星祭り・比翼連理と金銀花



<オープニング>


●川原の連理
 神様と恋をしたひとりの乙女。
 神様はやがて地上を去り、星の一番綺麗な夜に必ず君に逢いに来る、と乙女に囁き天へ登った。乙女は誓いを信じ待ち続け、幾年も夜空を見上げ恋人の訪れを信じ続ける。けれど乙女も成熟し、恋は終わりを告げたのだと悟る頃、彼女は河へと身を投げた。
「憂き世で共に在れずとも、せめて天に登って貴方の傍に在れますように」
 忘れることは出来ず、一目恋人に逢いたいと願うが為に乙女は若き命を散らした。神様が地上を訪れたのは其れから数年後の七月の夜。神様は嘆き悲しんで、彼女が身を投げた河の畔に、彼女が遺した気持ちをひとつ、彼女を想う気持ちをひとつ、樹の種にして撒いたのだと言う。
「生まれ変わることが叶うなら、比翼の鳥と為って二度と貴女を離さない」
 神様の流した涙が想いの種を育んで、ふたつの樹は見る間に大きく成長し、枝が途中から絡まりあって仲睦まじい一本の樹にとなっていった。そして其の樹の周りには、星明りを浴びて金銀に輝く花が咲き乱れたのだと言う。

●月夜の比翼
「……途中から一本に為っている樹のことを、連理の樹と言うの」
 蒼荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)は長い前置きをしながらに言った。依頼の説明をするには先ず聞いて欲しいことなの、と冒険者たちを待たせて続ける。
「……比翼の鳥と言うのは、雄雌が片方ずつの羽根しか持たない鳥のこと、ね?」
 両方が強い愛で結ばれていることを象徴するものなのだ、と彼女は緩く首を傾げる。ある街外れの森の中を流れる川原にも、連理の枝を持つ樹が植えられており、其処には星祭りの伝承も残っていると霊査士は続けた。
 其の街の星祭りは銀細工で作られた羽根――男性は青い宝玉を、女性は赤い宝玉を埋め込んだもの――を身に着け河原へ赴き、連理の樹に羽根を吊り下げる。比翼の羽根と為るように、伝承のふたりの悲恋に報いる為、そして恋人たちの愛の誓いに変えて。
 また、時折は河へと何か品物を流す。リボンなりとも指輪なりとも、流した品は過去を象徴し示している。辛い過去を流す意味でも幸せな過去に甘んじぬ為にも、前を向き続けることが出来るようにと、このような行事が毎年行われ続けているらしい。
「そして、やっぱり毎年のことなのだけれど」
 疲れたような気怠げな息を緩く吐いて霊査士は告げる。愛の象徴である連理の樹に向けて「今年こそは叩き斬ってやる!」「今年こそは燃やしてくれる!」と意気込んでいる人々も一部居るのだ、と。星祭りに良い感情を抱くばかりとは限らないのが世の不幸である。
「……悪い人たちでは無いの。少し、色々、可哀想な人たちなのよ」
 だから余り手荒な真似はしないで欲しい、と。自棄酒に付き合いながら愚痴でも聞いてあげて頂戴、と毀れる紅涙・ティアレス(a90167)に視線を向けた。ティアレスは唯、乾いた笑みを零すのだった。

マスター:愛染りんご 紹介ページ
 愛染りんごで御座います。
 月明かりに照らされた河原、金銀花(すいかずら。白から黄色に染まり行く花、月明かりの中では正に金銀に輝いて見える)で囲まれた場に寄り添っている連理の樹。其れを護り切ることが依頼内容になります。
 ティアレスに任せておけば適当に処理してくれるでしょう。哀憐に満ちた男たちの嘆きを聞いて、心を揺り動かされることなど無いように御気をつけて。男たちの味方をして連理の樹を切り倒す為に動くことも勿論可能ですが、そう為れば根は真面目なティアレスも容赦はしないでしょう。(笑)

 カップルでの御参加は勿論、独り者のティアレスも参加していますし、お一人様での御参加も大歓迎です。男たちと悲哀を語ってくださる方も居れば感謝されることでしょう。ティアレスは自棄酒に付き合っていると思われますが、御呼び頂ければ星空を見に行くでしょう。愛染りんごでした。

