違えた心



<オープニング>


 依頼者は、質素な雰囲気の女性だった。
「あの人を止めてほしいんです……」
 祈る形に両手を組み、彼女はそう言って視線を落とした。

 テーブルの上に、三つのコップと一本のワインの瓶。
 冒険者達をそれらの前に集めて、金木鼠の陽だまり霊査士・フェイバー(a90229)は説明を始めた。
「西と東、それから北。こんな感じで、近い距離に三つの村がある」
 言いながら、コップを三角の形に置く。
「西がレタの村、東がマヤの村、北がセイの村だ。で、レタの村とマヤの村のちょうど中間に背の高い木が一本。周りは草むらの多い平地だ」
 三角形の底辺にあたる部分、その真ん中へワインの瓶を置く。
「そして今回の依頼主――ノーラさんは、セイの村に住んでいる」
 霊査士の視線が、傍らに立つ女性へ移る。二十歳前だろうその女性は、思いつめたように表情を曇らせていた。

 それはとある恋人達の話。
 レタの村に住むキースとマヤの村に住むライラは、毎日夕方になると二つの村の中間にある喬木で落ち合い、ささやかな幸せの時間を過ごしていた。
 ところがある時、セイの村に住むアルエンが、届け物の用事で村を訪れたライラに一目惚れし――
 以来、彼はライラが何度断っても言い寄り続け、その言動は日に日にエスカレートしていったのだという。

「どうやら、今日にでも、腕っ節の強い仲間を集めて、かなり強引な手に出ようとしているらしくてな」
「……私、アルエンが、がらのよくない人達と話しているのを聞いてしまって……」
 フェイバーの言葉を引き継ぐように、ノーラが震えた声を出す。
「彼は、力を示せば何でもできると信じているんです。だから……二人が逢うのを邪魔して……力ずくでライラさんを手に入れようと……」
 二人が逢う喬木で待ち伏せ、彼女を攫う、あるいは、彼を襲う。
 アルエンが考えているのは、おそらく、そのどちらかだろう。
「……本当は悪い人ではないんです……。子供の頃から、ずっと『俺は強くなるんだ』って言っていたけれど、それは人を傷付けるためじゃないはずだもの……」
 ぎゅっと、ノーラは首から提げた細い鎖に通された指輪を握り締める。
 シンプルな装飾の、子供の指にしか嵌められないような小さな指輪――
「お願いします……! アルエンを、どうか……止めてください……!」
 そして堪えきれず涙を溢れさせた彼女の背を、落ち着くように軽く叩いて、フェイバーは言った。
「言葉を使うか、力を示し返すか。その辺はお前さん達に任せる。なんとか――救ってやってくれ」
 きっとまだ、間に合うはずだから――

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参加者
空色の風・トウキ(a00029)
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
武術屋・リュウド(a07689)
不砕氷・レベッカ(a16288)
黄泉の竜・ジェルバ(a20580)
護りの蒼き風・アスティア(a24175)
我が邪炎に滅せぬは唯一つ・イールード(a25380)
白夜に舞う銀狐・ディルフィー(a27492)


<リプレイ>

●記憶
 夕焼けに染まる草原。身を寄せるのは見上げるほどに高い木の陰。
 二人で過ごした、秘密の場所。
「……もう泣くなよ。ほら、これ、お守りにやる」
「うん……」
「待ってろよ。俺、ぜったい強くなるから。そうしたら――」

 ――それは。もう一〇年以上も昔の、遠い約束。

●指輪
「やれやれ……そのアルエンとやら、本来は実力行使も辞さないが……悲しむ女性がいるのならば、そういう訳にも行くまい」
 不安げな表情を見せている依頼人にそう呟いて、我が邪炎に滅せぬは唯一つ・イールード(a25380)は、キースを護衛するためにレタの村へ向かった。
 同じくマヤの村のライラには、不砕氷・レベッカ(a16288)が護衛に向かう。
 そしてアルエンが現れるだろう喬木へと向かう者が三人。
 彼を心配している人間がいるということ。その理由が『現在の力』ではなく『過去の絆』故であることを、認識させるために――
「皆が皆……幸せになれたなら……どんなに、素敵なことでしょう」
 動き出した仲間達を見送りながら、白キ夜ニ舞ウ銀狐・ディルフィー(a27492)が漏らした言葉は、きっと全員の願いに違いなかった。
(「アルエンは、何も見えちゃいないんだろうな」)
 そう思う自分も、いろいろあってやっと見えるようになってきたのだけれど……
 一瞬浮かべた寂しげな微笑をすぐに消し、空色の風・トウキ(a00029)はノーラの顔を見る。
「アルエンが『俺は強くなるんだ』って初めて言ったときのこと、聞かせてくれないか?」
 それはたぶん、アルエン自身が忘れてしまったこと。
 問われたノーラは両手で指輪を包み、瞳を伏せた。
「一度、野犬に追われたことがあったんです。なんとか逃げたけれど、私、怖くてとても泣いて。でも、そのあと――」
 答えながら嬉しそうに微笑むノーラ。もらったのは指輪と約束。
「ノーラさん。その指輪を、貸して頂けませんか?」
 護りの蒼き風・アスティア(a24175)が優しい笑顔で話しかける。
「それを見たら、きっとアルエンさんも、大事なことを思い出してくれると思うんです」
 ノーラは短く逡巡し、やがて首から外した鎖ごと、指輪をアスティアに渡した。
 お礼を言って大切に指輪をしまうと、ノーラにはしばらく様子を見ていてもらうように頼み、トウキとアスティアも、先に喬木へ向かった仲間達の後を追った。
「私達も、行きましょう」
 最後にノーラの護衛として残ったディルフィーが声をかけると、ノーラは、こくりと小さく頷いた。

