【花守】ひまわりの迷路



<オープニング>


 とある村にひまわりを丹精した老人がいた。元々は種から油を取るために栽培していたのだが、今年この老人は遠い村に住む孫娘の為にひまわりで迷路を造った。丈の高いひまわりを計画的に配して壁とし、迷路を造ったのである。孫娘が尋ねてくるのを楽しみに、老人は沢山あるひまわりの世話をした。暑い夏の日差しを浴びてひまわりは期待通り、高い丈の上に大輪の花を咲かせた。

 ところが、ひまわりが急に枯れ始めた。動物にも病気あるように植物にも病気がある。老人は大事なひまわりが病気になっていることにようやく気が付いた。しかし、その時にはもう半分ほどのひまわりが病気に罹っていた。このままでは迷路どころか種を取ることも出来ない。老人は村で自分よりも年を取った立った1人の姉に相談した。すると、村に隣接する森の小屋に植物の病気に効く綺麗な水があると言う。ここの水を運んでひまわりにかけてやれば、病気を払うことが出来るかもしれないというのだ。しかし、森の小屋から村までは老人の足では片道だけで半日かかってしまうし、その森には狼が棲むと言われている。狼は無闇に人を襲う動物ではないが、とても老人1人で行ける場所ではない。

 種の収穫をするのがおよそ10日後である。なんとかそれまでひまわりに綺麗な水を運び続けてはくれないだろうか。そして、普通は片道5日かかる村に住む孫娘も出来るだけ早く老人とひまわりの迷路があるこの村に連れてきて貰えたら……それが老人の願いであった。

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参加者
還送せし者・アーシア(a01410)
星影・ルシエラ(a03407)
桜雪灯の花女・オウカ(a05357)
上弦の月・クオン(a10247)
驚戦士・ウニクリ(a14146)
甘夏党・シャルル(a26123)
吟遊詩人・テム(a29043)
リザードマンの重騎士・グレオス(a32229)
NPC:碧水晶の吟遊詩人・アロン(a90180)



<リプレイ>

●初日
 ひまわりの明るい黄金色には太陽の光がよく似合う。老人の家からは見事なひまわりの花々を堪能する事が出来た。半分ほどは植物の病気に罹っているが遠目からでは花の色が変わっているとはわからない。

「お花、綺麗なうちに見せてあげたいよね」
 今来た道を振り返り星影・ルシエラ(a03407)が言った。老人の粗末な家の向こうにひまわりの暖かい色が広がっている。
「うん。僕もあわてて村を出てきちゃった孫娘さんと一緒にゆっくり見たいな」
 ヒトの吟遊詩人・テム(a29043)はすぐにそう答えた。今回のお仕事はある意味時間との勝負なので、ゆっくりと老人の村に滞在してはいられなかったのだ。
「でも……ノソリンを貸して貰えなかったのは残念だったね」
 テムはさほど深刻そうではなく言った。ノソリンがあれば迎えに行った孫娘を乗せて戻る事が出来るかと思ったのだが、無くてもなんとかなるだろう。
「ノソリンちゃんはお利口だし、みんなが大事に思ってるからしょうがないね。孫娘のアイラさん、きっと旅慣れてなんかないだろうから、せめて行きは急がなきゃ。テムさん、行こう!」
 ルシエラが走り出す。きっちり後頭部で束ねた銀色の髪が尻尾の様に揺れる。
「待って〜」
 ストライターの機敏さには敵う筈もないが、テムもルシエラを追って走り出した。充分に力を温存した長距離型の走りだ。金色の髪とお気に入りのバンダナがテムの動きに合わせてヒラヒラと風に舞った。

