【銀の薔薇】漂う残り香



   


<オープニング>


 くるりと巻かれた銀の花弁は、まるで生きているかのように瑞々しい。心を削って磨き抜かれた白い輝きは目を奪うもの。広がった葉は道筋までが導かれ、細い茎は不思議と儚い。銀色の薔薇に、純白のリボンを結ぶ。
 そして愛しい人に差し出せば良い。銀の薔薇は、言葉の代わりを務める証に為ってくれる。

「其の地方には確かに、婚約の証として銀の薔薇を贈ると言う風習があったみたい。でも、銀の薔薇を作る技術が失われて……そう、彼が其れを蘇らせた、と言うことになるのね」
 蒼荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)は相変わらずの調子で小首を傾げつつ、手に持った羊皮紙に視線を落としていた。流麗に綴られている文字を目で追いながら、彼女は記憶を手探り、そして言葉を選ぶように瞳を細める。
「……銀の薔薇を作る職人さんの、恋人、とも少し違うのだけれど。想い合った方は、既にこの世にいらっしゃいません。その女性の遺言が、つい先日、見つけられたそうです」
 詳細に関しては私には言う権利は無いから、気になるのなら彼にでも聞いてみてね、と霊査士は静かに言い足した。「彼女の遺言に……自分が死んだら、家で豪華な舞踏会を開いて欲しい、とあったらしいの」
 溜息とも付かぬ息を浅く吐いて、蒼い目を伏せた。
「家族が沈んでしまうことを、彼女はとても恐れていたのね……御葬式とか、そう言うことじゃなくて、王子様が……彼女の、王子様が薔薇を届けてくれる筈だったから。つまり、そう言うこと」
 言い過ぎることを恐れたのか、霊査士は中途半端に言葉を区切る。まあ、本人は十分に言葉を紡いだつもり居たのかもしれない。
「だから、舞踏会に参加してくれる人を探しているの。御食事は豪華みたいだし、場所は御城とまでは行かないけれど……彼女はかなり裕福な家庭に育った方だったから、御屋敷もとても綺麗で立派なところなの……」
 余り大声で騒ぎ立てるわけにも行かないけれど、賑やかしに手を貸してくれれば嬉しいわ。
 霊査士は小首を傾げつつ、
「そうね……多分、もし行けるのなら、恋人同士で行くと喜ばれるかもしれないわ。ダンスホールは、彼が……銀の薔薇で飾り立てておく、って言ってくれているから……」

マスター:愛染りんご 紹介ページ
 愛染りんごで御座います。
 愛染の過去のリプレイ『銀の薔薇』に登場しましたお屋敷のダンスホールが、今回の主な舞台となります。舞踏会に参加するのですから、其れなりの格好で御願い致します。余り赤貧な方ですと放り出されますので御注意。

 ダンスホールを飾る銀の薔薇ですが、男性に交渉することで譲り受けることは可能です。裕福度が「裕福」以上の方でしたら問題無く受け取れると思いますので、愛の証、婚約の証にと思われる方がいらっしゃいましたらどうぞ。
 悲恋の舞台にはなりますが、今回は極普通の舞踏会と考えて楽しんで頂ければ何よりかと思います。ロザリーは問題無く参加しますし、ティアレス、フラジィルも御誘いがあれば向かうと思います。
 NPCに接する際ですが、NPCの性格によって対応が異なることを御承知置き下さいませ。……つまり、ロザリーは普通の誘い方ならばダンスなど応じない、と言うことです(笑) 他色々御座いますが、NPCに行動を掛ける方は御留意下さいませ。愛染りんごでした。

参加者
NPC:荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)



<リプレイ>

●薔薇の館
 開かれた扉から夏の夜気と共に訪れたのは、華やかに着飾った人々。彼らを迎えるのは華やぐ舞踏曲。ピアノの優しい音色がダンスホールを満たし、胸のうちで倖せと言う何か広がった。姫君と王子の為に、フェザーが美しい音を奏でる。
 ダンスホール一面に飾られた美しい銀細工の薔薇の群れに、アルフィレアは思わず、ほぅ、と溜息を洩らした。連れのベアリクスも同様に目を細めた。銀の輝くレース調のダンスドレスを身に纏い、髪を纏めて後ろに流している。美しい壁の華には自然と視線が集まった。
 今は亡き女性の想いに心を撃たれ、パーティを盛り上げる手伝いが出来ればと足を運んだゼイムだが、会場を見回して何とも言えぬ顔をする。何と美しい壁の華が多いことか。今夜一晩、彼は大忙しになりそうだ。
 真っ先に踊り出した二人が居た。
 正に舞踏会の華、否、地上に咲いた星とでも言うべきか。褐色の肌に映える純白のドレスが軽やかに舞う。跪いて愛を誓い彼女の相手を務めることを許されたアローシュも、彼女から滲む輝きと、言葉にならぬ己へ向けられた愛情の大きさに、そして尽きぬ情熱に目を細めるばかり。オパールの瞳は声の代わりにすべてを語った。私は貴方に逢う為に生まれてきたのだ、と。
 舞踏会の雰囲気に呑まれ、ミントは頬を紅潮させる。正に其処は大人の世界だった。並べられた豪勢な料理を皿に取り、出来る限りがっつかないようには気を留めながら料理を食べ続けているカタリナも、溢れんばかりの恋人たちの輝きに、思わずカーテンの裾に隠れてしまいそうになる。
 同じく気後れして挙動が不審なダフネだが、彼女は一級の貴婦人に仕上がっていた。綺麗な胸元と背を露わにした夜会服が慣れぬ様子で視線を泳がせるも、彼を誘ったジュウゾウは、「いやはや女性とは不思議なものですねえ」と微笑んで絹の手袋に包まれた彼女の手を取った。
 ネミンとアーシュ、二人の口から同時に驚きの入り混じった感嘆の息が零れた。慣れないハイヒールを履いた彼女は大人びて見えたし、何より持ち上げられた髪に薄化粧した肌が美しい。彼もタキシードに袖を通し、結んでいる髪を下ろしただけで見違えるほど艶やかに見える。
「お姫様、御手をどうぞ?」
 悶えて転がりそうなくらいに内心では照れつつ、手を差し出す。ダンスは得意では無いけれど、今宵は忘れられない夜になるはず。

