<リプレイ>
ふわりと舞う髪が、彼女の気高さを端的に示す。身なりに豊かさは欠片も見あたらない。手入れは行き届いているが、茶色の編み上げ靴は踵が磨り減り、肩まで開いた衣服の胸元には、きめ細かな肌が晒されているだけで、金や銀の類は見あたらなかった。 頬に風を受け、蒼翼の閃風・グノーシス(a18014)は、ヘンリエッタの髪が散る様を、瞳を細めて見つめた。彼女を家族の元へ届ければいい、それがこの度の依頼である。傍らに気配を感じ、彼は微笑みを浮かべて振り返った。視界に光を帯びた紫の髪と、その流れにたゆたうような白錫の髪飾りを宿す。 「ナツキさんは……」グノーシスは言った。「もうよろしいのですか、けっして無理はなさらぬように」 「……ええ」 風にさらわれる髪を抑える仕草で、魂鎮の巫女・ナツキ(a18199)は指先を一房に伸ばした。合間を流れる髪のさらさらとした感触に続いて、丸みを帯びた花のレリーフが肌に触れる。グノーシスの視線に気づき、そしてすぐに瞳をそらし、彼女は言った。 「何故そこまでして会おうとなさるのか……よほどの事があるのでしょう」 天蓋から降り注ぐ白い光を、大空への想い・カノン(a29669)の髪はまるで束ねるようにして、美しく光り輝いている。無意に伸ばした指先が触れたことで、髪を結わえる空色のリボンに気づき、口元をほころばせた少女は、「綺麗な人、羨ましいなぁ……」呟きを洩らし、ヘンリエッタが待つ谷間の道の入り口へと繰り出す足の運びを速めた。依頼者を見つめていた視界が黒一色に覆われ、彼女は鼻先を埋める。 「……ん?」 片腕をあげ、虎吼・ジーザス(a18312)は自らの背に衝突した、銀色の髪の小さな頭を見た。慌てた様子でカノンは頭を下げ、髪に続いて空色の紐が遠心力で揺れる。 「ごめんなさいですー」 そう言って駆けていく少女を、ジーザスはゆったりとした足取りで追った。胸を張って立ち、口に端を含んで黒の革手袋を脱ぐと、彼はヘンリエッタに銀の笛を手渡した。 「これでLadyがヤバい時にもすぐに反応できるだろ」 「大丈夫ですよ。みんな頼りになる人たちですから」 胸元に手をあて、大きく手を吐いた女性に、蒼眼の剛鬼・ツカサ(a30890)はそう言って微笑みかけた。 「気を楽に構えていれば、すぐに着きますよ」食客・ワシリー(a23245)が言葉を続ける。「焦ったときは、深呼吸!」 肯いたヘンリエッタの唇は少し尖っていた。 谷間の街道を急ぐ冒険者たちにとって、そこは、白けた岩盤によって囲まれた狭隘な空間であり、吹き抜ける風によって舞いあがる砂礫が不快な、ひび割れた世界であった。けれど、ヘンリエッタの目的を果たすには避けられぬ道であり、どうやらこの地で暮らす獣たちにとっても、それは同様のことであるらしい。 「どうしましょう……」 絶句したのは、銀の髪の依頼者だった。 「急いでいるのはわかるけど……私たちは貴女の望みを叶えるためにがんばりますから、任せてついてきていただけなければ」 語りかけたのは、青い髪の少女だった。零月の翔姫・ユウェル(a21784)は、ヘンリエッタがすまなさそうに数歩後ろにさがった姿を目にして、どうしようかと戸惑った。だが、このままにしておいてはいけないと、歩み寄って言葉を重ねた。 「偉そうで本当にごめんなさい」 ぎざぎざとした谷の縁を見渡し、敵の出現に備えていた氷雪舞の狩人・ヒミカ(a25982)は、ユウェルに続いてヘンリエッタに話しかけた。 「私たちにお任せくださいましね。次に現れる群は、かようにのんびりとしてはおりません。獰猛な牙を剥く、グドンどもですもの、油断せずに参りましょう」 ヘンリエッタは深々と肯き、ユウェルの後方へまわった。