星祭り・夜空の銀と滴り落ちる涙の語り



<オープニング>


 口元の赤い亀裂は、見るものを脅かすものであったはずである。けれど、今の彼ならば、例え王との裏路地で鉢合わせしたとしても、ある意味で怖い人と感じるだけで、破壊と戦慄などという威風とは、まったく無縁である。黒水王・アイザックは、奇妙な紋様が浮かぶ薄手のフードで額を隠し、愉快な形に波打たせた口から、キシュディム護衛士たちに告げた。
「星凛祭という祭りを知っておるかえ?……違う、知ってるな。あれをな、我が国の北方拠点で執り行う」
 ――彼は、ほんのりではあるが、冒険者たちより伝え聞くマウサツの文化に染まりつつあった。おりえんと趣味、とでもいえばいいのだろうか。王はふふんと鼻を鳴らして言葉を続けた。
「我が国ではな、北の空に光が堕ちたという言い伝えがあるのだ。夏の始まり、雲のない天蓋、一条の光を引いた白銀の塊が、大地を深々と抉った――とな。子供の自分にはよくわからなかったが……あれが楓華列島で語られる神と別れた女の涙なのかもしれんな。荒れ野に出て、見つかるかはわからんが、その欠片を捜してもいいだろう」
 自分でも柄にもないと思う台詞、目前に立ち並ぶ護衛士たちの反応に、アイザック王は得意の分野に話を切り換えることにしたようだ。
「出店もあったほうがいいだろうな。祭りとは血わき肉躍るものだ。腹も減る」
 いささか星凛祭を理解に違えた部分があるものの、キシュディム護衛士たちとて出店は歓迎である。様々な形を象った面や、色鮮やかな菓子の数々、その日しか口にできない奇妙な食べ物や、浴衣なるマウサツの着物を模したものも並べられているかもしれない。
「国を追われた連中を楽しませてやってくれ。歌や踊りがあるといいだろうな。俺はなるべく勇壮なものがいい。ああ、それからな、リザードマン護衛士たちにも見せてやれ。あいつらの中にも、舞いのひとつくらい差せるやつがいるだろうしな」
「物見櫓から夜空を眺めて、愛を叫ぶのもいいだろうな」
 北方拠点の施設を活用せよ、ということであるらしい。
「いいな、7月7日は約束の日である。煌々と火を灯して、眠らない夜とするぞ。心してかかれよ」

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参加者
NPC:黒水王・アイザック(a90110)



<リプレイ>

●荒野
 空には月が浮かんでいた。滴るような光をにじませ、流れる雲を透かしている。
「見つかるといいなぁ……」
 胸に抱えた麻の袋から、渦巻き模様の雨を取りだし、デュークはミュヘンに手渡した。先ほど挨拶を交わしたばかりの王は、彼に尊大でも横柄でもない態度で接してくれた。一言だけ「また戻れよ」と。
「ありがとう……もご」
 ミュヘンは雨を加えて、辺りに広がる荒涼たる荒野を見渡した。空から落ちた白銀の光、アイザック王が涙かもしれないと柄にもないことを言った、例の欠片を探している。
 足元から仄かな光を漂わせて、ミュヘンは地面にしゃがみ込んだ。
「言い伝え……かぁ。駄目元でも探してみる価値はあるよねっ」
 濡れたように輝く黒い欠片が、茶色の地面から突き出ていた。
 
●石垣
 北方拠点の本部を取り巻く石壁に、いくつもの影が踊っている。その正体はハートマンと、彼によってすっかりできあがらされた男たちである。彼らは口々に歌う。
 1月は新年会で酒が飲めぞ♪
 2月はランララで酒が飲めるぞ♪
 3月は何でもないけど酒が飲めるぞ♪
 4月は花見で酒が飲めるぞ♪
 5月はミラルカ芸能祭で酒が飲めるぞ♪
 6月はジューンブライドで酒が飲めるぞ♪
 7月は星凛祭で酒が飲めるぞ♪
 8月は暑いから酒が飲めるぞ♪
 9月は台風で酒が飲めるぞ♪
 10月はザウス大祭で酒がめるぞ♪
 11月は川を上ってくる鮭が食えるぞ♪
 12月はフォーナで酒が飲めるぞ♪」
 
●物見櫓
「おう、少しの間だけ、邪魔させてもらうぜ」
 どっしりと大太鼓を櫓の上に構えると、クロコはどどんどどどんと打ち鳴らし、祭りにはやる人々の気持ちをさらに盛り上げた。
「同じアホなら……こういうのは楽しんだものの勝ち、だろ? せっかくの祭りだ、踊らなきゃ損ってもんだぜ!」
 クロコとバチを構えるリザードマン兵士は首肯いていた。
 
