<リプレイ>
●夜霧に紛れ 広大なグドン地域の北方にはセイレーン王国がある。地平の果てまで見れども影すら見れぬ遠い異国の地を想う。つい、西方の地へまで視線を向けてしまっていたとしても、幻想ノ盾・フェザー(a10115)は悪く無い。雲間から覗く蒼過ぎる月に感じた不穏は、此れから始まる戦闘を想うがゆえと割り切った。周囲を濃く包み始めた霧に、目を閉じる。 (「此処まで、探索部隊が必死で頑張ってくれたんだから……」) 後始末くらい完遂して見せる。両手剣の柄を握り締めた。 「霧を、巧く活かせるかどうかですわね」 事態打開の鍵は其処にしか無いのだろう。森に宿りし蒼風・ナーサティルグ(a04210)が静かな声で呟いた。万一強風が擂鉢状の地形へと吹き込めば、その瞬間に霧が晴れ、多数の敵から集中した攻撃を受けることになるだろう。そうなれば敗北は必至。目を細めていた夕立に朧げなる双振りの斧使い・ジィーン(a12348)は、溜息を零して空を見上げた。 「……今回ばかりは、天が俺たちを嫌ってないことを願わないとな」 恐らく、天は味方してくれるに違いない。 この不毛の大地に流れた多くの同胞の血が、此度の戦の礎なのだから。
此処に至る道程で、溶けた白い影を幾つか見た。中には必死で動かんとしているものも居た。遠からず命尽きて死ぬだろう。黒い魔力を身に纏いつつも、全てを焼き尽くし癒す翼・ルミリア(a18506)の胸には憐れみの情も浮いた。けれどピルグリムは自らの故郷を荒らし、両親の命を奪った敵――思考の海に沈み掛けた彼女の肩に、どろり濃厚ピーチ姫・ラピス(a00025)の暖かな手が置かれる。 「弄り甲斐のある汝を守る……にゃ♪」 其の言葉に緊張も解けて、思わず苦笑が浮かびもした。ラピスが前衛者の鎧を、更に強固なものへと変じさせ始めると、饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)が動き始めた。思案げに手の中の小瓶を傾けると、塩がちらちらと音を立てる。 夜の戦と言うこともあって、カンテラに灯りを燈そうとする数人を風切り・エイミー(a01378)が押し止めた。今は灯りが必要な事態では無い筈、と彼女は言う。霧の中、灯りは味方同士にも良い目印となる。しかし、味方を味方と判別し易いと言うことは、敵に敵と判別され易いと言うこと。考えて見れば、リスクが高過ぎた。 霧に紛れて敵の頭だけを叩く今回の戦闘で、態々敵に此方の位置を知らせることも無い。冒険者たちは視線を交わすと、緩い頷きを交し合った。
●偽りの烽火 アレクサンドラの作り出したクリスタルインセクトが、擂鉢状の地形の縁に沿って移動していく。ある程度此方から距離を取った時点で、新たなるクリスタルインセクトを生み出す。向けられていた彼の意識が離れた瞬間、一体目が偵察形態から雑音形態へと変化した。 ジィーンが呼び出したクリスタルインセクトも反対側の縁にぐるりと沿っての移動を終えている。突如響き渡る雑音に、蟻地獄にも似た地形から動揺の気配が感じられた。同様にして二体目のクリスタルインセクトを放つと、ジィーンは記録者の眼・フォルムアイ(a00380)に視線を向ける。 フォルムアイは即座に応えて、声の矢文を設置された囮の方向へと着弾させた。 「戦闘開始!」 雑音の鳴る辺りから、彼女の声が響き渡る。擂鉢状の地形を駆け上り、砂を踏み荒らしながら白い影が雑音形態らに向けて突撃を開始した。 「(……ランドアースで蔓延るのを、許す訳には行きません……)」 ピルグリムとの縁は長きに渡るが、決して嬉しいものでも無い。フォルムアイは微かな吐息を零した。 鼓舞の叫びでも上げたいところだが、此処で敵の注意を惹きつける結果となれば台無しだ。