【エバーグリーンの童話】紅筏葛の狼



<オープニング>


「どうぞ。ミカヤおば……老はもう直ぐ来ますから」
 手持ち無沙汰に、そして少し興味深げに、水に映る影を見るような眼差しで窓枠の向こうの景色を眺めているセイモアの前に、蒼き黎明・ミルラはそっとタンブラーを置きました。淡い青色を帯びた乳白色のグラスの表面に、涼しげな水滴が震えています。セイモアは感謝するようにミルラへ微笑みかけてタンブラーを手に取り、燻製の梅と山査子の香りを楽しみながら、その仄かに甘く酸味の利いた酸梅湯に口を付けました。
「この花……萎れちゃってますね。何と言う花なんですか?」
 セイモアの前にはこの前酒場に訪れた時と同じように、花が置かれていました。今はくすんでしまっているけれど、根から切り離される前はさぞかし鮮やかであったろうと思わせる、真紅の花でした。
「紅葛と言うんです。花はこの小さい白い部分で、赤い部分は花を包んでいる苞なんですよ。これが沢山咲く場所、ミストラ村とテオドリの町を結ぶ峠道に大きな大きな、翼の生えた狼が3匹出るそうで。それを倒してもらえるよう、お願いに来たのです」
「そうなんですか。一番近い町に繋がる道が塞がれているんじゃ、大変ですね」
 ミルラは自分の分のグラスを小さなテーブルに置くと、セイモアの対面の席にすとんと腰掛けました。底に沈んだ氷砂糖を溶かそうと、マドラーでタンブラーの中身を掻き混ぜていたセイモアが顔を上げたその時、少しでも涼を取ろうと大きく開けられた酒場の扉から、熱い風が一陣吹き抜けました。セイモアの黒髪とミルラの簡素な麻のワンピースがぱたぱたと熱風に靡きます。風が止み、代わりに打ち水をする音。子供たちが遊ぶ声。ノソリン車ががらがらと、音を立ててのんびりと道を行き、足を止めて言葉を交わす大人達の声が聞こえて。
「えっと……何か言いかけましたよね」
「テオドリの町には妹が、いるんです。7年前に家を出て、ずっと連絡も無いままで。裁縫の上手い子でしたから、どこかでお針子でもやりながら暮らしているのだろうか、と思っていました。そうしたら最近、テオドリの町から人が教えてくれたんです。妹――エーファがテオドリで娼婦のような事をしていると。それで身体を壊して、今にも死にそうなのだと。その人はエーファが雇われている店の下働きの方でした。もう一度故郷を見たいとうわ言を言うので、不憫になったとも言っていました。紅葛が茂る峠道を越えて、緑鮮やかな森と村と花冠を頂く断頭台をこの目で見たいのだと……繰り返して、いたと」
 淡々と、酷く穏やかに語り終えたセイモアは、ミルラの顔を見て「そんな悲しい顔をしないで下さい」と言いました。
「人が死ぬのは悲しい事です。もう会えないし、もう何をしてあげる事もできなくなるのですから」
「ええ。ですから、お願いに来たのです。僕には力が無い。それに僕は、生きている人に触れる事ができない。それがルールでそれがしきたりですから。そんな僕の代わりに、紅葛の峠に立つ狼達を倒して、エーファを連れて帰って下さい。もう長くは無いそうなんです。いつ……てもおかしくは……」
 2人の間に沈黙が落ちました。ミルラは悲しそうに、セイモアは寂しそうに、ただ言葉も無く時折タンブラーを傾けます。
「セイモアさんは行かないんですか? 妹さんを迎えに」
「行けません。僕が傍にいるのに、支えたり運んだりできないのでは、エーファが悲しがるでしょう。元々――それだからエーファは村を出たんです」
 セイモアは、揺るがない事実を痛みと共に厳粛に受け止める人特有の、底に何かを隠した無表情さでそう言いました。そして、ミルラを宥めるように水のような捉え処の無い、薄い微笑を浮かべたのでした。

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参加者
蒼然たる使徒・リスト(a01692)
星影・ルシエラ(a03407)
死徒・ヨハン(a04720)
過去を貫く奇蹟の輝光の射手・フィレリア(a09861)
楽師・アージェシカ(a12453)
旅人の篝火・マイト(a12506)
墓掘屋・オセ(a12670)
永遠の旅人・イオ(a13924)
蒼灰の銀花・ニクス(a17966)