信頼しています――そうささやきながら。 「ノソリンの歩みなら、その背に飛び乗ることも可能だろうっ!」 ストライカー・サルバトーレ(a10671)が大袈裟な身振り手振りで、自分の胸が拳で叩いても揺るがないほど丈夫であること、その胸が今は空いていること、二の腕にも力が漲っていること、ヘンリエッタの身体くらいなら軽く抱いてしまえること、等々を伝えた。賛意を示す烈日と晦冥の旗手・パオロに続き、サルバトーレはユウェルに目配せをした。出番だろう、と。 尖った肩にかかる青い髪を払い、ユウェルはノソリンの背を追いかけた。すぐに彼らの最後尾に着いてしまうと、少女は歌を紡いだ。ゆったりとした足取りを続ける、優美で愛らしい長首の獣たちへ、柔らかな調べで願った。 「お願い……先を急いでるの。隅に寄って。わたしたちを通して……」 間の抜けた鳴き声が谷間に響いた。前方へと向けられていたノソリンの頭が、横手に傾いたり、後方へ振り返ったりしている。首が上下に波打つ様からして、群は慌てているらしかった。しかし、その動きに素早さは認められない。 「私たちで、誘導できませんか?」 そう提案したのは、ヘンリエッタだった。 ノソリンの背に残された赤い裂傷は、まだ新しいものだった。汗ばむ肌に薄絹が吸い込まれるように触れ、天翼の聖女・シノーディア(a00874)は風の流れが凪いでいると気づく。すぐ目の前でノソリンの手当にあたるヘンリエッタも、額に貼り付いた髪を指で払い、汗に濡れている。傷への対処を手伝いながら、シノーディアは思った。澄んだ力強い瞳をされたとても素敵な方――と。だが、ヘンリエッタもまた同様の心持ちであったのである。 緑の丸い背を持つ群がのっそりと塞いでいた隘路を、なんとか抜けきった彼女たちは、愛らしい彼らに別れを告げた。ヘンリエッタと視線を交わすユウェルの頬からは頑なさが失せて、代わりに少女らしい笑みが浮かぶ。言葉も何気なく紡がれた。 「……綺麗な青銀の髪……いいなあ……ちょっと羨ましいかも私の髪はちょっと色が濃いから」 ヘンリエッタは言った。 「すごく鮮やかだから、私は好きです。今日の空みたいに、きっと……忘れられないわ」 朱塗りのしなりを構えてヒミカは、濡れたように美しい、光沢を帯びる黒髪を、まるで広げられた翼のようになびかせ、目映い光を放つ鏃が向かう先を定めた。 宙に滑るような弧を残し、嚆矢が戦いの始まりを告げるべく、空間を切り裂いた。 新しい亡骸は、無数の足によって踏み砕かれた。 曲がりうねる峡谷を塞ぐものは、今や丸い緑の背ではなく、角張ってがさついた、赤黒い無数の頭である。 猪グドンの列は、立ち昇る土煙から判断して長く続いているようだ。先頭に立つジーザスは、天と相克する白虎の刻まれた長剣を手に、踵で地を打ち鳴らした。そして、白い歯をちらつかせたかと思うと、怒濤の勢いで駆けだす。毛皮の波に飲み込まれる彼の身体――だが、振り抜かれた白銀が空を薙ぎ、次々と横たわっていくグドンに囲まれるようにして立つ黒い背は、天へと向かって屹立したまま揺らいではいなかった。 深紅の裂け目を浮かべて倒れる眷属の姿に、グドンらは激高したようだった。不適な笑みを湛えて立ちつくすジーザスへ、その肩へ牙を突き立てようと、十数匹が馳せてくる。 浩然と構えられた、水面の銀を思わせる細身の刀身を、ユウェルは静かな歩みを続けながら振り抜いた。風の音が鳴り、どこからともなく重たい霧が降りてくる……谷間はたちまちのうちに、白い帳によって封じられた。ジーザスの傍らを、金属が触れあう冷たい物音をたてて過ぎ去り、ワシリーは頭上に掲げた長剣で目前の空間を切り裂いた。霧のなかに鮮血が飛び散り、足下に黒い塊が横たわるのがわかった。 