●防守
 イールードから状況を聞かされたキースは、少しの間、言葉を失った。
 ライラに言い寄っていた男が、自分達に危害を加えようとしている、とは。
「……それは、本当ですか?」
「私がこのような嘘をつく必要などないはずだろう」
 真摯なイールードの言葉を受けてキースの表情が緊張に強張り、すぐに、はっと視線を上げる。
「あのっ……ライラは大丈夫なんでしょうか?」
「心配ない、彼女にも護衛がつく。そしてアルエンは仲間達が止める。だから、今は喬木へ行かないようにしてくれないか」
 少しの躊躇いの後、わかりました、と頷くキース。
 落ち着かない様子ではあるものの、どうやら無理をしてライラへ逢いに行くようなことはなさそうだった。

 一方、レベッカも、ひとまずライラが喬木へ行かないよう事情を説明し、護衛として彼女の傍に待機していた。
「キース……」
 心配そうな表情を浮かべて、切なげにライラが名前を呼ぶ。
(「あー、なんだ……ラブラブっていいねぇ」)
 万一の事態を警戒しつつ、ライラと会話を交わしたレベッカは、思わず自分を振り返ってしまう。
 恋人に逃げられたり、出逢いを求めても避けられたり。
 いったい何がいけないのかと考えて。彼女は、ぽつりと呟いた。
「ところで……上手く付き合うコツとかってないか……?」
「はい……?」
 レベッカ・ティンファー、一五歳。頑張れ、まだまだこれからだ。

●歌声
 夕暮れ間近――
 セイの村から喬木へと伸びる道を、五人の男達が歩いていく。
「本当にやるんだよな?」
「ああ。あんな奴、少し痛い目に遭わせれば自分だけ逃げ出すに決まってるからな」
 ははははは、と一斉に上がった笑い声は、ふいに聞こえてきた旋律に、ぴたりと止まった。
 東西の村を繋ぐ道を歌いながら歩いてくる、金の髪の女性。
 彼女は喬木の前で立ち止まり、澄んだ歌声を男達に聴かせる。
 それは過ぎた力を求めたがために滅びる男の歌。
 そして、恋人同士が時の権力者によってその仲を引き裂かれた悲劇の歌――
「……どうかしら? わたしの歌」
 ふと男達がいることに気付いた様子で、旅の吟遊詩人らしき女性が艶やかに微笑む。
 気勢を殺がれ、居心地の悪そうな表情を見せる彼らにそれ以上構わず、吟遊詩人は再び歌を紡ぎ始めた。

 あなたは何故力を求めるの 私はあなたがそばにいてくれたなら幸せだったのに
 あなたは何故力を求めて旅立つの その力は私を守るためのものだったのに
 私の元に残ったのは あなたとの愛を誓った指輪だけ……

 歌いながら、彼女は男達から離れていく。
(「……正義は様々な力によってなされるわ。でも、力は正義ではないの――」)
 想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)は、自らの歌が少しでも彼らに届くことを祈った。

