることはできないと、そう思ったから……」 「だからって、黙って行かなくても!」 ブラッドが思わず詰め寄る。メディストは顔を背けた。やはりそれについては疚しさを感じていたのだ。弱々しく言い訳をしようとする。 「……それはそうですが、でも」 「っ言い訳するなあ!」 思わずブラッドがメディストを張り倒す。走り寄ったヴィルガストに止められ、ブラッドは「すまん」と引き下がる。ブラッドの手首を押さえたまま、ヴィルガストは淡々とメディストを非難した。 「道を選ぶのは最終的には自分だ、それは良いだろう。だが、自分を信じ、慕ってくれる者に真実を告げないのは……あまり感心しない行為だな」 セーラの言葉は相変わらず静かに、その分一層深く青年の心に追い討ちをかける。 「この状況……愛する者が突然いなくなってしまった彼女達の気持ちはどこに向かえば良いのでしょう?」 メディストは座り込んだまま、その言葉を噛みしめた。 「黙って旅立つなんて……貴方のしたことは優しさではなく、弱さと自己満足です。そんなことをしていたら……」 いつしか歩み寄ってきたラジスラヴァが厳しい顔で紡いだ言葉を、メディストは返す言葉も無くうなだれて聞いた。 「そんなことをしていたら、二度と恋の歌を歌えなくなりますよ」 メディストははっとして顔を上げた。 同じ歌い手として、この言葉は余りにも深くメディストの胸に突き刺さったのだった。
●二つの道はいずれでもなく さらさらと、木々の葉を打つ雨の音が聞こえる。 メディストと冒険者たちの会話を、娘たちは茂みの後ろで聞いていた。事前にトモミから、メディストがその心情を全て語り終えるまでは姿を現さぬよう注意を受けていたのだ。 メディストがラジスラヴァの言葉に衝撃を受けて黙ってしまうと、同じく茂みの後ろに居たニーナとサガン、トモミは頃合かも知れぬと目配せして、娘たちを促し立ち上がった。 「メディスト……」 「メディスト様……」 「ナイアド……アリアドネ……。……ごめん……」 若者は二人を見て驚いたが、しかし正面から向き合う気持ちになったようだ。 イスカがセーラとブラッドの袖を引いて促し、それを機に冒険者たちは少し離れて彼らを見守ることにした。
イスカは不測の事態に備え、恋人たちより崖側で待機しながら彼らの様子を窺った。 木々の合間で、互いに遠慮して恋する者には不釣合いな距離を保ったまま、口数少なく語り合う彼らを見て思わず、 「私も昔は若かったなぁ〜ん……」 遠い目で呟いた。
アリアドネが、おそらくは泣きながらメディストに縋りつき、ナイアドも一緒に寄り添った。三つの影はしばらくじっとして、やがて離れた。言うべきことを言い終えたのだろう。 メディストは娘たちに背を向けると、冒険者たちにそれぞれ会釈をしてから雨のそぼ降る山道を去って行った。 二人の娘は性格も外見も異なっていたが、しおれた花のようにくず折れる姿は、まるで双子のように似通っていた。
●晴れ間 ニーナは静かに、けれど女教皇のように毅然と二人の娘に諭した。 「今は辛いでしょうけど、これも一つの人生経験です。これからも恋をして、人間を磨いてください。いいですか、輝いている人に人は惹かれていくものです。決してそれを忘れないで下さい」 二人は潤んだ目でニーナを見上げると頷き、やがて立ち上がった。
少し待つと雨が弱くなり、一行はぬかるみに注意しつつ山を下り始めた。 ナイアドよりもアリアドネの方が動揺が大きいようだった。ナイアドは悄然としてはいるものの、自分で生計を立てている為か、現実とはこうしたものだと受け容れているように見える。一方アリアドネは何不自由なく育ってきたからなのか、それともその誇りを保とうと余計なエネルギーを使ってしまっているのか、痛々しいほどの消耗ぶりだ。 ぬかるむ下り坂に足を取られる彼女をヴィルガストが支える。 「今は、足元だけを見て歩け」 歩くことに注意を向ければ気が紛れる……、不器用な彼なりの慰め方だった。 また、トモミはそんな彼女の様子を見て、しばらくは街に留まり、彼女の話相手になることを決意した。 ラジスラヴァも青い瞳に思慮深い表情をたたえ、 「貴女の思いはウソではないでしょう?人を思い遣ることを忘れなければ、いつかきっと素敵な方が見つかりますよ」 と語りかけた。 ブラッドは、誠心誠意二人を慰め、元気づけたかった。二人の為に、一生懸命道中の岩を取り除いたり、草むらの中の獣を追い払ったりしていた。そして藪を突付いて蛇を出し、狐の尻尾を踏みつけて噛み付かれるなど、一人で散々な目に遭っていた。 しかし、 「何でいつもこうなるんだ……」 とへこむ彼を見て、悄然としていたナイアドも、身も世もなく涙に暮れていたアリアドネまでもくすりと笑った。その目にはまだ小さな涙の粒があったけれど、笑顔で流す涙は乾くのも速いことだろう。 街に着く頃には雨は止み、乱れた雲の隙間から青い空が覗いていた。

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参加者:8人
作成日:2005/07/18
得票数:恋愛12
ダーク1
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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