「今回も、小細工はなしね。ただ、道を切り開く」 少女は呟き、前に出た。朱塗りの鞘から白銀の刀身が引き抜かれ、氷が触れあうような音が響く。けっして振り返りはしなかったが、紅舞・メイア(a29279)は後に続く少女の決意を知っていた。その瞳が、臆することなく見開かれ、この狭隘な谷間の道を抜けた先を見据えていることを――咆哮が響き渡り、霧のなかで蠢く影のいくつかが動きを止めた。 グドンの群はひっきりなしに押し寄せた。だが、前方にある十数体が足を止めていては、その場に留まるしかない。自らを楔とし、数百の群に身を躍らせたジーザスたちに、後方から支援を行う冒険者たちの力が加わった。 紫晶杖を手にするシノーディアの、絹糸のごとくなめらかな髪に焔が揺れている。髪先にまでちりばめられた魔炎の舌先が千切れ、虚空へと消え入ったその瞬間、耳をつんざく羽音のような何かが響き、彼女のたおやかな身体を取り巻くようにして立ち上がる、黒い針の群が現れた。それらは群れ集う障害へ、黒い雨となって吹きつけていく。 緋色の刀身に黒曜を思わせる、どこか植物の蔦めいた装飾がまとわりついて、ナツキが桜火で空を薙ぐたびに、それは稲穂のように頭を垂れた。さらなる黒い旋風が、少女の傍らから飛び去り、毛皮に包まれた敵の肉を穿つ。罵声とも聞こえる咆哮が谷間に轟く。 ヘンリエッタを護り、慎重に前方へと歩むグノーシスたち護衛を務める一団を見遣ると、少女は蒼天弓に、まるで穏やかな朝の陽光のような光を添えた。 「気をつけてヘンリエッタさん」 左の指先がはじけるようにして広がり、カノンの頬をかすめて光の矢が空間を過ぎる。 白いキャンバスに描きだされた一条の弧、そのかすかに湾曲する線をなぞるようにして、さらなる目映い光が空を貫く。 「作戦の立案をした立場として、しくじれませんもの。さあ、前へ」 グドンの叫声にも、ヒミカはその美しい眉宇をわずかに歪めただけだった。 ミスティック・ワイザーが風を切る度、グノーシスが見上げる先に召喚物が浮かび上がった。それは円盤状をしており、眷属たちとともに宙を旋回する。その下方を、ツカサが生成した数体の下僕たちが進んだ。 ヘンリエッタは、冒険者たちに護られながら、それらの後方を歩んでいた。――霧の壁が黒く盛り上がる。息を飲んだ彼女が次の瞬間に目にしたものは、悠然と振れる、狐の尾だった。 「通す道理はあるまい……大人しくしていてもらおうか」 整えられた指先から伸びる、朝露の輝きを湛えた糸の、美しい扇状の広がりと、そこに絡め取られたまま牙を剥くグドンを見据え、冷ややかに言い放ったのは、血に濡れし孤高なる漆黒の影・ハルト(a21320)であった。 不協和音が鳴り響いた。 サルバトーレは依頼者の手を引き、合図のあった方へと駆ける。呼応し、パオロが続く。 ワシリーは吹き鳴らしたハーモニカから唇を離し、銀色の小箱のような楽器をしまいこんだ。近づいてくる、人の足跡を感じながら、彼は剣を振り上げ、今度は声を発した。 「髪の一本にも触れさせませんよ」 走りながらヘンリエッタは、ワシリーにある仕草を見せた。それは胸元に手を置く――深呼吸。 いつの間にか薄らいだ谷間での出来事を、グノーシスの双眸が追う。ジーザスを嚆矢とする数名がグドンの群を貫こうとしており、その後方には柄となって繋がるナツキたちの姿がある。邪魔だてするものたちを無数の針で撃ち、彼は足の運びを速めた。 「そうそうっ、守るなら綺麗な娘だよなっ」サルバトーレはパオロからの返事も待たずに言葉を続ける。「ベベウもたまにはイイ依頼持ってきてくれないとなっ」 サルバトーレたちが剣を振るい、ヘンリエッタを護りながら先へと急ぐさらにその前方には、馳せるハルトの姿がある。 