≪勇猛の聖域キシュディム≫リザ領うまいものマップ−−南方の地で



<オープニング>


「新たな項を加えてやろうと思ってな」
 黒水王・アイザックはそう言って口元の亀裂を大きく広げた。彼が手にする羊皮紙の束は、今や伝説と語るに相応しい大書――見た目は薄いけど、内容は濃いのである――その未完の断片であった。
 人々はそれを、畏敬の念を抑えきれずに、こう呼ぶ。
 リザ領うまいものマップ――と。
 
「今回、新たに加えていただきたいのは、王都より南方の地域です」
 薄明の霊査士・ベベウはそう言って、空白の羊皮紙をキシュディム護衛士たちに手渡した。
「任務に就く皆さんには、この用紙に新たに見いだされた名物についての報告を記していただき、帰還された際には提出をしていたくことになります。さて、名物についてなのですが……」
 ベベウは南方の作物についての説明を行った。様々な果実が育てられており、穀物は小麦が主流であるようだ。特に変わった、特徴と呼べるものはないようである。
 彼は素焼きの杯から唇を遠ざけると、手にしていた羊皮紙を裏返した。
「こちらには、名物とは別の事柄を記していただきます。王都より南の国境、つまりはセイレーン領へと伸びる街道について、その安全や周辺部の調査を行っていただきたいのです。旧来の街道――といっても酷い隘路でしょうね、新たに切り開くべき道の可能性についても示唆する必要があるでしょう。また、人々の暮らしや不安、あるいは……秘められた悪意に触れるまたとない機会となるはずです。私設の関所を設けた不逞の輩がいるとの報告がありますので、そちらへの対処もお願いいたしますね」
 そう言うと、ベベウは姿勢を崩した。素足を椅子の縁に、膝を両腕で抱えている。背を折り曲げ、弱ったような口調で彼は言った。
「……陛下が、お忍びでの参加を希望されておられます。何事も起こらなければよいのですが……。ルタへの見舞いの品を手に入れるのだとはりきっておられて……」

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参加者
夢想紋章術士・アルテア(a02573)
戦闘執事・リース(a03126)
鋼帝・マージュ(a04820)
地上の星・ティーダ(a21932)
月下雪影の寒椿・セレスティア(a23809)
在天願作比翼鳥・キオウ(a25378)
紫水晶の邪竜導士・イグネシア(a28082)

NPC:黒水王・アイザック(a90110)