 太鼓で乱舞の余韻が冷めやらぬ中、櫓にあがったのはアルトであった。「愛を叫んでみるのもいいだろうな」、そんなアイザック王の言葉を胸に、一発かましてやる所存なのだ。
「狂戦士のー、アルト・ディスティスー。俺には、隙あらば攻勢を仕掛けてくる人がいるー」
 櫓の真下から拍手と完成があがる。人々の中には、はしゃぐハロルドとたしなめるリオネルの姿もあるようだ。
「相手はー、実は俺の妹だー」
 どよめきが起こった。ハロルドは両手を突きだしているが、リオネルはと絶句している。
「そんな訳でー、兄妹同士で付き合うのはアリだろうかー?」
 
「……血が繋がってないならありアリだろうな……」
 カールはそう呟いて踵を返した。櫓を中心にして騒ぐ人々のために、彼は取り囲む暗闇に目を見張っていた。
(「……まぁ、こんな時こそ楽しんで憂さをはらした方がいい。いつまた次の戦いが起るか分からないからな。神と人との幸福な交わりを祝う祭りか……まぁ、俺には関係ない」)
 PL談、寂しいやつである。
 MS談、それもありだと思います。
 
 あぐらをかいて座り込んだハロルドは、櫓から降りてきたアルトに拍手を送りつつ、大量に買い込んだ食べ物を口に運んでいる。そんな彼を団扇で仰ぎながら、リオネルは眉宇をしかめた。
「ハル、君ちょっとはしゃぎ過ぎ。そんなに食べ物買っちゃって、食べ切れるの?」
 ハロルドは短く返事をすると、地面に寝そべって夜空を眺めていた。そこへ、ほっかむりをした何物かが首を突きだしてきて……。
「陛下!」
 リオネルの声に気づいて、ハロルドははっと飛び跳ねた。少し呂律がおかしい。
「陛下〜楽しんでますか? あ、焼きソバ食います? 麦酒もありますよ。 え? オレは飲んでないっすよ? 誰かにあげようと持ってただけで」
 取り繕うようにリオネルが言う。
「今晩は、陛下。こ、これどうぞっ」
 甘党のリオネルからりんご飴を、無念そうなハロルドから麦酒をさらったアイザック王は、上々の収穫に口元を歪め、長い尾を楽しげに揺らして円形広場の方へと歩いていった。
 
●円形広場
 淡い色彩の浴衣を羽織って、キリークは祭の喧騒を楽しんでいた。人だかりを見つけた彼は、静かに歩み寄って輪の中を見やった。どこからともなく飛来した青龍戟を手にするなり、彼は跳躍して人々の頭を越えた。速やかな身のこなしで切先を突きつけられた争いの元凶たちは、そのまましずしずと拠点本部にまで連れられていった。
 リザードマン護衛士たちと連れ立って、マージュは警邏役を務めていた。いくつかの詰所を設置して、ぐるぐると時間を決めて巡回する。
「交代の時間だね」
 そう言うと、マージュは浴衣の襟元を正して、屋台の並ぶ方へと駆けていった。楽しまないと損だと思う。
 その頃、屋台が集まる一角では、あまりに元気な声が轟いていた。
「せっかくのお祭だし仕事は忘れて遊ぼ〜〜っ! 色々周るを〜〜〜!」
 雄叫びをあげるシシルに、がっちりと腕をとられているのはほっかむりをしたアイザック王である。
「おい、シシル。次もか?」
「取り敢えず屋台の食べ物は完全制覇の方針で行きますぉ〜〜!」
 キオウはぱんぱんと手を叩きながら、繁盛する露店を切り盛りしていた。
「さぁ、林檎飴です。美味しいよ!」
 そこへ、シシルたちがやってくる。しかし、彼女たちが列の最前に並んだ時点で、売り物は品切れとなってしまった。けれど、さすがはキオウである。彼は素早く露店の前後を入れ替えると、客引きの声も別のものに替えてしまったのだ。
「お好み焼きだよ〜いらっしゃいませ!」
 
 小首を傾げて、シキはキシュディム護衛士に引きずられるアイザック王の姿を見やっていた。
「んー、なんだかアイザックさん、微妙に物騒な方向に間違えてる気もするけどー……まぁにぎやかに越したことはないかなー?」
 ふふ、と笑い声を漏らして、彼は何をしたらいいのか迷った様子でうろうろとする避難民の子供たちへ駆け寄った。しゃがみ込んだ彼は言う。
「お祭り楽しめてる? オニイサンでよければ、一緒にどうかなー?」
 