NPC:蒼き黎明・ミルラ(a90169)



<リプレイ>

 よく晴れた日の朝でした。目に痛い程の青で塗り込められた空には雲一つ無く。眩し過ぎる太陽が燦々と、ただ燦々と全てに等しく光を注いでミストラ村の真白い漆喰の家々を鮮やかに浮き立たせており、色鮮やかな花々が、名も無き雑木の緑が、初夏を溢れさせていました。浅黒い肌の青年は村の入口で、幾許かの慰めになればと墓掘屋・オセ(a12670)から手渡された兎を抱いて、微笑んでいるのに泣いているような表情で「お願いします」と頭を下げました。

 見上げる峠は頂点に赤を戴いてとても美しく、また血の色を連想させるせいか、少しばかり不吉に見えました。
 
●紅筏葛の狼
 蒼き黎明・ミルラ(a90169)は、紅筏葛の野を掠めて浮かぶ狼達を見据えました。薄く開いた唇からぽつりと言葉が落ち、生まれた薄闇が見る間に鮮やかな赤を覆い尽くします。
「総ての奇跡を、この一発の矢にこめて……」
 コイン交じりのほんわか布団娘・フィレリア(a09861)が弓を構えました。赤と白の狩人・マイト(a12506)と流浪の根無し草・イオ(a13924)も一斉に弓を絞り切ります。
「――いきます!」
 弓から解き放たれた矢が、逆棘を生やした鏃でまだ温い午前の大気を引き裂いて、狼達に迫ります。降り注ぐ陽光を針水晶めいて照り返し、脈打つ心臓や蠢く胃、長い長い腸をそれぞれ紅玉、青玉、翠玉の色に輝かせて狼達は矢を迎え撃ちましたが、逃れる事叶わずに周囲を埋め尽くす紅筏葛の上へ傷口から溢れる銀の体液を滴らせました。
 繰り返される緑狼の吼声も虚しく、傷は一向に塞がる気配を見せません。矢を射終えた3人は目線を交わらせて意思を交わし、射線を意識しながら緑狼を狙って移動します。
「効いたみたいです……ヨハンさん、ニクスさん、おねがいします!」
 そんなフィレリアの叫びへ眼差しだけで微かに応と返し、歩みを進た死徒・ヨハン(a04720)が放った気の刃が赤狼の顔の側面を強かに叩きました。羽ばたきながら体勢を立て直す赤狼の身体へ、蒼灰の銀花・ニクス(a17966)が喚んだ3頭異貌の黒炎が襲い掛かって燃え上がらせました。
「さあ、暫しの間、わたしと踊って頂戴」
 楽師・アージェシカ(a12453)が月光色の手袋を穿いた手を胸元に押し当てて誘うようにそう宣すれば、陽炎めいて金属鎧が揺らぎ強さとを増した物に変貌します。オセと星影・ルシエラ(a03407)は、赤狼と青狼を大きく迂回して後ろに控える緑狼の方へ、紅筏葛の赤を舞い上がらせながら駆けって行きました。
「頑張って下さい。すぐに援護しますから」
 3人は3人とも、そんな言葉と共に肩へ右手で触れてイオが施してくれた守りの誓いを感じながらの武器を構えました。
 もしかしたらこの3匹はただここで穏やかに暮らしたいだけの、生き物なのかも知れないけれど。
「エーファさんに紅筏葛見せたいの、邪魔させないよっ!」
 思いを振り切ったルシエラが、握る二振りの剣を十字に煌めかせば緑狼のふさふさと半透明の銀毛が茂る胸元が同じ形に切り裂かれ、赤に銀が添えられてますます不吉に輝く紅筏葛の合い間を踏んで跳躍したオセが緑狼の脳天を叩き割らんばかりの勢いで墓掘スコップを振り下ろせば、尖った耳の傍を抉ってスコップの先端が喰い込みます。
 激痛に身を捩る緑狼は、胃の腑まで見通せる口腔を深く開いて、殺意に満ちた一声を放ちました。吼声は確かに重みと実態のある一撃となってオセの腹を打ちます。
「舐めるな。足止めを喰ってる暇など無い」
 スコップを抜いて飛び退くオセは、獲物への止めを狙う猟犬のように、目線を逸らさず唇の端を赤黒く染める血をぐいと拭って、威嚇するように尻尾を2打ちしました。