<リプレイ>

●街道にて
 少女は手袋越しに感じられる丸い形状に、満足げな息を漏らした。
 夜天光・ティーダ(a21932)は、人知れずやったつもりである。だが、黒水王・アイザックが蒼い鱗からぎょろりとのぞかせた、榛の形をした瞳で、その様子をうかがっていたのだった。
 尖った鼻先を上へ傾け、「ん?」と問いを発した王へ、少女は頬を染めて答える。
「護衛士のお仕事だし、指輪ははめて行きたいないきたいなって思ったんです。だけど、身分がばれたら困るから、上から手袋を着けておきました」
 再びアイザック王の喉が鳴った。自分の腕を取り、身をぴったりと寄せてきた少女に、疑問を呈したのだ。ティーダは言う。
「子供が一緒なら怪しまれないで済むこともあるかもしれないし、だから、今日はお父さんでいてください」
「よし、じゃあ守ってやる」アイザックは剣の柄に手を伸ばした。「きちんと言うことは聞け」
 そうは言いながらも、王はあきらかに照れていた。戦場を駆けめぐった兵士とはいえ、情はある。粗雑ながらも脆く、人を愛してしまう心根であるが故に、彼は王となっても民から愛されているのだ。
 不釣り合いな親子となったふたりを、月下雪影の寒椿・セレスティア(a23809)は愛らしいと思った。冬の冷たい朝に露を浮かべる椿のような、美しい唇をほころばせて、彼女は王に言った。
「……色々な名物があるようですし……ご一緒できて光栄ですわ」
 来た道を振り返っても、キシュディムの尖塔がその姿を見せなくなってから、すでに久しい。護衛士たちは、王都から砦工房を経て、南へと延びる街道を下っていた。
「関所を設けている山賊っぽい連中と言いますと、昔に山賊経営の茶店でバイトしていた時のことを思いだします」
 そう語りだした戦闘執事・リース(a03126)に、両手に花といった状態のアイザックは――左にティーダが、右にはセレスティアの腕が絡んでいた――唸るようにして尋ねた。
「ほう、それで?」
「はい。痺れ薬を飲ませて身包みを剥ぐ商売でございました」
「バイトか?」
「バイトでございます。その初日にお品書きがなかったことに気づき、気を利かせて痺れ酒、痺れ茶、痺れ饅頭とお品書きを書きましたところ、堅気のお客様が誰も入らず、数日後、痺れ薬入りのお酒をお土産として買っていったお客様が、それを使って経営者の皆様方――山賊でいらっしゃいます――を一網打尽にしてしまったために、バイト先が潰れてしまった苦い記憶でございます」
 涼しげに語り終えたリースは、うやうやしく頭を下げた。圧倒されたか、アイザックは無言であった。
 朱色の縁取りがなされた武道着で、幻燈料理人・キオウ(a25378)は鍛え抜かれた鋼のような身体を包み込んでいた。だが、今はその背は丸められて、手元に広げられた小さな羊皮紙をのぞきこんでいる。王に問われた彼は、西方に横たわる湿潤な大地を手の平で示しながら、こう答えた。
「沼地は、埋め立てか橋を作るかどっちも難しそうですねぇ」
「厄介だが、土地が豊かな証でもあるからな」
「埋め立てよりも、橋をかけようと?」
「まだ、ましだろうよ」
 羊皮紙に滲む文字に二本の横線を引いて、キオウは言った。
「作るのは大変そうですが完成したらキシュディムで、お祭ごとでもしたいですねぇ」
「ああ、盛大にな」
 黒髪を背に這わせた少年は、痩せて尖った自らの肩を両手で抱き、地を伸びる街道と、その先に横たわる多難な前途を見つめていた。
「どうした?」
 と、アイザックの声がして、昏き仔山羊・イグネシア(a28082)は頭を垂れ、礼を示した。そして、上目遣いを王に向ける。
 美しい少年の熱っぽい眼差しに、アイザックは奇妙な心持ちに襲われたが、気を取り直し、平然を装って言った。
「……どうかしたか?」
「いけない」イグネシアは一言だけ発し、首を振った。「見えるもの、見えぬもの……未だ多くの問題を抱える土地だと考えていました。けれど……任務に集中しなくてはいけませんね。今僕がやらねばならないことは、出来る限り多くを書き留め、そしてより良い対応策を考えることだけなのですから」
 街道沿いの畑で、野良仕事をする人々を呼び止めては、卓袱台聖人・マージュ(a04820)が尋ねていたのは、土地で重宝される薬草についてだった。彼はアイザック王に尋ねた。病床にあるルタの様子について、最適な薬草を届けるために。だが、王は口をつぐんでしまう。
「それがな……」
 
●伝説のケーキ
 沼地を貫く道――それは、ぬかるんで、不安定な足場だった――を通り抜け、一行は緑の麓に辿り着いた。そこで隊列の前方に歩みでたのは、セレスティアだった。彼女は、のんびりと優しい口調ながらも、確固たる態度で言った。
「こちらには、とても美味しいケーキを作るご婦人がお住まいになっておられるとか」
 季節の果実、自家製の山羊ミルクを使用した焼き菓子は、一日にひとつしか作られない、名物にふさわしいのでは、と彼女は続けた。
 坂の道を登ると、そこには、板敷きの屋根と白い土壁の小さな家が佇んでいた。
 横たわる羊を模した金具にセレスティアの指が伸び、コンコンコンと高い音が鳴る。開かれた戸の奥から現れたのは、原色ばかりを組み合わせた服装の、やたらと威勢のいい婦人であった。
 アイザックは伝説のケーキを所望したが、彼女は「きっついわー」と言って取り合ってくれない。王が紅蓮の叫びをあげる前に、セレスティアはケーキ職人に耳打ちをした。
「そうなんやー、だったらいいってえなー。そっちのリザードマンのお兄さんも、いけずやわー」
 室内に消えた人なつっこい笑顔が戻ってきた。手にした丸い焼き物を傾けて、その中身を皆に見せた。
「ほらほら? 美味しそうやろー、美味しいでー」
 坂の道を降りながら、アイザックはセレスティアに尋ねた。
「どう説得した?」
 髪に椿をちりばめた女性は、こう答えた。
「ある方へ……女性へのお見舞いに、と申しましたの」
 
