<リプレイ>
●期待と裏切り 街道を生暖かい風が吹いている。ついでに、何かしら生温かい視線が冒険者たちの間で散見される。 きらきら輝く瞳。ぶんぶん揺れる尻尾。所信表明を期待する腕組み。 「なあ、この戦場たぬれんじゃーってノリなんか?」 勝負師・リヴァル(a04494)の常識的な疑問も何のその。酒場で羊皮紙を破った時の意気軒昂たる仕草とまるで態度が同じ。 このままでは話が進まない。沈黙に耐え切れなくなった、孤独の蒲公英・フリュート(a13036)が 「……た、たぬれんじゃー、がんばる! 私は、イエローで……」 搾り出すような声を地面に落とした。それは一見気合が篭っているようでいて、無理やり羞恥を押し隠した発声法なのだが、英雄見習い・ミラッカ(a90237)が悟るはずもない。フリュートは肩をばしばし叩かれて、頬に朱を走らせた。 宣言に同期するように、狩人・ルスト(a10900)が遠眼鏡から顔を離して皆に振り返る。 「グドンの軍勢を確認。周囲へ気遣いは欠如、漫然と街道を進軍している様子」 その透き通った声は、一振りの怜悧な刀刃を思わせる。信念がある限り、決して折れることのない強さだ。 それゆえに、彼は己の命を預けるに値する小型弓を隠しもせずに携行している。ミラッカのふくれた頬を見ても彼の眼差しには些かの曇りもない。 「んじゃ俺達はピルグドンを逃がさないように後方に回っから、がんばってな」 「……え?」 月吼・ディーン(a03486)が何気ない調子で言った。事前の相談、酒場でミラッカを蓑巻きにしている内に決まった作戦だ。衝撃に一瞬固まったミラッカへ追い討ちをかけるように、「だいたい一騎打ちって、グドンにそんな誇りも知恵も無いだろ」と鼻で笑う。 「な、な……」 「わたくしも一肌脱がせて頂きますわ!」 林間に身を隠すディーンに、艶風に舞う煌紫の華・アコ(a14384)がそそくさと後に続く。黒衣・シキ(a15122) は小憎らしい笑みを浮かべて「ヒーローの登場は突然タイミング良く、っていうのが決まりでしょー?」と詭弁を弄した。 「奇襲も立派な戦術ですからね。オレたちがグドンを引き付けておきますから、タイミングは任せました」 黒き凶星・シズマ(a25239)は物静かな青年だ。彼は至極当然のように話を進めて、群れを迎撃すべく街道を退いていく。 「き、き、きしゅうう」 「ミラッカちゃん、同じ狸仲間として仲良く頑張ろうね♪」 なんとか機嫌を宥めようと、疾風の超電磁娘・カエデ(a04894)は明るい声で励ましてみたものの、すっぱり裏切られたタヌキの耳には届かず。 「卑怯者! へっぽこぴー! へちゃむくれ! みんなどっかいけー」 漆黒の黄金忍者・ケンハ(a29915)に首根っこをずるずる引きずられつつの、ミラッカの癇癪が空に響き渡っていた。
●ヒーローと暗雲 空に紅い尾を曳く一筋の弧線と、巻き起こった爆炎が戦争の合図。 「士気は悪くない、ですか」 ナパームアローを放ったルストが呟く。前列を吹き飛ばされたグドンの群れはしかし、ピルグリムグドンの顔色を窺って前進あるのみ。お返しとばかりに弓兵が次々に弦を鳴らす。 そうして悲鳴が上がる。矢はことごとく突風に煽られ、剥いた牙は玄妙なる風の流れ――シズマが創出したストリームフィールドに軌道が乱されて、そのほとんどが放ったグドン自身に天罰を与えた。 「ふふん、鉄壁っ!!」 行商人の半被をまるで鎧のように膨張させて、カエデは腕を肩口まで捲り上げる。ヒーローは嫌いじゃない。加えてタヌキが関わっているとなれば尚更だ。指呼の間まで進撃してきた軍勢を見やると、太目の丸い尻尾が武者震いする。 茶色の毛並みの中に白が映えている。