【青い眼のノソリン亭】どうしても、彼女の愛が欲しい



<オープニング>


「隣の廃墟が……って、今はもううちの廃墟なんですけど、さすがにぼくだけでは切り盛りできなくないかなって思うんです。だからといったわけではないんですけど、結婚しようと思います」
 いつも花を持ってきてくれる娘の愛情が、どうしても欲しい――。
 
 デリック青年は『青い眼のノソリン亭』という小さな宿の主である。
 彼はいつも自らの夢を、大きな身振り手振りと過剰に生命を消費しているのではと思わせる熱意を持って語る。けれど、話が彼の夢見る宿の理想から離れ、現実のささやかな問題、例えば酒場で何を飲むかといったことになると、平素の穏やかで理知的な青年の佇まいを取り戻して、「お茶をお願いしようかな、喉にも優しいのだし」などと呟くのだった。
「依頼です」
 薄明の霊査士・ベベウは、そう言い、次いで傍らの青年を紹介した。デリックはうつむき、上気した頬を隠そうとしているが、その照れた様子はいかにも恋する男のそれだった。
「……ック……デリック……依頼の説明をしていただいてもよろしいですか?」
 ベベウの言葉に揺り動かされたデリックは、背筋を伸ばし、乾いた口腔を茶で湿すと、テーブルを囲む冒険者たちに本日の用向きを伝えた。
「リア……」
 とそう名を口にする度、依頼者は照れていた。その様子を目にする霊査士も、なんだか気恥ずかしそうだ。
 妙な空気が流れるなか、デリックはリアという名の娘に結婚を申し込んだのだ、と言った。今は返事を待っているのだが、きっと彼女は受けてくれるのではないか、そう続けて頬を緩める。そして、ある物が手に入り次第、パーティーを『青い眼のノソリン亭』の別館で催したいのだ、とも。廃墟であった別館は、外装こそそのままだが、室内は壁を塗り、新たに床も張ってあるという。
 『ある物』についてベベウが尋ねると、デリックは誇らしげに答えた。
「花嫁の衣装なんです。でも、それを注文した隣町への道に、なんだか妙な植物が茂っているみたいで……。取りに行ってもらいたいんですよ。絶対に汚さないようにしてくださいね。泥が跳ねたり、破れたりしちゃったら、リアさんが悲しんでしまうでしょうから。…絶対ですよ……」
 念を押した後も、デリックはしゃべり続けた。素晴らしい仕立屋と出会えて僕は幸せだ。もちろん、彼女と出会いとは比べものになりませんけどね――と。
 ベベウは『妙な植物』について問いただした。
「どのようなものなのですか?」
「道の両側にひまわりが咲いているんですよ。もう枯れてるはずでしょう? 夏も終わりなんだし。ですけど、まだまだ空へと伸びていて、すごく背が高いんです。鞭みたいにしなって、通行人たちを打ち据えてしまうとか。酷いですよね」
 それにしても、リアさんは本当に太陽みたいで――。
 陶然とした眼差しで、デリックは黒い梁の渡る天井を見つめていた。

マスター:水原曜 紹介ページ
 水原曜でーござます。
 
 前半はお使い、後半は婚姻パーティーとなります。プレイングでもそのようにどうぞ。また、別館に設けられる部屋にはまだ名前が付いていません。次回で最終回を予定しているシリーズではありますが、名付け親になっていただくのも一興かと思います。それまでには、改装工事も終わっていることでしょう。
 
 ひまわりの数は15本くらい、背の高いものは7〜8メートルほどにもなっています。強さはグドンよりも上で、けっこう丈夫です。
 すべてを刈り取ってください。なお、変異したもののそばには、通常のひまわりが植わっています。そちらはもう枯れているようですが、場合によっては邪魔となるかもしれません。
 
 なお、このシリーズではエンディングで宿に一泊する、というのが慣例となっています。過去のシリーズを参照していただいて、どこどこのお部屋で一拍と、指定してみるのもいいかもしれません。希望が重なったら相部屋です。
 