●銀の舞踏会
「……もし、宜しければ、お相手いただけるか? れ……レディ」
 正直に言えばソリッドには元より彼女のことしか見えていなかった。薔薇を愛でていたアリエノールは突然の言葉と、勇気が足りずに誘えなかった人物が横に立っているのを見て、思わず目を見開いた。差し出された手に、言葉も言えず手を重ねる。
「お誘い、ありがとうございました」
 照れたように微笑するアリアをリードしながらカナキは舞踏会を歩く。フィラは召された女性へと思いを馳せながらも、今を楽しむことが彼女のためになると考え、緊張した様子の愛しいニィルと踊り続けた。
「これ美味しいー!」
 食べて見て、とデザートスプーンを差し出す彼女を見て、クロウディアは微笑んだ。可愛らしいと思えば一口頂き、改めて、
「ファンリーム嬢。俺と……踊って頂けますか?」
 丁寧に彼女をダンスに誘う。
 会場に足を踏み入れ、サナは一言「素敵」と呟いた。
「こんな場所でアモウさんと過ごせるなんて、まるで夢を見ているみたいです」
 微笑んで彼を振り返る。普段の伊達眼鏡を外して、鋭い瞳の色を隠さず優しい眼差しで居てくれる彼を。素敵な彼女だけの王子様は、彼女を「姫」と呼んで手の甲に口付けた。
 彼が手を離す数秒前に、トモコは細く微笑んだ。赤いキャミソールドレスが翻る。
「……私はいつまで『冒険仲間』なのでしょうか?」
 その言葉にティアレスは、一度瞬きしてから「何を言うか」と笑みを零し、
「案ずるな。女性は常に変わり行くもの。目を離してなどは居ない」
 と低く早口に囁いて、待たせていた女性の元へと軽い仕草で歩き去る。背後の溜息に気付かぬか、彼は差し出されたナオの手を取る。
 何を言うでも無く緩い微笑と共に柔らかな足踏みで踊る彼女に、ティアレスは感心したように目を細め、何か言おうとして、止めた。
 料理を皿に取り分けてやりながら、いつも通り微笑もうと意識してヴィンは視線を泳がせた。先程までダンスもしはしたものの、手が触れることすら妙に意識してしまう。渡された料理にフラジィルは嬉しそうに笑みを零した。其れを見て――銀の薔薇に込められた想いに悩む。
「いつかジルちゃんは、僕が先にいなくなった後、僕のことを幸せな気持ちで思い出してくれるかな……?」
 小さな声で思わず漏れた呟きに、何故か彼女は激怒した。宥め賺すのには随分時間が掛かったらしい。

●愛の証
 遠慮無く食事に勤しんでいたライガは、ふと隣の女性が決して明るいとは言えない表情で居ることに気付いた。ヘリオトロープは何か想い耽るかのような眼差しをして、更に良く良く見れば可愛らしいワンピースを着込んでいる。
「……そ、そうだ。ヘリオ、銀の薔薇欲しがってたよな」
 と彼女が見ていた薔薇を一輪取って差し出した。彼女は暫く瞬きを繰り返し、わあ、と無邪気に喜ぶ。彼に抱きついて頬にキスした。
 ジラルドに誘われてホールに出てはみたもののフローライトの足は思うように動かない。緊張で指先の感覚も鈍く、とうとう躓いて倒れ込む。胸に落ちて来た女性を軽く抱いて、
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ね?」
 と優しく宥めた。アップにした金の髪が一筋、はらりと赤いドレスへと流れ落ちる。
「……俺は、お前のこと……」
 聞こえるかどうかの、微かな囁きに想いを乗せた。