参加者
春霞遼遠・ハル(a00347)
森に宿りし蒼風・ナーサティルグ(a04210)
揺流白花・セーネード(a04230)
漆黒の彼岸花・トモコ(a04311)
花音・ティーナ(a11145)
清玄桜姫・マンジュ(a11930)
狂風の・ジョジョ(a12711)
蜜星の讃美歌・ルーツァ(a14434)
異界からの迷い人・クオン(a18469)
影殺者・シェラ(a24579)
NPC:毀れる紅涙・ティアレス(a90167)



<リプレイ>

●暴走
「哀しくも美しい、悲恋の物語なのです……」
 目尻に涙を溜めながらも、翳らぬ蜜星の讃美歌・ルーツァ(a14434)はうっとりと呟く。連理の樹は伝承通り、絡まり合った枝が離れること無くひとつの樹と為っていた。人々が込めて来た愛情の誓いを護る為にも頑張らなくては、と思いを新たにする。
「可哀相だけど彼らには犠牲に……じゃなくて、我慢してもらいましょ!」
 想いも人々に息づく伝承も大切にしてあげなければね、と彼女に同意する形で花詠み・ティーナ(a11145)も頷く。過激な発言を飲み込んで言い直すが、既に時遅しと言う感もある。あは、と笑って誤魔化した。
 気合の入れ具合で言えば揺流白花・セーネード(a04230)も負けたものでは無い。彼の場合、「ちゃっちゃと片付けてハルトと星祭り!」と言う在る意味非常に純粋な目的の為に、では在るのだが。皆が直ぐに動き出せるよう、油断無く力を巡らせる。また、異界からの迷い人・クオン(a18469)は既に樹の影に潜んでおり、万一火矢を放たれた時には直ぐに切り落とせるように、と鋭く辺りを警戒していた。
 隠れ場所も山とあるわけでは無いが、樹を隠すなら森の中と言う。恋人同士の振りをしていれば特に不審に思われることも無いだろうが、生憎と冒険者たちは余り――セーネードは泣いていたが――カップルらしくは見えない。森に宿りし蒼風・ナーサティルグ(a04210)はくすりと笑って声を掛けた。
「ティアレスさん、御一緒します?」
 からかうような口調で言葉を向けるも、毀れる紅涙・ティアレス(a90167)は紅い瞳を細めて笑うと、素早く彼女の手を取った。少なからず驚いたのか瞳を見開くナーサティルグに、光栄だな、と此方も惑わすようにからかうような声音で返す。と其処に人込みの向こうから、手に斧を持ち松明を持ち、駆けて来る集団が目に入った。

●鎮圧
「この樹を如何こうしたけりゃ、俺を倒して行くんだな!」
 どんな理由が在るのかは知ったこっちゃねぇ、と狂風の・ジョジョ(a12711)が言い捨て連理の樹の前に立ちはだかる。体格の良い彼に続き、ルーツァとクオンも手にした武器を変形させる。其の素振りで相手が冒険者だと気付いた男たちは怖気づいたように足を止める。
 しかし一年越しの男たちの想いは其の程度の障害では潰えてくれない。雄叫びを上げながらジョジョに突撃する。ジョジョは向かい来る男たちを千切っては投げ千切っては投げ、怪我を負わせぬよう気遣いながらも樹へは一歩たりとも近付けない。そして男たちの拳は其の侭自らの身で受ける。
「まったく、大の大人が……聞き分けのない人は嫌いだよ♪」
 にこにこ微笑みながらも拳を握る紅の風花・マンジュ(a11930)をティアレスが捕まえる。彼らが善行をしているとは言い難いが犯罪者でも無い以上、余り脅して冒険者と言う存在に悪印象を植え付けることも在るまい、と言いくるめる。むすっと頬を膨らませるマンジュを見て、宥めるようにやや乱暴ながら頭を撫でた。
「身を張って暴挙を止める行動、乙女には輝いて見えるだろうなあ」
 セーネードがぼそぼそと言った言葉に、男たちの間に動揺が走る。男たちは御互いに牽制するような視線を走らせ、彼の狙い通り仲間割れの危機である。
「デートスポットはナンパスポット……」
 更にぼそぼそと呟かれた言葉に、有無を言わせぬ説得力を感じて男たちは動きを止めた。
「まあ……そろそろ頭を冷やせ、貴様らは」
 影殺者・シェラ(a24579)は溜息混じりに言いながら、ざばー、と男たちに頭から水をかける。男たちは我に返ったのか、其の場に崩れ落ちた。ちなみに、例えナンパスポットでも男たちの夢は叶わぬことを自覚したのだろう、と言うのがティアレスの私見だ。
 バケツ一杯の水である。頭からと言っても男たち全員が全身ずぶ濡れと言うわけでは無いが、彼岸ノ愛華・トモコ(a04311)は用意していたタオルを優しく差し出した。
「水も滴るいい男ってとこかしらねー」
 くすくすと笑いながらティーナも其れを手伝う。女性の優しさに触れたのが久々でか、男たちは静かに涙を流し始めるのだった。