 それでは、皆さんの参加をお待ちしております。

参加者
漆黒の彼岸花・トモコ(a04311)
緑星の戦士・アリュナス(a05791)
リザードマンの医術士・コロン(a09209)
サイレント・ロア(a11550)
緋氷華の剣士・コスモス(a17136)
渡り鳥・ヨアフ(a17868)
白き御魂・ブラッド(a18179)
宵待月に照らせし翼・クレア(a18191)
臆病風・ヒロシ(a24423)
前進する想い・キュオン(a26505)
蒼天を旅する花雲・ニノン(a27120)
雲色の飛翔脚・レスタァ(a32114)


<リプレイ>

●晴天への大きな賛美
 天蓋で燦々と煌めく球体を、彼らは等しく傾けられた面を向け、素直な服従を示し、黄金に色づかせた頬をもってその幸福を享受していた、そのはずである。
「ごめんなさいね……でも、迷惑してる方がいるんですよ」
 ワンドを空へと掲げ、彼岸ノ愛華・トモコ(a04311)は薄い雲を梳かして黄金の肌を誇示する秋の太陽から、視線をはるかに低い位置で花開く、どこか太陽にも似た色彩を持つ花へと移した。彼らは長く伸びすぎたひょろ長い体躯を、風が吹いてもいないのに左右へと揺り動かし、枯れた仲間たちを嘲笑うかのように、鮮やかな色味を保つ面で笑っている。少女は立ち昇らせた魔炎が、巨大な花へと襲いかかる様を、どこか寂しげに見つめた。花が散り、ひまわりのひとつが首を失った。
 雲色の飛翔脚・レスタァ(a32114)はトモコの肩に触れ、そっと「きっと来年の肥料になってくれるよ」、と囁いた。そして、朽ちて傾いたひまわりたちの上を飛び越えて、根元の土をめくりあげた、巨大な植物へ蹴りを放った。しゃり、と鉄の刃が重なり合うような音がして、レスタァの踵は人の胴ほどもあろうかという茎を刻んだが、振り抜くまでには至らない。半ばほどで留まってしまった。頭上から打ち下ろされた槌のような打撃を、黄色い花がうなりをあげて迫る様を、彼女はどこかおかしく感じていたが、衝撃は半端なものではなかった。盾を支える腕のしびれに口元を歪め、レスタァは短く息を吐き、心を整えた。空に飛び上がるような仕草から、煌めく軌跡を引いて踵が緑の胴へと向かう。途端に花を支える首が硬直し、茎が折れ曲がってしまってからは、まったく動かなくなった。ただ、大きいだけだった。
 腰に帯びた宵銀月を引き抜き、緋月華の剣士・コスモス(a17136)は刃を両手に、広げられた翼のように従え、枯れたひまわりが連なる合間を駆け抜けた。青い光を根本から切っ先へと走らせた剣が、立ち止まったコスモスの背で大きく広がった朱色の髪が肩に宿るよりも早く、空を切り裂き、緑の体躯で交わった。閃光が散る――。
 目映い光が空をなぞり、それは円や三角、あるいは文字列となって、ひとつの完全なる世界――すなわち、紋章と呼ばれる数奇なる形状となった。渡り鳥・ヨアフ(a17868)はなおも諦めきれないといった様子で、光の帯が拡散する様に顔を照らされながら、人生における惨事について考えた。デリックには、友人として伝えておいた。結婚は人生における最大の過ちである、と。資金は減り、常なる監視を浴び、秘密などは持てなくなる。結局のところ、男という者はけっして女には勝てないのだ。デリックの言葉が思い出される。
「僕は勝負なんてしてませんもの……か。まっすぐに突っ走れるのは若さの特権だよな、まったく」
 目の前の空間を、黄色い花びらに縁取られた巨大な円がふたつ、凄まじい勢いで交差していった。
「ちゃんと持ち帰るって、心配しないでって、約束したなぁ〜ん」
 髪を結わえていた紺の紐がほどけて、蒼天をあおぎ旅する花雲・ニノン(a27120)の清かなる光を帯びた髪は乱れた。上体をまるで鎖がまのようにして回転させるひまわりの懐へ飛び込み、少女は瞬くような蹴りを見舞う。弧月を思わせる光が刹那の美しさを刻み、切断されたひまわりは、信じがたいほどゆっくりと倒れ、土煙を巻き上げた。