 赤狼が頭を振りたてて激しく羽ばたきます。風では無く何か強い力の竜巻が沸き起こり、ヨハンとニクス、それに青狼を誘い出そうと接敵していたアージェシカと攻撃が届く場所まで近付いていたミルラを巻き込んで擂り潰す様に渦巻きました。3人が声も無く翻弄される中、ヨハンだけは軽やかな足捌きで攻撃を避けると、見えざる神の手を赤狼の首に絡めてぐいと引きました。鋼を紡いだ細い糸で首元を円状に引き裂かれた赤狼は、猛りながら狙い通りに身を翻し、空を滑るようにしてヨハンを追い初めました。
 縄張りを侵された怒りを漲らせて噛みかかる青狼。その一撃をかわせず、アージェシカは幻のように閃いた牙へ盾と進化した鎧を合わせて痛みを凌ぎます。
 そんなオセとアージェシカから引き受けた痛みを意識から切り離して、イオは狙いを逸らさず矢を射りました。
「貴様らに安息を与えてやろう、永遠にな……」
 前後して両眼で緑狼を捉えたマイトが紅色の弓、クリムゾンシューターに純粋な力の矢を宿らせました。飛び行く二条の矢が避けようと足掻く緑狼を左右から挟み込んで射抜きました。峠を吹き抜ける強い風に漆黒の法衣をはためかせながら、螺旋の杖を斜めに構えて蒼然たる使徒・リスト(a01692)が癒しの力を呼べば、オセとイオに刻まれた傷と苦痛とを、微風が柔らかく洗って吹き去りました。
 酷くゆっくりと羽ばたいて頭を低く下げた緑狼は、爛々と輝く翠玉の瞳でルシエラを見据え、開いた口から衝撃波を発しました。武器を立てて気力をかき集めて凌いだルシエラと、オセは一斉に攻勢に出ました。地に落ちている紅筏葛の枝を音を立てて踏み拉き、渾身の力を込めてでオセが墓堀スコップを振り下ろします。機を合わせて横に飛び退いたルシエラが1度鞘へ収めた双剣を、涼やかな音を立てて引き抜きました。神速の抜剣。銀光を散らす二振りの剣が首を中程まで切り裂かれ、緑狼は声は立てず、悲鳴の代わりに銀の体液を零して赤の中に沈みました。
 緑狼が倒れたのを横目に確認したニクスがふら付きながらも癒しの波を呼び、アージェシカが高らかに歌えば女達の傷が癒え行き、アビスフィールドの効果か未だ癒える事の無い矢傷から体液を流し続けている青狼の胸元にミルラが放つ異形の黒炎が襲い掛かって、更に狼を燃え上がらせます。
 戦場を縫って複雑な軌跡を描きながら、矢が2頭に突き立ちました。ざんざんと紅筏葛を踏み分けてオセとルシエラが青狼の前へ並びます。ヨハンは糸を繰って赤狼を翻弄し、併せてニクスが更に黒炎を呼びました。魔炎を消す事も出来ず、出血も止められず、苦痛に悶える赤狼の姿は、子供程の知能しかない獣だけにどこか哀れを誘いました。悪戯に生き永らえさせる事を善しとせず、ヨハンは赤狼へ慈悲を施しました。即ち速やかな死を。鋭い一撃が最も脆い場所を裂き、飛んだ首が転々と跳ねて大振りな紅筏葛の枝の又に収まりました。それは遠目に見ると茂みの中、冷やりとした隙間でまどろむ犬の様にも見えました。
「すみませんが、どいてもらいますよ。急いでいるので」
 利かない子に言い聞かせるように冷静にそう言って、身の内に呼んだ混沌の中から蛇を模した炎を一筋紡ぎ、リストが杖先で青狼を示します。飛び来た炎が青狼の身を焦がす魔炎に加わって轟々と咽ぶ声を上げました。
「さあ、踊りの時間はお仕舞いよ」
 もっとと請うる相手を押し留めるようにアージェシカが上げた掌から心の力の塊が扇状に広がり、紅筏葛をざわめかせて青狼を強かに打ちました。力を失ってどさりと茂みの上に落ちた青狼は、萎えた羽で2度地を打って、それから動かなくなりました。

