垂直



<オープニング>


 何もない壁。
 まさにそんな形容が相応しい断崖。
 見上げただけでは頂が翳む、筒のような、塔のような形状の、岩しかない山。
 稀に苔生し、どこぞからか生えた木の根が飛び出していることもあるが……それは、ずっとずっと上の方。
 不可思議な自然の造型を前にして、人々が畏敬の念を抱くのは、良くある話。
 この山もその一つであり、時期が来ると豊作を願い、御供えをし、祭りをし。
 さて。
 この度の談合で、普段は麓に供えるだけのものを、頂上に供えられないものかと、そんな話になった。
 とはいえ村人が上れるのは、梯子を掛けた先が精々。
 さてどうしたものか。
 その答えは、いわずもがな。ここでこうして、皆が耳にしている通り。

 珍妙とはいえ、山は山、その周囲を歩き巡れば丸一日、登り切るにもそれ以上は掛かるだろう。下りは……仮に落ちたとて、冒険者ならば、大怪我はすれど死にはすまい。落ちるつもりで降りるなら、数時間も掛からないだろうと、霊査士は言う。
 問題があるとすれば、どのように登り、どのように休むか。
 山肌は、何処も彼処も似たような岩の断崖。岩は硬質で、多少の傷で崩れるような事はなさそうだが、さて。

 この一風変わった山登りに、名乗りをあげてはくれまいか。

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参加者
傭兵上がり・ラスニード(a00008)
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
パタパタ中堅観察者・エリン(a18192)
思策に耽る者・スクウェア(a18410)
傷だらけの存在証明・クラウド(a22222)
十九番騎士・シャルロッテ(a25672)
愚者・アスタルテ(a28034)
ねむねむ呪王さま・シー(a29392)
ちりめん問屋の隠居ジジィ・ミト(a29811)
泡沫・ノウェ(a34505)


<リプレイ>

●山
 まだ影の長く伸びる午前。
「……『不思議山』に決定」
 こっそりと命名し、パタパタ新米探検者・エリン(a18192)はその名を手帳に書き記す。
「ほっほっほっほ〜、山登りは十年ぶりじゃわい」
 若い者には負けんぞと意気込む、ちりめん問屋の隠居ジジィ・ミト(a29811)の背から山へと視線を移し、御神籤は大凶・シー(a29392)は山登りと言うよりは壁登りだなあ、なんて考える。
 筒のように聳えるそれは、まるで入口を忘れた塔のよう。
 そんな、山に見えない山を前に、花鳥風月・ノウェ(a34505)はくすくすと小さく笑う。
「本当にのぼるのが大変そうだ。気を付けて頑張ろう」
 十二分な休息を経て、退紅緋触・クラウド(a22222)は日差しを避けるべく回り込んだ北側、一見すれば平らに見える山肌を赤瞳に映す。傭兵上がり・ラスニード(a00008)も遠眼鏡を覗き、進行しやすいルートの当たりをつける。
「思ったよりでこぼこしてますね」
「それは有り難いですね」
 書物で確認したロープの結び方などを最後にもう一度おさらいし、思策に耽る者・スクウェア(a18410)が小さく纏めた荷物を担ぎ上げる。剣魔使い・アスタルテ(a28034)も靴や手袋の装備を確かめ、リュックを背負って両手が自由に使えるかをしっかり確認。
 首から下げたり、腰に巻いたり……皆が荷物を纏める中、身軽さを売りに荷物持ちを申し出た、ヒトの翔剣士・シャルロッテ(a25672)は、ロープを山ほど持つ羽目に。
 るーるーと涙を流すシャルロッテに思わず微笑を零して、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)は楔と御供えの一部をしっかりと身に付ける。
「じゃ、行きましょ」