 森の小屋は老人が住む村を抱くように広がる森のほぼ中央にあった。普段は森で獲物を捕ったり木材を切り出す作業をする人の休憩所として使われているのだが、ここ数年は別の新しい小屋が出来た為にすっかり人も訪れなくなっている。
「ここか」
 リザードマンの重騎士・グレオス(a32229)は小屋の周りを歩き回り、古い井戸を見つけた。うっそうと茂る森の葉に日差しを遮られ、この辺りは昼でも薄暗い。
「なんか不気味な感じがするです。本当にここがひまわりの病気を治す水のある場所なんでしょうかです」
 甘夏党・シャルル(a26123)は警戒しつつ辺りを見回した。『無人の小屋、古い井戸、昼なお暗い森の中』と三拍子揃っているのだから、警戒しすぎることはないだろう。
「小屋の中にはそれらしい水はありませんでした」
 建て付けの悪い扉に苦労しながら癒しの術の遣い手・アーシア(a01410)が小屋から出てきた。綺麗な黒髪についた埃やゴミを取りながら、井戸の方へと歩き出す。
「えーっとぉ……では、荷物はこちらに降ろせばよろしいですわね」
 雪月華の斎女・オウカ(a05357)は2つの荷台に乗せた荷を降ろそうとしていた。水を運ぶ革袋や水を汲むための桶などが積まれている。1つの荷台は黒いノソリンが繋がれていたが、もう1つの荷台にはノソリンはいない。
「……ウニクリは?」
 表情の乏しい碧水晶の吟遊詩人・アロン(a90180)だが、それでも心配げに言う。
「わたしぃ? ここなぁ〜ん」
 荷台とは全然別の方角から声がした。ヒトノソリンの狂戦士・ウニクリ(a14146)であった。先ほどまでとは違ってヒトの姿をしている。
「この小屋の近くには獣の足跡や糞はないなぁ〜ん。だからきっと安心して水くみが出来るなぁ〜ん」
 ウニクリは朗らかに笑ってそう言う。皆の為に小屋の周囲を偵察していたのだった。
「この井戸の他に何か水源はあったか?」
 荷台から荷物を降ろしながらグレオスが尋ねる。
「見あたらなかったなぁ〜ん」
 即座にウニクリが答える。
「じゃやっぱりこの井戸から水を汲むです」
 シャルルがが小さくうなづきながら言う。1人では怖そうな場所でもこうして仲間がいればなんということもない。
「えーっとぉ……ではさっそく皆様で水を汲んしまいましょう。きっとぉ……あのご老人やクオン様が村でお待ちですわ」
「……そうですね。今から戻れば陽が落ちる前になんとか村に戻れそうです」
 オウカの言葉にアーシアはそう言うと顔をあげて上を見た。濃い緑の葉でほとんど空は見えないが、木漏れ陽が美しい。
「よし! やろう」
 グレオスは縄で縛った桶をそっと井戸の中へと降ろしていった。

 老人の家からひまわりの迷路までは目と鼻の先であった。上弦の月・クオン(a10247)は目の前に広がる迷宮を見つめていた。老人の家から見たときはさして大きなものには見えなかったのだが、こうして間近にしてみるとひまわりは大きいし迷路は広大だ。そして、迷路を壊すわけには行かないので、水を撒くのも一筋縄ではいかない気がする。
「これはご老人1人には大変な作業だね。僕1人でも手が足りない」
 クオンは素直に自分の手には余ることを認めて苦笑した。
「どうなさるつもりかな?」
 クオンの背後から老人が不安そうに声をかけてくる。
「……なんかするから、だから安心して」
 クオンは振り返り老人に笑顔を見せた。