「今日は一段と綺麗なんでね……つい」
 ダンスの最中にウィルヘルムは彼女の身体を抱き締めた。蒼銀に煌くマーメイドラインのドレスは彼女のしなやかな身体つきを強調もしたし、片側に纏められた髪も女性らしい柔らかさがある。ネフェルは頬を朱に染めながらも、微笑を浮かべて彼の身体を抱き返す。
 紫のロングドレスを着込んだバタフライは、そんな恋人たちの様子を優しく見守っていた。彼女の隣に立つアルベールの左手にはひっそりと指輪が輝いている。
「折角の舞踏会だったのに、俺で後悔したんじゃないか?」
 そんな問い掛けに彼女は緩く苦笑して、そんなことは、と首を振った。
 周囲には美しい華のような女性が沢山。気付けば逸れてしまった恋人を探すうち、アイリの心に不安も生まれる。けれどマヴェルは当然のように直ぐに彼女の元へ戻ってくると、銀の薔薇を差し出した。
「いつまでも共に居て下さい……」
 耳元に口を寄せて小さく囁く。彼女は「ボク、今、凄く幸せだよ」と本当に可愛らしく笑って言った。
 恙無くエスコートされ、ダンスをし、美味しい料理を口に運び、まるで文句の無い素晴らしいデート。だと言うのに内心でアクアローズは不安だった。銀の薔薇を――彼は如何するつもりなのか、と。アウラは彼女の葛藤に気付かずか、極自然に彼女へ銀の薔薇を贈った。
「アウラ様の隣にいるのは……私が良いですの……」
 ぽつり、と呟いてしまいながら、彼が何を想うかを悩んだ。

●彼の想い彼女の想い
 ふと職人らしき男性の姿を見付けてカロアは駆け寄った。穏やかな瞳をして正装した姿で、けれど決してホールへは足を運ばず食事もしない一人の男性。彼に小さな声で事情を話すと、彼は「作り過ぎてしまったくらいですから、引き取って頂けるなら有難いですよ」と微笑した。
 恋の色に溢れた舞踏会の会場の中で、雰囲気に呑まれながらもユヤは笑みを浮かべている。銀の薔薇を見遣って、いつか好きな人が出来たらプレゼントしたいな、なんて思わず頬を赤らめる。
 そんな様子を横目に見、スフィアは静かに目を瞑る。黒と銀のドレスは彼女なりの哀悼の意。銀の薔薇の一輪に、持参したリボンを括り付ける。召された女性の生き様に、万感の思いを込めた。
 ユィンは少しだけ見た、彼女の瞳を覚えていた。彼は彼女の為に今も約束を果たして生きていて、そんなことに少しだけ安心もする。言いたいことを思わず飲み込んで、僕も彼女のことは覚えていよう、と胸に誓う。深い意味も無くカーテンに隠れていた彼女のことを、ラウはバッチリ発見した。ついでだから踊ろう、と笑顔で彼女の腕を掴む。
「具合はその後、如何なモンだ?」
 トートの言葉に職人は、有難う御座います、と返した。
 苦笑する彼に向けて「彼女が笑ってくれるように、頑張りますよ」と笑って見せた。そうか、と顎を引いてふと霊査士を探す。蒼い瞳の彼女はやはり壁際で――けれど周囲には人も居た。目を細めて、彼もまた壁に寄り掛かる。

 マオーガーは霊査士に結婚の報告をしていた。連れの女性は恥ずかしげに彼の横に控えている。霊査士は其れを祝い、二人は幸せそうに笑うと今度はルーシェンにリードされるようにしてダンスホールへと戻って行った。
 其れを見送った荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)に、横合いから「蒼き荊の姫君」と声が掛けられる。
 ぱちくり。
 瞬きしてから視線を動かした先には、タキシードで盛装したエンの姿。
「貴女を誘い出すのは、紅き烈火の騎士の役目かと思いまして」
 低く甘い声音で囁くが、彼自身も顔は紅く瞳は僅かに潤んでいた。気障ったらしい台詞を蜂蜜に砂糖を振り掛けるかの如く、甘く甘く紡いで行く。紳士的な態度は崩さずに居る彼に、ロザリーは暫しして両手を自らの首の辺りに触れさせ、言葉悩むように視線を迷わす。
 其の時、「私と踊りませんか、ロザリー様」との声と共に彼女の手が取られる。霊査士は彼女にしては珍しい調子で、二人の顔を交互に見遣った。ジェネシスは軽く会釈すると、其の侭やや強引に彼女をダンスホールへと連れ出して、やはり強引に踊り始めれば付いて来た。
「……一瞬一瞬で一番大切なものを、護れるようでありたいと思います」
 困惑した様子の彼女に囁いて、考えの知れない綺麗な微笑を浮かべて見せた。今宵は独占させて頂きます、と。
 ホールで踊る彼女の姿を目に留めれども、特に何を言うわけでも無く。ジョジョは近くの使用人を呼び付けた。金銀花の花束を手渡し、何事か言付ける。そして彼は舞踏会の終わりを待たずに外へ出た。
 夜が更けて尚、優しい音楽は館を満たし、華やかなパーティは続いていく。
 銀の薔薇は求める人の手へと渡され、更なる愛を紡ぐ足懸かりとなる。
 天に召された女性を想って、青年は静かに息を吐いた。離れていても尚、愛しいと。


マスター:愛染りんご 紹介ページ
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ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:48人
作成日:2005/09/17
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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