●紅筏葛の兄妹
 しゃがみ込んでぱきりと一枝、ニクスは紅筏葛を折り取りました。微かな音と影に顔を上げれば、オセが同じように小さな枝を折り取って立っていました。
「持って行きますの?」
「この華を見れば、多少は通じるものも有るか……」
 オセは見上げてくるニクスからふいと目線を逸らし、安い期待だと呟きました。
「――そんな事、ありませんわ」
 静けさを増した頂の紅筏葛の園を後にして、冒険者達はエーファの待つテオドリの町へ向かいました。

 饐えた匂いのする下宿屋の物置めいた一室にエーファはいました。枯れ枝を束ねた様な四肢と、首や腕の付け根に出来た硬いしこりと、不健康な茶の顔色と、目の下の隈と。寝返りを打つことすらままならず、全身に遠からぬ死の気配を漂わせた彼女は、故郷へ帰りましょうと優しく促すニクスの言葉に、乾いて罅割れた唇を必死に動かして応えました。下宿屋の女主人に見送られ、冒険者達は町を出ました。ノソリン車の振動は身体に障るだろうと借りた背負子に彼女を乗せて、一番力のあるヨハンが背負いました。もっとも肉は落ち、空を漂うエンジェル位の重さしかありませんでしたけれど。
「ルシエラだったら、絶対守れないな。親じゃなくても撫で撫でしてくれる手や腕があったから、今ここに生きてるもん」
 フィレリアと2人、他に何か外敵はいないかと警戒をしていたルシエラは、ぽつりと考えを漏らしました。
「そう……ですね」
 人は――そして古の神々は何故かように過酷な仕打ちを強いるのかと、フィレリアは後方をゆっくりと歩むヨハン達を振り返りました。
「もう直ぐ――もう直ぐ峠に着きますよ」
 ともすれば意識を手放しそうなエーファに寄り添い、リストは声を掛けました。茫とした眼差しでは捉えられないだろうと、萌える木々を、野辺の草花を、空を往く鳥と空そのものを一つ一つ丁寧に教えて行きます。聞くたびに思い出すのか、何年前かの風景と重なるのか、エーファは穏やかに微笑んで一つ一つ頷いて聞き入っています。手を握り、口に香草茶を含ませて、また暑さに浮く汗をそっと拭いながら、ニクスもまた彼女の心を繋ぎ止めるために、言葉を紡ぎます。誰も何も言わず、ただ2人が交互に話す言葉だけが響き。それはまるで、エーファと冒険者達と美しい風景が織り成す静かな詩のようでした。
「よく見てください。この峠を越えれば、あなたの故郷と、そして、あなたが一番好きな風景が広がっています」
 マイトの言葉に促されて、ヨハンはエーファを背負子から下ろし自らの手で抱き上げました。
「元気がわくおまじないだよ」
 一足先に頂へ辿り着いたルシエラが、摘んで来た真新しい紅筏葛を一片エーファへ握らせ、拳をぽんと叩きました。
 人が死を迎えるのは必然だ、とヨハンは思います。何者も死から逃れる事は出来ず、それは人にとって赦された最後の尊厳なのだと。
 慈悲であり、解放であり、祝福の時。アージェシカが謳う凱歌でも和らげ切れない苦痛から逃れる唯一の道。エーファ。貴女の瞳には故郷の風景がどう映っているのでしょうか。兄に良く似た矢車草の花の青を映す青玉の様な瞳を見下ろして、ヨハンは彼女の骨ばかり目立つ身体をそっと揺すり上げました。
 願わくば、貴女の最期が安らかなものであればいいと。
 坂道を登り切ると急に視界が開けて、眼前に紅筏葛の野原が広がりました。赤が途切れた先に続くなだらかで長い道と、麦の粒めいて遠く小さく見えるミストラ村の家々と、そして断頭台。エーファが死出の旅路の汀に立って見たいのだと繰り返した光景が、そこには広がっていました。
「綺麗――赤が……見える……」
 頬に涙を伝わせながら、エーファが溜息を吐く様に呟きました。
 そして紅筏葛の只中には、揺るがない事実を痛みと共に厳粛に受け止める人特有の、底に何かを隠した無表情のまま、セイモアが立っていました。
 アージェシカに頼まれて、ミルラが彼を迎えに行ったのです。矢のような速さで駆け寄って来た兎のエピを抱き上げて撫でるオセ。ざあざあと風が吹き抜けます。セイモアは動かず何も言わず、ヨハンは歩みを止めず、2人の距離がどんどん近付いて行きます。雰囲気の微妙な変化を読み取って、エーファが微かに顔を上げました。
「ねえリストさん。教えて、くれませんか。誰がいるんですか? もう目が――目が殆ど見えないんです」
「貴女の、お兄さんが立っています」
「兄さん――どうしていますか?」
「貴女を歓迎するように笑って――……そして泣いています」
 セイモアは声も無く泣いていました。
 立って兄の下まで歩いて行きたかったのかも知れませんでしたけれど、エーファに出来た事はほんの少しだけ身動ぎと、ただ腕を上げる事だけでした。
「……迎えてあげて下さい。せめて今だけは、牢屋番としてじゃなく、エーファさんのお兄さんとして――」
 真摯な瞳でセイモアを見詰めて、イオが言います。こうして故郷に、兄の所に戻って来れるという事は、きっと幸せな事だから幸せなままにしてあげて欲しいと、言葉を継ぎます。謝罪の言葉を重ねようとするイオを遮って、瞬きもせず泣いていたセイモアは伏せていた目を上げ、紅筏葛の赤い苞を舞い散らせて弾かれたように駆け出しました。
「兄さん、おうちにかえろ。おとうさんもおかあさんも待ってるよ。ねえ、セイモアに――……」
 ニクスとリストとそして最も身近にいたヨハンは、そんな言葉を聞きました。
 それが最後の言葉でした。
 力なく落ちた手が、駆け寄ったセイモアが差し伸べた手を、ぱたりと叩きました。
 死が。死だけが。2人を再び触れ合わせたのでした。