「美味しい……キシュディムではいつもこのようなお菓子を?」
 ファオに褒められて、アルテアはクレープを焼く手をしばし休めて髪に触れさせた。そこへ、白煙を巻き起こすほどの勢いで、露店の完全制覇を目指すシシルたちがやって来た。
「シシルさん、それに、陛下?」
 息も絶え絶えのアイザック王へ、アルテアは特別に赤い果実を追加したクレープを手渡した。一口で食べてしまった王は、親指を突き立てたままの姿で、再びいずれなりへと引きずられていくのだった。
 
 煌々と灯る提灯は、ガラッドが燭台を元に工夫した作った代物であった。露店の軒先を飾る灯を、子供たちは不思議そうに見つめる。
「祭りって感じがして良いだろ?」
 そう言って、ガラッドは甘酒の注がれた白亜の焼き物を差し出した。
「別の物もないのかな?」
「おう?」
 ガラッドはシズマに悪戯っぽい視線を送ると、しゃがみこんで、屋台の足元から茶色の瓶を取りだした。栓が抜かれると、馥郁たる香が広がった。子供たちは羨ましがったが、ふたりは「大人になったらな」と言って笑った。
「アイザック王も良かったら一杯どーすか?」
 瓶を手にガラッドは器を手渡すつもりだったが、瞳の焦点が合っていない王は、瓶ごと奪い取るなり酒を喉の奥へ流し込んだ。シズマは喉の奥に、焼けつくようなあの感触を思い浮かべ、息を飲んだ。まだ酒には慣れていない。
 
 緑の竹が半分に割られ、節が取り去られたものを、ティーダは同じく竹で組まれた台座に置いた。緩やかに傾斜する竹に少量の水を流し、同時に白い麺を流すのである。
「星祭に素麺を食べると幸せになるっておばーちゃんから聞いたから」
 不思議な食べ物について人々が尋ねるたびに、少女はそう答えて微笑んでみせた。白に赤と緑に染められた麺が、おばーちゃんが用意してくれたものよりも多いのは、自分が好きだから。
「あっ、あれっ?」
 ティーダは台座の上で麺をすくう手をとめた。ふらふらとした足取りでやってくる、アイザック王の姿に気づいたのだ。カチコチに緊張した右の手足を同時にくりだしながら、彼女は王に器とフォークを手渡し、楽しみ方を説明した。そして、緊張のあまり、不可思議な質問をしてしまう。
「王様の口はどうしてそんなに大きいんですか?」
 アイザックは戸惑っていたが、額を覆うほっかむりを正しながらこう言った。
「それはな……お前を食っちまうためだ!」
 きゃあきゃあと悲鳴をあげながら逃げ惑う少女を追うリザードマンの王、その姿を唖然として見つめるリゼンであったが、ふたりが手を振りあって別れたところを見てとるや、アイザックに歩み寄って声をかけた。次に唖然としたのは、王の方である。
「……アイちゃんだ〜〜♪」
「な、アイ、ちゃん?」
「そう、アイちゃんだよ〜〜。お兄様は、バグたん。」
「ば、ばぐたん?」
 ティーダの食べちゃうために大きな口をぱくぱくさせて、アイザックは絶句していたが、やがて尋ねた。
「な、なんなのだそれは」
「だって、アイザック王は国民的アイドルだから♪」
 そう言うリゼンからふりまかれた、不思議な魅力の笑顔によって、なんとなくそんな気がしはじめたアイザック王であった。
 
 淡い水色に白い光を浮べる蛍が飛び交う、可愛い浴衣をまとってメディスは出店巡りをしていた。群青色の兵児帯には、団扇が差してある。
(「これ着て行ったらバリッチさん、驚くかしら?」)
 旧知の商人が必ず出店にいるはずと、メディスは期待していた。他の店よりも多くの人を集める露店がそれを叶えてくれた。
「その風鈴をいただけますか?」
 バリッチが手渡してくれた硝子細工を満足げに見つめるのはネフェルである。彼の傍らには、タコの面をかぶるアイザック王の姿があった。ネフェルに発見された彼は、視察がてらの露店巡りと洒落込んでいた。
「バリッチさん」
 人々の合間から浮かんだ白い顔を見つけるなり、バリッチは大きく手を振った。その拍子に風鈴が触れ合って冷たい音を響かせたが、割れたものはひとつもなかった。
 メディスはバリッチの商いを手伝っていくことにした。
 