●5日目
 もうすぐ陽が暮れる。ルシエラは模様の描かれた木っ端を取り出した。これは出発前にひまわりの老人から手渡されたものだ。
「あ、見えてきたよ。あれ村の灯りだよね」
 テムが前方を指さす。薄暮の中に明るい灯明が見えた。
「うん、そうみたい。アイラさん、もうすぐだからね」
 ルシエラは務めて明るくそう言った。
「本当? よかった……」
 老人の孫娘、アイラは溜め息と一緒に言った。旅を始めてまだ2日だが相当疲れているようだ。足取りは重いし口数も少ない。
「えっと。あの村の村長さんにコレを見せて頼めば、今夜は泊めて貰えるんだよね」
 ルシエラは先ほどから手にしている木っ端をアイラに見せた。
「はい。村長さんはお姉ちゃんの連れ合いの一番上のお姉ちゃんの従兄弟なの。だからきっと大丈夫」
「……おねえちゃんのつれあいのいちばんうえの……なんだか良くわからないけど、遠縁なんだね」
「はい。この辺りはみんな遠縁みたいなものです」
 歩き続けるのもあの灯りまで、とわかったからかアイラは少しだけ元気が出てきた様だった。
−ウォルルルオォーン−
 その時、遠くで獣の鳴き声が響いた。アイラがビクッと身体を震わせる。
「暗くなってきたね。灯りつけよっか?」
 ルシエラは明るい声で元気良く言うとランタンを取り出した。
「そうだね。僕は平気だけどアイラさんは歩きにくいよね」
 テムはすぐに同意し、ルシエラが火を付けやすいように風よけになる。2人の視線が合う。アイラを怖がらせたくはない。
「えぇ。真っ暗って怖いわ。いつもは陽が落ちたら外には出ないもの」
 ごく普通の農村で暮らすアイラには、このような旅も初めてなら夜に外を出歩いているのも初めてであった。冒険者であるルシエラとテムが平気そうにしているので、アイラも極普通に話をしているが、どこかそわそわと落ち着きがない。
「急ごっか」
 仄かな、しかし確かな灯りを手にルシエラは立ち上がり歩き始めた。
「手、握っておくね」
 テムが差し出した小さな手をアイラは命綱かのようにギュッと握りしめた。

 グレオスは水汲みの手を止めた。
「何か感じないか?」
「え? 何かを感じるですか?」
 シャルルも手を止めた。冷たい水が手首から肘へと流れてゆく。
−ウォルルルオォーン−
 狼の遠吠えが聞こえた。
「狼がいるですね。でも遠いです」
「あぁ……ただ」
 グレオスはこちらに向かっているだろう『運搬』の者達が気になった。

 アーシアは手にしたランタンで前方を照らしながら森の小道を歩いていた。荷台に置いた香草から強い癖のある芳香が漂っている。
「とうとう陽が暮れてしまいましたけれど、もうすぐ小屋に到着する筈です」
 本当は夜道を行くような無理はしないつもりだったのだが、あと少しで小屋に着くと言うときに陽が暮れてしまったのだ。しかし、用意していたランタンのおかげでゆっくりとだが進むことが出来る。
「えーっとぉ……本当にもうすぐですから、どうか頑張ってくださいませ」
 オウカは黒ノソと、それからノソリンの姿をしているウニクリに優しく声を掛ける。ウニクリは『わかった』という風に首を何度か縦に振った。その首周りにはマントが襟巻きの様に引っかかっている。いざというときのために、これは大事な用意であった。
−ウォルルルオォーン−
 ごく間近で狼の遠吠えが起こった。黒ノソが立ち止まる。遠吠えは更に続く。
「こちらに向かっているのでしょうか?」
 アーシアは辺りを警戒しながら言った。
「わかりませんわ……でも」
 オウカはウニクリと黒ノソの間に立ち、荷物からフェザーマントを取り出した。
「来た!」
 ザザァと草を踏み分けて狼が姿を現した。ランタンの灯りに黒っぽい毛皮の狼が浮かび上がる。その数5頭。
「ウニクリ様! これも……」
 オウカはマントをウニクリに被せる。
「有り難うなぁ〜ん」
 まるでマントに魔法がかかっていたかのようにウニクリの姿がノソリンからヒトへと変わった。2枚のマントが全裸のウニクリをなんとか覆い隠す。ガタンと荷台が傾いだ。
「アロン様!」
「わかった」
 アーシアは言いながら『ホーリーライト』を使った。頭上に強く白い光が突如出現する。一瞬、狼たちが怯んだように動きを止める。その間にアロンが『眠りの歌』を使った。続けてオウカも『眠りの歌』を歌う。狼は次々に伏せの体勢を取り、そのまま眠りについた。
「よかったなぁ〜ん。みんな眠ってくれたなぁ〜ん」
 ウニクリはホッとしたように狼達を見て言う。
「お〜い、大丈夫か?」
「皆さん、ご無事ですかです〜」
 前方から声がした。グレオスとシャルルであった。
「大丈夫です。みんな眠っていますから」
 アーシアはよく通る声で返事をする。『ホーリーライト』のせいか、2人はすぐに運搬組と合流した。
「狼たちはこのままにして先を急ごう。小屋はすぐだ」
 グレオスはノソリン不在になったほうの荷台を曳いて歩き出す。
「えーっとぉ……そうですわね。参りましょう」
 オウカは黒ノソの側に寄り添い、ゆっくりと歩き出すよう促す。ウニクリはこの場でもう一度ノソリンになるのは何かと不都合(乙女の恥じらい)なので、きっちりとマントの端を手で掴んでそっと歩き出す。
「狼を踏まないように気をつけるなぁ〜ん」
「僕も引っ張るのを手伝うです」
「俺も手伝おう」
 シャルルとアロンがグレオスの手伝いをし、一行は眠る狼たちを残してまた進み始めた。