●登
 かんかんと、小気味よい音が壁面に響く。
 今、下からだと、どんな風に見えているのだろう。
「本当に……なんでこんなに高いんだか……」
 自分は上から下を。ノウェは少しだけ楔を打つ手を止めて、眼下の景色をぐるりと見渡す。
 俄に。頭上でがつんと大きな音がして、小石と砂の欠片が舞い落ちてきた。
 何事かと見上げれば、唐突な程に遠のいた先、壁に突き刺さったブーメランからぶら下がるラスニードの姿。
「あぁ、驚いた……」
 恐らく、チェインシュートでショートカットしたのだろう。スクウェアはほっとしながら手早く楔を打って、上から降ろされたロープの中途を結び、更に後続へと流す。
 皆で一緒に歌いながら、シャルロッテはそう思い、楔を打つ手に合わせて野を越え山越えと歌を口ずさむが、皆は取っ掛かりを探すのに真剣なのか、余り乗ってこない。ちょっと寂しい。
 とりあえず、降りてきたロープを楔に固定して後続へ。
 いやしかし、それよりも……慎重に岩肌を確認しながら進みつつ、アスタルテには先ほどからずっと気になっている事があった。
「ほっほっほっほ〜、さて頂上には何がありますかな」
 両手の爪を凹凸に器用に引っ掛けて、壁面を登るミト。
「猫の仙人とか居ますと面白いと思いませぬかのう」
 元気そうなのはともかく。
 爪だけで登ってませんかご隠居。
 そして、それよりも更に恐るべきことに。
 クラウドは素手。
「……あれこそまさに、一人ふぁいとー、いっぱーつ……」
 思わず零すエリン。一気に木の根のある部分まで達するつもりなのか、容赦なく……なんと、指を壁面に突き刺して登っていたのだ。
 しかし、幾ら武道家が素手に長けていようとも、攻撃と掘削では勝手が違う訳であり、また、拳ならともかく、指で戦うことはそうそうない。
 仮に強靭な指先であろうと、必ずしも指殺のように気持ちよく刺さってくれるものでもなく。
 それは、何度目か。
 一瞬、クラウドの身体が浮いたように……
「お願い、ね!」
 これを予期していたからか、アスタルテの判断は迅速だった。
 有無を言わさず虚空に召喚されたフワリンは、上昇はできないにしろ、落ちるよりは遥かに緩やかに『下降』し、岩肌を引っ掻くようにして落ちてきたクラウドの足元に滑り込む。
「……突き指しちゃった?」
 下降してきた身体を途中で浚って、シーがすぐにヒーリングウェーブを施す。指の痛みが消えたのを確認すると、クラウドはまた、既にあけた穴を使って、上へ上へと登って行った。
 そんな光景を、最後尾から見つめるラジスラヴァ。
「大丈夫かしら……」
 過ぎる、一抹の不安。
 せめて帰りは安全に……乗り捨てる形にされ、段々降りてくるフワリンの声を聞きながら、ルートの補強を行うのであった。
 尚、途中でシャルロッテも微妙に滑り落ち掛けたが、消える寸前のフワリンに拾われたりしたらしい。

●休
 陽が傾ぎ、斜面が微かに朱色を帯びる頃。
 頂上らしき切れ目は見えるものの、すぐに辿り着けるという距離でもなく。
「頃合いかのぅ」
 爪を掛ける手を止めて、ミトが一息ついて見上げれば、岩肌から飛び出た木の根と……その合い間で、壁に穴を開け、腕を突っ込んで休んでいるクラウドが見えた。
 先頭のラスニードも、ミトと同じように根を見上げ逡巡。
 粘り蜘蛛糸などを使えば、自分だけは辿り着ける、が。
「寝床の支度に時間を使う方が賢明ですね」
 最後尾が辿り着く頃には、日が暮れてしまうだろう。
「じゃあ、そろそろ」
 誰からという訳でもなく。疲れもあるのか、今日はここまでにしようという雰囲気は、すぐに全員に伝わった。
「できるだけ固まってねー」
 幸せの運び手をするから、と、下方からラジスラヴァが呼びかける。
「左手側のほうが、凹凸が多くていいですね」
 壁面に金属を打ち込みながら、スクウェアが周囲を見回していると、皆もロープを伝ったり、手掛かりを慎重に探りながら、思い思いに寝易い場所を選定。
 アスタルテは最低限落ちないようにだけ身体を繋ぎ止め、小さな窪みにちょこんと腰掛け、ほっと一息。
「半分でも有難いわ、ね」
 とはいえ、座るのがぎりぎりな場所に横になるというのは不可能だ。
「もう少し窪んでいてくれれば……」
 しかし、背に腹は換えられず。シャルロッテは寝袋を吊るして宙ぶらりん。
 スクウェアも吊るし終えた寝袋に入り込み……
「……これって中々出来ないスリリングな体験ですよね」
「うん、ぐらぐら感がたまらないね」
 時折吹く強い風すらも楽しげに、ノウェが揺れる寝袋の中から、笑みを零す。
「飛んでいるみたいで面白いな」
「いや、それ実際に飛んでる……」
 蓑虫宜しく左右に揺れながら、一人凄い距離にまで煽られているノウェの様子を几帳面に書きとめているエリン。
「ほっほっほっほ〜。ちぃと縄が長かったようじゃのう」
「ぶつかって怪我しないでね」
 何故か見ているシーのほうがはらはらするくらい、それはよく揺れていた。
 そんな具合に蓑虫が横行する中、ラジスラヴァだけは吊るしたハンモックの上に寝袋を敷くという、見た目には一番立派な寝床を用意していた。
 ただ、少し手が掛かったので、食事が遅くなってしまったが。
「味気ないけど、今夜は我慢してね」
 揺れるハンモックの上から零れる柔らかな光。
 壁面を撫でる風と共に流れる澄んだ歌声が、まどろみの中から、空腹を拭い去っていった。