フォルムアイに注意されていた手前、ラピスは小声で「霧の出ているわずかな時間で全てを終わらせてくれるわ」と決意を吐いた。雑魚には目もくれず、疾風迅雷の如くに動く。そして何より、撤退を迅速に。冒険者たちは同時に地を蹴る。真っ直ぐに蟻地獄の中央へと、駆ける。 霧の中から這い出てきた白い影が、闇の眠りを抱く白翼・エア(a20288)の目に映った。向こうも此方には気付いただろう。幸運なことに、直ぐにピルグリムワームの護衛に戻る影は少数だった。だが、クリスタルインセクトが倒されてしまえば取り巻きは再び蜘蛛の守護に戻るだろう。其れまでに、何処まで進むことが出来るのか。 先頭に立って駆け下りたフェザーは、後方からの風が霧を晴らして行くような錯覚を覚えた。霧の中を走り抜ける為、駆ける自らに押されて霞が後ろへと流れていく。続く仲間を進ませるため、目の前に飛び出す邪魔者は、全力で持って叩き伏せる。 踏めば崩れる砂地に、ずるりと足が滑った。蒼穹の風・アスカ(a28196)の体勢が崩れかかる。砂は人体と言う重みが加われば、直ぐに低い位置へ向けて流れた。霧に心が囚われ過ぎて、地形と言う足元への留意が欠けていたのだろうか。 霧の戦場。 例え迷いが晴れずとも、戦は既に始まったのだ。各々が武器を取り、巨大な蟲目掛けてひた走る。
●蜘蛛の巣穴 後衛を護る為に前衛は前に出る。務めを果たさんと悪い足場の中で、儀礼用長剣を振り翳すラピス。重厚な一撃にてピルグリムワームの傷口を抉らんと刃を差し入れるも、威力不足か手応えは薄い。次は衝撃波を繰り出すべきか、と素早く計算をする。だがラピスは、自らが行うべきは倒すことでは無く倒れぬことと知っていた。其れが己の役割である、と皆を持久させることへ気を配る。 霧の中を雷が走って見えた。傷付いた蟲の胴体へとフェザーの剣が深く食い込む。確かな手応えを感じ、けれど気を緩めることは無く次を繰り出すべく姿勢を変える。砂に足を取られるも、軽い身のこなしで転倒は避けた。 彼の攻撃の反対側から、霧に紛れてフォルムアイの一閃が煌く。白い霧の中、闇色の一撃が死角から打ち込まれた。攻撃手を捜すように身動ぐ蜘蛛へと、エイミーもまたす鋭い無音の一撃で返す。深く蟲の肉を抉る感触が鋼糸から伝わるも、ピルグリムワームが混乱した気配は無い。期待出来ぬことは知っていたが、当然の如く好いた覚えが無い相手である以上、非常に憎らしくも思えたのだった。思わず、ち、と小さく舌打ちをする。 アレクサンドラの描いた光の紋章陣から、力が束となって解き放たれた。霧の中では敵影の捕捉も難しく、離れ過ぎれば味方の背を打ち抜く危険性すらあるように思える。使いどころは考えねば、と自らを戒める彼の前でピルグリムワームと取り巻きらを白い光が貫いた。即座に続けて毀れる紅涙・ティアレス(a90167)もまた、中空に呼び出した無数の針にて敵を刺す。黒い炎を纏い、高められた魔力が近付かんとする敵影を牽制した。
ジィーンの瞳には蠢く巨大な蟲のみが映っている。 己唯一人の力では抗うことも出来ぬほど強大な敵へと、腹を据えて立ち向かう。焦ることはせず、決して油断もせず、闘気を極限まで凝縮した一撃をピルグリムワームの腹に見舞う。ごうん、と鈍い爆音が響き一瞬、彼と蟲との間の霧が広がった。ジィーンは素早く後方へと距離を取る。 散った霧に目を細め、フォルムアイが素早く「霧を敷き直」した。場に齎された魔力の霧は、通常の霧以上に中に居る者の感覚を鈍らせる。あくまでも条件は同じか、とフェザーは覚悟を決め、纏わりつく白い影を薙ぎ払う。