番犬のように群れを先導する二体のピルグリムグドンは障害をはっきりと認識して、一層歩調を強めたようだった。 リヴァルの愛剣、ドゥームブレイカーは非常に頑丈な作りをしている。手に馴染んだその重みを握り込み、彼は膨れ上がった闘魂で暴風を呼び寄せる。竜巻は捩じられた針金の束のような形を取って、周囲のグドンごと白の先導者に衝撃を叩き付けた。 身体に残る麻痺は、 「シキさんに科学者呼ばわりされるのが不本意ではありますが……」 と言いながらの花色月護・マサキ(a17214)が心地よい軟風で回復させる。毛を逆立てっぱなしのミラッカが「助太刀まで求めてるなんてあじゃぱー!」などと喚いているのは流しておいた。信念や誇りでは科学の道は歩めない、じゃなかった、民を護れないのだ。 怒りに燃えた眼つきでピルグリムグドンが突進してくる。迎えてこちらも走るは、蛇矛を両手に構えたフリュートである。圧縮された闘魂を渾身の力で横っ腹に突き立てる。会心の手応え。爆発する力。大きな穴が体躯に穿たれる。 「これ以上進ませないよっ! おとなしく帰りなさいっっ!!」 戦隊ヒーローのように矛を斜めに携え、睫毛に掛かるほどの長さの前髪をさらりと掻きあげる。今日もクールに決めたことを確信して周囲を見回し、 「……よく頑張った、イエロー。でもミラッカは怒るのに忙しくて見てないな」 リヴァルの慈愛を込めた半笑いと出会った。我に返って赤面する。わたわたと矛を構え直し、苦悶するピルグリムグドンを睨みつける。 「やっちまったべ……。調子にのってしもうたがぁ」 耳まで染めている彼女のためを思い、リヴァルは聴き慣れぬ方言がフリュートの口から飛び出していることを指摘しないでやった。 「何を恥ずかしがることがある! 漆黒の黄金忍者ケンハ・センオウ見参!」 意気に打たれて、ケンハは威風漂う名乗りをあげる。忍者にしては目立ちすぎる、眩く光るその衣。あるいはこの忍装束こそが、彼が熱血漢であることの証明なのかもしれない。この戦闘においては、ともすれば突出しがちなミラッカを押し留めることに精力を注いでいるのがご苦労様ではあったが、ともかく。 「幻影の斬撃にて、眠るがいい!!」 視線で追えない足捌き。三つに分かれたその刃。閃光の如く身体を切り裂かれ、ピルグリムグドンは地に沈む。屠った相手を見やり、手応えのない腕を見やり、拍子抜けした顔でシズマは言う。 「案外と楽な会戦なのかもしれませんね」 それから、真の兵戈を知った。 グドンが愚直に前進する。先頭のピルグリムグドンはまだ一匹が達者だ。ゆえに覇気も衰えない。200匹以上のグドンの群れが押し寄せる様はまるで津波のようだ。嵐に翻弄される小船は、どこかに寄る辺を求めなければたちまち海の藻屑と化すだろう。 しかしながら、前方に配置された彼らは――仲間内できちんと隊列を組む意思がなかった。10匹からなる戦列を並べたグドンと対照的である。敵はピルグリムグドンだけだと軽視していたのかもしれないが、数は何よりも強い。量は質に勝るのだ。後方に人員を割いたことは、同時に危険が飛躍的に跳ね上がることを意味する。しかも最も熟達した冒険者たち三名が抜けたのだから、残った者はなおさら綿密な連携を取らなければならなかった。 まずフリュートが飲み込まれる。リヴァルが分断される。シズマが囲まれる。マサキが圧倒されていく。カエデとケンハ、ミラッカがピルグリムグドンと相対する。ルストの視界には茶色の毛並みだけが映る。 波頭に弾け散る水飛沫のように、冒険者たちはグドンの怒濤の群れの中で散り散りになってしまう。