●自棄酒
「まぁ、拙者も男……貴殿らの思いは解らぬでもないで御座るよ。今夜はとことん話そうでは無いか?」
 男たちの必死な様子を見ていれば、シェラも同情を禁じえなかった。冒険者と男たちは、連理の樹よりやや離れた木の下で車座と為る。金銀の花が咲き乱れる場所で、月見酒が始まった。
 あちこち軽く擦り傷やら切り傷やら出来ていたのは、すべて治療済みだ。余談だが、女性らの介抱に男たちはまた涙したらしい。ハルは暖かい茶やら酒を勧めてやりながら、まるで母親のように説教をする。
「少なくとも、樹に罪はありません」
 少々大人げが無いかと思いますヨ、と告げる彼に男たちも動じたようだ。中性的な彼の外見が反応を更に悩ませるのかもしれない。知ってか知らずか、ハルは飄々とした素振りで用意してきた摘まみを並べる。
「言い伝えって人の心の支えになるものなんだよ? それを壊そうとするなんて、乙女の天敵だよね♪」
 にっこり笑顔でマンジュが言う。かなり痛い部分を抉られたらしく男たちは苦痛にのたうった。
「もし貴方達にきちんとした相手が見つかったとして、其の時はどうするのですか?」
 ナーサティルグも僅かに表情を厳しくして問いかける。恋人に「あの樹は俺が倒したんだよ」とでも胸を張って言えるのかと言われ、男たちは言葉に詰まる。俺に恋人なんて出来るわけが、相手が居るあんたには判らないだろうが、等と自虐を口走る男たちにナーサティルグは苦笑する。横に居るティアレスは読めない顔をしたままだ。
「フフ……残念ながら私たちはそこまで深く付き合ってるわけではないのですよ」
 曖昧な言葉でお茶を濁し、愚痴なら幾らでもと酒を勧めた。

 曰く何も悪いことをしていないのに女性に嫌われる、曰く何故か女性に全く縁が無いなど、理解出来ない者には良く理解出来ない不遇について男たちは語った。理由は判らないが何とも痛々しい話に、下手な慰めは逆効果だろうと思えてしまう。
「そう、なんですか?」
 トモコの相槌に気を良くして男たちは語り続ける。相槌と共に酌をされているので、男たちが潰れるのもそう遠い未来では無いだろう。途中カップルへの怒りが再び燃え上がり、樹を斬りたい衝動に駆られた男たちだったが、
「待って待って、まだ話の途中じゃない!」
と、慌てたティーナが話の先を促すことで、再び酒の座に腰を下ろさせることに成功した。既に落ち着いたらしい男たちを見て、やはり根っからの悪い人たちでは無く、この時期で多感になってしまっていただけなのね、と安堵したルーツァは笑顔を振りまきながら御酌をして遣っている。
「ティアレス様も是非どうぞー!」
 慣れた仕草で酒を飲むティアレスは女性陣とハルを周囲に侍らせていた。気付けばこうなったので在って恐らく悪気は無い。囲まれている彼に近付き難く、おろおろしていたマンジュを目敏く見つけて呼び寄せる。しょんぼりしていた彼女が表情を明るくするのを見て、ティアレスは変わらぬ笑みを零した。
 ナーサティルグに「ティアレスさんも、悲哀の御話があるのですか?」と問いかけられると、薄い唇を歪めて黙す。そして肩を竦めて「我にはそのような経験は無いな」等と言ったものだから取り合えず男たちに簀巻きにされた。
 嫉妬は醜いで御座る、益々モテ無くなるで御座る、とツッコミを入れたシェラも同様に簀巻きにされた。