●真実
 喬木まで来たアルエンと仲間の男達は、そこでようやく先客に気付いた。
 身を潜めていた喬木の陰から姿を見せ、黄泉の竜・ジェルバ(a20580)が口を開く。
「悪いことは言わない。キースとライラの二人からは手を引くんだ」
「……お前らには関係ねぇだろ!」
 アルエンが言い返したのを合図としたように、仲間の男の一人が殴りかかった。
 前に出た武術師・リュウド(a07689)がそれを軽く受け止め、流す。
 頭に血を上らせた男達は、次々とジェルバとリュウドに襲いかかるものの、圧倒的な力の差によって全て防御される。
 結局、二人は反撃しないまま、男達の戦意を奪った。
(「……『力があれば何でもできる』か……」)
 敵わないと悟ってたじろぐ男達、そしてアルエンを真っ直ぐ見つめ、リュウドは言い放つ。
「お前の今の考え方が正しいなら、お前がお前より強い奴に何をやられても一切文句は言えへんぞ」
 場合によっては『殺されても』――。リュウドに睨まれた男達は、情けなくその場にへたり込む。
「どうか……お引き取り頂けませんか?」
 再度、説得を試みるのはアスティア。
「誰にも傷ついて欲しくないんです。あなたのような人が、誰かを想うあまり、取り返しの付かないことをしようとしている……。そんなの、悲しすぎます!」
 ぎゅっと両手を組んでアルエンへ訴えるアスティアの隣で、ジェルバとリュウドも言葉を重ねていく。
「強くなるのは貴様の勝手だ。だが……」
「そもそもアンタが強うなりたかったんは何のためや?」
「愛し合う二人を無理に引き離してそれで誰が幸せになれる? 貴様が欲しかったのは自分も他人も不幸にするための力か?」
「あなたが強さを求めたのは、そうやって人を傷つけるためだったんですか……?」
「ただ人を傷付けて自分の思い通りにして、その人の心を踏みにじるためか? 違うやろが!!!!!」
 三人の説得に、アルエンが声を荒げた。
「……っ、何を知ったふうな口を……っ!!」

「奪うためじゃなく、守るためのものなんだろ? あんたのその力は」

 最後に重ねられたトウキの声が、アルエンの激昂を醒ます。
 虚を衝かれたように瞳を見開いた彼に、アスティアは一歩、近付いた。
「思い出してください……。強くなろうとしたのは、もっと大事なことのためなんだって」
 差し出されるのは小さな指輪。
「ノーラさんも、待っています。あなたが大事なことを思い出すのを」
「……ノーラ、だと……? その……指輪は……」
 アスティアの掌に載せられた指輪を見つめ、アルエンの声に動揺の色が混じる。
 やがて彼の視線は、銀髪の少女と共にゆっくり近付く女性を捉えた。
「アルエン……」
 名を呼ぶノーラの声は、かすかに震えていた。
「彼女の気持ちを聞いたら、貴方に伝えたくて……そして貴方の気持ちも聞きたいのです、どれほどにライラさんを愛しているのか……それは、この想いを軽々捨ててまで、手に入れたいほどのものなのかを……」
 しゃべることは苦手だけれど。精一杯、ディルフィーは語りかける。
 アルエンの視線は、ノーラの顔とアスティアの掌にある指輪を往復し、ようやく何かに思い当たったように、息を呑んだ。

 いつもよく泣いていた幼なじみ。
 野犬に追われても、ただ逃げるしかできなかったことがもどかしくて。
 強くなりたかった――指輪と共に誓った約束は、ノーラのために。

「……お前……そんな昔の、……ずっと……?」
 呟いたアルエンの声に頷いて。ノーラが、安堵したように微笑む。
 もう充分、全員の想いは伝わっていた。
「お前のことを心から心配してくれる人もいるんだ。彼女のためにも力が全てという考えは捨てろ」
 静かに声をかけるジェルバ。
「すまねえ……ノーラ……それから、あんた達も……」
 後悔の色を滲ませて、アルエンが顔を歪ませる。
「俺らのことはええ。他に、謝らなあかん人達がおるやろ?」
 ライラ、そしてキース――
 冒険者達に促され、アルエンは、それぞれの村にいる二人へ頭を下げに向かった。

●相思
 さて、と残された男達へジェルバが向き直る。
「二度とこんなことに手を貸すな。さもなければ……」
「も、もうしねぇよ!」
 びくりと身体を震わせて、慌しく男達が逃げていく。
 彼らには、かなりの脅しになっただろう。

 アルエンの謝罪を受けて、護衛についていた二人は、それぞれの村を後にする。
「一言だけ……アルエンをあまり恨んでやるな……察してやれ。あと、……幸せにな」
 別れ際に声をかけたイールードに、キースは苦笑して、はい、と言葉を返す。
「両想いは素晴らしく幸福なことだ。だから、大切にな」
「ありがとう。あなたにも、良い出逢いがあることを――」
 ライラも、レベッカの言葉に頷いて。
 無事に喬木で再会できた恋人達の笑顔を見届けると、イールードとレベッカは、仲間達の元へ戻った。

 ――そして、もう一組の想いは。
「もう、間違わねぇから……」
「うん……」
「きっと――『どんなことからもノーラを守る』」
 空は夕焼け。渡されたのはあの頃と同じ指輪と約束。

(「アルエンさんとノーラさんの物語を恋歌にできそうね」)
 ふふ、と微笑むラジスラヴァ。
 二人の想いが通じ合うことを願っていた仲間達も表情を緩め、満ち足りた気分で帰路につく。
「お幸せに」
 そっと振り返りながら、ディルフィーが小さく口元に笑みを浮かべた。


マスター:長維梛 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2005/09/20
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