<リプレイ>
●水晶鉱脈 慌てて逃げたせいだろうか。 人工的に作られたと思しき壁の窪みに、まだ僅かに火を灯したままのカンテラが数個、置き去りにされている。 薄明い奥から視線を落とし、業の刻印・ヴァイス(a06493)は足元の薄い土を指でなぞる。 そこにあるのは、工夫達の慌てふためいた足跡だけ。水晶の稼動如何は未だ知れないが、少なくとも表にまで達した形跡は無い。 バトル・フランシス(a27995)は中途半端に閉じた瞼の裏に思い巡らせる。 薔薇……脳裏に描くだけでなんと美しい響き。 ……いえ、口にするだけで…… フッ、笑止……いずれも同じ事ではな…… そこへ唐突に投げ渡されたカンテラ。 「な、なにぃ〜ッ?」 薄目のせいか一瞬の反応遅れに一人慌てるフランシス。 「おいおめーら、とっとと倒してとっとと帰ンぞ!」 俺が面倒くせーからな! その言葉は果たして、戦う不良医師・ルドルフ(a18188)がカンテラを投げるその姿は、実に面倒臭げ。 間違って油が零れたら着物が台無しじゃないかと嘆息しながら、日暮らし・スイゲツ(a26092)が用意していた燭台から火を移して持ち替える。 握った明りを暗がりに翳し、白き雷光の虎・ライホウ(a01741)が一歩を踏み出した。 「まったくモンスターって奴は何処にでも現れるな」 「もしかしたら、この鉱脈自体がなにかの魔法的な力を持っている……のでしょうか」 採掘の時に零れた物か、砕けた欠片を踏みしめ進む、隠遁者・アリエノール(a30361)の脳裏に過ぎる想いには、暇が無い。 一人で戦うには不自由でもないが、団体でとなると確かに狭く感じる。仲間との距離に気をつけながら進む、不死蝶・サガ(a09499)の照らす明りに時折蝶が翳り、壁に大きな翅の影を映す。 入口付近の目ぼしい結晶は粗方取り尽くされているのだろう。それでも、歩み進む壁や天井に微細に残った欠片が、明りを弾いて小さく光を返す。 「折角の綺麗な水晶……破壊するのは勿体無いが仕方が無い……のか」 星のように瞬く欠片を見上げる、帰り路の無い訪問者・カナキ(a25688)。村の方々には予めお断りしましたけれど、と、翠竜・ヤヨイ(a21844)も複雑そうな表情。このような事態であるからと応じてくれたが、できるだけ手早く片付けたいものだ。 俄に。 奥まった先、蛇行して見えないその更に向こう、淡い光が一瞬差して消えた。 からり、からり。 硝子が転がるような音。 ああ、今まさに、生み出されたのか。 「水晶の下僕だ」 殿のヴァイスが、上下左右をくまなく照らし、不意打ちに備える。 この奥に居るのは、間違いない。 借り受けた鉱脈の地図をしまい込み、ルドルフが黒い炎を身に纏う。 「素敵な踊りに付き合って貰えると、いいのだけど」 足取り軽く身構えて。惣暗に囚われた芥子舞妓・クリスト(a17149)がにこりと笑みを浮かべた。
●薔薇水晶 取り残され、消えかけた壁掛けのカンテラの明りを弾く、薄い赤。 壁より飛び出た巨大な半透明の角柱にしなだれかかる、小振りな薔薇色の女達。 主である水晶が光を宿すと、また一つ、壁に生えたただの水晶が質量を増し、新しい下僕として歩き出す。 角を曲がった時に見えたそんな光景は、一瞬で様相を変えた。 主を護る為、或いは、単に生物を襲う為。狭い坑道に現れた冒険者達に、一斉に殺到する薔薇色の造型。 腕と繋がる鎖をかしゃりと鳴らして、黒炎を纏ったヤヨイが儀礼剣を高く掲げた。 降り注ぐ、無数の針の雨。 「さぁ、“alia”! 華麗な演舞を彼女達に見せてあげようじゃないか」 打たれ、よろめく一体に向けられるクリストの笑顔。 「僕の踊りの相手は君じゃない……御免ね?」 目の前のそれを刻み捨て、また輝きを宿そうとする巨大水晶へと、一目散に駆け出す。 いつの間にか。殿から一気に術士達の前に飛び出したヴァイスが、殺到する水晶の下僕に、粘々の糸を浴びせ掛けた。今まさに迫ろうとしていたそれらは、まんまと蜘蛛糸に絡め取られ、そこに強制的に踏み留まる。 その脇から、薄っぺらく硬質な音と、雪のような輝き。 「こっち側に背ェ付けろ!」 ルドルフが促した壁は、この場には似使わぬほどに、武骨な岩だけの一面に姿を変えていた。彼がニードルスピアで生えていた水晶を打ち払ったからだ。できれば被害を少なく、そう考える者からすれば、手荒な手段であろうが、奇襲を避けるという彼の思惑を察するなら、それもまた正しい選択の一つ。 運良く蜘蛛糸の効力を逃れた下僕を流れるような身のこなしで打ち砕き、サガもまた巨大水晶へと一気に間合いを詰める。 それでもなお、追い縋ろうとする一体を鎖突きの大鉄球で往なし、着衣を薄衣の胴着に変えたスイゲツも続く。 「んー……これがホンモノなら良かったんだけどねぇ……」 砕かれた女達はすぐ様、一欠片程の薔薇色の結晶へと姿を変え、足元に転がり落ちる。 糸にもがく薔薇色の間を抜ければ、そこにはもう巨大な彼女らの主。 「フッ、笑止……」 仲間の抜けた射線を真っ直ぐに、閉じた瞳――本当は薄目らしい――で見据え、フランシスが素早い突きを繰り出した。 「真空拳!」 飛来するソニックウェーブ。 