●希望と恐怖 「ふむ、リーダーがよほど怖いらしいな」 一糸乱れぬとはいかないまでも、それなりに整った行進を見送ってディーンは顎を擦った。その傍らでぶつぶつと呟いているのはシキである。 「ピルグリムグドン、略せばピグドン。なんだか勝てそうな気がしてきたー!」 戦闘前の儀式は人それぞれ。他人のイメージトレーニングには口を出すまいと、アコとディーンは視線で誓い合う。 「さぁ、ここはオレたちに任せて先に行くんだ! ……いや一人じゃ無理だから!? あ、待って嘘、やめてマサキ、改造しないでー!」 誓い合わないと、つい突っ込みを入れそうだったから。シキの脳裏にはどんな情景が繰り広げられているのだろう。 兎にも角にも、林間に潜む彼らは音や匂いにも配意した。イメトレだって小声だ。気付かれる要素がない。最後尾で群れを駆り立てるピルグリムグドンが何ら注意を払わずに彼らの居場所を通過する、その刹那。 「たぬたぬピンク参上!」 高らかな宣言を伴った光の軌跡が宙を彩り、白い背中へ華やかに脚が叩き込まれる。蝶より美しく、蜂より鋭く。林間から飛び出したアコの、死角からの攻撃。免れ得るはずがない。ピルグリムグドンはたまらず奇声を上げてたたらを踏む。振り返る暇もない。全ては決着がついている。 「アコがピンクなら俺はブラック。それともシャドウか?」 余裕の表情で首を振りながら、ディーンは漆黒の魔槍を白の一点に定める。 「俺に出会った不幸を呪え――コード、グランドライバー!」 無数に続く針の穴を貫くように。一直線に敵を突き抜いたその槍は、炸裂と連結している。四散するピルグリムグドンの肢体。 それは、たった二撃だった。干戈も交えぬうちに、後方を管理するピルグリムグドンは打倒された。赤子でも解る圧倒的な戦力差。 「存在感や影より薄し! たぬたぬクリア!」 イメトレでどんな結論がついたのか、どこか吹っ切れた顔をしてシキが紋章から光線を発する。振り翳した長杖は崩壊のオルタナティブ。死か逃走か、どちらかを選べ、とあまねく降り注ぐシャワーが語っていた。 重石がなくなったグドンたちは、じりじりと後退していく。混乱が起こる。中央で指揮するピルグリムグドンが異変に気付き、触手を振りたてて脅すが、その効用は眼前の恐怖の前に最早薄れている。 「わたくしの蹴りは痛いですわよー?」 莞爾とした笑みを湛えたアコの言葉で、それは遂に飽和した。一匹が林間に足を向ければ、雪崩を打ったように我先に競って逃げていく。後方の壊滅は近い。 だが、混乱が前面に辿り着くまでは未だ遠く――統率者を自任するピルグリムグドンが、彼らの前に立ち塞がる。
●別れと出会い 仲間の声が聞こえない。グドンの怒号に掻き消されている。 シズマは斬煌刀で迫り来る群れを斬り払う。彼我の力量の差は歴然としている。一太刀で一匹。向かってくる敵を倒す。 でも――四方から攻撃を受けている。一太刀浴びせるごとに、数え切れない剣戟が鳴る。ほとんどは弾く。ほとんどは躱す。ほとんどは外れる。けれど、全てを避けることは不可能だ。確実に傷が蓄積していく。肩甲骨。足首。右上腕。脇腹。左太股。微細ながら、そのダメージが回復することは絶対にない。 底なし沼のように、意識が少しずつ遠のいていく。
白い触手が乱れ飛ぶ。身体を切り裂かれる。 カエデはミラッカが倒れるのを見届ける他にない。援護に入るのはカエデ自身が危ない。ヨーヨーを投擲する。ピルグリムグドンには当たらない。 乱戦になれば、誰がどれを受け持つなどという戦列も組まずしての計画は破綻するに決まっている。結果はこれだ。退路は皆無。進路は強敵。攻め得ない。守り得ない。 「根性!」 もう何度目かの掛け声で、ケンハが森羅の息吹を発しているのに後押しされて、カエデは震える脚に力を込める。 「その程度の攻撃なんて効かないんだから」 それは己に言い聞かせる言葉でもある。事実、鎧聖降臨がなければずっと早くに打倒されていたことだろう。努力はしている。気力は切らしていない。 けれど――それは意気込みだけだ。努力するという気合だけでは、何も為し得ない。 二人が身体の自由を失うのに、そう長い時間は掛からなかった。