 敵との距離を鮮やかな足の運びで詰めるニノンの姿を、前進する想い・キュオン(a26505)は街道上から見つめていた。無論、恋する青年は腕組みをしてにこやかに少女に声援を送っていた……のではない。その美しい蹴りが放たれるよう、千の楽しみを紡ぐべく名付けられた弓をから、植物めいた刺を持つ矢を放っていた。キュオンの存在に気づいていたのか、ひまわりは槌のごとき頭部をしきりに揺り動かしていたが、大地に根付いたものの宿命に縛られた彼は、その場から動くことができず、風とともに飛来した荊の矢を根元に突き立てられてしまった。
 全身を土色の護りによって覆われた小さな身体が、空を見上げるのと同じ仕草で、頭上を飛び交うようにして威嚇する、奇妙な植物と向き合っている。サイレント・ロア(a11550)は茎のしなりから振り抜かれたひまわりの花を、槌に突き立てた黒塗りの大盾に衝突させた。花びらが散り、風をうならせて花は空へと伸びる茎の上に戻った。ロアが攻撃を防いだところへ、朱色の外衣を肩に羽織り、羽根飾りがそこかしこにちりばめられた装束といった派手な体の冒険者が飛び出し、敵に攻撃をしかける。同盟の冒険者って着飾ってる人が多いよね、どうしてだろう? 小首を傾げるロアへ、臆病風・ヒロシ(a24423)はぐいと親指をたてて、敬意を示した。そして、ストームブレイドと呼ばれる双頭の刃を鶏冠の周りで一閃させた。踵を軸に、白い羽毛を波立たせながら、ヒロシは身体をひねった。巻き付くようにしていた身体から離れて刃は、風車などとは比較できぬ素早さで空に円を描いた。
「ロアさん、大丈夫?」
 リザードマンの医術士・コロン(a09209)は駆けつけるなり尋ね、無言の肯きにほっと胸を撫で下ろすと、たどたどしい手つきで魔導書を開いた。青い瞳がはしっこく動き、目当ての文字列を指先がなぞる。すると、コロンの身体は仄かな癒しの光によって包まれ、その穏やかな波動はあたりへと広がった。
 ……なんとなく、気があるのかとは思っていたが、ここまで思い詰めていたとはな。エンジェルは冬の湖面を思わせる、けっして波立たず、光を浮かべるばかりで凍りついた、そんな表情を浮かべていた。白き御魂・ブラッド(a18179)の唇かかすかに震える。それは寒さのためではなかった。
「これからはひとりよりふたりか……うまくいくといいな」
 左右の指先を飾る、手袋の金属にはめられた漆黒の石が、こぶしの目の高さで合わせたブラッドの耳に、冷たい響きを届けた。地に投げかけられた、彼のほっそりとした影から、その輪郭を突き破って無数の薄い影たちが現れる。羽虫の群のように宙に立ち上がったものは、無数の黒い針であった。
 仲間が空間に走らせた戦慄に続き、碧の異邦人・アリュナス(a05791)は群生するひまわりのなかへと駆け込んだ。地表のすれすれを滑るようにして、彼はしなやかな身のこなしから繰り出した蹴りを、巨大に成長した植物の根元へと叩きつけ、すぐさま後方へ飛び退いた。左肩に痛みが走る。茎が折れ曲がり、ほぼ垂直の軌道でひまわりの花が降ってきたのだ。肩を砕き、枯れた仲間たちの茎をへし折り、ひまわりは空へ昇っていく。
「極光よ、その輝きにて、癒せ」
 宵待月に照らせし翼・クレア(a18191)は術の句を詠唱し、空の色を移して淡く映える刀剣で風を切った。微笑む少女の肩からぼんやりとした光が現れ、穏やかな振幅を示しながら同心円を広げていく。
 伸びきった茎へ両腕をまわし、アリュナスはぎりぎりと奥歯を軋ませた。土が盛り上がって、ひまわりの巨躯を支える根の部分が露わとなるや、彼は腰を支点に、豪快な投げを放った。
 すべてのひまわりたちは、冒険者たちにかしずき、空に浮かんだ黄金色の球体へは服従を誓い、不平の一言も口にせず、おとなしく土の上に横たわっていた。
 