 不揃いではあったが、楽しげな音が円形広場の中央にすえられた舞台へと向かっていく。その先頭を歩むのは、イグネシアだ。彼に率いられているのは、リザードマン護衛士の楽師や、演奏に長けたリザードマン兵士たちである。楽団となった人々は皆、金糸の刺繍が施されるなどした儀典用の衣裳――らしきもの――で着飾っていた。
「さあ、一緒に踊りましょう」
 リザードマン護衛士の手を引いて、プレストは舞台の上に立った。楽隊の奏でる楽しい調べに合わせて、少女らが踊ると周囲から拍手が舞い起こった。
 プレストたちに続いて、舞台にあがったのはセロと、彼に招かれたセレスティアであった。冒険者の力は使わず、ふたりは震え響く声を重ね合わせた……。
 
 遥か遠き我が故郷 我らを育みし愛しき地
 たとえ遠く離れても この心は常にお前の元に
 嗚呼 飛ぶ鳥は国境を知らず 境無き空を羽ばたく
 嗚呼 この心も国境を知らず 遠き故郷に羽ばたく
 遥か遠き我が故郷 今は遠い大地の元に我は在る
 たとえ遠く離れても 私は必ずお前の元に帰る……
 
 次第に高まっていく拍手の中に、奇妙なほっかむりで額を隠すリザードマンの姿を認めて、セレスティアはひとり舞台から降り立ち、彼の元へと歩み寄った。ドリアッドである彼女にとって、リザードマンは種族間で争い、戦った相手である。複雑な思いが口元を歪めてはいまいかと、やや緊張した面持ちでセレスティアは話しかけた。
「お楽しみいただけましたでしょうか陛下……」
 アイザックは瞬きもせずにセレスティアを見つめた。けれど、彼は尊大な態度を示していたのではない。酒精が彼の心をふやかしてしまったのだろう、セレスティアとセロが紡いだ詩が、深々と染み込んで彼の瞳をにじませていたのである。
(「……綺麗な星、人々の笑顔、楽しい祭り……この人となら共有できるかもしれない……」)
 わだかまりが薄まり、セレスティアはそう思うのだった。
 
 すべての品を売り尽くしてしまったキオウは、酒をちびちびと楽しんでいた。そこへ、ネフェルを連れてアイザックがやって来た。椅子をすすめられるまでもなく、彼は腰を下ろして、キオウから受け取った酒の瓶を傾けた。空になっていたキオウの杯へ、次いでネフェルに持たせた器をなみなみと満たし、自身が手にする焼き物へも酒を注いだ。
「……そういえばアイザック様はお好きな女性とかいらっしゃるので?」
 さりげなくキオウが吐いた質問に、ネフェルはまだ飲んではいけない酒をどうしたものかと迷う手を止め、アイザックは赤い口元を愉快に波打たせていたが、すぐにこう返した。
「五万といる。おまえはどうだ?」
「いますよ、大事な人です」
「ひとりか?」
「そうです」
「それもいいな」
 
 額に浮かんだ汗を拭ったイツキは、その視線の先に腰を下ろすキシュディムの仲間と、王の姿を見つけた。藍色の果実を閉じこめて焼いた丸い菓子の最後のひとつを配り終えると、イツキは店を手伝ってくれていたメディスに耳打ちした。
「ほら、綺麗な満天の星々……この荒んだ現況を忘れるくらいよね♪」
 ブルーベリー、メロン、夏みかんといった季節の果実が使用されたパイは、人々の頬を綻ばせ、星を眺めるイツキの胸も幸せで満たしてくれた。
「ちょっと待ってよね」
 しゃがみこんだイツキは、パイの盛られたカゴを手にしている。そして、メディスを伴ってキオウの露店に座り込むアイザックの元へと向かった。
「陛下の手からルタに渡してね♪ それから北の状況も話しておくと喜ばれると思うわよ♪」
 悪戯っぽい笑みを浮べて歩み寄るイツキに、アイザックは首を傾げていたが、かごを差し出されると「すまんな」と言って受け取った。そして、キオウを見やって了解を得ると、自ら酒をイツキとメディスにも注いだ。
 頬をうっすらと染めたメディスは、急に立ち上がって――どういうわけか、その白い手はお腹の辺りに優しく触れていた――皆に言った。
「さっき出店に『カラーラルフ』って看板あったです? 一緒に見に行きませんか?」
 色つきのヒヨコなのだろう。
「怪しいな、俺が取り締まってやる」
 ネフェルとキオウの制止も振りきって、アイザックはずかずかと大股で歩いていくのだった。
 
 降り注いでくる――そう思わせるほど冷たい天蓋の煌めきは、まだその白々とした輝きを失っていない。
 地表で繰り広げられる騒ぎもまた、まだまだ醒める気配を見せていない。


マスター:水原曜 紹介ページ
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参加者:26人
作成日:2005/07/09
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