 クオンは『土塊の下僕』が消えた地面を見つめていた。
「そろそろ家にもどりませんかな?」
 老人が声を掛けてくる。もう陽はとっぷりと暮れ、辺りは早くも闇に包まれていた。
「そうですね。それにしてもひまわりってこんなに大きくなるものなんですね。こちらに来て、まずびっくりしました」
 クオンは老人に丁寧な言葉で話し掛ける。老人は照れたように笑ったが、この明るさでは見えていないと思ったのかもしれない。
「色々と工夫をしました。肥料を使ったり、間引きしたり、去年丈が高くなった花の種を多めに使ったりと……ねぇ」
「そうなんですか」
「迷路は道楽ですがね。病気になって困り果てましたが、なんとか持ち直してきましたし、皆さんのおかげです」
 老人は声をたてて笑った。

●9日後
 昼過ぎ、アイラがルシエラとテムに連れられて老人の村へとやってきた。
「おじいちゃん!」
「おおぉアイラぁ。良く来たなぁ〜」
 老人とアイラは手を取り合う。
「どうだ。見ておくれ。ひまわりの迷路だよ」
「……本当だわ」
 アイラの目の前には黄金に色に花をつけたひまわりで作られた迷路がある。側にはアロ
ン、アーシア、オウカ、クオン、ウニクリ、シャルルそしてグレオスの姿がある。
「迷路に行きましょう、ね、皆さんも一緒に!」
 アイラが手招きをする。
「行こうか」
「うん」
 旅の疲れも見せずにルシエラとテムがアイラに続く。
「私も……これもご縁ですし」
「えーっとぉ……わたくしはひまわりの様子をもう一度観察するということで……」
 淑やかな足取りでアーシアとオウカが迷路へと向かう。
「わたしぃもなぁ〜ん。最短記録で出口に向かうなぁ〜ん」
「僕も負けないです」
「勝負なら受けて立つ」
 ウニクリとシャルル、そしてグレオスが迷路の出発点へ向かう。
「クオンは行かないのか?」
 アロンが尋ねるとクオンは悪戯ぽっく笑った。
「僕は水撒きでほとんど道を覚えているけど、参加していいと思う?」
「……」

 夏の終わりの日差しを浴び、ひまわりの迷路は甦った。


マスター:蒼紅深 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2005/09/03
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