●町中で
 キシュディム護衛士たちは、南方へと延びる街道に面した、リザードマン護衛士団を有する大きな街を尋ねていた。
 ひとだかりがある。その中心には、シュンペイとパウチャ――金色と白色のコザルたち――と一緒になって踊る、マージュの姿があった。くすんだ風合いの髪に、二匹の猿たちが飛び乗ると、人々の輪から拍手が生まれた。
 婦人からもらった果実をコザルたちと分けながら、マージュは街の様子について、アビリティの歌で彼らに尋ねてみた。
「この町のこと、どう思う?」
「美味しい!」
「美味しいね」
「え、果物のこと?」
「うん」
「そうだよ」
 マージュは白い桃を食べてみた。口いっぱいに甘い蜜が広がった。
 
「どれどれ……」
 と、アルテアの伸びた首があたりを見渡している。
「果実や穀物がメインか……」
 そう呟いた彼の足が止まる。白い日差しよけの布地が軒下から垂れ下がる、小さな店だったが、中から酸味の効いたなんとも食欲をそそる香りが漂ってきたのだ。
 さっそく一皿を注文すると、真っ赤なソースに白い麺が絡んだ、熱々の料理が運ばれてきた。料理人と視線を交わすと、アルテアは木製のフォークで皿の底をさらった。
「ふむ……? これはパスタか? それにしては少しもっちりしている気がする……でもこれはこれで意外に合うかもしれない……これはこれで名物として十分に納得できるかも……」
 
 店先に並べられた酒は、焼き物の瓶ではなく、濁ってはいるものの透明なガラスの器に収められていた。その理由は、酒の美しい色合いにあった。イグネシアは逡巡していたが、そこへやってきたアイザックの姿を認めると、速やかに駆け寄って言った。
「果実酒を数点発見しました。一番印象に残ったのは、食用花の汁で色を付けられた、こちらの蒼い酒」
 ほう、とアイザックはガラスをのぞきこむ。イグネシアは続けた。
「未成年なので味見できないのが難点ですが……」
 熱を帯びた眼差しを向けられ、アイザックは肯くなり商店の主から試飲用の器を奪い取った。
「……うまい」
「そうですか」
 イグネシアは嬉しそうだった。
 
 蒼い酒が揺れるガラスの器を胸に抱えて、イグネシアとアイザックは商店の連なる通りを歩いていた。香ばしい臭いと、何かが跳ねるようなジュウジュウという音が響いてくる。
 赤と白の布地がひるがえし、その下から顔をのぞかせたのは、手に金属のへらを持ったティーダであった。ふたりを店内に招き入れた少女は、熱せられた鉄板の前に座るようにと言い、自らは丸い木の器から白濁した液体をかきまぜた。
「なんじゃもんじゃ焼きっていうんですよ。作り方をお店の人に教えてもらいましたから、王様、見ててくださいね」
 店先から路地へと伸びた尾には見覚えがあった。マージュは赤と白の布地をたくしあげて、王の姿を認めると、彼の元へと歩み寄った。
「それは、なんですか?」
 彩りも鮮やかな具を、焼いた生地にちりばめながら、アイザックは言った。
「なんじゃもんじゃ焼きだ、お前も食べてみろ」
 椅子にかけたマージュは、隣の開いた席へ小さな白木の木箱を預けた。中には試食をして気に入った、酒に漬けたチェリーを中に閉じこめた、一口大のパイがいくつも収められている。
「大変……なのでしょうね」
 木のへらを皿に置いて、イグネシアは店の主に話しかけた。食材の仕入れ、街道への不満、治安について、彼が尋ねると、主はきさくに答えてくれたのだった。
 ――セイレーンとの交易も視野に入れて。
 そうイグネシアが口にしたものだから、なんじゃもんじゃ屋の主は目を丸くして驚いていた。
 