●頂
 真横の地平から、寒々しい橙の光。
 今朝は流れる歌声に目を覚まし、皆は満ち足りた気分で寝床を片付ける。ただ、幸せの運び手は行使する本人には効果がない。ラジスラヴァだけは浮いた分の食料をお裾分けで腹ごしらえ。
 昨日一日で要領を掴んだか、遠く見えていた木の根まで達するのに、数時間と掛からなかった。
「お昼過ぎには着けそうですよ」
「クラウド、見えないね」
「もう着いちゃったのかしら」
「指、大丈夫かな……?」
 木の根が増え初めてからは、登り易さも登山の速度も格段に上がる。楽になった分は会話も増え、シャルロッテと一緒に歌ったりする余裕も出てきた。
 そうして、予想よりもまた更に早く。
 太陽が南の真中に達する頃に、皆は待望の山頂へと、足を踏み入れた。
「本当に筒みたいな山だね」
 山頂はほぼ平らで……殺風景な山肌とはうって変わって、青々とした緑が一面に広がっていた。平らなお陰で、全周囲の断崖が空の中に途切れているように見え、まるで、円形の大地が空に浮かんでいるようだ。
「ほっほっほっほ〜。絶境かな絶境かな」
「やっほー」
 縁に立って空へと叫んだエリンの声は、木々を揺らす風の中に散っていった。
「これがこのきなんのき……?」
 不思議だねと、微笑んで歩み寄るノウェを認めて、木陰で休んでいたクラウドがすっくと立ち上がる。
「では、お供えしましょう」
 幾つも生える木の中から、一番立派なものを選び、皆は別けて持ってきたお供えをそれぞれの荷物から取り出す。
「あ、お昼の用意しますね」
 山頂での食事は格別ですよと、シャルロッテは頑張って持ってきた弁当を広げ、薪を拾って茶を沸かし始める。
 スクウェアはお供えを早々と済ませると、興味津々で木の観察。
 枝の間には、指ほどの太さの、棒のような「さや」がぶら下がっていた。
「実でしょうか」
「……『気になる不思木』に決定」
 またこっそりつけた名前を手帳に書き留めるエリン。ミトもこっそりと、登頂記念に旗を立てていたりした。
 と、少し離れた茂みから、登山装備からいつもの服に着替えたラジスラヴァが。
 歌声と、踊りが、木々とその間を抜ける風に乗って舞い上がった。
 食事の手を止め、静かに見つめる一行。
「これからも村人を見守って下さい、ね」
「村の皆のためにも豊作をお願いするよ。神様」
 応えるかのようにさわさわと揺れる枝葉。
 真上から降り注ぐ陽光が、複雑な枝の合い間を抜けて、光の粒となって瞬いた。

●降
「さて……どうしようか? 一気に落ちるかい?」
 悪戯っぽく笑うノウェ。
「いえ、逆順で降りましょう」
 危ない場所は補強しておいたからと、ラジスラヴァもラスニードに続ける。エリンは気になる不思木の一本に縄を繋いでいたが、明らかに長さが足りないので、やっぱり普通に降りる事に。
「落ちたら痛いでしょうね……ええ、絶対落ちたくありませんとも」
 慎重に下る、スクウェアの横。
 距離を測る為だけに呼ばれた土塊の下僕が、何度もワイヤレスバンジー。
 だが、それより上手が。
「クラウドー!?」
 ぎょっとするシーの目の前を通り過ぎ、容赦なく落ちていく若干一名。
 小さくなる赤い姿。
 それが点のようになって、地面に針みたいな穴が開いた。
 尚一層慎重になりつつ半ばを過ぎた頃、アスタルテはどこでもフワリンに乗ってショートカット降下。
「時間に気をつ……きゃー!?」
 とか言っている間に、効果時間が切れて、アスタルテも落下。
 穴が二つに。
「ほっほっほっほ〜。若いのう」
 ゆっくり焦らず下りつつ零したミトの言葉に、それは何か違うと、残された者達は思うのであった。
 ちなみに、クラウドは魂が肉体を凌駕したので、結構平気そうだったりした。むしろアスタルテの方が傷だらけで、降りてからシーがヒーリングウェーブを連打していたらしい。
 余談だが、下僕やらなにやらでできた穴は、今もまだ残っているそうな。


マスター:BOSS 紹介ページ
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