 赤い屋根の下で、仕立屋が誇らしげに披露した白亜の衣を目の前にし、笑顔ではあったが、ヒロシの様子がどこかおかしい。いくら働いてもしなびることのない自慢の鶏冠が、光の加減が、どことなく傾いでいる。小さく首を振って幻影を追い払い、ヒロシは皆に言った。
「さあ、衣装を待っている人のために、早く持って帰ってあげましょう」
 再び、ひまわりが群生する街道へと至ったトモコたちを迎えたものは、急に立ち上がったいくつかの影だった。だが、それらは人の背丈を遙かに超えるような長大さではなく、ひまわりの根を掘り返すアリュナスたちの背中だった。
「よかった、無事に衣装を貰ってきたみたいだよ」
 レスタァはそう言って、白い額に張り付いた前髪を払いのけた。動けばまだ汗が滲む。大きな植物の根を掘り返す作業の後ともなれば、なおさらだった。あたりをきょろきょろと見渡すコロンの仕草から、その気持ちを悟った彼女は、ひとつの枯れたひまわりから、たくさんの種を土に降らせた。そして、コロンに言った。
「少しいただいてお土産にしようよ」
「はい!」
 リザードマンの少年は嬉しそうに、小さな手で土ごと、ひまわりの種をすくいあげていた。
 
●誓約への小さな賛美
 青い眼のノソリン亭、その正面に設けられた会場の中央には、点へと向かって立ち上がるノソリンの銅像が置かれていた。
 愛の誓いを交わすふたりを祝福すべく集まった人々は、建物の屋外に設けられたテーブルにつき、デリックとリアの姿が宿の玄関に現れるのを、今や遅しと待ちかまえていた。
 紅玉色のワインを喉に流し込み、香料とチキンを咀嚼して、上機嫌のヨアフは参列者たちに謎かけを披露する。
「デリックとかけてひまわりと解く、そのココロは?」杯を空にし、ヨアフは言った。「いつでも太陽を――リアの方を向いている」
 穏やかな笑い声がさざ波のように広がる。
 そして、高らかなファンファーレが幸せな声に輪をかけた。管楽器に指をかけ、頬をふくらませて胸を反らすのはレスタァだ。
「空を舞い輝きにて包む者よ、その輝きをもって彼等に祝福を」
 と、クレアは呟き、春の日和を思わせる暖かな輝きで式場を包み込んだ。足下に広がった光に、町人たちは驚いていたが、普段は開かれたままの青い眼のノソリン亭の扉が開かれ、現れたふたりの姿に気づくと、一斉に向き直って拍手と祝辞の雨を降らせた。
 くすぐったそうに首をすくめるデリックと、新雪のごとき衣をまとうリアは、ふたり並んで通路を歩き、ノソリン像の前に立った。
「おめでとうございます」
 そう言ったコロンの声に、デリックもリアも気づいたようだ。頭を下げ、手を振ってくれた。
 ロアは膝の上に仮面を置き、ふたりに拍手を送っていた。場にそぐわぬからと用意した仮面だったが、デリックはロアにそのままでいて欲しいと懇願した。傷があったとしても、可愛い顔が見えなくなるなんてもったいないから、と。少女は拍手を送るという自分にあるまじき仕草に驚いたが、それを止めなかった。うまくいくといいなぁ、そう思いながら。
 どうしたいいものか? とアリュナスは迷っていたが、ロアの仕草を手本とすることにしたようだ。視線を少女の手元から、ノソリン像を背にして立つふたりへと移動させ、ひときわ高く鳴り響く拍手を送った。幸せとは何か――その問いの答えは、まだわからないのだけれど。
 屋内では、コスモスが料理人ミルバートン翁の手伝いに忙しい。華やかな場は不慣れで落ち着かない。だから、研ぎ澄まされた刃を手に、彼女は林檎をすっぱりと両断し、白く輝く面を並べる。彼女が飾った硝子の器を盆に載せ、ヒロシが慌ただしく厨房から駆けていった。その歩みは扉の前で速度を緩め、屋外に至ってかから、ゆったりと優雅なものに移り変わる。そして、玄関をくぐりぬけると、彼はまた、白い羽根を吹き飛ばさんばかりの勢いで、厨房へと駆け込むのだった。少年は思う。彼女には白い羽も鶏冠もないが、どことなく彼方に失われた姉の面影がある。つまり、リアは綺麗だった。
「デリックさん、リアさん、おめでとうなぁ〜ん」
 ニノンはふたりの笑顔こそが、美しいドレスや宝石よりもずっと美しく、素敵なものなのだと感じていた。いつか……着てみたいなぁ〜ん――ちらりと彼の顔を見る。息を飲んで、頬を赤らめ、ニノンは足下に視線を落とした。キュオンはニノンに見とれていた。少女はその視線に気づき、俯いてしまったのだった。キュオンは慌てて取り繕うように、腰のポケットからハンカチを取りだすと、デリックの鼻先に突きつけてやった。宿の主は、そのまま倒れてしまうのではないかと思われるほど情熱をもって、嬉しさゆえの涙を流していた。
 薄く透けた銀の更紗を肩に、トモコは身体の線を示す赤のドレスをまとっていた。
「おめでとうございます、ね。お幸せに」
 クレアとブラッドが席から立ち上がった。皆を代表して、祝いの花束をふたりに手渡すのだ。
「おめでとうございます。ここから新たな一歩です。色々とがんばってくださいね」
 そう言ってクレアがデリックに渡したのは、赤いガーベラの花束だった。
「……おめでとう、リア。幸せにな」
 ブラッドは花嫁に花束を捧げ、その甲にくちづけをした。セイレーンのチケットを受けってからというもの、彼にとって恋とは、心のどこかで絶えず囁く、近いけれど遠い存在となっていた。
 舞を披露するというレスタァに駆り出され、コスモスは皆の前に立つことを余儀なくされた。青い瞳を瞬かせ足下を見つめる彼女だったが、すうと伸びた背をそらし、胸に空気を吸い込んだ。コスモスはその長躯から、暁光のように澄み渡る、美しい歌声を響かせた。
 嬉しさのあまり飛び上がったレスタァは、羽のように軽やかに舞い降りると、ひらひらと風にたゆたう花びらのごとき舞を披露して、デリックとリアを祝福した。
 友人たちに囲まれたふたりは、本当に幸せそうだった。
 