●関所にて
「さてと、お仕事お仕事っと」
 町人たちから聞きつけた、無許可の関所が設けられた場所に至るまで、マージュたちは街道や、その周辺の様子を観察したのだった。
 指先に宿らせた、黄色の風切り羽を持つ緑の小鳥を飛び立たせると、マージュは空いた人差し指で、一行に南西の方角を指し示した。大雨が降る度に氾濫し、橋が流されてしまうという川がそこにはあったが、今は驚くほど穏やかにたゆたっていた。
 小さなふたつの弧を踏み越えて、川の向こうに渡った護衛士たちは、やがて街道の先にお粗末な作りの関所もどきがあることに気が付いた。
 アイザックに肯くと、セレスティアは静かに街道を歩んだ。眠りへと誘う、穏やかな旋律が唇から紡がれる。
 倒れ込んだ仲間の姿に驚いた悪党は、こちらへ疾風怒濤の勢いで駆けてくるふたりに目を見張った。盾を構えたリースは、木の杭が束ねられた門に身体を激突させた。ローゼングリムをかざし、イグネシアが投降を呼びかける。
「武器を捨てなさい!」
 ……一般人相手ってのが一番苦手なんだよなぁ。倒された門の向こうから、リースの身体が飛びだしてくる。続いてやってきたのはイグネシアだ。
 ふたりを出迎えたのは、裏手へと先回りをしていたマージュであった。少年は灰色の手袋で包まれた両腕をぐるぐると振り回した。ぽかりと音がして、山賊目を白黒させながら昏倒した。
「こっちに来たらだめですよ〜」
 街道に立ち塞がり、ティーダは杖を掲げた。頬をふくらませて、真っ黒な瞳で睨みつけるが、あまり効果はなかった。山賊にとっては、不幸なことである。少女に対しておびえさえ感じていれば……。
「なんだそれは」
 杖を振り回すティーダを背から見守り、木陰に身を潜めていたアイザックは、アルテアが背負った、細長い物を手に取った。
「それは」
 名物として入手したパンについて、アルテアは説明をしようとしたのだが、すでにアイザックは駆けだしていた。二本のランスパンを手にして……。
 暴風のごとき突進でティーダの傍らを駆け去った王を、キオウはなんとか留めようとしたが、すでにランスパンは砕け散ったあとだった。
「大人しく観念してお縄についてもらいましょう、でないと」
 頭を抱える山賊を一瞥してキオウが言うと、男たちは次々に手にする獲物を放棄していった。
 後ろ手に縛り上げられた山賊たちを見つめ、セレスティアは言った。
「適切な処罰を受けていただきます」
 町人たちにリザードマン護衛士団への連絡を頼んだリースは、彼らが引き立てられていく前に、羊皮紙をひるがえし、アジトや逃走路、他の犯罪組織とのつながりについて白状させた。頭目は、とある集団から武器を供与された旨を伝えてきた。そして、自分たちに集団へ加わることを打診してきたとも。
「詰め込め」
 アイザックの冷ややかな号令が響く。ティーダとキオウ、そして、アルテアが粉々になったランスパンの欠片を、悪党たちの口に詰め込んでいった。
 
●ルタへ
「お土産はどうなさいますか?」
 と、尋ねたリースに、アイザックはセレスティアの包みと、イグネシアが胸に抱くガラスの器を指さした。
 深々と頭を垂れ、リースは言った。
「ルタ様は南方を地盤にしておられますし、よろしいかと存じます」
 アイザックは、もうしばらくもすれば義理の娘ではなくなる少女に訊いた。
「お前は?」
 ティーダは小箱を開いてみせた。なかには、例の木のへら等が収まっていた。
 手に入れた品について尋ねられて、キオウも黒い布地に収められた丸い饅頭の山を披露した。そのひとつを王に手渡した彼は、それをふたつに裂くように進言した。なかに何も入っていない……。
「蜂蜜漬けをいれて食べるんです。そうすると饅頭の塩気と果物の蜂蜜漬けが丁度よくて」
 饅頭を頬張るアイザック王に、マージュはでかけたばかりの時分に尋ねた質問を繰り返した。ルタの様子についてである。
 咀嚼を終えたアイザックは、仕方がないといった様子で言った。
「ルタか……あいつはな、身ごもっているんだ。今はマルツのところにやっている。理由は、まあ、察してやってくれ」
 
●本日の名物一覧
・蒼い酒
・アルテア麺
・中身のない饅頭
・おばちゃんのケーキ
・なんじゃもんじゃ焼き
・チェリーの一口パイ
・ランスパン


マスター:水原曜 紹介ページ
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作成日:2005/08/09
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