●折れぬ意志 ピルグリムワームは、冒険者たちを押し潰さんと吶喊を繰り返す。其のたび血腥い風が霧の中を走り、蜘蛛を護らんとするピルグリムらすらもが轢き殺された。ぶちぶちと言う何かの千切れる音が耳に障る。ルミリアは顔を顰めながらも癒しの光を周囲へ放った。其れを足りぬと見たか、前方のラピスもまた癒しを生み出した。 しかし、今や前方だけでなく後衛にもまた危機が迫っている。 時間が掛かり過ぎている、と言うことか。既に囮は倒され、其方に向かっていた取り巻きらが此方へ向かっているし、敵陣に深く入ったということは、後衛の後ろにも敵が存在し得ると言うこと。危機は危機に変わらぬまでも、事態の予測は出来ていた。アレクサンドラは慌てた様子も見せず、生み出したクリスタルインセクトに攻撃を命じる。 高らかに歌を紡ぐエアの身にも、癒し切れぬ傷が浮いた。互いに庇い合うようにして、ルミリアもまた癒しを紡ぐ。 「ヒーリングウェーブ、残り半分です!」 癒しが尽き始めていることをルミリアが叫んだ。しかし霧の中で声をあげれば、敵が殺到してしまう。ピルグリムの触手が彼女に向けて襲い掛かった。 「させるわけには、参りません!」 咄嗟に身を乗り出し、自らの身体でも持って彼女を庇うエア。一撃ならば耐えることが出来る、と歯を食い縛るも――敵の数が多過ぎた。ナーサティルグが生み出した聖なる乙女が傷を癒さんとするも、既にエアの身体は傷付き過ぎている。だが、強化された鎧が、彼女の命を護っていた。 作り出したクローンに攻撃行動を命じていたアスカへ、別方向からも敵が肉薄した。後衛は既に前衛も同じ。多数の敵に囲まれ窮している。アレクサンドラの火力があればこそ、彼らの身体が保っているとも言える。 アスカに向けて殴り掛かる敵を、ナーサティルグは全身の力を使い豪快に投げ飛ばした。霧の中で、微かにティアレスの笑った気配がする。彼女が飛ばしたピルグリムと、其の後ろに居る数匹を彼の放った黒の棘が打ち払った。
巨大な脚が薙がれる。 避けきれぬと悟ったフェザーは、己の剣を盾にした。圧倒的な物量を、しかし彼は完璧に受け切る。前に出された脚の間を擦り抜けて、フォルムアイのリングが肉を削った。此処で決めねば後が無いことは、後方からの気配で知っていた。雄叫びと共にジィーンが強力な一撃を放つ。両手の斧で深く深くに肉を抉った。 まるで糸が切れたかのように、蜘蛛の脚から身体を支えていた力が抜ける。轟音と共に立つ砂埃の中、一拍の間も置かず冒険者は駆け出した。後ろで支えてくれていた仲間を救わねばならない。 怪我を負った彼女らを護るように、彼らは一丸となって擂鉢の中からの脱出を図る。足場は悪く、砂が沈むたび後ろに引かれているようにさえ思う。死骸を踏めば、靴が更にと滑る。追い縋る白い化け物の手が、更なる傷を、血を生んだ。強靭な脚力で縁まで駆け上ると、後も見ずに駆け抜けた。 勝ったのだ。 暫くの間、無言で走り、漸く気付いた。空には既に、朝陽が昇っていると言うことに。 勝てたのは酷く幸運だった。誰の加護があったお蔭か。何の守護があったのか。 何故だか嫌に、晴れ上がった空が目に痛い。此処に至るまでに失われた、数々の命へと黙祷を捧げた。ひとつの戦いを終え、冒険者らは帰還する。

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参加者:10人
作成日:2005/10/19
得票数:冒険活劇1
戦闘29
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冒険結果:成功!
重傷者:闇の眠りを抱く白翼・エア(a20288)
蒼穹の風・アスカ(a28196)
死亡者:なし
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