「引く弦は決意。放つ矢は信念。敵を射抜くは魂。羽撃け、鳳凰の如く」 ルストは歯噛みしながらピルグリムグドンを追尾する矢を放つ。戦況が刻一刻と悪化しているのは解る。対抗する術がない。ナパームアローを射ては視認できない仲間に被害が出るかもしれない。これ以上グドンとの距離を詰めたら自分が取り囲まれるだけだ。 望みは、あの屹立するピルグリムグドンを倒すことのみ。手数が足りない。人数が足りない。時間が足りない。何もかも足りない。 下唇を噛む。撤退するか――? でも、どうやって。誰一人退却することなど考えていないのだ。 小さな吐息が胸に落ちた時、 「雑魚は薙ぎ払う――コード、ワールウインド!」 暴風が茶色の波濤を跳ね飛ばした。ディーンの高声だ。波が引くようにグドンが散っていく。「これで終わりですわ!」と叫ぶアコとシキのコンビネーションで、最後のピルグリムグドンが粉砕されるのが見える。無影・ユーリグ(a20068)の呼び掛けも聞こえる。 「助っ人二号だから、俺はシルバーになるのか? ま、その辺はどうでもいい。みんな無事か?」 無感動な声と白銀の立ち姿。四人並んだ彼らは、色の組み合わせはどうあれ、確かにヒーローのようにも思えたのだった。
●正義とハサミ 西日が街道を染め上げている。 ひどい戦いだった。ルストを除いた正面組の全員が重い傷を負っていた。戦力を割くという行為は、それだけのリスクを背負う。 だが。 「これで、ひとまずはこの街道も静かになるべや……。よかったなぃやぁ……」 大地に背中を預けて、弛緩しきったフリュートの声音が全てを代弁していた。 「そうだな。後は」樹に凭れて疲れきった表情のリヴァルが視線を投げる。「あれをなんとかしてくれ」 「ヒーローらしく、皆様で、戦ってたら、もっと、楽勝だったの、ですことよ!」 意気も絶え絶えに、ミラッカがまだ憤慨している。戦隊ヒーローに一家言のあるケンハが滾々とお説教したおかげで遠距離攻撃に対する偏見はなくなった――むしろ涙を流して感動していた――ものの、奇襲と回復と助太刀がどうにも許せないらしい。 「子供の夢は護らないといけなかったねー」とシキがへらへら謝るおかげで天気は逆上模様。 アコは鎧に詰めていた緩衝材でシキの口を塞いだ。彼女の『何とかしなさい』と見返す視線に押し出されるようにして、リヴァルが訥々と語る。 「あのな、ミラッカ。奇襲の是非はどうあれ、助っ人の回復がなかったら皆死んでたかもしれない。正義ってなんだ? 口先ばっかじゃヒーローじゃねえ、だろ?」 眉根を寄せて押し黙る英雄見習いに肩をすくめて、ディーンが立ち上がる。長い影を足元に曳いていた。帰ろう、と彼は皆を促して、ミラッカの耳に重々しい口ぶりでそっと囁く。 「やれやれ……若さってのは危ういな、勇気と蛮勇、そして無謀の区別が曖昧だ。ま、経験は誰をも賢くする。生き延びればそのうち鋏レベルにはなるだろ」 「ハサミレベル、ですこと?」 人差し指と中指でちょきちょきやりながら、ミラッカはきょとんと呆けた顔をした。 後日。 バカとハサミは遣いよう、との言葉に思い当たって暴れだすのはまた別のお話である。

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