●紅筏葛の女
「安らかに、お眠り下さい……」
 マイトが、彼女の双眸をそっと閉ざします。
「慈悲と導きがあらん事を……」
 フィレリアが黙祷を捧げました。もう何の苦悩も感じさせない死相の中に安寧を見止めて、その旅路に祝福あれとヨハンもまた祈ります。ニクスの横笛が奏でる鎮魂の曲が、世界を等しく焦がしてゆく太陽の光を和らげる、清涼な風めいて響きました。泣きもせず堪えるように真摯な眼差しで全てを見ていたミルラの、震える手をアージェシカはそっと握りました。
 何故、セイモアに迎えてあげてと言ったのか、きっと羨ましかったからだと、イオは左の拳を握ります。
 僕に帰れる場所は無く、彼女にはある。その事が羨ましくて、そして彼女が命ある内に辿り着けなかった事に切なさを感じながら、イオは拳を開いて手袋を穿いた左手を見るのでした。

 セイモアと冒険者達だけの葬儀は淡々と進み、客死だから地下墓地に埋葬する事はできないと断頭台の頂にいざ埋める段になって、スコップを持ったセイモアは、それが何だか理解できないようにただ呆然と立ち尽くしました。
 見かねたオセは、もとよりその積りだったと、墓堀スコップでを地面に突き立てました。
 それを見てやっと思い出したように、セイモアは地面を掘り返します。
 長い長い話をしながら。
 彼女が生まれ育ち、両親が死んで村を出て、そして今日戻って来るまでの長い長い物語を語り終えた頃には、墓穴は深い深いものになっていました。
 彼女を埋めて土をかけ最後に墓標の代わりにと、紅筏葛の枝を差しました。
 故郷の、好きだった断頭台の頂にようやく辿り着いた彼女の喜びを表すように、風を受けて枝がさわりと震えました。

 世界の片隅の小さな村で、1人の娼婦が死にました。
 そして、彼女は花になりました。


マスター:中原塔子 紹介ページ
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参加者:9人
作成日:2005/08/06
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