 
 夜の青い眼のノソリン亭は、昼間の楽しげな余韻を残しながらも、静寂の帳を降ろし、さながら闇に寝そべるようだ。その廊下を、カンテラの灯が照らす。ヒロシはあくびを繰り返していた。
 薔薇の間では、ワインの空き瓶を胸に、ヨアフが眠っている。隣のベッドは空で、立つ人の影が床から床に伸びていた。ちいさな音に気づいて、キュオンは振り返った。扉を開くと、そこにはニノンの小さな顔があって……。ふたりはこっそりと宿を抜け、月影の散歩へとでかけた。誰もない町に、手を繋いで。
 虹の間のふたり、トモコとコスモスは、恋の話に忙しい。コスモスはトモコの語りに耳を傾けるばかりだったが、友人が手にする恋愛小説なる書物には、密かな興味を抱いていた。秋の夜は長いのだ。
 月の間では、クレアが夢を見かけていた。
「……綺麗でしたね。花嫁さんって、あんな感じなんですね……」
 青い部屋で、コロンはまだ起きていたが、長いあくびをすませると、布団をひきあげてその奥に埋もれた。別館にも置物がいるんだったら、バイアーノさんにまた会えるかな? そんなことを考えながら。
 屋根の上、アリュナスは足を抱えて、光の雨を降らせる白銀の月を見上げていた。物音に気づき――目元をこっそりと拭い――、彼は振り返った。
「ご一緒してもいいかな?」
 そう言ったのは、レスタァだった。彼女は屋根によじ登ると、腰を落ち着け、足を放り出した。横笛に唇を重ね、静かに息を吐く。
 幸せを告げる音は、誰のものでもなく。等しくいずこの者へも届いてしまう。そんな静かな夜だった。


マスター:水原曜 紹介ページ
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参加者:12人
作成日:2005/10/05
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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