【エメルダの気まぐれ】蒼晶の実



<オープニング>


 窓から入ってくるのは暑さばかりの、風もない昼下がり。
 だが、椅子に腰掛けて何事か考えているエメルダの周囲にだけは、その暑さも及んでいなかった。侍女が、水を含ませた扇で風を送り続けているからだ。
 そのことに気づいているのかいないのか、エメルダは揺れる髪をうるさげに払いのけ、侍女を見上げた。
「毎日暑苦しくてたまらないわ。どうして今年は蒼晶の実を吊さないの。あれがあれば気分だけでも紛れるのに」
 蒼晶の実というのは、親指の爪ほどの大きさの蒼く輝く草の実である。弾くと澄んだ音がするほど硬い実であり、吊して夏の暑さを紛らわすモビールにしたり、さまざまな飾り物に利用したりする。
 エメルダの屋敷でも、夏には蒼晶の実を下げるのが例年の習わしだった。1年経つと実の美しい蒼は失われてしまうため、毎年、新しい物が調達される。
「申し訳ございません」
 汗だくで扇を動かしながら侍女は頭を下げた。
「今年は蒼晶の実を手に入れることが出来ないのですわ。蒼晶の実が採れる洞窟に怪しげなものが住み着いてしまいましたので……」
 その言葉が徐々に小さくなってゆくのは、エメルダに興味を持って欲しくない、という気持ちの表れなのだが。
「怪しげなもの?」
「何がいるのかは知りませんが……あの洞窟を生きて通り抜けられた人はいないという話です。洞窟の両側にある村の人々も、不便ながらも山を越える道を選択して、洞窟を避けているほどですもの。今年は蒼晶の実は諦めた方がよろしいのではないかと……」
 恐る恐る申し出る侍女に、エメルダは艶やかに微笑み、首を振った。
「い・や・よ。絶対に蒼晶の実が欲しいの」


 そして冒険者の酒場――。

『洞窟に巣くうものを倒し、蒼晶の実を12個採ってきてくれる冒険者募集』

 張り出された依頼の前で、ユリシアは軽く握った左手に意識を集中させていた。
「暗闇……夜の羽……小さな牙を持つたくさんの影と、大きな牙を持ち耳障りな音の波を出す3つの影……」
 霊査したものを告げると、ユリシアは左手を開いた。そこには水晶のような蒼い輝きがある。洞窟の外に1つ転がっていた蒼晶の実だ。
 蒼晶草が生えているのは洞窟の中程だから、この実は洞窟付近で力尽きた人の手が運んだものか、あるいは洞窟内にいるものの身体について運ばれたものかのどちらかなのだろう。
「……エメルダさんのいつものわがままはともかく、洞窟が通れない状態では、両側の村の方はお困りでしょう。洞窟が安全に通れるようになれば、きっと喜ばれるに違いありません」
 ですが……、とユリシアは硬い音を響かせて実をテーブルに置く。
「洞窟の中にいるものは、入ってきた人を無差別に襲うでしょう。どうか気をつけて……」

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参加者
青星の欠片・リュカ(a00278)
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
邪・カイ(a00656)
銀灰狐・フィレス(a00710)
正義の鉄拳・ガイアス(a00761)
妖精弓の射手・シズク(a00786)
雪舞小笑・エレアノーラ(a01907)
見知らぬ旅人・ラファエル(a02286)