「殴り合って酒を呑んだら樹を如何こうしようって気もなくなるだろう?」
 落ち着け、とへべれけになり始めた男たちを取り成してジョジョが言う。旨い酒を飲み交わし、美しい景色の中で本音を大声で語り合えば心の重みも軽くなろうと言うもの。
「だが、自分に何があろうが他人の幸せや楽しみを奪う理由にはならねぇぞ」
 一転真剣な眼差しで言うジョジョに、男たちも気圧されたように黙り込んだ。直ぐに豪快な笑顔に変えて再び酒を勧めるジョジョに、救われた様子で息を吐く。ちなみに依頼後、顔を腫らしたまま酒場に戻った彼を見て、あの霊査士は僅かに唇を尖らせたのだとか。
「……御疲れ様でした」
 トモコは苦笑しながら簀巻きにされた二人を解いてやる。痺れたのか軽く腕を振るティアレスに「自棄酒、御疲れでは?」と小さく問うと、彼はやはり薄く笑った。
「案ずるな。酒には弱く無い」
 では何に弱いのかと言う代わり、トモコは微笑み星を見上げた。マンジュも静かに空を見上げ、煌々と輝く月を見る。人々の笑顔が耐えぬよう、星に願う。

●願いと祈り
 河のせせらぎを耳にしながら、ふたりは緩く河原を歩く。星明りを映した夜の川は美しい。
「今まで出会った大好きな人達に感謝を、そして此れからも多くの幸せが訪れますように」
 勿論ティアレスさんにも、とティーナはにっこりと笑って言った。有難いことだな、と彼は悪意も無くけれど何処か皮肉げに笑う。ティーナが不快を感じないのは、彼の嘲る対象が自分では無いのだと感じられるからだろう。

 そして、そのふたりもまた河原を歩いていた。今回張り切った理由はさ、とセーネードが切り出す。河原一面に咲いている、月明かりの下できらきらと優しく光る金と銀の美しい花に視線を落とし、
「この金銀花の仄かな色香が、ちょっとだけハルトに似てると思ったから……」
 言われた側の灰色の貴人・ハルト(a00681)は短く沈黙し、金の髪を揺らして彼に近付く。
「……バカか?」
 素っ気無く答え、思い切り頬を抓り上げた。抓ることは無いだろう、と痛みで涙目になった彼が文句を言うのも其の侭にして、河原をどんどん先へと進む。慌てて追いかけながら「ハルトさえ良ければ、樹に羽を吊るしていきたいんだ」と背に声を掛ける。
「青い宝玉が二個並ぶ事になるけど……幸せの青い鳥みたいだよな♪」
 言ってから、次は殴られるか、と思わず目を瞑った。
「……?」
 けれど待てども痛みは無く、彼は既に連理の樹の元へ歩いている。其の手には銀に輝く羽根がひとつ。思わず満面の笑みを浮かべてハルトを追う。気恥ずかしさでか彼は何も言わないままだ。
「例え恋にはならなくっても、俺はハルトと飛んでゆければ、それでいいなあ」
 夜空を見詰めてぽつりと呟く。彼はそんなセーネードの屈託の無い笑顔を、酷く眩しそうに見詰めていた。

 ――深夜。
 恋人たちも既に帰った其の後に、ハルはひとり、河原に佇んでいた。彼の手には常に身に着けていた真っ白なヴェール。乙女が身を投げたと言う其の流れに、躊躇うことなく其れを流した。
 愛しい人。
 自分よりも似合うからと笑って、自分にヴェールを被せて来た人。
 驚いたけれど心の底から声を上げて笑った日。とても幸せだった、貴女と式を挙げた日。とてもとても幸せだった、貴女と居た日々。
「でも、負けないほど今でも俺は、幸せだ」
 此岸に居ない彼女に、この想いが伝わるように。どうか届くように。彼は静かに祈り続けた。


マスター:愛染りんご 紹介ページ
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わからない
参加者:10人
作成日:2005/07/10
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