「避けることなどさせはしない……」 飛びかかろうとしたグドンを、指先に生じさせた薄刃によって撃ち落とし、障害となるものはすべて駆逐せんとする。 谷が途切れようとしている。光がそれを物語っていた。 振り抜かれた石斧を円形のシールドで弾き、ツカサは右足を深く踏み込ませた。 「これでどうだ!」 分厚い胴を両腕で囲み、ツカサが身体をひねると、グドンは瞬く間のうちに天地を逆さとし、地面へ叩きつけられていた。 横を通り抜けていくヘンリエッタに、ユウェルは言葉を送った。目的についたら、顔を拭いたり、髪を梳かしたりするように、と。少女の笑顔を瞼の裏に映し、彼女は剣で空を裂いた。その身体は像を分かち、斬撃の後に収束してひとつとなった。 穏やかな光の波濤が広がる。その中心には、シノーディアが佇んでいた。背後を駆けていく少女に、彼女は言った。 「お祖父様にお会いできることを祈っています」 自らのものか、敵のものかも明らかではない血を頬からぬぐい去りながら、ジーザスは谷の途切れる地点に、背を伸ばした姿で立ち尽くす。 「俺が蟻の子一匹通しゃしねぇ!! Ladyは安心してじいさんとこに急ぎな!!」 カノンとヒミカが、彼の後方へと位置し、そこから光の線条を宙に浮かべる矢を放つ。 「最後まで気を抜かないわ」 自らにそう言い聞かせ、メイアは剣を振り抜いた。イツキの身体から現れる幽玄の光に助けられながら、いつの間にか隣でグドンを叩いていたワシリーと協調しながら、戦い続ける。 指先から赤い光の滴らせ、ハルトは宙を舞った。そして、グドンの傍らを過ぎ去る際に、こう呟いたのだった。己の罪を痛みで償うといい――と。 足下に転がった黒い塊を、メイアが冷めた目つきで見つめる。剣を握りしめる指先には、感覚がほとんど残されていなかった。 グドンの殲滅を終えたジーザスたちを待っていたのは、ヘンリエッタと彼女を護るために先行した仲間たち、そして、荘厳な佇まいの館であった。 グノーシスはナツキの姿を認めるなりすぐに駆け寄った。その小さな肩を抱くと、自然に頬が綻んだ。ナツキはグノーシスの頬から砂埃を払ったが、それは彼の笑みに触れるために用意された理由に過ぎなかった。 「Ladyはまたあの谷を戻るのかい?」 と、ジーザスは尋ねた。帰りは無償で引き受ける、そう続けるつもりで。だが、ヘンリエッタは首を左右に振った。 「それは無理ですわ、私は……この家を継ぐのですから」 「そうだったんだー」 目を丸くしてカノンが言うと、若き当主は微笑み、そして言った。 「皆さんのお陰で、迷いが断ち切れました。それまでの私は……そう、まるで迷ったノソリンのようでしたから。……今日のことはけっして忘れません」 深呼吸をして、彼女はワシリーに笑みを向けた。大きく息を吸い込んだものの、彼は笑いをこらえきれずに噴き出してしまった。 ヘンリエッタのまとめられた髪と白い頬を見て、ユウェルは安心した。砂まみれで祖父と会わずに済んだようだ。迷いのない瞳を見つめながら、少女は想った。いつか会えるかもしれない家族……遠い思いで……はかない……けれど守りたい、彼らのことを……。 無意識に伸ばされた指先は、彼のことを想っていたのだろう。淡花の耳飾りが揺れた。

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参加者:12人
作成日:2005/09/14
得票数:冒険活劇8
戦闘6
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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