<リプレイ>


 依頼主が我儘お嬢様であろうとも、依頼は依頼。洞窟の中に輝く蒼晶の実を求め、冒険者は旅発った。
 洞窟の手前側になる村へとやってきたストライダーの武人・ラファエル(a02286)は、村で聞き込みをする冒険者たちにこう言い含める。
「実採集に来たことは言う必要ないからね。洞窟のケモノ退治に来たと言えば、村人の協力具合も違ってくると思うし」
 別に嘘を吐くわけではない。洞窟の脅威を取り除こうとしていることに変わりはないのだから。
 村人の感謝と共に、ラファエルは洞窟の簡単な見取り図を手に入れた。村人たちが記憶を頼りに描きあげた見取り図は、いびつではあったがかなり詳しいものだった。
「洞窟の中には何がいるの? 洞窟の中で襲われた人は血を吸われていたりした?」
 霊査士からの情報だけでは洞窟内に何がいるのかは確定できないため、エルフの紋章術士・リュカ(a00278)は村人から敵の情報を集めた。
 酒場のテーブルでは、相手は蝙蝠ではないかと予想を立ててはいたが、それが当たっているかどうか、できれば確かめておきたい。
 村人はやや考えた後で答えた。
「干涸らびた感はあったし、あちこちに噛み跡はあったが、血を吸われてたかどうかまでは調べてねぇなぁ」
「噛み跡はどれくらいでしたの?」
 エルフの医術士・エレアノーラ(a01907)の問いに、村人は小さな輪を指で作り、その後両手を離して大きな輪を作る。
「これくらいだったな」
 それは、霊査士が見た小さな影と大きな影というのにも当てはまる。
「やっぱりいるのは蝙蝠さんだと思うんだけど。普通ならそんな悪いことする子たちじゃないんだけどなあ……」
 動物好きのリュカは腑に落ちない顔つきになる。
「大きな影が原因なのかな。巨大化した動物には凶暴なものが多いみたいだし……」
 それなら尚のこと、大きな影をなんとかしないと、とリュカは退治に必要なものを大急ぎで調達にかかった。


 洞窟を通らずに向こう側行くには、長い山道を行かなければならなかった。
「こっち1人で大丈夫?」
 洞窟の反対側を丈夫な網で塞ぐ作業をしながらストライダーの牙狩人・シズク(a00786)が尋ねると、ヒトの吟遊詩人・ラジスラヴァ(a00451)は、ええ、と穏やかに笑った。
「私がこちらにいる方が皆さん安心されるでしょうから」
「ボクたちも出来る限り向こうでなんとかするようにするから、無理はしないようにね」
 張った網を手で押さえて確認すると、シズクはラジスラヴァを残し、また山を越えて反対側の入り口へと移動し、残りの仲間と合流した。
「相手が蝙蝠である可能性が高いのなら、日が高いうちに片づけた方が良さそうだな」
 ストライダーの重騎士・フィレス(a00710)は中天に差し掛かろうという太陽を見上げた。明るいうちなら洞窟は端だけでも光が差し込むし、夜行性の相手の動きも鈍いだろう。
 エレアノーラは洞窟に少しだけ足を踏み入れ先を窺ってみたが、曲がりくねった道はエルフの夜目も遮ってしまい、内部にいる生物の様子は分からなかった。
「やるべきことは、蒼晶の実の確保、大きな3つの影の退治。小さいヤツの方は襲ってきたら撃退、ってとこだな」
 松明に火を灯しながらヒトの邪竜導士・カイ(a00656)はぽっかりと口を開けている洞窟を見やる。
 リュカは洞窟内の見取り図の何箇所かを皆に指差して見せる。
「大きな影と戦うなら、お勧めはこの3箇所。特に、長剣を使う人はこれくらいの広さがないと十分に戦えないと思うんだ」
「一応、長剣以外の武器も調達してきたわよ。慣れない武器だから上手く扱えるかどうかは別として」
 ラファエルは短い鞭を両手で引き、ぱちんと鳴らした。村で調達したものだから、冒険者が使うものとしてはやや頼りないが。
 冒険者たちは手に手に松明や投げ網などを持ち、洞窟に足を踏み入れた。外に残る残暑も、洞窟を進むうちひやりと湿った空気と取って代わる。
 先頭はラファエルとフィレス。何かあった時、ストライダーの反応力は頼りになる。
「松明を設置出来る場所があるといいが……」
 フィレスは洞窟内を見回したが、それらしい窪みは発見出来なかった。村人は松明を設置ではなく、手に持って移動していたのだろう。
 洞窟のやや開けた場所に着くと、リュカとシズクは果物や動物の血肉をそこに置いた。そして待つことしばし。
 最初に感じたのは、羽ばたきの音だった。
 ついで、たくさんの黒い影が洞窟の天井付近にわだかまるようにやってきた。その中に大きな影が、と見た途端、耳障りな高音が響き渡った。
 耳栓を用意していた冒険者はそれを詰めて事なきを得たが、カイだけは慌てて両手で耳を塞ぐ。きりきりと耳に差し込む痛みと共に、小さな影――蝙蝠たちが襲いかかってきた。
 ヒトの武道家・ガイアス(a00761)が投げた網は見事に大蝙蝠に被さったが、蝙蝠はそれをはね除けた。羽に飛ばされた網は普通の蝙蝠を何匹か絡めて地に落ちる。
 蝙蝠たちは前列にいるシズクを狙って降下し、その肌に牙を立てんとした。地に身を伏せ、大蝙蝠の攻撃をかわしたシズクの背後から、ガイアスが躍り出る。
 小さな蝙蝠にたかられつつも、ガイアスは大蝙蝠に連続でパンチを入れる。その身体をかすめるように、リュカが空中に描いた紋章からエンブレムシュートが飛んだ。
 左に大きく傾いだ蝙蝠を、ガイアスの鍛えられた腕ががしっと掴み、そのまま大地へと剛鬼投げで叩き付ける。
 大蝙蝠はそれでももがいていたが、飛ぶ力もなくなった蝙蝠では冒険者達に抗うことはできず、すぐにとどめがさされた。
 小さな蝙蝠は、ラファエルの鞭と松明に追い払われ、洞窟の奥深くへと逃げてゆく。
 リュカは網に掛っている普通サイズの蝙蝠を調べてみた。
「こっちの子たちは普通の蝙蝠みたいだね」
 興奮してキーキー鳴いてはいるが、小さい方の蝙蝠には特に異常は見られない。退治する必要はなさそうだが、念のため網にかかったのはそのまま捕らえておき、冒険者たちは洞窟を先に進んだ。