初めての衝撃に、ばきんと音を立て、巨大水晶は一際大きな輝きを放つ。 横? 上? 魔道書を手に、縦横無尽に視線を走らせるアリエノール。 その目に、むくむくと姿を変えゆく一つの水晶が。 「……上から来るぞ!」 同じく気付いたカナキが声を発する。接近する敵を退けようというのか真上から降下する下僕に向け、闇色の矢が風を切る。 その声に素早く反応、楯を押し出すようにして落ちてきた下僕を横へ追い遣り、ライホウの手にした鎖鉄球が大上段から巨大水晶に振り下ろされた。 ざわめく坑内に、冷たく硬い音が響く。 欠片が弾け、滑らかだった表面に光を乱反射する粉砕痕が生まれる。 瞬間、退けられた筈の下僕が、水晶のナイフさながらに、煌く腕をライホウの脇腹へと突き立てた。刹那、その一帯へ壁際に浮かぶ紋章から幾筋もの光線が飛来し、手負いの下僕を打ち砕く。 しっかりしやがれと口汚くいいながらも、最適の位置に構えたルドルフのヒーリングウェーブが、糸を脱した、或いは元から自由であった下僕達より受ける傷を、あっと言う間に治癒させていく。 無論、ただ容易く傷つけられている訳ではない。素早い動きで下僕の動きを見切り、巨大水晶を見据えたサガの細身剣の軌跡に、薔薇の花が生まれる。 涼やかな音を立てて潜り込んだ切っ先が、水晶の奥へと、薄いひび割れを作り出す。 「女性に変える美的センスは買うけれどね」 ふふ、と薄く笑いクリストの振るった鋼糸から飛び出す衝撃波。ひびの更に奥へ届く衝撃に、透明だった水晶が徐々に濁り始める。 さぁ、今度こそ。 ヴァイスが打ち放った粘り蜘蛛糸が巨大水晶に達し、護ろうと集まってきた数体の下僕諸共、その輝きを糸の下へと閉じ込める。 この隙を逃す手は無い。 軒並み動きを封じられた薔薇色の輝きへと、ヤヨイの降らせた針が容赦なく突き刺さり、その肌を細やかに打ち砕く。 鉱脈の中、確実にできていく余裕。見通しの良くなったその隙間に、フランシスの打ち放った衝撃波が到達する。 不透明度を増す水晶。 その生え際にそっと添えられる掌。 「惜しいなぁ……壊すのは実に惜しい。でもこれは僕等の大事なお仕事だからねっ」 それは、仲間の間を縫って近付いたスイゲツ。 「すまねぇけど消えて貰うよっ!」 掌より内部へ。流れ込む気の力に、巨大水晶の内と外に出来たひびが、一直線に繋がった。欠け落ち始める薔薇色の塊。更にありったけの力で振り下ろしたライホウの鎖鉄球によって、岩より突き出た三分の一程がごっそりと砕け、地面に散った。 最後まで主を護ろうというのか、起き上がろうともがく側の下僕を、そうはさせまいと射たカナキの貫き通す矢が撃ち抜き、元の水晶へと還していく。 その周囲にまた、輝く光が降り注ぐ。既に手負いであった大多数の下僕達が、あっと言う間に小振りな水晶へと立ち返って消えた。 「残るは二体」 「いえ、もうお終いですわ」 前衛へと呼びかけるアリエノールの声を継ぐように、針の雨を叩き付けるヤヨイ。そして、糸の下にいた造型は、全て元の角柱へと姿を変える。 もう一息。 ルドルフが纏う黒炎より生まれた黒い炎が、本体を打ち据え、更に大きな破片を撒き散らす。 続け様打ち込まれる、優雅な一撃。 「僕の名前は“欠けた水晶”なのだよ。人だったら仲良くなれたかもね?」 最後まで笑みを絶やさず。クリストの振るった鋼糸が、ひびの奥の奥にまで貫通する。 「さ。壊れ給え」 「水晶が粉々に打ち砕けるってのもまた、綺麗な最期だよな!」 薔薇水晶の周囲を舞う、薔薇の花びら。 サガの剣戟は鋼糸が辿ったと同じ場所を押し広げ……ライホウとスイゲツの振るった鉄球が、全ての亀裂を繋ぐ。 二つの棘鉄球は互いにぶつかり合うようにして、薔薇水晶を粉々に砕いた。
●余 静けさを取り戻した坑内に、カンテラの明りだけが揺れる。 「こんな姿にならなければ、こんな所で散らなくても済んだだろうに……」 濁り砕けた水晶を見下ろすカナキ。 ヤヨイはまた別の思惑で以って、散らばる水晶を見つめる。アリエノールは既に一つ選び、大事そうに仕舞い込んでいた。 「恋愛成就の石というからねぇ? 肖りたいところだよ」 記念にと手に取った原石を見つめ苦笑するクリスト。 腕輪でも買って帰ろうかな。ライホウは頬を掻きながら考える。 「俺ゃごめんだぜ」 女なんてクソめんどくせーやと、ルドルフはさっさと道を引き返す。スイゲツも早々と鎧進化を掛けなおし、元の着物姿に。 洞穴から出たサガは、やっと一息。 「水晶も綺麗だけど、太陽の光が一番だ」 「ん」 誰に返すでもなく、短くそう零すヴァイス。 「フッ……」 美しいものよさようなら。そんな表情で、フランシスが元から閉じていた瞼をちゃんと閉じた。

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参加者:10人
作成日:2005/09/17
得票数:戦闘18
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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