 ゆるゆるとカーブしながら伸びる暗い道。
 翳す松明が光と影を投げかける。
 闇の部分から今にも蝙蝠が襲いかかってきそうな、そんな気配に満ちた洞窟を、冒険者たちはさらに奥へと入ってゆく。
「来たぞ」
 先頭を歩くフィレスは天井辺りを群れ飛ぶ蝙蝠を仲間に指し示すと、耳栓を詰めて不動の鎧をかけ、戦闘準備にかかる。
 ばらばらと飛んでいた小蝙蝠たちは、大蝙蝠が耳障りな声をあげると、一斉に降下して冒険者に牙をむきだした。
 シズクの放ったかぶら矢が、洞窟内に新たな音を引く。
 再び投網がうたれ、襲いかかってくる小蝙蝠を捕らえた。巨大化してしまった蝙蝠には効果がなくとも、普通の蝙蝠を戦いから排除することは可能だ。
 網や武器が交錯する中、ばさり、と視界に現れる黒い大きな影。
 と見るなり、シズクはホーミングアローを打ち込んだ。大蝙蝠のあげる声はますます大きくなり、カイは耳を押さえてうずくまる。
 大蝙蝠の牙がカイの肩口に食い込む‥‥と見えた時、ラファエルの居合い斬りが蝙蝠の片羽を捕らえ、その半分近くを切り落とした。
 がくりとバランスを崩した蝙蝠の牙はカイの肩を薄く裂いたのみに終わった。
 それでもなお襲いかかろうとする蝙蝠に、フィレスのメイスが打ち下ろされる。
 音を立てて地面に昏倒した蝙蝠へと、カイのブラックフレイムが命中する。
 大蝙蝠が完全に動きを止めると、小蝙蝠たちはまた戦場を逃れ、洞窟の先へと飛んでいった。


 一方、洞窟の反対側では。
 追われて逃げてきた蝙蝠が次々にやってきていた。ラジスラヴァは眠りの歌を歌い、蝙蝠たちを眠らせる。
 すべてとはいかなかったが、多くの蝙蝠はラジスラヴァの澄んだ歌声に誘われるまま、深い眠りへと入った。
「こちらに蝙蝠が逃げてくるということは、皆さんの攻撃は成功したのでしょうか……」
 内部の様子はラジスラヴァには分からない。
 眠った蝙蝠を入れようかと、袋を掴んだ時。
 視界をよぎる黒い影。
 反射的に再び眠りの歌を歌い出したラジスラヴァの前で、大きな蝙蝠の口からきしる音が発せられる。
 ラジスラヴァは両手で耳を塞いだが、そのまま歌い続けた。と、大蝙蝠の動きが止まった。
眠りに引き込まれた大蝙蝠を縛ろうと、ラジスラヴァがロープをかけた途端。
 攻撃に類する行為を受けた為に目を覚ました大蝙蝠は、ラジスラヴァに襲いかかった。
 ラジスラヴァの白い胸元に牙を食い込ませその体液を啜ろうとする蝙蝠を、洞窟を抜けてきたラファエルの鞭が打つ。
 ラジスラヴァに牙を立てている大蝙蝠はあの甲高い声をあげられず、そのためなのか小蝙蝠たちは天井付近でばさばさ騒いでいるだけで襲いかかってはこない。
「小さい方は放っておいても良さそうだな」
 カイはちらりと天井に目を走らせた後、大蝙蝠に意識を集中した。
 その手から黒い蛇が飛ぶ。
 じゅっという焦げ臭い臭いが漂い、蝙蝠はたまらずラジスラヴァから口を放した。
「てめえが最後の1匹だ。観念しな」
 ガイアスは蝙蝠に掴みかかり、血にまみれる口元に拳を叩き込んだ。ホーミングアロー、エンブレムシュートが間をおかず蝙蝠へと吸い込まれ。
 洞窟最後の大蝙蝠も、だらりと羽を広げて地面に横たわった。
「ラジスラヴァさん、これを」
 エレアノーラはコップに癒しの水滴を作り出し、ラジスラヴァに飲ませた。痛々しく浮かんでいた傷跡がすうっと薄く溶け込んでゆく。
 リュカは洞窟を戻り、捕らえていた小蝙蝠たちを解放してやった。
「もう悪い子はいなくなったから大丈夫だよ」
 話しかけるリュカを残し、蝙蝠たちは大あわてで闇の中に戻っていった。

 大蝙蝠がいなくなった洞窟で、冒険者たちは今回の依頼の大本である蒼晶の実を採取した。
「お土産用に少しもらってもいいかな」
 洞窟の中でほの蒼く輝いている実に手をのばすシズクをフィレスは止め、自分で摘んだものを渡してやる。
「堅い実は反面傷つきやすく割れやすいものなんだ」
「あ、ボクも何個かもらっていい?」
 旅団への土産にしたいからと言うリュカには、ガイアスが実を渡す。蒼晶の草を傷めないように実を摘む指先の動きは、荒野育ちが培ったものだろうか。
 仕事を終えると、冒険者たちは村へと赴き、洞窟内の脅威がなくなったことを伝えた。
 ラジスラヴァは洞窟内で見つけた遺品を村人へと手渡した。もう二度と帰り来ない人々を偲ぶ品として。
 場に流れるしんみりした空気を吹き飛ばすように、ラファエルの声が響く。
「洞窟が通れるようになったことを祝って、今日は宴会ね」


 そしてエメルダの館。
 12個の蒼晶の実を渡されたエメルダは、興味なさげに礼を言って受け取った。
「エメルダ様、こちらは洞窟近くの村人の方からだそうですが……」
 侍女から渡された手紙に怪訝そうに目を通したエメルダは、なんとも言い難い複雑な表情になる。
「これはプレゼント。蒼晶の実でイヤリングを作ってみたんだよう」
 はい、とイヤリングを渡すシズクに、エメルダは顔を綻ばせかけ……慌ててそれを仏頂面に戻す。
 その様子を微笑混じりに眺めているラジスラヴァに気づくと、エメルダはむすっと頬を膨らませ。ふいっと身を翻して、部屋を出て行ったのだった。


マスター:香月深里 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2003/09/11
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